商業ギルド支部長の恋人

つる

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追放の神子

愛しているから腹が立つ 3

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 シェルティオンが知る限り恋人のギゼラは強い剣士であり呪術が得意な魔術師で、素晴らしい魔術具士だ。一部の魔術使用、術具作りには場を浄化する必要がある。ギゼラも小さな範囲を浄化する術を持っていた。瘴気の元を丸ごと清めることはできないが、大人が一人座ってくつろげる天幕を清めることはできる。
 先程、シェルティオンとエディンドルが居た場所はそれより少し大きい範囲だ。それくらいならばギゼラの浄化可能範囲である。
「こんなところで……!」
 浄化したといっても永続するわけではない。元を断たなければあっという間に瘴気が広がる。
 都市の現状からするとダンジョンにある瘴気の元は断たれていない。ならば誰があの場を清めたのか。
 シェルティオンには一人、心当たりがある。
「生きてるならっ」
 未だおかしなダンジョンは瘴気が薄く、天井から下がる石も少ない。シェルティオンは天井と地面の様子を確認しながら腕を振る。すると長く薄い剣が一瞬鞭のようにしなった。ポツポツと降り始めた雨のように落ちる石が砕けてあちらこちらに散らばる。
 シェルティオンの後ろに続いたエディンドルはか細い悲鳴を上げたが、けしてシェルティオンから離れず走っていた。
 安全地帯から抜け出し、細かく尖った瓦礫を探してシェルティオンは走り続ける。ダンジョンが瓦礫を吸収し切る前、瘴気で呼吸がしづらくなる前、恋人ギゼラの痕跡が消えてしまう前、走らなければならない。
 シェルティオンは何度も剣を振る。
 石の雨は本降りにならず、いつもより順調に、いつもより早く走れた。
 本来ならば石の雨は土砂降りで、人が通った痕跡を探す前に瓦礫が吸収される。時々『ダンジョンに足を食われた』という冒険者がいるのは、このダンジョンの修復力のせいだ。足を瓦礫と一緒に吸収され身動きできずに仕方なく切り落とすのである。そうしなければ足だけでなく丸ごとダンジョンに食われて悪態もつけなってしまう。
 そんな場所が人の通った痕跡を残し、剣で石の雨を弾き落とすだけで走って行けるようになっている。
 走り続けるシェルティオンの脳裏に『ダンジョンの罠』ということばが浮かんだ。
 商業都市のダンジョンは生き物ではない。
 だがダンジョン主を定め、その主を食いつくすまである程度従う。強い力の宿る道具が主人を選び使わせるようなものだ。
 道具なのだから持ち主が使うのは当たり前のことである。主の気まぐれでダンジョン内部の仕様がかわることもたまにあることだ。その度冒険者達はダンジョンに弄ばれた。
「瘴気で主がおかしくなってんじゃねぇよなぁッ」
 シェルティオンは低い声でいい放ち勢いよく剣を振る。石は簡単に弾け勢いよく壁にぶつかった。後方でとうとう『ひぇえ』とエディンドルが大きな悲鳴を上げる。シェルティオンの怒りを声から感じて怯えているのかもしれない。
 後方からの情けない声を聞いても態度を改めることなく、シェルティオンは体温を上げる。
「ふっざけやがって!」
 ダンジョンに弄ばれ続けた少年時代を過ごし、大人になっても弄ばれるついでに奪われるのがシェルティオンの人生だった。ギゼラが恋人になるまでずっとそうで、ダンジョンから奪われたものの欠片を集めてくることを使命にしていたのだ。
 だからダンジョンとはそういう理不尽なものだとシェルティオンはわかっている。ギゼラの生存も諦めていた。ダンジョンにもいつまでたってもにやってこない神子にも、怒りを向けたってどうしようもないと我慢していたのだ。しかし今になって恋人生存の可能性が見え、一度噴き出した感情がぶり返し酷い勢いで捌け口を探していた。
「あった……!」
 人が通った痕跡……新しく壊したものではない石が人の通れるような道にそって落ちている場所を見つけ、シェルティオンはそれを辿る。その道がある場所では石の雨がほとんど降らず、シェルティオンは走る速度を上げた。
「ちょ、まっ」
「大丈夫、落とせる程度だろっ!」
「いや、そう、そうだが!」
 エディンドルの抗議を適当に聞き流し、人が作ったであろう道の先に目を凝らす。道の先には洞穴があった。ダンジョンに時々現れる安全地帯やモンスター達の巣などがこういった洞穴の中にある。
 シェルティオンはそこに向かって走りながら叫ぶ。
「生きてんなら返事しろッ!」
 洞穴に近づいても灯りや人影は見えない。
 だがシェルティオンはもう一度叫んだ。
「ギゼラァ!」
 大きな声はわんわんと十八階層内に響き、いくつか石を落とした。
 いつものシェルティオンならばしない行動であったが、どうしようもない憤りがそうさせたのだ。
 それでもシェルティオンは洞穴の前でなんとか立ち止まった。安全地帯ならばすぐさま突入しても問題ない。だがモンスターの巣ならば出入口を塞いで逃げなければならないからだ。
 シェルティオンが中の様子を伺い、エディンドルが息を乱しながらそこまで辿り着くと、そこからザクザクと砂を踏む音が響いた。
「……ルティ?」
 洞穴から聞こえた小さな声に、シェルティオンは力強く地を蹴り、宙返りすると洞穴から出てきた人間の脳天に向かって踵を落とす。
 洞穴から出てきた髪も髭ももっさりとした男は瞬時に短剣を盾代わりにし踵落しを防ぐと笑った。
「熱烈だな」
 出会い頭の一撃を止められ大人しく足を下ろし、シェルティオンはもっさりとした男の背中に腕を回すと囁く。
「キスしてぇ」
「他人がいる」
「うるせぇ」
 そしてシェルティオンは男が抵抗しないのをいいことにキスをする。
 何度も何度も角度を変え、場所を変え、触れるだけだったキスはやがて長くなった。
「……俺は何を見せられてんだ……?」
 息が整ってきたエディンドルの呟きが、虚しくその場に響く。
 最後のキスはとても濃厚で、長かった。
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