上 下
107 / 167
第二部 プロキオン星編

第107話 その頃イナリは、神楽殿

しおりを挟む
 神楽が行われる本番前日、リハーサルが行われた。

 今回もセンターを務めるのはタマモのタマだ。
 家出をして、神楽の時しかプロキオンに戻ってこないくせに、いつまでタマモの座に居座る、恥知らずな奴だ。さっさと、辞めて、その座を私に明け渡せばいいものを、目障りで仕方がない。

「イナリ、少し遅れているわよ。ちゃんとついてきて」
 何よ、さっきからその上から目線の注意は。あなたと私は同じ歳じゃない。タマモだからといい気になって。大体、後ろにいる私のことなんか見えないでしょうに。頭にくるわ。

 あんたなんか本家の長女だから、たまたま、タマモをやってるだけでしょう。タマだけに、たまたまよ。プププ。笑える。
 それに、代々、タマモを出しているのは、本家より、分家筋の方が多いんだからね。
 あなたのお母さんの元タマモのアジ様だって、元々は分家の出身で、私のお母さんと従姉妹じゃない。大きい顔をしないでもらいたいわ。

「イナリ! やる気があるの? やる気がないなら他の人に代わってもらって」
「やる気はあるわ。私はね。ただ、普段練習に出てこない人と合わせにくいだけよ」

「ヨーコはちゃんと合わせられているわよ。自分の練習不足を人のせいにしないで!」

 そういえば、今回から神楽を舞う三人目にタマの妹のヨーコが入っていたっけ。こいつもタマモを狙っているようだから気をつけないと。うかうかしていられないわ。

「お姉ちゃん。時間がないから、どんどんやろ」
「む。そうだな。もう一度最初から通しでやるぞ。イナリ、下手は下手なりに、人の足を引っ張るなよ」
「誰が下手だ!」
「お姉ちゃん……」

 私とタマが度々衝突したが、リハーサルはなんとか無事に終わった。
 タマの奴、言いたい放題言って、リハーサルが終わると涼しい顔して、さっさと戻っていきやがった。
 全く、癪に触る。

「さて、私も帰ろ。あれ? あれはヤガト様」
 私も帰ろうとしたところで、大公様の孫のヤガト様が、何人かの仲間を引き連れて神楽殿の裏手に入って行くのが目に入った。

「こんな所に何の用だろう?」

 私は興味をひかれ、ヤガト様の後をつけることにした。

 すると、神楽殿の裏手から地下に降りていくではないか。

「こんな所に下りの階段があったなんて、知らなかったわ」

 ヤガト様達を追って、私も階段を降りる。
 かなり降りた先が少し広くなっていて、そこからいくつもの通路が伸びていた。
 通路の先がどうなっているかは、ここからではよくわからない。

「この通路の先にアンカーがあるのか?」
「はい、社を繋ぎ止めるため、太い鎖で繋がれています」
「それで、これがアンカーの解除装置というわけか」
 遠目でよくわからないが、壁に何かレバーのような物が見える。

「はい、これを解除しなければ、社は鎖に繋がれたままで、浮き上がることはできません」
「それを知っているのはお前だけか?」
「私が発見して、まだ誰にも話していませんからね」

 あ、あいつ、最近よく社にやってくる学者じゃない。
 鎖とか浮き上がるとか何を言ってるのかしら……。

「よし、なら、俺がいいというまで黙っていろ」
「よろしいのですか? これが解除されないと、皇王候補は困ることになりますよ」
「少しの間、おとなしくしてもらうだけさ。俺がプロキオンの王になったら改めて呼び寄せて、その時はこれを解除して、うまくいくようにお膳立てしてやるさ。俺の権威を上げるためにな」

「発表を先延ばしにすると、それだけ研究が遅れてしまうのですがね」
「勿論、それ相応の見返りは用意しよう」
「そうですか。期待してますよ」

 これは、あれだ、いわゆる、悪だくみという奴だわ。
 どうしよう。皇王候補が困ると言っていたから、誰かに知らせた方がいいわよね。
 ここは、気づかれないように静かに抜け出さそう。

 私がそのまま後ろ向きに一歩下がった所で何かにぶつかった。
 後ろには何もなかったはずだ。
 慌てて振り返ると、そこには男が立っていた。

「キャー!」
 思わず声を上げてしまった。まずいと思って、全力で駆け出そうとしたが、私は男に腕を掴まれ、逃げることができない。

「放して」
 抵抗したが、とても敵いそうにない。

「なにごとだ! その女はどうした?」
 ヤガト様にも見つかってしまった。

「そこで立ち聞きしていました」
「私、悪だくみなんか聞いていないわよ」

「お前は、イナリか。そうだな。お前は何も聞いていなかった」
「そうよ、何も聞いていないわ」
「そもそも、俺たちに会っていないし、ここにも入ってこなかった」
「私は何も見なかったし、リハーサルの後はそのまま帰ったわ」

「物分かりのいい奴は好きだぞ。そうだな。黙っていたらお前をタマモにしてやろう」
「私がタマモ!」

「その代わり、もし喋ったら」
「もし喋ったら?」

「これだ」
 ヤガト様は首を手で切る真似をした。
 命がないということだろう。

「決して喋りません!」
「ならいい。行け」

 男が腕を離したので、私は急足で逃げ帰ったのだった。
 もちろん、その後、そのことを誰にも告げることはなかった。

 翌日は神楽の本番であった。
 昨日のことが気になったが、私にはどうすることもできなかった。
 話の様子から、皇王候補が困ることになるようだが、後で挽回の機会もあるようだ、大した問題にはならないだろう。
 そう、自分に言い聞かせて本番が始まるまで、舞台裏に待機する。

「イナリ、顔色が悪いけど、大丈夫」
 そうだ、タマモのタマならなんとかしてくれるかも。それに、今なら関係者しかいない。
「タマ……。あのね」

「あー。イナリさん。皇王候補の前で舞うので、緊張してるのですか。あちらに熱いお茶を用意しましたから、そちらで一服して緊張を解されてはいかがでしょうか」
 タマと話そうと思ったら、小間使いの男が声をかけてきた。

「え、いや、私は……」
「さあさあ、どうぞこちらに(喋るなと言っただろ)」
 小間使いの男は、ヤガト様の仲間だったようだ。
 私は恐怖で声も出なくなってしまう。

「イナリ、何も心配しないで、ただ無心で舞えばいいのよ」
「ええ、わかったわ」

 タマの言う通り、私にできるのはただ無心で舞うことだけだった。

 それが、かえって良かったのか、本番でここ一番の舞ができたのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界でも男装標準装備~性別迷子とか普通だけど~

結城 朱煉
ファンタジー
日常から男装している木原祐樹(25歳)は 気が付くと真っ白い空間にいた 自称神という男性によると 部下によるミスが原因だった 元の世界に戻れないので 異世界に行って生きる事を決めました! 異世界に行って、自由気ままに、生きていきます ~☆~☆~☆~☆~☆ 誤字脱字など、気を付けていますが、ありましたら教えて頂けると助かります! また、感想を頂けると大喜びします 気が向いたら書き込んでやって下さい ~☆~☆~☆~☆~☆ カクヨム・小説家になろうでも公開しています もしもシリーズ作りました<異世界でも男装標準装備~もしもシリーズ~> もし、よろしければ読んであげて下さい

スペーストレイン[カージマー18]

瀬戸 生駒
SF
俺はロック=クワジマ。一匹狼の運び屋だ。 久しく宇宙無頼を決めていたが、今回変な物を拾っちまった。 そのまま捨ててしまえば良かったのに、ちょっとした気の迷いが、俺の生き様に陰をさす。 さらば自由な日々。 そして……俺はバカヤロウの仲間入りだ。 ●「小説化になろう」様にも投稿させていただいております。

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

愛人をつくればと夫に言われたので。

まめまめ
恋愛
 "氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。  初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。  仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。  傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。 「君も愛人をつくればいい。」  …ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!  あなたのことなんてちっとも愛しておりません!  横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。

空のない世界(裏)

石田氏
SF
働きながら書いてるので更新は不定期です。 〈8月の作者のどうでもいいコメント〉 『本格的な夏になりました。学校では夏休み、部活に励む学生、夏の催し夏祭り……ですが、楽しいことばかりではない夏でもある。山のようにある宿題、熱中症等健康悪化、夏休みのない大人。何が楽しくて、こんな暑い中祭りに行くんだと言いながら、祭りに行く自分。まぁ、色々あると思いますが、特に脱水には気をつけましょう。水分不足で、血液がどろどろになると、脳梗塞の原因になります。皆、熱中症だけじゃないんだよ。ってことで、今月も仕事しながら執筆頑張ります』 完全に趣味で書いてる小説です。 随時、概要の登場人物更新します。 ※すいません、途中字数オーバーがありますが、御承知ください。(アルファポリス様更新前の上限一万字の時のことです)

ある事実を隠した能力者

Nori
SF
ある特殊能力を得た主人公はほぼ全ての事ができる。 主人公はヒロインと出会って能力を成長させていく物語です。 主人公は過去に最強を求めて…

無記名戦旗 - no named warbanner -

重土 浄
SF
世界全てと重なり合うようにして存在する電子空間メタアース内では、今日も仮想通貨の覇権戦争が行われている そこで戦うのは全ての市民、インセンティブにつられて戦うギグソルジャー(臨時雇い傭兵)たちだ オンラインARゲームが戦争の手段となったこの時代で、いまだ純粋なプロゲーマーを目指す少年、一色空是はその卓越した技能ゆえに戦火に巻き込まれていく… オンラインと現実の境界線上で起こる新しい世界戦争。それを制するのは、ゲームの強さだけだ! (他サイトでも連載中)

処理中です...