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追放の神子
それでもやはりお前はいない 2
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呪術はシェルティオンの恋人であるギゼラ・オルドーが得意としており、特に術具を使う繊細な呪いを得意とする。
地下にあるダンジョンから地上にある支部に向かって、特定の人物へ伝言するために呪術を使う。中級呪術師ならばできないことはない。しかし呪いとしては大した効果がない術だ。役に立たないと切って捨てる呪術師も多い。古く細かな術でもあるため呪術師たちは使いたがらないのだ。
だから『遅れる』とわざわざダンジョン前支部に呪術で伝言を残すのは、ギゼラの可能性が高い。
もしそうならば、シェルティオンはギゼラの死体を探さなくてもいい可能性がある。
それを笑わずにいられようか。
「なんで今なんだよ……っ」
シェルティオンは腹を抱えて笑うだけ笑ったあと、降って沸いた希望に今度は頭を抱える。
「いや……いつ? いつ発動した……?」
見回りついでに支部に立ち寄っていた時は、いつもどおり綺麗なグラスコードだった。支部に人が立ち寄らなくなったのは数十日前だが、シェルティオンには正確な日数が分からない。忙しくしていたこともあるが、恋人が消息不明になってからというもの余裕と思考能力が一部解けだしていた。何か大きく変わったことがあり、他人に数字を聞かない限り、シェルティオンは自らを正常に動かそうと思わなかったのだ。
「一ヶ月……一ヶ月は経ってねぇ」
何とか情報を収集するために、シェルティオンは文字になっていたビーズを掻き集める。
呪術は魔術より偽装する術が多い。シェルティオンは職業柄色々な品物を見るが、呪具ほど何かしらの痕跡を探りにくいものはなかった。わかりやすいものがあるならひっかけか、呪具を作った術師が三流かのどちらかだ。ゆえにビーズを集めて調べてもほとんどわかることはない。
しかし、手がかりはこれしかないのだ。
そうしてシェルティオンがビーズを握りしめた瞬間、ダンジョンの空気が消えてなくなった。
「何で……」
ゆっくりと他の空気に混ざってわからなくなったり、風と共に他所へ流れたわけではない。急に消えてなくなったのだ。
「呪術と紐づいてる? 違う、そんなわけが」
シェルティオンは呪術やダンジョンの専門家ではない。呪術は人より少し知っていて、ダンジョンは新人の冒険者より多く潜っているだけだ。
呪術が発動する条件や壊し方のいくつかは知っていても、仕掛けた呪術が何に紐付けられどうやって発動しているかを知らない。
ダンジョンの空気が変わったことがわかっても、ダンジョンの空気がどうやって醸し出されるかも知らない。
だが、ダンジョンの空気に支部が飲まれたのがこの辺りを見回りしなくなってからということ、呪術の発動も同じ時期以降に起こったことだというのは解る。
伝言を崩すことにより呪術が解けたことも、ダンジョンの空気がその時掻き消えたのもわかった。
「違わなかったとして……どっちに紐付けられた?」
呪いが発動することでダンジョンの空気が引き寄せられたか、ダンジョンの空気を漂わせることで呪いを発動させたか。
どちらにしてもギゼラが呪術を使っているのなら、ダンジョンでギゼラの身にただならぬことが起こっているのは確かだ。
そもそも一ヶ月で帰る予定だったのに四ヶ月帰ってこないのだ。何もないということはないだろう。
「くそ……っ、わかんねぇ」
シェルティオンは赤銅色の髪をかき混ぜて大きな舌打ちをし、ため息までついた。
魔術も呪術も神術もシェルティオンよりギゼラが得意で、ダンジョンについてもユーセル以外のダンジョンも行き来しているベテランの冒険者であるギゼラの方が詳しい。
ここにギゼラがいればシェルティオンは色々悩む必要がなく、ギルドに押し付けられた持ち場を離れることもなかった。元神子一行に着いて行こうなんて思いもしなかったに違いない。
「どうして、いねぇんだよ……」
集めたビーズをポケットの中に詰め込み、八つ当たりするようにシェルティオンは呟く。
一ヶ月たったら帰ってくるはずだった。
ギゼラはいつも約束を守ったし、遅れるときは他の冒険者にしっかり言付けていた。
こんなことは一度もなかった。
瘴気が出ていると判断されてからダンジョンが閉鎖されたため、他の冒険者に巡り会えなかったのかもしれない。瘴気が出ているせいでいつも使う道が使えなかったのかもしれない。思ったよりモンスターが徘徊しており、慎重に調査をしているのかもしれない。
色々な理由をつけて二ヶ月待った。
もしかしたら怪我をしたのかもしれない。瘴気に侵され動けなくなっているのかもしれない。モンスターから逃げて深層で隠れているのかもしれない。ダンジョン内の崖や谷間に落ちて這い上がれずにいるのかもしれない。
心配しながら夜も眠れず三ヶ月仕事ばかりしてダンジョンの情報を集めた。
もう、死んでいるのかもしれない。
三ヶ月を過ぎると嫌なことばかり考え、四ヶ月たとうという頃になりシェルティオンは希望を持つのは止めた。
どうして待っていたのか。どうして仕事をしていたのか。どうして生きているなんて思ったのか。
理由はある。生きなければならなかったからだ。
しかしシェルティオンは思う。
声が聞きたい。顔が見たい。抱きつきたい。キスがしたい。セックスしたい。体温を確かめて、傍にいると感じて、朝になってもベッドの上で一時も離れず。
生きなければならないのなら出来る限りギゼラの傍にいたい。
「本当、どうしていねぇんだろ」
小さく小さく、もう一度だけ呟き、シェルティオンは大きく息を吐いた。
ここで嘆いてもどうにもならない。
「ダンジョン潜れば何かわかんだろ」
掻き乱した髪を整え軽く顔を叩くと、シェルティオンは歩き出す。
「元神子様ご一行、待ってたらどうするかな……」
地下にあるダンジョンから地上にある支部に向かって、特定の人物へ伝言するために呪術を使う。中級呪術師ならばできないことはない。しかし呪いとしては大した効果がない術だ。役に立たないと切って捨てる呪術師も多い。古く細かな術でもあるため呪術師たちは使いたがらないのだ。
だから『遅れる』とわざわざダンジョン前支部に呪術で伝言を残すのは、ギゼラの可能性が高い。
もしそうならば、シェルティオンはギゼラの死体を探さなくてもいい可能性がある。
それを笑わずにいられようか。
「なんで今なんだよ……っ」
シェルティオンは腹を抱えて笑うだけ笑ったあと、降って沸いた希望に今度は頭を抱える。
「いや……いつ? いつ発動した……?」
見回りついでに支部に立ち寄っていた時は、いつもどおり綺麗なグラスコードだった。支部に人が立ち寄らなくなったのは数十日前だが、シェルティオンには正確な日数が分からない。忙しくしていたこともあるが、恋人が消息不明になってからというもの余裕と思考能力が一部解けだしていた。何か大きく変わったことがあり、他人に数字を聞かない限り、シェルティオンは自らを正常に動かそうと思わなかったのだ。
「一ヶ月……一ヶ月は経ってねぇ」
何とか情報を収集するために、シェルティオンは文字になっていたビーズを掻き集める。
呪術は魔術より偽装する術が多い。シェルティオンは職業柄色々な品物を見るが、呪具ほど何かしらの痕跡を探りにくいものはなかった。わかりやすいものがあるならひっかけか、呪具を作った術師が三流かのどちらかだ。ゆえにビーズを集めて調べてもほとんどわかることはない。
しかし、手がかりはこれしかないのだ。
そうしてシェルティオンがビーズを握りしめた瞬間、ダンジョンの空気が消えてなくなった。
「何で……」
ゆっくりと他の空気に混ざってわからなくなったり、風と共に他所へ流れたわけではない。急に消えてなくなったのだ。
「呪術と紐づいてる? 違う、そんなわけが」
シェルティオンは呪術やダンジョンの専門家ではない。呪術は人より少し知っていて、ダンジョンは新人の冒険者より多く潜っているだけだ。
呪術が発動する条件や壊し方のいくつかは知っていても、仕掛けた呪術が何に紐付けられどうやって発動しているかを知らない。
ダンジョンの空気が変わったことがわかっても、ダンジョンの空気がどうやって醸し出されるかも知らない。
だが、ダンジョンの空気に支部が飲まれたのがこの辺りを見回りしなくなってからということ、呪術の発動も同じ時期以降に起こったことだというのは解る。
伝言を崩すことにより呪術が解けたことも、ダンジョンの空気がその時掻き消えたのもわかった。
「違わなかったとして……どっちに紐付けられた?」
呪いが発動することでダンジョンの空気が引き寄せられたか、ダンジョンの空気を漂わせることで呪いを発動させたか。
どちらにしてもギゼラが呪術を使っているのなら、ダンジョンでギゼラの身にただならぬことが起こっているのは確かだ。
そもそも一ヶ月で帰る予定だったのに四ヶ月帰ってこないのだ。何もないということはないだろう。
「くそ……っ、わかんねぇ」
シェルティオンは赤銅色の髪をかき混ぜて大きな舌打ちをし、ため息までついた。
魔術も呪術も神術もシェルティオンよりギゼラが得意で、ダンジョンについてもユーセル以外のダンジョンも行き来しているベテランの冒険者であるギゼラの方が詳しい。
ここにギゼラがいればシェルティオンは色々悩む必要がなく、ギルドに押し付けられた持ち場を離れることもなかった。元神子一行に着いて行こうなんて思いもしなかったに違いない。
「どうして、いねぇんだよ……」
集めたビーズをポケットの中に詰め込み、八つ当たりするようにシェルティオンは呟く。
一ヶ月たったら帰ってくるはずだった。
ギゼラはいつも約束を守ったし、遅れるときは他の冒険者にしっかり言付けていた。
こんなことは一度もなかった。
瘴気が出ていると判断されてからダンジョンが閉鎖されたため、他の冒険者に巡り会えなかったのかもしれない。瘴気が出ているせいでいつも使う道が使えなかったのかもしれない。思ったよりモンスターが徘徊しており、慎重に調査をしているのかもしれない。
色々な理由をつけて二ヶ月待った。
もしかしたら怪我をしたのかもしれない。瘴気に侵され動けなくなっているのかもしれない。モンスターから逃げて深層で隠れているのかもしれない。ダンジョン内の崖や谷間に落ちて這い上がれずにいるのかもしれない。
心配しながら夜も眠れず三ヶ月仕事ばかりしてダンジョンの情報を集めた。
もう、死んでいるのかもしれない。
三ヶ月を過ぎると嫌なことばかり考え、四ヶ月たとうという頃になりシェルティオンは希望を持つのは止めた。
どうして待っていたのか。どうして仕事をしていたのか。どうして生きているなんて思ったのか。
理由はある。生きなければならなかったからだ。
しかしシェルティオンは思う。
声が聞きたい。顔が見たい。抱きつきたい。キスがしたい。セックスしたい。体温を確かめて、傍にいると感じて、朝になってもベッドの上で一時も離れず。
生きなければならないのなら出来る限りギゼラの傍にいたい。
「本当、どうしていねぇんだろ」
小さく小さく、もう一度だけ呟き、シェルティオンは大きく息を吐いた。
ここで嘆いてもどうにもならない。
「ダンジョン潜れば何かわかんだろ」
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