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第二章

第42話 講師

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 ヒロインの騒動が片付き、周囲が落ち着いてきたころ、狙いすましたかのように前方のドアから講師とおもわれる3人の男女が講義室に入ってきた。
「はい皆さん、席に着き注目してください」
 一番年配の男性が声を上げる。

「私がこの学年の主任担当のパッカー=サウス=ロートである。皆さん宜しく。因みに南の公爵は兄にあたる。法律経済の講義も担当する。」
 赤みがかった茶髪のちょっとでっぷりした感じの中年紳士である。

「隣にいるのが、副担当のセリーネ=ビヤンコ侯爵夫人とニコラス=アウラン子爵である」
 中年紳士の紹介を受けて、夫人にしてはまだ若い黄色みがかった金髪の女性が自己紹介する。

「紹介を受けたセリーネ=ビヤンコです。主に女性の方の生活指導を担当します。困ったことがあったら何でも相談してくださいね。礼節作法とダンスも担当します」
 にこやかに微笑みながら語り掛けるような話しぶりだ。

 続いてその隣に立つ男性が話し出す。
「ニコラス=アウラン子爵だ、新任だがよろしく頼む、主に男共の生活指導を担当する。専門は地理歴史だ」
 少し横柄な感じにこう挨拶した緑色の髪をした男性は、その耳の先が少し尖っている。エルフの特徴を色濃く残している。

 この世界には昔、エルフやドワーフ、獣人といった亜人がいたが、人族との交流が進み、純粋な亜人は居なくなってしまった。しかし、時たま亜人の特徴を持つ子供が生まれることがある。そんな子供は差別の対象となったり、逆に、祀り上げられたりと、良くも悪くも特別扱いされることが有るので大変である。

 私はこの新任講師を知っている。彼は、私が6歳の時から5年間、公爵家で家庭教師をしていたのだ。住み込みで私や弟の勉強を見る傍ら、従者の様な仕事をしていたのである。
 そして、彼はゲームの攻略対象者の一人であった。

 そんなことを考えている内にも中年紳士の説明は続いていく。
「一日の時間割は、前半D3、D4トキが書記 算術 歴史地理 法律経済 作法礼節の講義、大体がこの講義室で行われる。昼休みのD5トキを挟んで、後半D6、D7トキが魔法やダンス、体術剣術、護身術の実習となる。場所はその時々で異なるから掲示板でよく確認するように」

 前半D3、D4トキというのは前世でいう、午前9時から正午までに当たる。
 昼の間が D1からD8トキ。
 夜の間がN1からN8トキ。
 1トキ約1時間半。
 1トキは8タイム。1タイム約11.25分である。

「それと、その日何の講義や実習が行われるかは、一週間の予定が掲示板に張り出されるので、これも確認しておくように。なお、前半の講義は全て受けなくてはならない必須だが、後半の実習は選択で、必要なものだけを受ければよい」

 1週間は8日、普通は5日学んで 3日休みである。

「一年間の主な予定は、第2月、3月が前期、第4月が夏休み、第5月、6月が後期、第1月が冬休みだ」

 なんとこちらの世界、一年は6か月しかない。ただし、一月は8週間もある。計算すると一年は384日有り、前世より長い。
 これらの知識も、講義室の前に立つ新任講師に教わったことを思い出し、思わず苦笑いが浮かぶ。学問無双できると思っていたのに出鼻をくじかれたかんじだった。

「なお、3年目の夏休みには迷宮実習が予定されているので、参加希望者はよく鍛えておくように」
 この迷宮実習が、私の人生を決める大切なターニングポイントになる。それまでに準備を確実に進めなければ。

 その後も中年紳士からは、細かい諸注意が続いていた。私はこれからどの様に準備を進めようか考えていた。
「以上だ。質問がなければ終わりにする」
 質問を受ける気があるのか疑いたくなる勢いで中年紳士が退出していく。続いて残りの二人も退出する。退出間際に新任講師がこちらに苦笑いを浮かべながら手を振っていた。何故苦笑い?

「お嬢様、余りに睨み続けますと講師の方々がお可哀想ですよ」
「別に睨んでなんかいないは、ちょっと考え事をしていただけよ」
 リココに要らぬ疑いを掛けられてしまった。まさか、中年紳士が逃げるように出ていったのは私のせいではないわよね。

 今日は前半のオリエンテーションで終了、後半の実習は無いとのこと。私は帰宅に向け、リリコを従え講義室の後ろの扉から外に出た。

 私たちが学院正面の昇降口に辿り着くと、そこには既に迎えの馬車が着いて……まだ着いていなかった。迎えの馬車を手配するのはシリーの役目である。シリーのやつ使えん。

「リココ、ちょっと馬車の待機所まで行って、迎えが来ていないか見て来てくれる」
 私の指示にリココが少し考えた素振りを見せる。

「ですが、お嬢様をお一人にするわけには……」
「大丈夫よ、ここはまだ学院内だし、一人でも危険はないわ」
「そうですか。分かりました。では直ぐ見て参ります」
「よろしくね」

 速足に待機所に向かうリココを目で追うと、後ろから声を掛けられた。
「やあ、イライザ嬢久し振り、8年振りくらいかな。僕だよ。当然分かるよね?」
 振り向いた私の瞳に映ったのは、オレンジ色の髪をした少年だった。

「これは、ラン司祭お久しぶりです」
 攻略対象者の一人、枢機卿の孫のラン=マホンだ。最近司祭になったと聞いている。
「僕が司祭になったこと分かるんだ。流石に何でもお見通しだね」
 別に鑑定で知ったわけではないが、敢えてそのことには触れない。

「ところで、今日はどのようなご用件でしょうか」
「そんなに警戒しないでよ。これから同じ学院で学ぶ事になったから、挨拶に来ただけだから。神様にも言われてるんだよね。君とは敵対しないようにって」
 彼の使える魔法は支援系魔法、その中でも異質な『神託』が使える。

「それより見てたよ。流石に女の子を土下座させるなんて、見た目が良くないよ」
「あれは私がさせていたわけではありません」
「あの子が『世の理』なのかな?」
「流石司祭様、難しいことを仰るのですね。私には分かりかねます」
『世の理』とは何のことだろう? たぶんヒロインを指しているのだろうが、そんな言葉初めて聞いた。

「またまた、白を切るのがうまいね」
「何のことやら」
 こいつどこまで知っているのだろう。彼を『鑑定』すべきだろうか。

「睨むの止めて貰えるかな。流石に僕でも君に睨まれたら、ここで土下座しかねない」
 凝視し過ぎたか。私は彼から目を背ける。
「ふー。まあ、こちらはそちらと敵対する積もりは無いから。それは覚えて置いて貰えると助かるかな。そういうことだからよろしくね」
 それだけ言い残すと、彼は帰宅を急ぐ人混みの中に紛れて行った。
 神はどこまで事実を彼に伝えているのだろう。シリーに聞けば分かるかしら?

 考え込んでいるとリココが戻ってきた。
「お嬢様、やはり迎えの馬車はまだ着いていないようです」
「そう、シリーがまたサボっているのかしら。仕方ないわね。学院内のカフェで少し時間を潰してきましょう」
 私はリココを引き連れてカフェに向かうのでした。それがイベント強制力だとは知らずに。

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