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4.兄の想い人

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「なんだ。俺の出る幕はなかったな」
「っつ! お兄様?!」

 フェルディナン様たちを置いて、木立が涼しげな脇路に出ると、大好きな声がした。

「どうして? 公爵邸にいらしたはずじゃ──」

(まさかさっきの、見られた?!)

 私の淑女らしくない一撃が?

 フェルディナン様たちを前にしても動じなかった心臓が、ドクドクと嫌な音を意識させる。冷や汗が流れ出そう。
 
「ラヴィのことが心配になって、後から来た」
「~~~っっ」

 案じてくれた喜びと、心配かけた申し訳なさと、見られてた羞恥と、お兄様に会えた嬉しさが同時に体内を駆け巡る。
 なんて騒がしいの、私の自律神経たち!

「さて、なんと声をかけたものか。とりあえず婚約は破談ということで良いのかな」
「ツ! も、申し訳ありませんお兄様!! せっかく前公爵様が整えてくださいましたお話を私……っ。お応えすることが出来ず!」

 お兄様は深い藍色の瞳で、私を見る。

「かくなる上は出来るだけ速やかに、尼僧院に参りますのでどうか」
「尼僧院? なぜ?」
「だっ、て、これ以上公爵家にご迷惑をお掛けするわけにはいきませんし、お兄様も好きな方と──」

 そこまで言って、はっと言葉を飲み込んだ。

(そうだ。女王陛下。他国からお相手をお迎えになるって、さっきフェルディナン様が言っていた? ガセネタだらけのフェルディナン様情報だから、真実味はないけれど、でももしかしたら女王陛下の件は本当かもしれない)

 恐る恐るお兄様の様子を伺うと、爽やかな笑顔でサクッと胸を刺してくる。

「そうだね。俺もそろそろ好きな女性ひとと結ばれたいし」

(!)

「で、では女王陛下と……」
「ああ。ティティ陛下のほうも上手く話がついたから、次は俺の番で良いだろう」
「え」
「ん? さっき聞いたよな? ティティ陛下が隣国から配偶者を迎えるって」
「は、い」

(あああ、お兄様、フェルディナン様との会話をほぼ全て見てらしたのね)

 あの耳障りな内容をお聞かせしてしまった。あとやっぱり私の"蹴り"は見られてた。

 身を縮める私の様子を気にせず、お兄様はお続けになる。

「これが本当に骨の折れる話で。ティティ陛下が意気投合したお相手が、あちらの王族だったものだから、条件のすり合わせで何年もかかってしまった」
「え? え?」

 それはつまり、女王陛下の婿候補は以前からいて、お兄様はそれをご存知だったということ?

 めっちゃ片想いされてたのに?
 苦しそうな表情で、いつも指輪を見てらしたのに?

(はっ、だから叶わぬ恋に苦悩されてたのね!? お兄様──!!)

 ぶわっと涙腺が崩壊しかけてしまう。
 必死で涙を留めると、お兄様が首を傾げた。

「どうしたんだラヴィ。踏ん張るような表情カオをして」
「あっ、す、すみません。ですがお兄様の心情を思うと……。他国の方に、その、敬愛する女王陛下を譲らなければならないなんて」

(言ってしまった! で、でもこれは今後、お兄様の心に寄り添うために……)

 心の中で必死に言い訳を探す私に、お兄様はあっさりと言った。

「俺の心情? なんのことだ? 譲るも何も、俺とティティ陛下は臣下と主君。幼馴染の腐れ縁で、イトコ同士。それ以外の関係はないけど」

「え……?」
(えっと……、お兄様、無理なさってる? ……の、かしら……?)

 ここはお兄様に恥を欠かせないよう、合わせるべき?
 でもそれでは。お慰めすることも出来ない。

 恐る恐る、私は切り出す。

「でも……お兄様は陛下から賜った指輪を、とても気にしてらして……」
(誰がどう見ても、切ない恋を隠してらっしゃるご様子で……)

 後半の言葉は飲みこんだ。私自身をえぐるし、それに、いつも見ていたことがバレてしまうもの。

 逡巡した私に、お兄様は更に意外な発言を上乗せされた。

「なるほど。ラヴィには、そう見えていたのか。だが俺の片恋相手は、ティティ陛下じゃない」

「え、では、どこのどなたを?!」

 片想いは間違いないらしい。
 が、新情報に戸惑う。
 
「──婚約は無くなったし、打ち明けてもいいよな……」

 口の中で呟かれた後、お兄様は真剣な眼差しで私を見た。

「俺がずっと恋してる相手はラヴィ、きみだよ」
「────!!」

 ラヴィ。それは私の名前で愛称で。お兄様が恋してる相手──?

「ええええっ!!」
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