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王都編下

第98話 ヒロインの座は譲る

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 バタン、と反響する扉の音。

 私は慌てて服の後ろを見た。
 私のドレスの腰あたりがぐしゃりと乱れている所を見るとここに気絶する原因となった魔導具が取り付けられていたらしい。

 一体いつ……。
 あ、地下闘技場に入る前。私にぶつかった人が居たな。アイツか。

「くたばれッ!」

 ガンッ。
 檻を思いっきり蹴ってみてもビクともしない。



 ライアーが連れていかれた。
 私を殺さない代わりに連れていかれてしまった。

 どうしよう。
 何より絶対に自己主義なんでライアーが自ら犠牲したその精神も腹立つし、守られるだけの存在なんてクソ喰らえ。

「あー。落ち着くしろ、落ち着く」

 1回頭を冷やして現状を整理しよう。


 まず、今回の第2王子誘拐の真犯人というか黒幕はべナードであった。
 それだけではなく、王子を口車に乗せてトリアングロ側にお引き込んだとみて間違いない。内容は考えないこととする。

 そしてなんやかんやで、私が気絶をしてしまい、ライアーは『私の命と引き換えに素直に殺される』という契約を結んだ、と。

 そこだ。そこがおかしい。

 まず私が殺されない事への疑問。
 それは『戦争間際』だと考えれば簡単にすむ。

 死人に口なしと言うように、知られてはまずいことを知られたら殺すべきだ。もちろん、グランドカジノのオーナーがトリアングロ王国の幹部だという事実を知った事。私は速攻殺されてもおかしくは無い。
 ただし、今更知ってももう遅いという事が恐らく現状。

 ・スタンピード
 ・シュランゲの裏切り
 ・第2王子の誘拐

 一気に行われた確実に事件だと分かる物達。
 事件なんて起こしてしまえばどうとでもなる。そこで下手人が割れても、だ。シュランゲがあまり抵抗せずに事実をゲロった理由がそこだろう。もう手遅れだったんだ。


 そう、おかしいのは私とライアーの処理が別だという点。
 私が生かされる理由は『今更知っても意味が無い』から。そしてライアーが殺される理由は『口封じ』だから。

 生死を別ける意味、ある?
 この後私が約束なんて気にせず殺されるなら納得出来るけど、同じことを知ったコンビの処理が別々なのはあまりにもおかしい。

 『どちらも生かす』か『どちらも殺す』か。あいつらに残された選択肢はそれだろうに。

 今更知っても意味が無いならライアーだって同じこと。口封じをするならライアーだけではなく私も必要。

 ……ライアーは魔法を使わずに戦うから抵抗されぬ様に、ってことなら納得するけど。

 それなら私の目の前で殺していいよね。
 うん、私ならそうする。
 片方生かす約束をするなら片方を目の前で殺して自暴自棄にさせて、なんだったら自殺させる。別に殺さないって約束破ってないし。

「はーー。つまり、ぞ」

 私は深い息を吐く。


 ライアーはまだ殺されずに生かして利用されている可能性が高い。

 猶予はある。
 大人しく待ってろと彼は言った。

 私が気絶している最中に交わされた情報がまだあったのかもしれない。

 迎えに来ると彼は言った。
 だから大丈夫だ。ライアーは死なない。


「──ですが、生憎と」

 ピシッと何かが壊れる音がする。

「私はヒロインでは無くてですね!」


 魔法を使えない空間。精霊の居ない空間。

 無理矢理圧迫されているような。力押ししても無意味に感じる重圧。
 魔力を練れば練る程、その排出口を失い体の中で暴れる。

 小細工は圧倒的なパワーの前には無力なのだ。
 それは魔法も同じで、妨害と言うよりは抑圧された嫌な空気を無理矢理押し出す。上からの重圧を、下から無理矢理跳ね返す。


 魔力が空になる。
 少しでいい、ほんの少し、私の魔力の空間を。

「──禁忌魔法」

 スタンピードの時に使った裏技。

「〝リミットクラッシュ〟」

 明日の私の魔力を引き出せ。


 ==========


 カジノの中心部にある一室で、人の大きさ程の魔導具を2人の男が見ていた。

「エティフォールさん、いつもありがとうございます」

 カジノの魔導具管理人の男がぺこりと頭を下げると、魔導具のチェックをしていたエルフが笑う。

「いえ、どんな魔導具でも維持と修繕はエルフの仕事ですからね」

 魔法妨害魔導具にそっと触れるエティフォール。
 人の大きさをするそれでも囲える空間はカジノの範囲だけ。こうして定期的にエルフの誰かが壊れないように魔導具の魔石を修復しに来るのだった。

「カジノにこれは必須ですからね」
「はい、そうなんですよ」

 カジノ以外は知らないが。
 その言葉が頭によぎるが口を噤む。長いこと生きているコツは、人のあれやこれやには深く踏み入れないようにする事。

 エティフォールは詠唱を始めた。

 魔法妨害魔導具には2種類ある。精霊を妨害するかしないか、だ。このカジノに使われているのは精霊も妨害するもの。
 昨今このタイプが増えてきているのでエルフは大変なのだ。


 なんせ魔導具の修理には精霊は必要不可欠。
 精霊の嫌う空間に精霊を呼び出さなければならない。詠唱も長くなるものだ。

 ただしそこでなんとかしちゃうのがエルフの。特にフォールという名の着くエルフの本領発揮だ。フォール派は攻撃魔法や空間魔法よりも魔導具をメインに力を入れている流派。エルフの殆どが魔石回復の術を持っているが、難しい案件ともなればフォールが出張る。

 無理を言って精霊を呼び出すことなど慣れたものだ。

「──〝リペ……〟」

 魔力を回復させようとした瞬間、ピシッと魔導具の魔石が割れた。

「……は!?」
「エティフォールさん、これは一体」

 魔力が逆流してきた。
 非常に強く、圧倒的な魔力で。

「こ、れは。恐らく誰かが無理矢理魔法を使ったのだと思います」
「…………正常に、作動していたのですよね?」
「えぇ。私の様に正常な方法で精霊を呼び出すとかではなく、恐らく誰かが無理矢理魔法を……」

 なんて力技をしてくれるんだ。

 魔力の圧は一瞬だけだった様で、もう既に正常に動いている。その一瞬の魔法を使うために作り出された魔力で、空間を抑え込む魔導具の流れを止めるとは。

 妨害魔導具は常に海流の様に魔力で空間を包み込む為、魔法が使えないのだ。

 1部、されど1部。
 しかしその1部に抗うことの難しさ。津波で泳ぐ様なものだ。竜巻に逆らって歩く様なものだ。

「魔導具に逆らえるほどの魔力の持ち主が……この王都に居たか……?」

 考えたって答えは出ない。
 エティフォールはとりあえず魔石を修復することにした。


 ちなみに、妨害魔導具は武器や杖や魔物の持っている魔石は妨害しても、魔導具として加工された魔石は妨害出来ない。


 ==========


「よし!」

 瞬間移動魔法にて檻の外に出た私。
 魔力の限界値を突破させ、1週間魔法が使えなくなるけど限界を越えた魔法が使えるようになった。

 もちろん今だけ、今だけなの。
 さっさと蹴りをつける。

 このカジノで使える程の魔力はないけれど。

 ……というか魔力の多い私でも1日以上分の魔力を使わなければ瞬間移動魔法ですら使えないって何。


 地下牢の空間から走り出し、かろうじて繋がった奴隷契約の糸を辿る。
 迷路みたいに入り組んだ構造に迷いながらもなんとか進む。

「そこかぁ! シュランゲ!」
「はい、こちらに」
「べナードとライアーの居場所ぞ知らぬ!?」

 バンッ! と扉を開けば客間と言ってもおかしくない部屋にシュランゲが居た。もちろん元鶴さんもいるけど。

 私が聞けばシュランゲはぎょ、と目を丸くした。

「……殺さないので?」

 自分を指さしながら聞いてくる。

「後でね!」

 利用して利用して、利用し尽くした後に殺してやる!

 いくら裏切られたって嘘はつけない。今ある情報源を逃してたまるか。

「……これだから、貴女は」

 シュランゲはゆるゆると首を振りながらため息を吐いた。

「彼らなら王城です」
「ッ、出る! ついてくるして!」
「えぇ。もちろんですともご主人様」
「クライちゃんはペインところ戻る! 伝言などという高度な事ぞ出来ぬの分かる故に、おしゃべりでもすてこい!」

 別に私の命令に従う義理は無いのだろう。机の上に置かれていたお菓子をモグっと食べて舌を出した。今、心の声が聞こえてきます。

『アホ毛髪の毛やばやばじゃん面白そうだしヤダねー!』

「ぶっ殺すぞ」
「まあまあまあまあ」

 掴みかかろうとしたらシュランゲに止められた。こいつは今ここで殺しておく方が世界のためになると思うんだよ私。

「喜ばせるだけですぞ」
「それはごもっとも」

 その言葉に殺意は消え去った。
 喜ばせようとは思わないわ。

 コイツに構ってる暇は無いんだった! 早々に脱出出来たのに時間が無駄になる!

 キッと睨みつけ終わると私は扉の外へ向かい、カジノから出るため走り出す。それに着いてきたのはシュランゲだけだった。

「ご主人様、王城は危険な場所となります。それでも行かれると言うのですか。危険物の私を連れて」
「お前は私の奴隷!」
「……あのですね、ですから私が今この状態でも貴女の邪魔をしようとしたら出来るのですよ? トリアングロの者に知らせる、とか。貴女はもう少し考えて行動を……」

「出来ぬでしょ」

 私の答えにシュランゲは押し黙った。

「今更私の邪魔ぞしたってトリアングロ側からすると焼石に水。本当に邪魔ぞしたきですたらさっさと殺すに限るです。追手も監視も邪魔も無し。今、シュランゲが私側としてもトリアングロ側としても必要なることは王城に向かうこと」

 むしろ邪魔する必要、ある?
 それに邪魔するつもりなら言わないよね。

「……お許しください。貴女を侮っておりました」
「素直ぞ結構!」

 表のカジノで走り出すと視線を集めてしまう。逃走者かと思ったのかスタッフが止めに来る。

 遅い! レイラ姉様の地獄みたいな鬼ごっこ経験してから追いかけろ!

「鼠ーーーーッッ!」

 魔法が使えないため地下には行かず、普通にカジノに潜んでいるであろう鼠ちゃんを呼んだ。

「今すぐ主人の所に! 鹿ぞ出た! そっち行くした! 速く!」

 情報ならくれてやるから速く王城にいけ!
 再戦させるな!

 べナードはトリアングロの使者だ。再戦の挨拶をぶちかましに行ったはずだ。

「おやおや、白蛇ではなく利用したのは鼠でしたか」
「集中力ぞ削ぐ天才????」

 鼠ちゃんはチップをばら撒きながら私より先にカジノに出て、一瞬にして姿を消した。

「──さて、飛ぶぞ」

 〝アイテムボックス〟
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