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第5章
コルネリアの願い 2
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「謝ってから言うのもなんだけれど、私はあなたがディランと共にいてくれて、本当に良かったと思っているの。ディランは城にいたころと違って、楽しそうにしているから。」
ディランは少年時代、あまり表情が動かなかい子供だったという。社交的な場では笑みをつくりはしていたけれど、それ以外の場面では一切笑わない子であったらしい。
いじめを受けていたこと、王子としての立場、側室の王子であるのにも関わらず優秀であったことから浮いていたこと、それらがディランに隙を作らぬようにさせたのではないかと王太后は言った。
「コルネリア王太后は、ディランの事を気にかけていたのですか?」
王太后の中で、ディランとはどういう位置づけなのか、実際のところわからない。というのも、確かにディランは優秀であったけれど、他にも子はいたわけだし、それもディランは側室の子なのだ。どうも側室という感覚、その子供という感覚がわかりにくい私たちとしては、王太后がどういう感情をディランに抱いているのかわからない。
王太后はそっと微笑んで、どこか遠くを見るように湖の向こう側へ視線を移した。
「ディランは非常に優秀な子だったわ。教師をつかせれば驚くほどの勢いで教えられたことを吸収していったし、剣の才能も開花して、国王に選ばれなかったとしても重用されることは確実の、とても才気に満ち溢れた子。」
遠くを見つめていた王太后が再び私たちに目を向けたころには、笑みは憂い顔へと変わっていた。
「けれどね、彼はとても優し過ぎたの。」
「優し・・過ぎた?」
「そう。どれだけ勉強ができても、どれだけ剣の腕が上達しても、それを驕ることはなく、むしろ一歩引いて、嫉妬する者たちからの嫌がらせも耐えるだけで何もせず、ずっと、ずっと自分を押し殺してきたわ。」
王太后は溜息を吐き、前のめりになりかけていた姿勢を戻す。言いながら気が高ぶりかけていたのだろう。深呼吸をして一度落ち着いてから、王太后はまた話をつづけた。
「私が知るディランはいつもそうだったわ。そして、私がこれだけディランに目をかけるようになった事件が起こった。ライム。あなたはディランがエスカート候補であったということは知っている?」
随分前の話になるけれど、確かにディランがエスカート候補、私たちが知る勇者のような存在の候補になっていたということを聞いた。
「確か、ディランは自らエスカートになりたいと国王に進言したのですよね。けれど、結局はエレアがエスカートになった。」
「その通りよ。けれど、それは少し大雑把すぎるわね。」
私たちの説明に苦笑した王太后は、詳しく説明してくれた。
「国王、ラスタルがディランの進言を断ったのは、ただの子供可愛さからではないの。ラスタルは、ディランに王位を継いでもらうために、わざわざ辺境まで探させて、ディランの進言を退いたのよ。」
「ディランを国王にするため?けれど、ディランを除いても、優秀な人はいたんですよね?ウォルトス王子とか。それに、ディランは王位継承権も高くないですし、ディランである必要はなかったのでは?」
「確かにウォルトスも優秀ではあったわ。ディランがいなければ、誰の文句もなくウォルトスが王位を継いでいたでしょう。けれど、ディランは優秀さとそれに見合うだけの人望もあった。それも、国民からの人望が。それは、全ての王子王女の中でディランにしかなく、そして王国にとって最も必要な素質だったの。ディラン以上に国王が務める適任者がいなかったのよ。」
単純な学力、武力に置いても、当時歳の差があったのにもかかわらず拮抗、あるいは上を行っていて、その上国民からの人気も相当あったのだとか。その理由としては、ディランはよく市井に堂々と出かけていて、困っている人を助けたり、仕事をしている人を労ったり、一緒になって行事に参加したりしていたかららしい。
王子ってそんなに自由にできるのだろうかとも思うけれど、城内ではいじめがあったり、誰もそれを止める人がいなかったりしたらしいので、むしろ城外に出ることは問題が少なくなって歓迎されていたのかもしれない。
「そして、ディランは自分の進言を受け入れてもらえなかった日、この湖のほとりに立っていた。」
王太后は湖の一角を指さして「ちょうどその辺りよ。」とほほ笑んだ。
「私はたまたまディランの後姿を見つけて、そっと近づいたの。そしたら彼は私の気配に気づいて、びっくりした顔で私の方を向いたわ。彼らしくもなく、目に涙を溜めてね。」
王太后のその話を聞いたとき、私たちはディランがエスカートについての説明をしてくれた時の事を思い出した。苦り切った顔をして、ひどく後悔していた。まだエレアとはきちんとそのことについて話しができていないようだし、今もひきずっているだろう。当時の彼は今よりもきっと悔しく思っていたに違いない。
「初めて彼が泣いた顔を見た私は、ディランと少し話をしました。彼は涙を拭って平静を装いましたが、めずらしく感情がうまく隠しきれていませんでした。」
「エスカートになって、民を、みんなを救いたかった。私が一番適任だったのに、父上はそれを認めてくれなかった。あんな小さい少女を連れてきてまで。」と、ディランは嘆いたそうだ。正直に自身の感情を吐露したのは初めてのことで、王太后はただ聞き役に徹していただけだけれど、その姿に王太后は胸を打たれたのだという。
「決して涙を見せず、弱みを見せず、さりとて前に出ることも無かったディランが、民の、国のことには真剣に憂いて、ラスタルの行いに激高していたのです。その時、私は彼に王位を継いでもらいたいと、そうでなくとも、彼が信じる道を進んでほしいと思ったのです。」
王太后が話を終えると、私たちの目を見てまじめな表情をつくった。謝られた時と同じ真剣な雰囲気に、私たちは自然と居住まいを正してしまう。
「今、ディランは自分で道を選び、進んだうえで次期国王を目指そうとしています。ライム、民には優しく、気が回るけれど、自分の事となると後回しにしてしまう彼を守り、支えてください。それが、私からの願いです。」
謝ったときと同じように、いやそれよりも深く頭を下げて、王太后は願う。そして、同時に後ろに控えていた護衛と侍女も深く低頭した。
「ライム。ディランをたのみます。」
正直な話、そこまで平に頼まれても困る。困るけれど、これに応えないということも、私たちにはできない。
(私はのーちゃんが嫌なら断るけど?)
(私は断れないの!)
(昔から人の頼みは断れなかったもんね。)
とにかく、私たちは頭を下げる三人に笑顔で応えたのだった。
「できる限り、全力で守ります!」
ディランは少年時代、あまり表情が動かなかい子供だったという。社交的な場では笑みをつくりはしていたけれど、それ以外の場面では一切笑わない子であったらしい。
いじめを受けていたこと、王子としての立場、側室の王子であるのにも関わらず優秀であったことから浮いていたこと、それらがディランに隙を作らぬようにさせたのではないかと王太后は言った。
「コルネリア王太后は、ディランの事を気にかけていたのですか?」
王太后の中で、ディランとはどういう位置づけなのか、実際のところわからない。というのも、確かにディランは優秀であったけれど、他にも子はいたわけだし、それもディランは側室の子なのだ。どうも側室という感覚、その子供という感覚がわかりにくい私たちとしては、王太后がどういう感情をディランに抱いているのかわからない。
王太后はそっと微笑んで、どこか遠くを見るように湖の向こう側へ視線を移した。
「ディランは非常に優秀な子だったわ。教師をつかせれば驚くほどの勢いで教えられたことを吸収していったし、剣の才能も開花して、国王に選ばれなかったとしても重用されることは確実の、とても才気に満ち溢れた子。」
遠くを見つめていた王太后が再び私たちに目を向けたころには、笑みは憂い顔へと変わっていた。
「けれどね、彼はとても優し過ぎたの。」
「優し・・過ぎた?」
「そう。どれだけ勉強ができても、どれだけ剣の腕が上達しても、それを驕ることはなく、むしろ一歩引いて、嫉妬する者たちからの嫌がらせも耐えるだけで何もせず、ずっと、ずっと自分を押し殺してきたわ。」
王太后は溜息を吐き、前のめりになりかけていた姿勢を戻す。言いながら気が高ぶりかけていたのだろう。深呼吸をして一度落ち着いてから、王太后はまた話をつづけた。
「私が知るディランはいつもそうだったわ。そして、私がこれだけディランに目をかけるようになった事件が起こった。ライム。あなたはディランがエスカート候補であったということは知っている?」
随分前の話になるけれど、確かにディランがエスカート候補、私たちが知る勇者のような存在の候補になっていたということを聞いた。
「確か、ディランは自らエスカートになりたいと国王に進言したのですよね。けれど、結局はエレアがエスカートになった。」
「その通りよ。けれど、それは少し大雑把すぎるわね。」
私たちの説明に苦笑した王太后は、詳しく説明してくれた。
「国王、ラスタルがディランの進言を断ったのは、ただの子供可愛さからではないの。ラスタルは、ディランに王位を継いでもらうために、わざわざ辺境まで探させて、ディランの進言を退いたのよ。」
「ディランを国王にするため?けれど、ディランを除いても、優秀な人はいたんですよね?ウォルトス王子とか。それに、ディランは王位継承権も高くないですし、ディランである必要はなかったのでは?」
「確かにウォルトスも優秀ではあったわ。ディランがいなければ、誰の文句もなくウォルトスが王位を継いでいたでしょう。けれど、ディランは優秀さとそれに見合うだけの人望もあった。それも、国民からの人望が。それは、全ての王子王女の中でディランにしかなく、そして王国にとって最も必要な素質だったの。ディラン以上に国王が務める適任者がいなかったのよ。」
単純な学力、武力に置いても、当時歳の差があったのにもかかわらず拮抗、あるいは上を行っていて、その上国民からの人気も相当あったのだとか。その理由としては、ディランはよく市井に堂々と出かけていて、困っている人を助けたり、仕事をしている人を労ったり、一緒になって行事に参加したりしていたかららしい。
王子ってそんなに自由にできるのだろうかとも思うけれど、城内ではいじめがあったり、誰もそれを止める人がいなかったりしたらしいので、むしろ城外に出ることは問題が少なくなって歓迎されていたのかもしれない。
「そして、ディランは自分の進言を受け入れてもらえなかった日、この湖のほとりに立っていた。」
王太后は湖の一角を指さして「ちょうどその辺りよ。」とほほ笑んだ。
「私はたまたまディランの後姿を見つけて、そっと近づいたの。そしたら彼は私の気配に気づいて、びっくりした顔で私の方を向いたわ。彼らしくもなく、目に涙を溜めてね。」
王太后のその話を聞いたとき、私たちはディランがエスカートについての説明をしてくれた時の事を思い出した。苦り切った顔をして、ひどく後悔していた。まだエレアとはきちんとそのことについて話しができていないようだし、今もひきずっているだろう。当時の彼は今よりもきっと悔しく思っていたに違いない。
「初めて彼が泣いた顔を見た私は、ディランと少し話をしました。彼は涙を拭って平静を装いましたが、めずらしく感情がうまく隠しきれていませんでした。」
「エスカートになって、民を、みんなを救いたかった。私が一番適任だったのに、父上はそれを認めてくれなかった。あんな小さい少女を連れてきてまで。」と、ディランは嘆いたそうだ。正直に自身の感情を吐露したのは初めてのことで、王太后はただ聞き役に徹していただけだけれど、その姿に王太后は胸を打たれたのだという。
「決して涙を見せず、弱みを見せず、さりとて前に出ることも無かったディランが、民の、国のことには真剣に憂いて、ラスタルの行いに激高していたのです。その時、私は彼に王位を継いでもらいたいと、そうでなくとも、彼が信じる道を進んでほしいと思ったのです。」
王太后が話を終えると、私たちの目を見てまじめな表情をつくった。謝られた時と同じ真剣な雰囲気に、私たちは自然と居住まいを正してしまう。
「今、ディランは自分で道を選び、進んだうえで次期国王を目指そうとしています。ライム、民には優しく、気が回るけれど、自分の事となると後回しにしてしまう彼を守り、支えてください。それが、私からの願いです。」
謝ったときと同じように、いやそれよりも深く頭を下げて、王太后は願う。そして、同時に後ろに控えていた護衛と侍女も深く低頭した。
「ライム。ディランをたのみます。」
正直な話、そこまで平に頼まれても困る。困るけれど、これに応えないということも、私たちにはできない。
(私はのーちゃんが嫌なら断るけど?)
(私は断れないの!)
(昔から人の頼みは断れなかったもんね。)
とにかく、私たちは頭を下げる三人に笑顔で応えたのだった。
「できる限り、全力で守ります!」
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