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戦争編〜第三章〜

第161話 満月と新月

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「1.2.3……4。4回落ちたか」

 背後で鳴る魔力の塊を肌で感じながらルフェフィアは目の前に対峙する存在を睨んだ。

 約1週間程前。
 第4王子、ヴォルペールに任された仕事をする為にトリアングロに単身乗り込んだ。

 その仕事、というのが目の前にある事と同義になるのだが。

「なんだってんだ、エルフさんよ」

 ルフェフィアの敵がそう問いかける。

「悪いが親切に教えてやるエルフさんじゃねぇんでなぁ」



 ルフェフィアは1週間、戦いを続けていた。
 回復魔法を使い、五行魔法を使い、寝ずに食べずに精霊に命令をした。

「(しかし……。体力の底が見えねぇな)」

 相性が悪い、と思いながらもルフェフィアには引けない理由があった。

「なぁんで、人間同士の戦いに首を突っ込むもんかね、獣人?」

 トール・コーシカ。
 ルフェフィアが対峙する者の名である。

「別に戦に興味ははなっからねぇよ。食い扶持稼げりゃどうだって良かった、ってもんだ」
「ふぅん? にしては殺る気満々って瞳をしてるんじゃねぇか?」

 鼻で笑う様にルフェフィアは問いかけた。

「はっ、平穏求めるエルフにわかってたまっかよ。そういうてめぇも、平和主義エルフにしちゃ、随分乗り気だって様子だな」
「……。ほぉ?」

 コーシカは舌なめずりをした。

「予想外の楽しみ、ってもんを知っちまった。あぁ参ったな、会いたくて堪らん。次、死の淵に追い詰められたらガキンチョは一体どんな反応を見せっだろうか。抵抗すっか、受け入れっか、これも俺の予想外の反応をすっか……。く、くくっ、エルフにゃ分かりっこないだろうな」

 大変にご機嫌そうに、喉の奥をくつくつと震わせる。

 コーシカのお気に入りは、あまりにも予想外な行動を起こす。まずクラップに追われている状況ってのがおかしい。何故幹部から逃げおおせたか。次にべナードに嫌われているのもおかしい。あれだけ嫌がる姿を見せられて興味が湧かないわけが無い。

 初めて会った時もそうだ。獣人に、幹部に、ビビって居たのにも関わらず奴はこう言った。

『甘味の気配ぞする……!』

 なんっっっっだそりゃ。
 コーシカはこう見えて結構な甘党であるので、いつもつまみがわりに懐に豆菓子を仕込んである。酒は飲めない。

 ただの様子見だったはずだが毒気を抜かれて思わず勧めると、獲物は『久方ぶりの甘味ぞー!』……なんて喜びながら毒物の疑いもなく食べた。

 もう、おかしくておかしくて堪らないのだ。

 殺すか殺さないか、の選択肢を強いた時もそうだ。コーシカは殺すだろうと思っていた。思い込んでいた。だって奴は他人を踏み台に出来るタイプだと思ったからだ。要塞都市に向かうには自分の手を借りなければならない四面楚歌の状態だと思っていたからだ。

 まさか、利用価値を見出したから殺さない上に、崖から飛び降りるとは。
 しかも去り際に振り撒いた粉。あれの匂いは何故か調味料だった。何故調味料を振り撒いただけで他の幹部が崩れ落ちたのか。謎でしかない。

 最もその謎は張本人にとっても謎だが。


「……だからだよ」

 ルフェフィアはため息と同時に呟いた。

「上機嫌な所悪いが、理由を聞くと尚更引けなくなんだよこっちは」


 俺の弟子本当に男運がねぇな!!!!!!

「あぁもう、これだから自己主義自分本位ってやつは……! いや俺も大概そうだが、なんでこういう思考回路するヤツらって互いに惹かれ合うんだかなぁ!?」

 自分本位同士は惹かれ合う。んな事あってたまるか。
 存在するのは我と我のぶつかり合いというかむしろダンプである。思わぬ弾みで異世界転生すらしそうな勢いの事故である。

「はぁ……。なんつったか、ルナールに第4位にロークに幹部にこういう細々と……。あ゛ーー、あんっっの小娘本当に……!」
「何ブツブツ言ってんだ? 疲労困憊ならとっととくたばってくれよ」
「あ? パーフェクトエルフに敗北なんざある訳ねぇだろ」


 厄介な男を魅入らせるというか下手に注目を浴びてしまうというか。本当に男運がない。(2回目)

 なお、ルフェフィアもその男運が無い判定を下される様な部類に入るのだが語るまでもないだろう。


「これで女運もなけりゃ本当に災厄そのものだな……」

 フラグもきっちり建設したパーフェクトエルフは指をクイッと横向きに動かし水を動かすよう精霊に命令を下した。

 たったそれだけの動きで勢いよく飛び出た水が岩肌をスパンと切り取る。

「──〝水素爆発ハイドロボム〟」

 ボン。
 命令と共に爆発が起こる。

 ボンボンボン。連鎖するように起こる爆発をコーシカは持ちうる身体能力で避け、反撃を加える。……が、それもルフェフィアの魔法が邪魔をする。金属の壁が地面から錬成され、衝撃を殺される。

「(チッ、エルフの魔法ってのは底が無くて厄介だな)」

 冷静な目で互いを睨み合う。
 武に特化した獣人と魔に特化したらエルフ。どちらの種族が優位に立てるかなど、分からないものだ。

「ひとつ、教えてやる」
「あ?」

「──女を見る目は優れてると誇っていい」

 気に入られているのは大変気に入らないのだが、それはそれとして自分が磨き上げた宝石を自慢出来るのは嬉しいものだ。


 人間という戦いの舞台裏で、異種族達は再び踊り出した。


 ==========



「はぁ………………疲れるすた……」

 日中、未だに意見の衝突を繰り返している月組2人を横目で眺めながらエリアさんと作戦を練っていた。
 あの人、頭は確かに働くけどちょっとした所から言質を取られそうで焦った。

 なんやかんやでこれからの方針を2人で勝手に決めていた所に現れるはぐれ魔物。慌てて退治したのはリックさん。

 どうして魔物のスタンプボアが、魔物が居ないと言われるトリアングロに現れたのか疑問だった所、スダンさんが駆けつけて説明をしてくれた。

 どうやら集落の近くでは商業施設の他にも魔物牧場があるらしく、国内で使用する魔導具の魔石を育てているそうなのだ。
 時折脱走する魔物がいるらしく、すぐに処理されるが被害は出るらしい。ほんほん言いながら説明してくれたんだけど、チラチラと魔物の死骸に視線が行くスダンさんの様子を見て察したよね。こういうはぐれ魔物が生きる糧だったのね、と。

 そう思った私は思わず呟いちゃったの。

『魔石……もしや……ある……?』

 そう、トリアングロ式の言い方で言えば生きた魔石。まだ魔導具様に加工されてない魔石だ。……まぁ我々人間の体内にも魔石があるから生きた魔石も言われているんだろうけど。
 とにかく、食料にはノッテ商会のおかげで余裕があるから、魔物の肉体と引き換えに魔石を譲ってもらった。

「はぁ……」

 何度目かのため息。

 というか、明け方に起こった魔法。あんな規模の魔法を使うのはパパ上しか居ないと思っていたんだけど。

「うぅん。何故?」
「何が?」

 目の前に座るリックさんが首を傾げた。

「あぁいや、うーん、腑に落ちぬと言うですか」

 純粋に首を傾げた。
 トリアングロがパパ上対策をしてないと思わないんだよねぇ。
 なのにあの規模の魔法を許した、とか、なんか……。うーん。

 パパ上の担当がクラップや国境基地だったこともあるけど、あのThe基本に忠実古参男が20年前の強敵だと確信しているだろうに。何も対策を打たなかったのだろうか。

「まぁ、いっか」

 パパ上が生きてることは確信できたから。

「もしかしてリィン、朝の魔法の事考えてる?」
「はい、です」
「あれ、凄かったよな。魔法はあんまり詳しくないけど」

 地魔法、メテオ。地属性の中で最も大規模だと言われる理不尽な魔法だ。隕石の数、規模、それを自由に操作できるのも最強の地魔法だと言われている理由のひとつだろう。
 その姿はまさに天変地異。必要な魔力など考えたくも無い。

 ……パパ上の魔法には法則がある。

 得意の地属性の魔法を最初からぶつける割には、数は4つだけ。それが示すこと、つまり。

ぬ気で殺れ、って事ですぞね」

 最初から殺る気だけど、追撃もありますよ、って言ってる魔法だ。

 恐らく4回というのはそのメッセージに加え、あと3回大規模な魔法を使うっていうメッセージも兼ねているのだろう。
 タイムリミットだ。私がここにいることがもしバレていたら……『最後の魔法を撃ち込む前に決着を付けろよ』って言ってる気がする。というか、確信出来る。

 恐らく、ある程度の周期を開けた後に3発の隕石が降り注ぐだろう。

 嫌だなぁ。胃がキリキリしてきた。なんでクラップはパパ上にトドメ刺さなかったの……?
 私がルナールを見つけてぶん殴るまではパパ上が待ってくれるってことだから、うん、いやその前にパパ上の魔法が私にぶつかったらどうするだって話。

「しっかしなぁ、夜番って暇だな」

 つまらなさそうに呟くリックさんに苦笑いを返す。

 そう、今は夜中。今夜からリックさんと私、エリアさんとエリィ、グレンさんとカナエさんという組み合わせで見張りとなる。

「何事もなきが1番ですぞ」

 私がそう言って焚き火に手を当てていると、リックさんが立ち上がった。

「俺の相棒の事で話があるんだ」

 察し。
 お前もかブルータス。そりゃまあ気にするだろうけど。

「まぁとにかく座るですぞ」
「うん」

 立ったままじゃ疲れるだろうと思って着席を促すと、リックさんは素直に座った。
 さて、どうしようかな。

「俺、あいつには沢山助けて貰ってんだ。あいつ、すごいだろ? 頭が良くて、冷静で、そんで俺に振り回されてるのに助けてくれるんだ、いつも、いつもだ」

 リックさんは優しい顔をして言った。

「多分死ぬまで、お互い結婚して子供が生まれて、そんでジジイになってくたばるまで憎まれ口叩かれながら一緒にいると思うんだ」


 絶賛喧嘩中にも関わらず、将来まで共にあることを見通しているのはリックさんらしくて、そして眩しかった。
 ばっ、と顔をあげたリックさんは私の方を見て困った様に笑った。

「今、こんなに喧嘩してるのに、とか思ったか?」

 心を見透かされた。あはは、と苦笑いしながら頷くと何故かリックさんは嬉しそうな顔をする。

「あいつってさ、冷徹って言うのかな、凄く身内贔屓な感じあるだろ。今回だって俺がついて行くしリィンの問題だからって一緒に来たけど、あいつエリリンとかエナの事は全然気にしてないじゃん」

 カナエさんとエリィの事……かな? まぁ文脈的にそうだと思うけど。

「昔ザ・ムーンのパパンがモテ期に入ってモッテモテで浮かれてた時期も、注意力散漫なやつが至って危ないだけだ、クランから脱退させろー、って」
「ほへぇ」
「それに情じゃ絶対絶対依頼なんて受けない。今回だってそうだ、あいつは目の前の知らない子供よりも自分達を取るんだ。確実で、安全な策を」

 それを求めるグレンさんの実は理解出来た。これは恐らく、グレンさんが魔力が元々少ない死霊使いだからこそ得た性質だろう。私みたいにある程度の魔力があるのではなく、限りある魔力の中で行使出来る魔法を選別する。
 きっとそんな戦闘スタイルだからこそだ。

「……でもな、違うんだよ」
「はい?」

 リックさんの言葉に私は首を傾げた。

「あいつは、本当は凄く優しくって、情に厚くって、それで誰よりも傷つきやすいんだ」
「それは……」
「冷徹であることで自分が傷付くのを守ってるだけなんだって、俺はそう確信してる」

 焚き火に照らされながらリックさんは親指をぐるぐる回しだした。

「ダクアでスタンピード、あっただろ。あの時多分、あいつは自分を囮にした方が効率がいいと思って提案しようとしたんだ。誰を切り捨てたら1番多く救えるのか、そういう取捨選択をしようとした」
「…………。」

「昔、俺が魔物に負けてしまいそうになった時。俺を見捨てて逃げればいいのに……あいつ……小さな魔法ひとつで俺を背に庇ったんだ。あの時の震えた手を今でも鮮明に覚えてる」

 思い出すように空を見上げるリックさん。
 彼はきっと、これからも忘れることはないだろう。自分のヒーローを。

「効率とか、そんな事を口にする癖に、馬鹿なんだよなぁ。根本的にあいつは、誰も見捨てられないんだ」
「だからリックさんは、生きてるですね」
「そう! 俺があいつに救われた数と言ったら……!」

 花が咲くように楽しそうに笑う。

「あいつは、俺の傷を見ただけで泣いちまうくらい、優しい奴。あいつが必要以上に冷酷に、効率良く振舞おうとしてるのは……。自分が悪役になること、それが傷つかない方法だったんだよ、きっと」

 そしてリックさんは私を見た。

「あいつは、グレンはリィンになりたかったんだ」
「…っ」
「リィンってさ、性格悪いだろ? 人を泣かせても愉快だって思うタイプ!」

 ……突然の悪口に心が傷んだ。なんの恨みだ。

「ざまぁみろー、って、心が強い人間にしか出来ない事だと思う。……あいつはそれが出来ない。敵だろうと優しく共感してしまう。だから、自分が冷酷だと思い込むことで自衛してるんだ」

 リックさんは小さく言葉を続けた。


「世界は残酷だ、だけど見えなければ美しい」


 心臓に手を当てた。
 魔石が存在するであろう場所に。

「人の魂の本質が見えてしまうあいつに、自分の魂は見えない。きっと世界で1番優しすぎる魂だ」



 私はそこまで聞いて、思わず笑ってしまった。

「ふ、ふふ、あはは、はははっ!」
「な、なんだ? どうした?」
「もう、月組の2人って、本当に、本当にさぁ!」

 知ってるよ。グレンさんが優しい事くらい。
 この国の現状を一緒に屋根の上で見下ろした。

『俺、この国のやり方、大っ嫌いだ』

 そんな考えが浮かぶ人間が、冷酷なわけが無い。

「──いいコンビぞ!」




 2人の喧嘩の結末は、翌朝、盗賊が集落に戻ってきた事で終幕を迎えることになる。
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