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追放の神子
愛しているから腹が立つ 1
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いくら嘆いても現状は変わらない。
エディンドルのお陰で少し落ち着いたシェルティオンはため息をついて頭を振った。
「申し訳ありません、取り乱してしまいまして」
「いや、そんないうほどでもなかったと思んだけど」
エディンドルがいうように暴れたり、叫んだり、長々と嘆いたりと表から見える取り乱し具合ではなかったが、シェルティオンが内心酷く取り乱していたのは確かだ。
ようやく立ち上がると、シェルティオンは小さく頭を下げた。混乱してすべてを投げ出さずに済んだことと泣き言のようになってしまったことへの謝意だ。
「まぁ、そういわず……俺の都合で借りておく」
「勝手に借りとか作ら、ね……お、俺?」
嘘偽りない気持ちで借りを作ると宣言し、話を流しかけたエディンドルを無視してシェルティオンはいつも通りニコリと笑って素を消す。
「さて、ここから下に向かうには雨のように降るつらら石を避けねばなりません」
「え、ええ……うん?」
切り替えの早さについていけないエディンドルをそのままに、シェルティオンはベルトから薄い帯状の刃を抜き柄を靴底から取り出し武器を組み立て始めた。
「といっても十八階層でつらら石が落下しない場所はここくらいしかないですが」
第十八階層名物のつらら石の雨は天井からつらら石が落ちては修復されまた落下する様子を喩えたものだ。冒険者達は深層に入る前の洗礼ともいった。
「そのせいか出現するモンスターは少なく硬いんです……一向に出てきませんけどね」
いくらモンスターが少ないといっても騒げば出てくる。まして目の壁というつらら石が落下しない場所にいるのだ。いないわけがなかった。穴を開けた際に瓦礫で潰れたモンスターがいたとしても、すべてのモンスターがいなくなるわけではない。長々と話し込んだり取り乱したりできるほど安全な場所ではないはずだった。
「ありがたいことだけど不気味だねぇ……つうか、どうやってその石防ぐの? 落ちるタイミングとかあるの? ところでなんかすごい武器でてきてねぇ?」
シェルティオンがあまりに自然すぎたのか、組み立てた武器を見たせいか。エディンドルはシェルティオンの素を瞬時に忘れたように声を上げた。
「人が歩くだけでつらら石が落ちます。もちろん大穴なんてあけたら派手に落ちると思います。修復速度……というよりも作成速度なのかもしれません。これも非常に早くて一つのつらら石が落ちたあと三つ数えるうちにまた落ちます。武器は……少々変わっていますが、使い方にコツが必要な普通の武器ですよ」
ベルトの中に収納していたせいで丸くなった刃を伸ばすべく、シェルティオンは武器を一振りする。刃は反り返ったあと自らの形状を思い出したのか真っ直ぐ伸びた。
「ますます薄さが目立ってるっつうか、何これ……?」
「これを作った鍛冶師はうちひらくん二号と呼んでいました」
「うちひらくん」
「ひたすら槌で打って平らにするそうで……使い勝手を知りたいから教えてくれと懇願されたので使っています」
横から斜めからと身体を動かしどんな武器か観察され、シェルティオンは恋人の友人を思い出す。商業ギルドでは美人の無駄遣いといわれており、物思いにふける様子が儚くて最高だと遠くで見る分には男女ともに人気のある鍛冶師だ。
鍛冶師はありとあらゆる武器に心奪われており、新武器の開発にも熱心だった。友人の恋人が戦える人間だと知ってからは新しく作った武器を持ってきては床に頭を擦りつけてお願いをしている。
毎回シェルティオンに毛虫を見るような目で見られて泣きながら頼み込むというのに、目をキラキラさせて新しい武器を持ってくる懲りない男でもあった。
そんな鍛冶師にエディンドルは少し似ている。おかしなところが似ているわけではなく、よくいえば楽天的で危険が過ぎれば早々に警戒心が薄れるところだ。今もシェルティオンが素をだしたことをすっかり忘れ武器の観察をしている。
「親しみやすい名前というか……武器の名前じゃねぇと思んだけど」
だがエディンドルは迂闊なだけでシェルティオンの知る鍛治師と違っておかしな挙動をしない。シェルティオンが見て感じた限りエディンドルは意外といいやつでまともな感性の持ち主だ。
「私もそう思いますが、あれのセンスの問題ですから。鞘がわりにベルトをお作りいただけたので名づけには目を瞑りました。これがなんの変哲もないベルトに見えるんですが腰回りが細くなると鞘として機能しなくなるので一々調整が必要なようにしてある独占欲の逸品でしてバックルには彫りで簡単な魔術と色が入れてありベルトの端は金属ではなく焼きと糸で装飾されていますこの糸がまた絶妙な染まり具合で古くは魔術染めともいわれる……申し訳ありません。取り乱しました」
エディンドルがいいやつだと思ったからか、先ほど取り乱したことにより抑えていたものが抑え切れなくなったのか。シェルティオンの態度はグラグラと気持ちに左右された。
シェルティオンは優秀な商業ギルド支部長であり、自らの役割に拘る頑固さがあるもののそれ故に信頼があるいい男だ。だが、弱点が三つあった。恋人と趣味と部屋の汚さである。
世界の中心は恋人だといわんばかりに溺愛しており人目をはばからないため友人達は悟りの境地を開いた。部屋の片付けられなさで昔付き合っていた人々には逃げられた。趣味を語らせると滑らかに喋り過ぎて口を挟めないくらいで、これで同僚に距離を置かれることもあった。
「さっきよりなんか、なんかすごかったんだけど」
しかも趣味が恋人に繋がる部分があるため、グラグラと揺れる気持ちが息も継がぬ早さで抑えを振り切り語らせる。
恋人や恋人に関する何かしらを話すのは辛いと蓋をしてきたことが仇となったのだ。
「申し訳ありません。色々決壊してしまいして」
シェルティオンは気持ちの蓋に一つ、また一つと穴が開いていくのを感じながら悲しそうに目を逸らした。
「なんかこう……色男はどこいった……?」
「最初からおりませんよ、そんな男は」
誤魔化しでも卑下でもないことばを吐き出し鼻で笑う。釣られたようにエディンドルが悲しそうに笑った。
「なかなかあんたも癖が強ぇな……」
良いことか悪いことか。
シェルティオンは判断がつかないことだと思うことにした。
エディンドルのお陰で少し落ち着いたシェルティオンはため息をついて頭を振った。
「申し訳ありません、取り乱してしまいまして」
「いや、そんないうほどでもなかったと思んだけど」
エディンドルがいうように暴れたり、叫んだり、長々と嘆いたりと表から見える取り乱し具合ではなかったが、シェルティオンが内心酷く取り乱していたのは確かだ。
ようやく立ち上がると、シェルティオンは小さく頭を下げた。混乱してすべてを投げ出さずに済んだことと泣き言のようになってしまったことへの謝意だ。
「まぁ、そういわず……俺の都合で借りておく」
「勝手に借りとか作ら、ね……お、俺?」
嘘偽りない気持ちで借りを作ると宣言し、話を流しかけたエディンドルを無視してシェルティオンはいつも通りニコリと笑って素を消す。
「さて、ここから下に向かうには雨のように降るつらら石を避けねばなりません」
「え、ええ……うん?」
切り替えの早さについていけないエディンドルをそのままに、シェルティオンはベルトから薄い帯状の刃を抜き柄を靴底から取り出し武器を組み立て始めた。
「といっても十八階層でつらら石が落下しない場所はここくらいしかないですが」
第十八階層名物のつらら石の雨は天井からつらら石が落ちては修復されまた落下する様子を喩えたものだ。冒険者達は深層に入る前の洗礼ともいった。
「そのせいか出現するモンスターは少なく硬いんです……一向に出てきませんけどね」
いくらモンスターが少ないといっても騒げば出てくる。まして目の壁というつらら石が落下しない場所にいるのだ。いないわけがなかった。穴を開けた際に瓦礫で潰れたモンスターがいたとしても、すべてのモンスターがいなくなるわけではない。長々と話し込んだり取り乱したりできるほど安全な場所ではないはずだった。
「ありがたいことだけど不気味だねぇ……つうか、どうやってその石防ぐの? 落ちるタイミングとかあるの? ところでなんかすごい武器でてきてねぇ?」
シェルティオンがあまりに自然すぎたのか、組み立てた武器を見たせいか。エディンドルはシェルティオンの素を瞬時に忘れたように声を上げた。
「人が歩くだけでつらら石が落ちます。もちろん大穴なんてあけたら派手に落ちると思います。修復速度……というよりも作成速度なのかもしれません。これも非常に早くて一つのつらら石が落ちたあと三つ数えるうちにまた落ちます。武器は……少々変わっていますが、使い方にコツが必要な普通の武器ですよ」
ベルトの中に収納していたせいで丸くなった刃を伸ばすべく、シェルティオンは武器を一振りする。刃は反り返ったあと自らの形状を思い出したのか真っ直ぐ伸びた。
「ますます薄さが目立ってるっつうか、何これ……?」
「これを作った鍛冶師はうちひらくん二号と呼んでいました」
「うちひらくん」
「ひたすら槌で打って平らにするそうで……使い勝手を知りたいから教えてくれと懇願されたので使っています」
横から斜めからと身体を動かしどんな武器か観察され、シェルティオンは恋人の友人を思い出す。商業ギルドでは美人の無駄遣いといわれており、物思いにふける様子が儚くて最高だと遠くで見る分には男女ともに人気のある鍛冶師だ。
鍛冶師はありとあらゆる武器に心奪われており、新武器の開発にも熱心だった。友人の恋人が戦える人間だと知ってからは新しく作った武器を持ってきては床に頭を擦りつけてお願いをしている。
毎回シェルティオンに毛虫を見るような目で見られて泣きながら頼み込むというのに、目をキラキラさせて新しい武器を持ってくる懲りない男でもあった。
そんな鍛冶師にエディンドルは少し似ている。おかしなところが似ているわけではなく、よくいえば楽天的で危険が過ぎれば早々に警戒心が薄れるところだ。今もシェルティオンが素をだしたことをすっかり忘れ武器の観察をしている。
「親しみやすい名前というか……武器の名前じゃねぇと思んだけど」
だがエディンドルは迂闊なだけでシェルティオンの知る鍛治師と違っておかしな挙動をしない。シェルティオンが見て感じた限りエディンドルは意外といいやつでまともな感性の持ち主だ。
「私もそう思いますが、あれのセンスの問題ですから。鞘がわりにベルトをお作りいただけたので名づけには目を瞑りました。これがなんの変哲もないベルトに見えるんですが腰回りが細くなると鞘として機能しなくなるので一々調整が必要なようにしてある独占欲の逸品でしてバックルには彫りで簡単な魔術と色が入れてありベルトの端は金属ではなく焼きと糸で装飾されていますこの糸がまた絶妙な染まり具合で古くは魔術染めともいわれる……申し訳ありません。取り乱しました」
エディンドルがいいやつだと思ったからか、先ほど取り乱したことにより抑えていたものが抑え切れなくなったのか。シェルティオンの態度はグラグラと気持ちに左右された。
シェルティオンは優秀な商業ギルド支部長であり、自らの役割に拘る頑固さがあるもののそれ故に信頼があるいい男だ。だが、弱点が三つあった。恋人と趣味と部屋の汚さである。
世界の中心は恋人だといわんばかりに溺愛しており人目をはばからないため友人達は悟りの境地を開いた。部屋の片付けられなさで昔付き合っていた人々には逃げられた。趣味を語らせると滑らかに喋り過ぎて口を挟めないくらいで、これで同僚に距離を置かれることもあった。
「さっきよりなんか、なんかすごかったんだけど」
しかも趣味が恋人に繋がる部分があるため、グラグラと揺れる気持ちが息も継がぬ早さで抑えを振り切り語らせる。
恋人や恋人に関する何かしらを話すのは辛いと蓋をしてきたことが仇となったのだ。
「申し訳ありません。色々決壊してしまいして」
シェルティオンは気持ちの蓋に一つ、また一つと穴が開いていくのを感じながら悲しそうに目を逸らした。
「なんかこう……色男はどこいった……?」
「最初からおりませんよ、そんな男は」
誤魔化しでも卑下でもないことばを吐き出し鼻で笑う。釣られたようにエディンドルが悲しそうに笑った。
「なかなかあんたも癖が強ぇな……」
良いことか悪いことか。
シェルティオンは判断がつかないことだと思うことにした。
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