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追放の神子
我慢してもお前は帰らない 2
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「お察しの通りダンジョンで何かあったというわけです。瘴気濃度の調査依頼をした冒険者もダンジョンで消息をたっていますし、ダンジョンから避難しているのでお分かりかと思いますが、ダンジョンに瘴気の発生源はあります。私見ですが恐らく瘴気の発生源は中層部と深層部の境い目あたりです」
「何故そう思うのですか」
アルゼライトの目は真っ直ぐシェルティオンを見つめる。嘘偽りを許さず、隠し事も許さない。真実を見抜き、探し出す目だ。
それが特殊な力あったなら、シェルティオンはアルゼライトに必要なことだけを伝えそそくさと相談室から退出しただろう。
だがアルゼライトの目に特殊な力はない。
シェルティオンはことばを選んで口にした。
「私がダンジョンの異変に気づける人間だからです」
商業都市ユーセルのダンジョンは第一層が地上にあり、都市の一部になっている。そのせいかユーセルの住人は瘴気やダンジョンの変化に鈍感なきらいがあった。だからダンジョンの些細な異変に気づかなかったのだ。
ユーセルのダンジョンに下りる冒険者たちは冒険者たちで、ダンジョンは人知を超えたおかしなものと認識している。警戒こそすれ、数時間、数分前と違うからといって『いつもと違う』と思わない。
だが、シェルティオンは少し事情が違った。
「先程おっしゃられた通り、私はダンジョンから生還した者で、一時はダンジョンの深部で暮らしておりました。だからでしょう。いつもと違うと解るんです」
ことばを選び話を長引かせているが、シェルティオンは嘘をついていない。しかし元神子は不思議そうに首を傾げた。
ダンジョンの深部は人が住む場所ではない。安全地帯はあっても一般的な食料が得られない。食糧を得るために安全地帯から出れば寝る間もなくモンスターから襲われる。
ダンジョンでは一時的に寝泊まりしても、住むというほど長い間滞在出来ない。
『ダンジョンに住んでいた』と、どんな風にいっても信じられないだろう。
シェルティオンは分かっていながら説明を追加しなかった。どういっても嘘にしか聞こえないからだ。
「というと?」
首を傾げるばかりの元神子に代わり、聖騎士がシェルティオンに話の続きを促した。
聖騎士は元神子と違いシェルティオンの話を疑っている様子はなく、当たり前のように受け止めている。シェルティオンにはそう見えた。
汚れを知らぬが故に信じているのではなく、知っているから驚きもしなかったといった風だ。
もしかしたら、この聖騎士は不良神官に近しいのかもしれない。シェルティオンは感情から気を逸らすために元神子一行を観察し続けた。
彼らがなんであるかは重要ではないが、気を逸らすには有用だったのだ。
「空気や匂い明るさ……曖昧で捉え辛く、些細で、すぐ変わるものなんですが。直感の類ですね」
そんなものは当てにならないと頭ごなしに否定する者は、相談室にはいなかった。
元神子たちは浄化の旅で嫌というほど実感してきたことであるし、シェルティオンは幼い頃からずっとそうだったからだ。
「何か違うといっても、何せふわっとしたものですから。ギルドに報告後、個人的に依頼もしました。ですが、流行病で混乱しておりましたから」
流行病を放置することはできないが瘴気も放置できない問題である。
しかし人手が不足していた。
ユーセルで病が流行り始めてすぐ冒険者の一部は余所へ行き、都市外に身を寄せる場所がある都市民も外に出たからだ。
「流行病にはとにかく人手が足りませんでしたので、ダンジョンを見張っているばかりの支部長である私も走り回っておりましたが、暇を見つけては調査をしました」
瘴気の専門家でもないシェルティオンができることは知れていたが、それでも調査結果はいいものではない。
ユーセルのダンジョンは三百年前に瘴気を浄化してから瘴気らしい瘴気も出ていなかった。だが、調査をするたび濃度は増し漂う範囲を広げていたのだ。
シェルティオンが商業都市のギルド各所に報告をするたび『少しだから』『まだ濃度が薄いから』そういって都市内のギルドは調査や浄化を先延ばしし続けた。
「結局、冒険者を一人ダンジョンに向かわせるまで何も出来ませんでした。ですから、一番詳しいのは私と私とともに調査して下さった冒険者……ギゼラ・オルドーになります。その、ギゼラ・オルドーが、消息不明に、なっている……わけですが」
ギゼラの生存を諦めていても、何度もギゼラがいないという事実を口にするのはシェルティオンの心を削いだ。淀みなくことばを吐き出していた口が急に動かなくなる。
シェルティオンは口元を押さえ何度か咳払いし、机の上にあるコップを傾けた。喋り続けて喉が乾いてしまい喋りにくくなったと見せかけたのだ。
「大丈夫ですか?」
アルゼライトが心配そうに眉を下げた。アルゼライトは美しく優しく優秀な神子として有名で、その優しさは王都を追放されても健在だったのだ。
これもシェルティオンには綺麗すぎるように見えた。
「……大丈夫です」
シェルティオンは警戒心が強い。一時はダンジョンに住んでいたことや、ダンジョンから生還したあと好奇の目に晒されたこと、商業ギルド職員という職についたこと。それらのせいだ。だから会ったばかりの人間に恋人の存在を見せようとしない。
シェルティオンは何事もなかったように手を振り小さく礼をいって話を続けた。
「そんなわけですので、今この都市では一番私がダンジョンと瘴気に詳しく、瘴気の発生源についても根拠のないものではないのです」
そうしてようやくアルゼライトがシェルティオンの話に頷いた。シェルティオンの話をようやく飲み込んだようだ。
護衛の二人は目配せし、頷き合ってアルゼライトに従う様子を見せた。
そこでシェルティオンもようやく話を長引かせた目的を告げる。
「ですので、私も瘴気発生源にご一緒いたします」
シェルティオンはもう少しの時間もギゼラを放っておきたくなかったのだ。
「何故そう思うのですか」
アルゼライトの目は真っ直ぐシェルティオンを見つめる。嘘偽りを許さず、隠し事も許さない。真実を見抜き、探し出す目だ。
それが特殊な力あったなら、シェルティオンはアルゼライトに必要なことだけを伝えそそくさと相談室から退出しただろう。
だがアルゼライトの目に特殊な力はない。
シェルティオンはことばを選んで口にした。
「私がダンジョンの異変に気づける人間だからです」
商業都市ユーセルのダンジョンは第一層が地上にあり、都市の一部になっている。そのせいかユーセルの住人は瘴気やダンジョンの変化に鈍感なきらいがあった。だからダンジョンの些細な異変に気づかなかったのだ。
ユーセルのダンジョンに下りる冒険者たちは冒険者たちで、ダンジョンは人知を超えたおかしなものと認識している。警戒こそすれ、数時間、数分前と違うからといって『いつもと違う』と思わない。
だが、シェルティオンは少し事情が違った。
「先程おっしゃられた通り、私はダンジョンから生還した者で、一時はダンジョンの深部で暮らしておりました。だからでしょう。いつもと違うと解るんです」
ことばを選び話を長引かせているが、シェルティオンは嘘をついていない。しかし元神子は不思議そうに首を傾げた。
ダンジョンの深部は人が住む場所ではない。安全地帯はあっても一般的な食料が得られない。食糧を得るために安全地帯から出れば寝る間もなくモンスターから襲われる。
ダンジョンでは一時的に寝泊まりしても、住むというほど長い間滞在出来ない。
『ダンジョンに住んでいた』と、どんな風にいっても信じられないだろう。
シェルティオンは分かっていながら説明を追加しなかった。どういっても嘘にしか聞こえないからだ。
「というと?」
首を傾げるばかりの元神子に代わり、聖騎士がシェルティオンに話の続きを促した。
聖騎士は元神子と違いシェルティオンの話を疑っている様子はなく、当たり前のように受け止めている。シェルティオンにはそう見えた。
汚れを知らぬが故に信じているのではなく、知っているから驚きもしなかったといった風だ。
もしかしたら、この聖騎士は不良神官に近しいのかもしれない。シェルティオンは感情から気を逸らすために元神子一行を観察し続けた。
彼らがなんであるかは重要ではないが、気を逸らすには有用だったのだ。
「空気や匂い明るさ……曖昧で捉え辛く、些細で、すぐ変わるものなんですが。直感の類ですね」
そんなものは当てにならないと頭ごなしに否定する者は、相談室にはいなかった。
元神子たちは浄化の旅で嫌というほど実感してきたことであるし、シェルティオンは幼い頃からずっとそうだったからだ。
「何か違うといっても、何せふわっとしたものですから。ギルドに報告後、個人的に依頼もしました。ですが、流行病で混乱しておりましたから」
流行病を放置することはできないが瘴気も放置できない問題である。
しかし人手が不足していた。
ユーセルで病が流行り始めてすぐ冒険者の一部は余所へ行き、都市外に身を寄せる場所がある都市民も外に出たからだ。
「流行病にはとにかく人手が足りませんでしたので、ダンジョンを見張っているばかりの支部長である私も走り回っておりましたが、暇を見つけては調査をしました」
瘴気の専門家でもないシェルティオンができることは知れていたが、それでも調査結果はいいものではない。
ユーセルのダンジョンは三百年前に瘴気を浄化してから瘴気らしい瘴気も出ていなかった。だが、調査をするたび濃度は増し漂う範囲を広げていたのだ。
シェルティオンが商業都市のギルド各所に報告をするたび『少しだから』『まだ濃度が薄いから』そういって都市内のギルドは調査や浄化を先延ばしし続けた。
「結局、冒険者を一人ダンジョンに向かわせるまで何も出来ませんでした。ですから、一番詳しいのは私と私とともに調査して下さった冒険者……ギゼラ・オルドーになります。その、ギゼラ・オルドーが、消息不明に、なっている……わけですが」
ギゼラの生存を諦めていても、何度もギゼラがいないという事実を口にするのはシェルティオンの心を削いだ。淀みなくことばを吐き出していた口が急に動かなくなる。
シェルティオンは口元を押さえ何度か咳払いし、机の上にあるコップを傾けた。喋り続けて喉が乾いてしまい喋りにくくなったと見せかけたのだ。
「大丈夫ですか?」
アルゼライトが心配そうに眉を下げた。アルゼライトは美しく優しく優秀な神子として有名で、その優しさは王都を追放されても健在だったのだ。
これもシェルティオンには綺麗すぎるように見えた。
「……大丈夫です」
シェルティオンは警戒心が強い。一時はダンジョンに住んでいたことや、ダンジョンから生還したあと好奇の目に晒されたこと、商業ギルド職員という職についたこと。それらのせいだ。だから会ったばかりの人間に恋人の存在を見せようとしない。
シェルティオンは何事もなかったように手を振り小さく礼をいって話を続けた。
「そんなわけですので、今この都市では一番私がダンジョンと瘴気に詳しく、瘴気の発生源についても根拠のないものではないのです」
そうしてようやくアルゼライトがシェルティオンの話に頷いた。シェルティオンの話をようやく飲み込んだようだ。
護衛の二人は目配せし、頷き合ってアルゼライトに従う様子を見せた。
そこでシェルティオンもようやく話を長引かせた目的を告げる。
「ですので、私も瘴気発生源にご一緒いたします」
シェルティオンはもう少しの時間もギゼラを放っておきたくなかったのだ。
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