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第4章

ライムとルーナの立案

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 「ルーナ。ドラゴンを補足した可能性があります。」

 羽織にくるまったままの状態で急いで屋根から飛び降りて、天幕の中に入る。ルーナはほとんど寝かけであり、ほかの女性陣も寝る準備を終えてベッドにもぐりこんでいた。

 「ライム。はっきりと姿を見たわけではないのですか?」

 のっそりとした動きでルーナが質問する。ほとんど眠りに落ちていたせいだろう。まだ頭がはっきりとしていないのか、仕切りの頭を振ったり軽く頬をたたいたりして眠気を覚まそうとしている。

 「はい。不自然な魔力の動きを見ただけなので何とも言えません。けれど、かなり大きな範囲の動きで、上空の動きであることからほぼ確実だと思います。たとえドラゴンでなかったとしても同じくらいの脅威であることは間違いありません。」

 かなり高い位置で、さらにまだまだ距離があるという状況でその動きがはっきりと見えたのだ。動きからして翼を羽ばたかせているようでもあるし、こちらに向かっていることから見てもドラゴンであることは件のドラゴンであることは間違いないだろう。

 ルーナはレナに男性陣の天幕へ行ってもらい、ニーナとメイリーンもすぐに動けるように整えるように指示を出す。

 「ライム。あなたは私のカバンの中へ。これからディランたちの天幕に移って報告します。」

 すぐに身支度を整えて隣に張ってある男性陣の天幕へと移る。先にレナが行って簡単に状況説明を終えてくれていたので、私たちに軽く質問をしただけですぐにディランたちも全容を把握する。

 「こちらに向かってはいるのだな。どのあたりに向かっているのかはわかるか?」

 「正確にはわかりませんが、少し北側にずれた進路でした。ずっと見ると視線に気づかれると思ったので。」

 「それは仕方がない。いきなり襲われたほうが困るのだから、ひとまずこちらに拠点を張っていることが分かっただけでも上々だろう。」

 ディランが私たちを慰めつつ、冷静にどう動くかを考える。

 「レナ、ポート。二人はあまり大きく騒がれないようにしながら各部隊に連絡してくれ。今日のうちには出撃しないだろうが、明日出発することはほぼ確実だ。進路をやや北に修正して行軍することになるだろうことも伝えておいてくれ。」

 二人は頷くとすぐに音もなく天幕から出て行った。

 あらためて見事な身のこなしに感心しているうちにもディランは次々と各自に仕事を割り振っていく。

 「ニーナとルーナはランベルとエラルダと共に二人で寝ずの番を務めてくれ。ライムは引き続き監視を。ただし今は外に出るな。しばらく時間をおいてから注意しつつ監視を行ってくれ。」

 私たちにも役割が振られる。寝ずの番と一緒に外で監視活動を継続することになった。

 「メイリーンとリーノは各自のテントで荷物をまとめておいてくれ。レナとポートが帰ってきたら最終の道具点検と装備の調整を。最悪いきなり襲撃されるかもしれないからな。」

 今は夜で、念のためにかがり火をつけてはおらず、天幕の中で外に漏れない程度の明かりをつけているのみだ。目立つようなことをしない限りは向こうが気付く可能性は少ない。

 ただ、可能性がないわけでもない。

 ドラゴンの感覚は非常に鋭いそうだ。敏感というよりは直感と言うか気を読むというか、そういう感覚器官に頼らない超感覚によって不意の襲撃なども察知するという。

 なので、こちらが変に意識を向けていると気づかれてしまう。あるいは気を引いてしまう可能性もあるのだ。

 向こうが少しでも目を向けて、人間が大勢いると知ったなら、まず確実に上空から攻めてくる。知恵があるならわざわざ降りてこないかもしれないし、逆に頑丈さに任せて突っ込んでくるかもしれない。強靭な肉体を持っているだけでも十分脅威となるのだ。それが考えて向かってくるとなるとこちらは一気に不利になる。せめて準備が万事整っている時に戦わなくては勝機などないだろう。

 結局その夜は何事もなく過ぎて行った。

 遥か上空の方から低い唸り声のようなものが届き、その数分後に天幕が壊れるのではないかと言うほどに強い突風が吹き荒れて大変だったけれど、いきなり戦闘に入るという事にはならずに済んだ。

 魔力の動きが山脈上部の方へ向かって見えなくなってから、ドラゴンが山脈に降り立ったことをディランに報告した。ディランはすぐにリアナとアスラを呼び、二人はそれぞれ部隊長らを呼んで緊急の話し合いを行うことにする。

 「しかし、厄介だな。古い文献には確かに姿を隠すことができるドラゴンやモンスターが存在するとあるが、まさか本当に実在するとは・・・。」

 アスラが頭を抱えながら唸る。

 モンスターはその存在だけで充分危険な存在だ。魔法を使い、人よりもはるかに優れた肉体を持つ。高い知能を持たないものが多いのでその部分で人間はまだ戦えているが、同等以上の知能を持つドラゴンにはそれも通用しない。

 そんなドラゴンが姿を消しているのだ。ただの人間でさえ透明となれば十分脅威となるのに、それが遥かに強靭で巨大な肉体を持ち、人以上の知能を持ち、強力な魔法を扱うことができるドラゴンが見えなくなるのだ。どう考えてもこちらが圧倒的に不利だ。

 「まだルーナが察知できているから大事になっていないけど、ルーナがいなければもう既に全滅となっていそうだな。」

 リアナはルーナを見て、それからルーナが肩にかけている鞄に目を向けて微笑む。

 「しかし、報告にはあのドラゴンが姿を隠す魔法を使っていたというものはなかったぞ。生きて帰ってきた者は皆克明に襲われた時の事を語ってくれていた。その時に姿を隠しておったならドラゴンだとはわからなかったじゃろうし、襲われる前も特に突然現れたというわけでもなかったようじゃし・・・。」

 アスラは不可解そうに首を傾げるけれど、その理由は考えるべくもないだろう。

 たぶん私たちだ。私たちがドラゴンと出会い、そして見つかった。なぜ私たちを追うのかはヘリアルと話していてもあまり納得はできなかったけれど、それでもドラゴンが私たちを真剣に追いかけているというのはわかった。だからこそそんな私たちを探すために姿を隠す魔法を使ったのだ。普段は使わない魔法を私たちは引き出してしまったのである。

 恐らく今日も私たちを探して飛び回っていたのだろう。だから姿を隠す魔法を使用したまま拠点まで帰ってきた。目と鼻の先まで来ているという事は考えないだろうけれど、先に見つかって避けられる可能性を考慮して拠点まで姿を隠したままでいるのかもしれない。

 今回撃退の難易度を上げてしまったのは私たちなのかもしれないと頭を悩ませるけれど、そこは私たちがドラゴンの位置を的確に指示して巻き返すしかないだろう。

 「戦闘の間も姿を隠したままなのかはわからないが、それを論じていても意味はないだろう。私たちは常に最悪のケースを想定して動くだけだ。」

 ディランは淡々とそう述べるけれど、アスラとリアナはそんなディランの言葉にため息を吐く。

 「わかってはいますが、それでも難しい。まずこの場合の最悪とは戦闘中も透過しているという事じゃろうが、透過しているドラゴンが見えるのはルーナ嬢一人。どうしても部隊としての動きは後手に回ってしまうでしょう。」

 「仮に一番早く反応できるルーナを先頭に置きなおしたとしても、それではルーナの身が危険すぎる。埋めることのできない戦力であるルーナが退場する事態はなるべく避けなければいけないだろう。」

 アスラもリアナも同じく姿を隠すドラゴンに頭を悩ませて良い案が浮かばないようだ。

 ディランもすぐには答えずに目を伏せて熟考している。いつも何かしらの案を提示して指示を出しているディランも、流石に今回の事態にはすぐに答えが出てこないらしい。

 (美景は何か案ある?)

 (うーん。敵の姿が見えないことには何ともならないから、何とか姿が見えるようにするのが方法としては正しいんだろうけど・・・逆にこっちも見えないように透過の魔法を使うのはどう?光魔法が得意な私たちなら何とか部隊の全員の姿を隠せないかな?)

 (それは・・・魔力が持つかどうかだよね。)

 光の魔法というのは隠蔽の性質も持つ。闇の魔法も同じく隠蔽の性質を持つけれど、光の魔法は光学迷彩のように光を屈折させて認識させないようにすることができるのだ。

 以前ドルン山脈にて初めて付与魔法を使った時、矢に光な魔法を使って見えないようにしたことがある。それを大規模にして、今この場にいる数千の兵士と騎士全員を透過させることができれば、向こうとこちらの条件が同じになるのではないかというものだ。

 向こうも私たちと同じように魔力の動きを感知することができるのなら全く同じにはならないけれど、やってみる価値は十分ある。そう、価値はあるのだ。

 けれど、私たちにそれだけの魔力があるのかが、正直なところわからない。

 いくら得意と言っても魔力を使わずにできるわけではないのだから、数千人に付与をするのはかなり難しいだろう。魔力の量的にも、技術的にもだ。

 3人とも悩んだまま固まっている。このままでは話は平行線のままで、何の策もないまま戦闘に突入することになるだろう。それほど物資的な余裕もないのだ。何日も森の中で籠るわけにはいかない。

 私たちは異次元ポケット内でしたためたメモをルーナに手渡す。ルーナはそのメモを盗み見て少しだけ考えてから口を開く。

 「これはまだできるかどうかは定かではありません。しかし、可能であればこの状況を好転させることができると思うのですが。」

 「今はどんな些細な案でも耳に入れたい。続けてくれ、ルーナ嬢。」

 アスラが話の続きを促し、ルーナはそれに軽く頷いて話を続ける。

 「向こうが見えない敵なら、こちらも姿を隠せればよいのではないか、と。」

 「それは身を潜ませながら山脈を登ってドラゴンの拠点周辺まで動くという事か?しかし、それは全く現実味がないぞ。障害物は盛り上がった雪と岩と木しかない。これほど多くの人間の身を隠しながら前に進むなど、山頂につくまでにどれだけかかるか。」

 決して不可能ではないけれど、作戦としては現実味にかけるとしてリアナがすっぱりと切り捨てようとする。

 しかし、ルーナはすぐにそれを否定するように首を振った。

 「いいえ、リアナお姉様。そういう事ではなく、魔法によって全員の姿を消すのです。」

 今度はリアナだけでなくディランとアスラも頭を振る。

 「それはいくらなんでも不可能だろう。数十の人間に魔法を付与するのでさえなかなかできることではないのに、今いる全員に付与を施すなどできるはずがない。」

 「いくらルーナでも・・それは無理だろう。無謀すぎる。」

 ディランは誰の発言かわかったようで鞄を見通して私たちを見る。

 私たちも簡単にできるとは思わないけれど、どうやら私たちの提案はかなり非常識だったらしい。

 しかし、一度私たちの言葉を読ん考えてから発言したルーナは、可能性はあると言った。

 「できないこともないと思います。かなりの魔力を消費することは確実ですが、姿を隠すこと自体は可能でしょう。」

 自信満々にそう答えるルーナに三人の視線が集まる。そして、ルーナは「もう一つ」と言って指を一本立てて見せる。

 「こちらの姿を隠して確実に先制を打てるならば、ドラゴンをあぶりだすことができるかもしれません。」

 「ほう。どのような作戦だ?聞かせてくれないか?」

 ディランに勧められるままに説明したルーナの作戦のキーマンがほぼすべて私たちであることに、最初の提案をした私たち自身泣き出しそうになったのだった。  
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