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少年のシーグラス
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浜辺で、貝とも石とも違う、淡い色をした小さなかけらを見たことのある人はいるだろうか。
どこの浜辺でも少し探せば見つかるそれは、今はシーグラスという名前で呼ばれている。
その正体は、海に捨てられたガラス製品が、波や砂に揉まれるうちに、砕け、表面をけずられて、滑らかになったものである。
手に取って見てみると、なかなかきれいで、一見すると宝石の原石のようにも見える。
これは、そんな小さなガラス片にまつわる、小さな話である。
ある春の日の昼過ぎのこと。ある浜辺で、二人の少年が遊んでいた。
一人は縮れ毛をした小太りの少年で、もう一人は眼鏡をかけた小柄な少年だった。
二人は浜辺で遊ぶうちに、シーグラスを見つけた。
「これは宝石だろうか?」
縮れ毛の少年の問いに、眼鏡の少年が答えた。
「これは実はガラスらしい。本で見たことがある。実物を見るのは、初めてだけれど」
二人の少年は、初めて見るその輝きに、心を奪われ、夕刻まで夢中で拾い集めた。
少年達はその日、めいめいの家にシーグラスを持ち帰ると、めいめいの母親に、その淡い色のかけらをプレゼントした。
めいめいの母親は、つけていたエプロンでそれを包み受け取ると、幸せそうににっこり微笑んだ。
二人の少年は、これから違う運命をたどることになる。
縮れ毛の少年は、次の日、図書館にいた。シーグラスよりももっときれいな石を拾える場所はないかと、図鑑を開き、読みふけった。山で宝石の原石がとれることがあると知ると、少年は翌日から、あちこちの山をめぐり、宝石の原石を探した。空振りに終わる日も多くあったが、運よく原石を見つけたときは、少年はそれを母親にプレゼントした。母親はそのたびににっこり微笑み、台所の窓の白い木枠の上に、その色とりどりの原石を並べていった。
一方、眼鏡の少年は、次の日、昨日と同じ浜辺にいた。昨日よりも多くのシーグラスを集めようと、腕まくりをし、躍起になって探し回った。何度も立っては屈み、立っては屈み。やがて夕刻になり、影法師が浜辺に長く伸びるころ、少年は両手が溢れるほどのシーグラスを家に持ち帰った。少年は再び、母親にそれをプレゼントした。母親は、小さく微笑んだ後、小さなため息をついた。
それから幾年の時が過ぎた。二人の少年は、青年と呼ばれる歳になった。
ある日、縮れ毛の青年は、遠い山の奥で、透き通った八面体の原石を見つけた。青年はその日から石探しをやめ、今度はその八面体の原石を磨くすべを探した。再び図書館へ赴き、あちこちの工房をめぐり、これと思う師につき、研磨の技術を身に着けた。そして心を込めて、八面体の原石を磨いた。それには、その八面体の原石を見つけるのにかかった時間よりも、更に長い時間を要したが、やがてすばらしく輝く一つの宝石に仕上がった。青年は、それを母親に贈ろうとしたが、母親は微笑むのみで、受け取らなかった。
一方、眼鏡の青年は、変わらず浜辺で、毎日シーグラスを集めては母親に贈っていた。母親はもう微笑むことをしなかった。青年は、母親が笑わないことに不安を感じ、雨の日も雪の日も、せっせと浜辺に通い詰めては、シーグラスを拾い集めた。
しかしある日のこと、母親は、家じゅうを埋め尽くしたシーグラスをすべて捨ててしまった。青年は、空虚になった家の中で、ぽつんと立ち尽くした。
そして今、浜辺には四つの影法師が伸びている。
一つの小さな影法師が、可愛らしく伸びたり縮んだりしている傍で、大きな影法師が二つ並んで立っている。もう一つの大きな影法師は、少し離れたところで、やはり伸びたり縮んだりを繰り返している。
小さな影法師を見ながら、傍の大きな影法師が呟いた。
「僕は勉強不足だったようだ。ダイヤモンドの原石というものは、てっきり山の中にあるものと決めつけていたけれど、最近よくよく調べたら、浜辺の砂の下に隠れていることもあるそうなんだ。ダイヤモンドは固くて重いから、山から川に運び出されて、浜辺の砂に埋もれてじっと眠っていることがあるらしい」
ふうん、そうなの。と、傍らの大きな影法師が言った。その影法師は、海面に反射する日の光が眩しくて、片手を額に当てた。
その指がキラリと強く輝いた。
「そうらしいわよ、坊や。ダイヤは見つかった?」
その声に、小さな影法師が駆け寄ると、握りしめていた手のひらを開いた。
中には白いシーグラスが温められていた。
夕刻になった。
三つの影法師が姿を消しても、最後の影法師だけは、やはり伸びたり縮んだりを繰り返している。
ざぱん…ざぱん…と、波の音だけが、寂しく浜辺に響いている。
夕日に照らされた波打ち際で、何かが光ったようだが、影法師はそれに気づかなかった。
やがて日は沈み、辺りが闇に覆われて、やっと影法師も見えなくなった。
ざぱん…ざぱん…
終
どこの浜辺でも少し探せば見つかるそれは、今はシーグラスという名前で呼ばれている。
その正体は、海に捨てられたガラス製品が、波や砂に揉まれるうちに、砕け、表面をけずられて、滑らかになったものである。
手に取って見てみると、なかなかきれいで、一見すると宝石の原石のようにも見える。
これは、そんな小さなガラス片にまつわる、小さな話である。
ある春の日の昼過ぎのこと。ある浜辺で、二人の少年が遊んでいた。
一人は縮れ毛をした小太りの少年で、もう一人は眼鏡をかけた小柄な少年だった。
二人は浜辺で遊ぶうちに、シーグラスを見つけた。
「これは宝石だろうか?」
縮れ毛の少年の問いに、眼鏡の少年が答えた。
「これは実はガラスらしい。本で見たことがある。実物を見るのは、初めてだけれど」
二人の少年は、初めて見るその輝きに、心を奪われ、夕刻まで夢中で拾い集めた。
少年達はその日、めいめいの家にシーグラスを持ち帰ると、めいめいの母親に、その淡い色のかけらをプレゼントした。
めいめいの母親は、つけていたエプロンでそれを包み受け取ると、幸せそうににっこり微笑んだ。
二人の少年は、これから違う運命をたどることになる。
縮れ毛の少年は、次の日、図書館にいた。シーグラスよりももっときれいな石を拾える場所はないかと、図鑑を開き、読みふけった。山で宝石の原石がとれることがあると知ると、少年は翌日から、あちこちの山をめぐり、宝石の原石を探した。空振りに終わる日も多くあったが、運よく原石を見つけたときは、少年はそれを母親にプレゼントした。母親はそのたびににっこり微笑み、台所の窓の白い木枠の上に、その色とりどりの原石を並べていった。
一方、眼鏡の少年は、次の日、昨日と同じ浜辺にいた。昨日よりも多くのシーグラスを集めようと、腕まくりをし、躍起になって探し回った。何度も立っては屈み、立っては屈み。やがて夕刻になり、影法師が浜辺に長く伸びるころ、少年は両手が溢れるほどのシーグラスを家に持ち帰った。少年は再び、母親にそれをプレゼントした。母親は、小さく微笑んだ後、小さなため息をついた。
それから幾年の時が過ぎた。二人の少年は、青年と呼ばれる歳になった。
ある日、縮れ毛の青年は、遠い山の奥で、透き通った八面体の原石を見つけた。青年はその日から石探しをやめ、今度はその八面体の原石を磨くすべを探した。再び図書館へ赴き、あちこちの工房をめぐり、これと思う師につき、研磨の技術を身に着けた。そして心を込めて、八面体の原石を磨いた。それには、その八面体の原石を見つけるのにかかった時間よりも、更に長い時間を要したが、やがてすばらしく輝く一つの宝石に仕上がった。青年は、それを母親に贈ろうとしたが、母親は微笑むのみで、受け取らなかった。
一方、眼鏡の青年は、変わらず浜辺で、毎日シーグラスを集めては母親に贈っていた。母親はもう微笑むことをしなかった。青年は、母親が笑わないことに不安を感じ、雨の日も雪の日も、せっせと浜辺に通い詰めては、シーグラスを拾い集めた。
しかしある日のこと、母親は、家じゅうを埋め尽くしたシーグラスをすべて捨ててしまった。青年は、空虚になった家の中で、ぽつんと立ち尽くした。
そして今、浜辺には四つの影法師が伸びている。
一つの小さな影法師が、可愛らしく伸びたり縮んだりしている傍で、大きな影法師が二つ並んで立っている。もう一つの大きな影法師は、少し離れたところで、やはり伸びたり縮んだりを繰り返している。
小さな影法師を見ながら、傍の大きな影法師が呟いた。
「僕は勉強不足だったようだ。ダイヤモンドの原石というものは、てっきり山の中にあるものと決めつけていたけれど、最近よくよく調べたら、浜辺の砂の下に隠れていることもあるそうなんだ。ダイヤモンドは固くて重いから、山から川に運び出されて、浜辺の砂に埋もれてじっと眠っていることがあるらしい」
ふうん、そうなの。と、傍らの大きな影法師が言った。その影法師は、海面に反射する日の光が眩しくて、片手を額に当てた。
その指がキラリと強く輝いた。
「そうらしいわよ、坊や。ダイヤは見つかった?」
その声に、小さな影法師が駆け寄ると、握りしめていた手のひらを開いた。
中には白いシーグラスが温められていた。
夕刻になった。
三つの影法師が姿を消しても、最後の影法師だけは、やはり伸びたり縮んだりを繰り返している。
ざぱん…ざぱん…と、波の音だけが、寂しく浜辺に響いている。
夕日に照らされた波打ち際で、何かが光ったようだが、影法師はそれに気づかなかった。
やがて日は沈み、辺りが闇に覆われて、やっと影法師も見えなくなった。
ざぱん…ざぱん…
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