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自販機の缶ポタージュ

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 自販機の前で、僕は何を買うべきか、真剣に考えた。
 まずは当然、「あたたか~い」のカテゴリーに限定される。この際どうでもいいが、この「~」の部分に、僕は若干苛立ちを覚えた。人に媚びながら、同時に小馬鹿にしている感じが、どことなく、ギョロ目の口調に似ている気がする。今、彼はどこで何をしているのだろう。一人で飲み屋にでも行ったのだろうか。
 いやいや、あんな小デブのことは、繰り返すがどうでもよいのだ。問題は、何を購入するべきかだ。相手は僕とは縁もゆかりもない、性別も年齢も分からない赤の他人である。その好みを探り当てようなど、無理難題もいいところだ。
 また余談になってしまうが、そういえば、僕にはそもそも、自販機で温かい飲み物を買った記憶がない。35年間生きてきて、一度もないということは多分ないはずだが、記憶に残っていない。自宅と職場を、速やかに往復することで日々を過ごしている僕にとって、台所か給湯室へ足を運べば用が足りるからかもしれない。
 僕は最初、缶コーヒーを買おうとした。職場で、主任が買っているのを何度か目にしたことがある。自販機で買う温かい飲み物といえば、定番であるように思われた。小銭を投げ込み、点灯したボタンに指を当てたところで、しかし僕は手を止めた。
 人影が空腹の様子であることを忘れていた。缶コーヒーには、無糖、微糖、ミルク入り等々あるが、どれも空腹を満たすには力不足だろう。
 ボタンに当てていた手を、横に滑らせながら、僕は考えた。緑茶や紅茶では同じことである。レモネードもあるが、これは僕は飲んだことがないから、どういうものか分からない。はちみつ入りとあるところを見ると、そこそこ実力があるように思われたが、自分が未経験なものを他人には勧められない。
 僕の指は、最後から数えて2番目のボタンで、ようやく止まった。
 缶入りコーンポタージュ。
 ポタージュという言葉の、正確な意味は知らない。料理名なのだろうか。それとも調理法を指す言葉なのだろうか。ただ、言葉の意味はわからなくとも、おおよその味は知っている。自宅でも職場でも、粉末をお湯で溶かして作る即席のコーンポタージュなら、幾度となく口にしたことがある。とろみのあるスープは、より温かさを感じられるし、コーンの粒入りだから、多少なりとも食い出もある。もっとも、自販機で缶入りとして売られているとは、今知った。他の缶と比べて、一回り大きくて容量もありそうだ。容器の口も広い。コーンの粒が流れ出やすくなるための工夫だろう。丁寧な仕事だ。
 これだ。これしかない。僕は指に力を込めた。
 一拍遅れて、バコン、という頼もしげな音が、辺りに木霊した。僕はその音に勇気付けられながら、缶ポタージュを取り出し、コートのポケットに押し込んだ。
 ポケットの中で、缶ポタージュの熱が、僕の内股のあたりに伝わってきた。
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