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初めは軽い気持ちでした (美鳥 過去)

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 初めは軽い気持ちでした、あの時もそう。

 街でスカウトされそのまま芸能界へ、よくあるパターンでした。
 高校卒業後すぐ、父が亡くなり実家の焼き鳥屋が閉店してしまい、長年父と一緒に店を切り盛りしていた母でしたが、一人では経営が出来ず諦めて別の仕事に就くことになりました。

 しかし慣れない仕事で、しかも今思えばブラックな企業だったのか、母は体調を崩してしまい働けなくなってしまったんです。

 当時は私もアルバイトを掛け持ちしていましたが、そんな時にアルバイトよりも稼げると言われ、悩んだ結果、芸能事務所に入る事にしました。

 最初は雑誌のモデルの仕事を受けてみました。

 写真を撮られる事には少し抵抗がありましたが、アルバイトよりも稼げますし、少しは母の負担を減らせると思い、一生懸命働きました。

 そして次に来た仕事は水着になっての撮影…… 肌を晒し色々なポーズを取り、その姿を撮影、恥ずかしくて恥ずかしくて、でも生活のためにと割り切って頑張りました。

 スタイルの良さを褒められ、おだてられ、段々と過激なポーズや水着を要求されるようになっても、たとえそれが多くの人に見られようとも……

 心をすり減らしながらも何とか仕事をこなしていたら、今度はテレビに出られる事になりました。

 でも……

 去年、母が亡くなりました……

 私の事を応援しながらも、自分は大きな病気だった事を隠していたんです。
 ようやく売れ始めて、生活を楽に出来ると思っていたのに。

 仕事が忙しくなるにつれ母との時間を取れなくなっていた私にとっては突然の事てショックが大きくて……

 私が芸能界なんて行かなければもっと母と過ごせたかも、恥ずかしいポーズで撮影している間、母は病気で苦しい思いをしていたのかも…… そう思うと、何も出来なくなってしまいました。

 活動休止して毎日部屋に籠り、仏壇の母に懺悔する日々、ご飯も喉を通らなくなりどんどん痩せていく…… そんな時にふと、小さな頃に両親と一緒に祖父母の家に行った時に食べた、ここのお団子を思い出したんです。

 ふらふらしながらも記憶を頼りにこの街を訪れ、そして『吉備団子店』にたどり着きました。

 あの頃は優しそうなおばあさんと、やる気のなさそうなお兄さんと、その隣に可愛らしいお姉さんがいたような…… あぁ、あれは桃太さんの両親だったんですね。

 今の桃太さんと千和ちゃんを見ているようでした…… やる気以外は色々とそっくりですね。

 話がそれてしまいました ……そして、久しぶりに食べた両親との思い出の味、飲み込むのが大変でしたが、懐かしさとあの頃を思い出して涙が出てしまいました。

 うふふっ、その後倒れてしまって迷惑かけてしまいましたね、すいません。

 とにかく、生きる気力を失くしていた私にとっては、桃太さんの作ったお団子は再び生きる気力が出るほどの美味しいお団子でした。

 そして、見ず知らずの私にとても優しく接してくれた桃太さんと千和ちゃん、本当にありがとうございます。



 
 ふぅ…… 私の悩みや後悔を聞いてもらえて少しスッキリしました。
 あと、おだんごも頂いちゃって……

 おだんご自体は何度か食べた事はありましたが、あんまり美味しいと感じた事はなかったんですよね。
 でも、こんな美味しくて何度もおかわりしたくなるおだんごはこれが初めて…… うぅっ、思い出すと恥ずかしいです!

 きっとよだれを垂らしながらおかわりをお願いしていましたよね? あぁ、そんな姿を千和ちゃんにも見られて……

 千和ちゃんがいけないんですよ! あんな見せ付けるようにおだんご食べて!
 まんまと千和ちゃんに乗せられておだんごを食べた私も私ですが……

 何かおかしいと思ったんですよ、ただの幼馴染って言ってたのに距離は近いし、一緒の部屋に入って行くし!

 こっそり覗いてみたらまさかおだんごを食べてるなんて思わないですよ!

 ……覗いてました、すみません。
 でも千和ちゃんにはバレてましたけど。

 ……でも、二人でお出かけして知った事、これは桃太さんには内緒ですね。

 千和ちゃんの桃太さんへの崇拝とも言えるほどの大きな愛。

『桃くんはきっと美鳥さんを救ってくれるよ』

 今初めて私の過去、今の状況を話したのに、千和ちゃんは私の様子から何かを勘づいていたのか、私にそう言いました。

 それに…… 

『桃くんのおだんご食べたら、きっと美鳥さんなら幸せにしてもらえるよ? ふふっ、私と一緒に食べさせてもらわない?』

 桃太さんのお団子を泣くほど喜んで食べた私ならと……

 本当に軽い気持ちでした。
 でも、このおだんごの味を知ったらもう……

 幸せに包まれ、お腹いっぱい。

 はぁ…… 私、もう駄目かもしれません。

 そんな私の様子を見て微笑む千和ちゃん。
 計画通りと思ったんですか? それとも一緒におだんごを食べる仲間が出来て嬉しい顔ですか? ……私、どんな顔をしてるんでしょう? 

 あぁっ! 千和ちゃん、また桃太さんのおだんごを食べてます…… 美味しそうに頬張って……

 桃太さん、千和ちゃんに食べさせてあげるんですか?

 あぁ…… あんなにお腹いっぱいそうだったのに、また欲しくなるなんて。

 いいですね、私もまた…… やっ、よだれが出てきちゃいましたぁ……



 桃太さん、また…… 私にも食べさせてもらえませんか?

 






 次の日の朝、何事もなかったかのようにニコニコと朝ご飯を作る千和ちゃんと、何だか気まずい空気の桃太さんと私。

 うぅ…… 桃太さんの顔が見れません。
 はしたなく何度もおだんごをおかわりをお願いした私に幻滅しちゃいましたか?

 でも、普段から食いしん坊な訳じゃないんです! 昨日はその…… いっぱい食べたい日だったんです、きっと! 

 ……えっ? 『食べてくれて、ありがとう』

 あぁ、そんな…… 恥ずかしそうな桃太さんの笑顔…… キュンとします。

 あれ? 私、ちょっとおかしいです。
 桃太さんに見つめられると…… 

 相手は高校生、年下ですよ!? 知り合ったばかりの私なんか…… でも……

 あぁっ!! 千和ちゃんが台所から私の様子を見て笑ってます! もう! 元はといえば千和ちゃんが変な事言うから…… 

 でも、千和ちゃんの言う通り良かったかもしれません。

 心のドロドロとしていたものが洗い流され…… いいえ、きっと上書きされたんですね、桃太さんのおかげで。

 後悔やこれからの不安は消えてはいないですが、孤独な気持ちは失くなりました。
 それだけで今の私には心強いです。

 色々スッキリとして、昨日より前向きになれたような気がします、ありがとうございました。

 これから徐々に今までの日常に戻れるように頑張りましょう。

 見送りは寂しくなるので不要と断り、自宅へと帰るために一人駅へと向かう。
 この街へと来た時とは違い、真っ直ぐ歩けていますね、体も心も。

 電車に乗り、窓の外を眺めながらこれからの事を考える。

 まずは仕事…… グラビアの撮影やテレビへの出演。
 ゆっくりと復帰出来るよう事務所にお願いしてみましょう。
 水着になるためにはまずは食を戻し、ほどよく肉を付けないと! こんな貧相な身体…… 見られて恥ずかしくないようにしなきゃいけません。

 誰に見られたいかと想像して顔が熱くなる…… あれ? 見られたいと思っているんですか、私?

 でも、誰でもいいって事じゃないんですよ? 逆に、他の誰かに見られようが知った事ではない…… ただ、桃太さんに……

 そんな事を考えていると、スマホのメッセージアプリに通知があり、開いてみると。

『美鳥さん、またね!』

 連絡先を交換したばかりの千和ちゃんからのメッセージ、そして更にもう一件通知が来て……

『おだんご、美味しい♥️』

 桃太さんのおだんごを美味しそうに食べている写真が送られて来ました。

 …………ズルい! ズルいです! 

 幼馴染だからって、好きな時に好きなだけ食べて! 食べさせる桃太さんも桃太さんです!

 私だって! あぁ、さっき別れたばかりなのに、桃太さんのおだんご食べたくなっちゃいましたぁ……

 

 桃太さん達の住む街ってよく考えれば、移動時間が少し増えますけど仕事をするには支障がないですよね?

 ……仕事を復帰する前にやらなければいけない事が決まりました。

 とりあえず、不動産屋さんに……


 初めは軽い気持ちでした。
 でも今は、桃太さんと、桃太さんのおだんごに夢中になっちゃいました。
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