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魔王息子の絶望

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 最強の名を欲しいままに君臨している当代魔王。
 その居城の一室はいま、異様なまでの緊張で満たされていた。

「ふははは、うらみ重かさなる魔王のよ、覚悟するが良い!」

「ダメ――!!」



 響き渡った悲痛な声は、しかしすぐに軽やかに転じる。

「全然ダメです、やり直しですわ、兄様! いまの"セリフ"、もっと大きな声で! 更に迫力を出してくださいませ。悪の権化ごんげである勇者の登場ですのよ、両手の爪をこう、見せながらシャーッと」

「アホか!! 勇者は人間だろ?! 人間が魔獣みたいに爪を立ててシャーなんてするか!! あと俺に勇者役なんかやらせるな!!」

 そして耳元で叫ぶな、そう付け加えながら、隣にいる妹に言い返す。

 魔王の長女。つまりは俺のすぐ下の妹。こいつに引っ張り出されて、いま俺が何をさせられてるかと言えば。 

 部屋に厳重な結界を幾重いくえにも張って、"美少女戦士ごっこ"。 
 ……の、"敵の勇者役"……。最後倒される。大いに不満。

 目の前には正義の少女戦士になり切る下のふたりの妹。

 で、俺の脇が、"自称・演出兼監督"らしいが。
 

 計3人の妹たちに、言い聞かせるように言葉を放つ。

「いいかおまえたち、冷静に考えてみろよ? 俺は王太子だぞ? 次期魔王としてのベンキョーがあるんだ。くだらないママゴトに付き合わせるんじゃない」

「その"王太子の大切なお勉強"時間に、お部屋でダラダラ過ごされていた方は、どなたですの? お時間いてらしたじゃないですか」

「時間はいてたんじゃない、けたんだ。趣味に使うための時間を、無理して作ったんだ。その貴重な時間を潰させるな」

「……お勉強をサボって?」
「――1歳下の妹なんて、生意気なだけで可愛げがないよな」

「では、うんと年下の妹たちは? 兄様がしぶってるお姿を見て、この子たち、今にも泣きそうですわ」

(えっ?)

 急いで下ふたりに目をると、4歳と5歳になったばかりの小さな妹たちが、ぎゅっと両手を握りしめて、うるうる瞳でこっちを見上げていた。

(あ゛――――、う――ん)

 こいつらは、まだ可愛い。ほんの少し、気まずい。

 と、すかさず横から追い打ちが入る。

「周りに年の近い子どもたちがいませんもの。私たちが遊び相手になってやらなくては」

「それは別に……侍女でも誰でもいただろう?」


 ためらいがちな俺の言葉は、ふるふるとこれ見よがしに首を振って否定された。


「侍女たちでは、演出効果の魔術が全然ですわ。十分な迫力と威力を持った魔術を、この部屋の中だけで展開する技術は、我が城では父様か兄様でなければ不可能です」

 お? わかってるじゃないか。

「まあな、この微調整は難しい。調度品を傷めないような出力加減でやらないと、母上に大目玉を食らうしな。昔、敷物をダメにした時のお怒りと言ったら」

 今思い出しても涙がにじみそうになってくる。
 職人の技術の粋を集め、何年もかけて編みあげられた母上お気に入りの敷物だった。
 あの時ふざけてて母上の香水瓶を割ったばかりに……。

 いや、やめよう。大昔の話だ。この記憶は永遠に消し去ってしまいたい。


 それにこの場で話題にすべきことじゃない。


「だがそこは想像力で補えよ。無理に本物の吹雪ふぶきいかづちを用いる必要なんかないだろ。幼い時につちかう想像力は大切なんだぞ?」

「本物を体験することも大切なことですわ」

 ああいえばこういう。



「だけどもし、こんなことやってる姿を誰かに見られでもしたら、恥ずかし過ぎるだろ? 俺、もう12歳だし、有り得ない」 

「ですから誰もはいれないよう、兄様が強固な結界を張ってらっしゃるじゃないですか。あ、でも、声がれるかしら?」

「ああ、その点は抜かりない。結界と結界の間に真空の層を作っている。空気がない場所だ。音は振動せずに遮断されて、外に届くことはない」

「……兄様……」

「なんだ? 羨望せんぼう尊敬そんけい表情かおで見るべき説明だったろ? なんでそんな残念そうな眼差まなざしを向ける?」

「いいえ、別に。ただその能力を、もう少し別の方向にいかされればよろしいのに、と思っただけですわ」

「おまえ――」


「ねぇ、お兄様、お姉様、まだぁ?」
「続きはぁ? お兄さまぁぁ」

 ぐっ。

「ほらほら、この子たちもこう言ってますし! 先ほどのシーンから、仕切り直しますわよ? はい、兄様、ご自慢の結界の中です。元気出して大きな声で!!」


 だからなんでおまえが"監督"なんだ。それは俺のポジションだろーが! つか、"監督"なんて要らないだろ?

 そう思いつつ、不毛な争いが繰り返されるだけなので、諦める。

 こうなったら自棄ヤケだ! 開き直りだ! 自分の結界を信じろ、俺!!

 父上以外には解けない結界だ。さっさとこいつらを満足させて、遊びを終わらせるんだ。




「ふはははは、我こそは勇者なり。恨み重なるの魔王の娘たちよ、覚悟し――」


「こちらです、陛下! 姫君たちの姿が見えずに探しておりましたら、この部屋に強力な結界が張られておりまして我らでは破ること叶わず」
「いま"勇者"と聞こえました。まさか侵入者が――!」



(――えっ?)

 外からの音が聞こえた? なんで? てか、いまなんて? 

 思う間もなく、全ての結界が破られ、扉が開かれる。

 バーン、と。そう、バーンと兵を従えた父上と目が合ったのは、ノリノリでマントをひるがえし、ちびっ子ふたりを見下ろす、俺。

 ハッ、"監督"どこ行った?



 …………。


 …………見られたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!

 あと、勉強サボってたのバレた。








 この件で、俺は"耐えがたい羞恥"という名の"絶望"を知った。







 その後しばらく父上からは探さぐるような視線を向けられ、他の者たちからは生温かい空気でもって見られ、顔上げて歩けなかった。自分の城なのに。

 偉大な魔王である父上の跡を継ぐのが俺だと、正式に全魔族に知らしめられた晴れがましい立太子式典はほんの一週間前のことだったはずが。
 今では遠い、夢幻ゆめまぼろしのように思える。
 ――まあ、"王太子のココロガマエ"とか言う勉強時間が追加された分、幻ではないみたいだけど。

 本当に、窮地に陥るのは一瞬。
 大抵、きっかけは些細ささいなことだ。常から慎重でいたい。あと、妹にはのせられない。俺は"魔王"を継ぐ前に大切なことを学んだと思う。
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