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戦争編〜第四章〜
第176話 譲り合えない者共
しおりを挟む「──かかれ! 必ず陣形は崩すな!」
トリアングロ王国に攻め込んだクアドラード王国は魔法という武器を封じられた中、鉄壁の砦に挑んだ。
陸軍牛、カマー・ヴァッカが築く砦。
戦争で最も障害となるもの、と問われれば最大の壁はヴァッカの築く砦と声をそろえる。
幹部の力ではない。所詮は個だ。
化け物相手には対処法がある。魔法という武器がある。
強固な砦は、トリアングロ国内にある。あのローク個人でも破れない砦。それを魔法なしで、だ。
「(幸いなことはトリアングロ国内にある砦がここひとつだけ、という点だな)」
ヴォルペールは目の前を見据え両軍激しい争いを繰り返す主戦場を視界に捉えた。
「……考えろ……考えろ…………」
魔法のないクアドラードは、弱い。
「このままではただの消耗戦、なるべく早く、切り札を入手しないと……」
トリアングロ王国は人口がクアドラード王国より低いが、戦闘可能層はほぼ同じ。つまり戦争は激化する。
──ドォン!
激しい爆発音。……トリアングロは火薬を使う。砦自体は石造だが、砦のバリケードは木製だ。見張り台だって木製だ。
燃えやすい壁。火に弱い見張り台。
だけど、一度壁を崩せばよく分かった。
壊れやすい木製のバリケードの下に、地雷が埋まっていた。恐らく国境基地で使わなかったものだろう。
トリアングロの兵士は分かっていたのか崩された瞬間下がり、不意をつかれたクアドラードの騎士は爆発に巻き込まれた。
その爆発は強力なものでは無い。だが、最悪なことに木製のバリケードに燃え移った。水不足のトリアングロで火は消化に苦労する。炎の壁は行く手を阻んだ。
更に言うならば、ようやく火が消えたと思えばその隙に新たしい木製のバリケードが一瞬にしてたったのだ。
魔法が使えたらどんっっっっだけ楽に攻められたことか。バリケードを回復させんなクソ。今度は何が仕込まれてあるのか、ビビるクアドラードを嘲笑うように。見張り台から弓矢とは程遠い速度で攻撃が放たれる。
「(負け戦やってるつもりはねぇんだよ……っ!)」
早く、速く。
王城にいるはずのリィンの元に辿り着かなければ。この戦争を終わらせなければ!
トリアングロは確実に消耗している。
だがクアドラードはそれよりも遥かに消耗している。
「……悪役上等……。やってやるよ。エルドラード」
「はい!」
「この砦、必ず落とす。出来れば高い地位のトリアングロ兵を一人──半殺しにしろ」
「…………はい?」
悪魔にだってなってやる。
==========
トリアングロ王国の王城。地下牢。
「……おい」
リィンを見下ろしている男が一人。
犬、メランポス・シアンだ。
「起きろ、罪人」
「……ん、んんぅ……」
ぼんやりとリィンが目を開けた。その姿を見てリィンはモゴモゴと口元を動かす。残念ながらまだ寝惚けている様だ。
「たかが罪人が惰眠を貪るなど嘆かわしいにも程がある」
『あいつ、見る時間の殆どが寝てるんだが』とは遊びに……もとい、監視に行った幹部達が揃って口に出すお言葉だ。会話をしていても『じゃあおやすみ』とか言いながら寝る。べナードやクラップ相手は比較的起きているようだが、それでも寝る。よく寝る子は育つと言うが絶望的だろうに。どこがとは言わないが。
シアンはそんな情報を思い出してリィンを見下ろした。リィンの真っ黒な瞳と目が合う。
「……っ」
青では、無い。話に聞いていたが本当に魔法だったのか、と。
「おい罪人」
「……タチウオというか逆焼き鮭…………」
「おい」
すやぁ。
眠りに落ちていきやがった。何を見てそんな言葉を発したのかちょっとしばき倒して聞き出したい。やらないが。
「……目を閉じると一層忌々しいな」
クアドラードの色が、目障りだ。
「ちょっと犬ーーーーー! 俺そいつら嫌いすぎて吐き気がするから帰っていいーー!?」
魔法の気配に吐き気を催した、と訴えるのは猿、ティザー・シンミアだ。
とある命令により地下牢に足を踏み入れた彼は、目的を終わらせると即座に退散の訴えを示す。
「はぁ……。魔法嫌いは別にいいが、元はと言えばお前がちゃんと仕事をしないからこうなったことを覚えておけ」
「うるっせぇなぁ! 俺は魔法嫌い、お前はクアドラード嫌い。気持ちは分かってくれるでしょ? 脳みそのリソース使うの勿体ないくらいなんだけど」
「……」
「ほぉら、今迷った」
「ただ純粋に魔法が嫌いなお前嫌悪と、クアドラードを憎む私の憎悪を一緒にするな」
シンミアは地下牢の柱の影で鼻をつまみながらだったのだが、その発言にはカチンと来たらしい。
手を離して自慢の武器を手に取る。
「所詮は犬っころ。可愛げもない性格、俺が躾してあげようか?」
鞭だった。
先端にはえげつない程のトゲがついてある。掠っただけでも大出血だろう。
「ふん……。最弱が何を言っている」
「男には譲れないもんがあるってもんでしょ。俺の魔法アレルギーを馬鹿にしたよね、お前。はっ、成り損ないの死に損ないにはわかんねーだろうね」
「黙れ」
シアンは腰にかけた剣の鞘に手を当てた。
「猿頭が。無能なお前がその座に着いている意味すら考えられないのか愚か者。演技をすることも出来ないお前が、良くもまぁクアドラードに潜り込めたものだな」
「はぁ?」
「それともお前の擬態程度見抜けなかったクアドラードの目が節穴なのか……。まぁ、裏切り者に気付かなかった間抜けはここにもいるが」
一触即発。犬猿の仲。
例えるならそういった言葉だろう。
シアンは寝こけている間抜けを横目でちらりと一瞥すると鼻を鳴らして視界に入れたくないとばかりに方向を変えた。
「まぁいい。問題はお前だ」
リィンの様子を探れとは言われていたが、シアンが着目する人物は彼女では無かった。
リィンの強力なキャラクター性に隠れて注目さないが、本来はリーダーと言われても過言では無い人物が先がいる。
「お前はクアドラードの貴族だろう?」
エリア・エルドラードその人である。
明らかに身分の高い立ち振る舞い。そこでリィンも貴族だと疑われない納得の口調。
エリアは顔を上げた。
「さて、どうでしょう。私はリィンさんの指示に従っているだけなので」
この男、ナチュラルに責任転嫁をした。
シアンはそれが嘘なのだろうと分かっていたが、このまま尋問を続けていても情報が何も無い以上埒が明かないと判断し、監視に戻った。
「クアドラードを随分お恨みのようですが、我々に当たるのはお門違い、というものでは無いですか?」
「ちょーーっ!? なんでそんなに度胸ぶっ飛んでるんですか!?」
「ぶっ飛んでなきゃ単身でトリアングロには来ません」
「(ほぼ単身トリアングロに向かおうとした小娘を思い出してるって顔)」
「理不尽でしょう? 何もして、いないのに」
シアンの右目がズキリと傷んだ気がした。
「よく言うな」
グレンが胃痛を患いながらエリアを慌てて止めようとする姿を見て口を開く。
「オヤサシイクアドラード王国の金髪のそばにいながら」
「──ではその娘を殺しますか?」
穏やかな笑顔でエリアは言い放った。
「いいですよ、トリアングロに流れるくらいなら、いっそ何も成してない内に殺してください」
「……!」
「彼女の目的がなんであれ、私はただ一人の為に来た。彼女の意思も、願いも、私には一切興味が無い。叶えられるなら叶えて差し上げたいが、私の目的の邪魔になるのなら叶える気は何も無い。彼女の価値は、その身に待とう血筋だけが価値です」
「…………エルドラード。なるほど、目的は第2王子か」
憎悪をその目に宿らせ、シアンはクアドラードを見下ろした。
「随分クアドラードにお詳しい様ですね。感服致します」
鉄壁の笑顔でそう言い放った男を、シアンは感情に任せて殺そうとした。
しかしその右手には、シンミアの手があった。
「犬。後で言い訳がめんどくさいことをしないでよね。相互監視なの忘れてるだろ」
「……チッ」
「忌々しい」
トリアングロの貴族であるシアンは顔を歪め、再びリィンを見て吐き捨てた。
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