少年のシーグラス

居間一葉

文字の大きさ
上 下
1 / 1

少年のシーグラス

しおりを挟む
 浜辺で、貝とも石とも違う、淡い色をした小さなかけらを見たことのある人はいるだろうか。
 どこの浜辺でも少し探せば見つかるそれは、今はシーグラスという名前で呼ばれている。
 その正体は、海に捨てられたガラス製品が、波や砂に揉まれるうちに、砕け、表面をけずられて、滑らかになったものである。
 手に取って見てみると、なかなかきれいで、一見すると宝石の原石のようにも見える。
 これは、そんな小さなガラス片にまつわる、小さな話である。
 
 ある春の日の昼過ぎのこと。ある浜辺で、二人の少年が遊んでいた。
 一人は縮れ毛をした小太りの少年で、もう一人は眼鏡をかけた小柄な少年だった。
 二人は浜辺で遊ぶうちに、シーグラスを見つけた。
「これは宝石だろうか?」
 縮れ毛の少年の問いに、眼鏡の少年が答えた。
「これは実はガラスらしい。本で見たことがある。実物を見るのは、初めてだけれど」
 二人の少年は、初めて見るその輝きに、心を奪われ、夕刻まで夢中で拾い集めた。
 少年達はその日、めいめいの家にシーグラスを持ち帰ると、めいめいの母親に、その淡い色のかけらをプレゼントした。
 めいめいの母親は、つけていたエプロンでそれを包み受け取ると、幸せそうににっこり微笑んだ。
 
 二人の少年は、これから違う運命をたどることになる。
 
 縮れ毛の少年は、次の日、図書館にいた。シーグラスよりももっときれいな石を拾える場所はないかと、図鑑を開き、読みふけった。山で宝石の原石がとれることがあると知ると、少年は翌日から、あちこちの山をめぐり、宝石の原石を探した。空振りに終わる日も多くあったが、運よく原石を見つけたときは、少年はそれを母親にプレゼントした。母親はそのたびににっこり微笑み、台所の窓の白い木枠の上に、その色とりどりの原石を並べていった。
 
 一方、眼鏡の少年は、次の日、昨日と同じ浜辺にいた。昨日よりも多くのシーグラスを集めようと、腕まくりをし、躍起になって探し回った。何度も立っては屈み、立っては屈み。やがて夕刻になり、影法師が浜辺に長く伸びるころ、少年は両手が溢れるほどのシーグラスを家に持ち帰った。少年は再び、母親にそれをプレゼントした。母親は、小さく微笑んだ後、小さなため息をついた。
 
 それから幾年の時が過ぎた。二人の少年は、青年と呼ばれる歳になった。
 
 ある日、縮れ毛の青年は、遠い山の奥で、透き通った八面体の原石を見つけた。青年はその日から石探しをやめ、今度はその八面体の原石を磨くすべを探した。再び図書館へ赴き、あちこちの工房をめぐり、これと思う師につき、研磨の技術を身に着けた。そして心を込めて、八面体の原石を磨いた。それには、その八面体の原石を見つけるのにかかった時間よりも、更に長い時間を要したが、やがてすばらしく輝く一つの宝石に仕上がった。青年は、それを母親に贈ろうとしたが、母親は微笑むのみで、受け取らなかった。
 
 一方、眼鏡の青年は、変わらず浜辺で、毎日シーグラスを集めては母親に贈っていた。母親はもう微笑むことをしなかった。青年は、母親が笑わないことに不安を感じ、雨の日も雪の日も、せっせと浜辺に通い詰めては、シーグラスを拾い集めた。
 しかしある日のこと、母親は、家じゅうを埋め尽くしたシーグラスをすべて捨ててしまった。青年は、空虚になった家の中で、ぽつんと立ち尽くした。
 
 そして今、浜辺には四つの影法師が伸びている。
 一つの小さな影法師が、可愛らしく伸びたり縮んだりしている傍で、大きな影法師が二つ並んで立っている。もう一つの大きな影法師は、少し離れたところで、やはり伸びたり縮んだりを繰り返している。
 小さな影法師を見ながら、傍の大きな影法師が呟いた。
「僕は勉強不足だったようだ。ダイヤモンドの原石というものは、てっきり山の中にあるものと決めつけていたけれど、最近よくよく調べたら、浜辺の砂の下に隠れていることもあるそうなんだ。ダイヤモンドは固くて重いから、山から川に運び出されて、浜辺の砂に埋もれてじっと眠っていることがあるらしい」
 ふうん、そうなの。と、傍らの大きな影法師が言った。その影法師は、海面に反射する日の光が眩しくて、片手を額に当てた。
 その指がキラリと強く輝いた。
「そうらしいわよ、坊や。ダイヤは見つかった?」
 その声に、小さな影法師が駆け寄ると、握りしめていた手のひらを開いた。
 中には白いシーグラスが温められていた。
 
 夕刻になった。
 三つの影法師が姿を消しても、最後の影法師だけは、やはり伸びたり縮んだりを繰り返している。
 ざぱん…ざぱん…と、波の音だけが、寂しく浜辺に響いている。
 夕日に照らされた波打ち際で、何かが光ったようだが、影法師はそれに気づかなかった。
 やがて日は沈み、辺りが闇に覆われて、やっと影法師も見えなくなった。
 
 ざぱん…ざぱん…
 
 
 終
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件

フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。 寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。 プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い? そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない! スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。

足りない言葉、あふれる想い〜地味子とエリート営業マンの恋愛リポグラム〜

石河 翠
現代文学
同じ会社に勤める地味子とエリート営業マン。 接点のないはずの二人が、ある出来事をきっかけに一気に近づいて……。両片思いのじれじれ恋物語。 もちろんハッピーエンドです。 リポグラムと呼ばれる特定の文字を入れない手法を用いた、いわゆる文字遊びの作品です。 タイトルのカギカッコ部分が、使用不可の文字です。濁音、半濁音がある場合には、それも使用不可です。 (例;「『とな』ー切れ」の場合には、「と」「ど」「な」が使用不可) すべての漢字にルビを振っております。本当に特定の文字が使われていないか、探してみてください。 「『あい』を失った女」(https://www.alphapolis.co.jp/novel/572212123/802162130)内に掲載していた、「『とな』ー切れ」「『めも』を捨てる」「『らり』ーの終わり」に加え、新たに三話を書き下ろし、一つの作品として投稿し直しました。文字遊びがお好きな方、「『あい』を失った女」もぜひどうぞ。 ※こちらは、小説家になろうにも投稿しております。 ※扉絵は管澤捻様に描いて頂きました。

マスク ド キヨコ

居間一葉
現代文学
ある日に見た白昼夢をもとにした短編です。 生き物のオスにとっての幸せってなんだろう、という問いに対する一つの答えとして書きました。 本作を補完するものとして、オスの本質、幸せについて、近況ボードに私見を書いています。 3月11日から毎日18時更新します。 ※露骨さ、下品さは抑えたつもりですが、一部性的な描写があります。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

処理中です...