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思いだされた記憶の中に
偽名を名乗ったのに…
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戻ってきた記憶の中で、とんだもない真実が明らかになってきた北斗。
あのまま忘れていて、未希と結婚してしまっていたらどうなっていたか判らかない…。
記憶が戻ったと思っていたが、忘れていた記憶の中にあんな酷い真実があったとは想像もしなかった。
トワはずっと一人で背負っていて、酷い怪我をしてその後どうなったのだろうか?
病院で気づいた時、誰もトワの話をしなかった。
傍に居たのにどうしてトワの話が一切されなかったのだろうか?
そんな事を考えながら暫くの間過ごしていた北斗。
たまには気持ちをリフレッシュさせるために、仕事の帰りに港までやって来た北斗。
駅からバスに乗って20分ほどの場所にある港。
ここからフェリーが出航されたり、海外へ行く旅客船も出航されている。
すっかり日が沈み、港の灯りがとても綺麗に輝いている。
北斗はオープンカフェにやって来た。
外は夜になっても温かく泣てきた事から、外の席もオープンにされている。
北斗はお気に入りの珈琲を注文して、外の席で一人ゆっくりと飲んでいた。
ここから見える夜景はとても綺麗で。
北斗はいつかトワと一緒に来たいと思っていた。
今は一人で珈琲を飲んでいるが、隣にトワがいてくれたらどんなにいいだろう…。
そんな事を考えていると。
ふと、港に目をやるとポツンと一人女性が立っているのが見えた。
かっちりとした黒系のスーツにショートヘヤー。
その姿を見ると、北斗は胸が大きく高鳴った。
その高鳴りは…トワと出会った時と同じだった。
珈琲を飲み干して、北斗は女性に歩み寄って行った。
近くに行くと、佇んでいる女性が未希を逮捕する為にやって来たあの女性経緯である事に気づいた北斗。
チラッと見えた横顔はとても悲しそうな表情に見えた。
北斗が歩み寄ってくる気配を感じ取り女性が振り向いた。
やはりあの女性刑事のトワだった。
「あ…」
北斗は胸がキュンとなった。
北斗と目と目が合うと、トワは足早に去って行った。
「待ってよ! 」
去ってゆくトワを北斗は追いかけた。
北斗が追いかけてくると、トワは走り出した。
「わぁ! 走るの? 」
走り出したトワを北斗は追いかけた。
追いかけるトワは走るのが早く、どんどん距離が話されてしまう北斗。
トワと初めて会った日。
拒否されて走り去ったトワを追いかけた北斗だったが、トワの走るスピードが速く追いつけなかった。
また同じように見失うなんて…。
「そんなのは嫌だ! 」
そう叫んだ北斗は全力で走った!
トワに追いついた北斗は、ギュッとトワの右手を掴んだ。
右手を掴まれ、トワはハッとなり立ち止まった。
「捕まえた! 」
と、北斗は掴んでいるトワの右手に違和感を感じた。
「ちょっと、なんなんですか? 急に」
呼吸を整えながらトワが言った。
「あ、ごめん。だって、君が逃げるから追いかけてしまったんだ」
「逃げてなんかいません。何か御用ですか? 」
「あ、あの…」
怪訝そうに見てくるとトワに、北斗はニコっと笑いかけた。
「ねぇ、俺の事好きだよね? 」
「はぁ? なんなんですか? 突然」
「好きだろう? 俺の事」
「なに言っているんですか? 会ったばかりの人に! 」
驚いて動揺しているトワに、北斗はニコっとまた笑いかけた。
「判るよ俺には。だって、俺も君の事が好きだもん」
何言っているの? 勝手に話を進めて…
呆れたような目で見ているトワに、北斗はちょっと真剣な目を向けた。
「ねぇ。俺と、付き合って下さい」
「はぁ? 」
「だから、俺と付き合ってって。交際申し込みしているんだよ」
「なんなんですか? 突然現れて、会ったばかりなのに」
「いいじゃん、突然だって偶然だってなんだって」
そう言いながら、北斗はトワの左手をギュッと握って引き寄せた。
間近で見つめられ、眼鏡の奥でトワの瞳が揺れていた。
揺れているトワの瞳を見ると、北斗の胸がキュンと鳴った。
やっぱり可愛いなぁ…
あの写真よりずっと綺麗になっている…。
見つめていると愛しさが込みあがり、北斗はトワをギュッと抱きしめた。
「ちょ、ちょっとやめて下さい! 」
「離さないよ、絶対に」
「困ります、会ったばかりの人に! 」
「俺が悪い人に見えるのか? 」
「え? 」
「困るって言うのは、俺が悪い奴に見えるからか? 」
「そ、そんな事は言ってないけど」
「じゃあいいじゃん、付き合ってみても」
トワは観念したかのように視線を落とした。
「そんなこと言う? 会ったばかりの人に」
「普通はしないかもな。でも俺、普通じゃないし。事故で頭怪我してから、深く考えられなくなっている。全く考えないわけじゃないけど、決めるのはそう。ハートで決めている。君の後ろ姿を見た瞬間から、俺のハートが喜んでいるからさっ」
「ハート…」
トワは自分のハートに聞いてみた。
だが何子答えが返ってこなかった。
「俺は宗田北斗。君の名前は? 」
「・・・早杉・・・愛です・・・」
トワは咄嗟に姉の名前を名乗った。
「愛? 本当に? 」
「ほ、本当です! なんで疑うの? 」
「うーん。だって、なんか君に似合わない名前だから」
「どうゆう事? 」
「そうだなぁ…君にはなんだか、愛より…永遠(えいえん)て感じがするもん」
意味が解らない顔をして、トワは俯いた。
「それにさぁ。会ったばかりって言うけど、前に会っているだろう? 」
「はぁ? 」
「え? もう忘れちゃっているのか? 俺、園田未希の一応だが結婚相手だったんだぜ」
「あ…その事…」
なんとなく申し訳なさそうに、目を伏せたトワを見て、北斗はポンと頭の上に手を置いた。
「有難うな、止めてくれて」
「い、いえ…そんなつもりでは…」
「感謝しているよ。正直、俺は彼女と結婚なんかしたくなかった。あの時は、思い出せていなかったことに気づいていなくて、感情までどっかに置いて来ていたから。愛してもいない人と、あのまま結婚していたら。きっと俺は、死んでいたと思う」
黙ったまま俯いて、トワは何も答えないままだった。
「まっ、いいや。どちらにしても、俺は助かったんだし。それに、名前なんてどうでもいいや。ねぇ、もう帰るの? 」
「はい帰ります」
「じゃあ、送っていくよ。家どこ? 」
「そんな…教えませんよ…」
「え? そんなこと言わないでよ。別に家を知ったからって、必要以上に行ったりしないからさっ」
トワは呆れたような表情を浮かべた。
「ねっ、こんな暗いのに女の子一人で帰せないじゃん」
「女の子って…私だって、大人だから…」
「だから、大人だって女の人だよ。それに、引き止めたの俺じゃん」
「そうだけど…」
北斗はトワの左手を取った。
「さっ、行こう。タクシー拾うから、家教えてね」
すっかり北斗のペースで動かされてしまったトワ。
そのまま2人でタクシー乗り場まで歩いて行った。
北斗はさりげなく、トワを内側に並ばせて自分は道路側を歩いてくれる。
「こうして歩いていれば、安全なんだよ」
「え? 」
歩きながら、北斗はそっとトワを引き寄せた。
「車が来たら、守ってあげられるだろう? 」
道路側を歩いてくれているのはその為なんだ。
トワの胸がキュンと鳴った…。
「もうさっ。絶対に、1人で何もかも頑張り過ぎないでよ」
「何も、頑張っている事なんて…」
「頑張り過ぎているよ。こんな夜遅くに、港に女の子が1人でいたら。危ないじゃないか」
「だから…私は女の子じゃないし…」
「大人だって、危ない男にナンパでもされたらどうするんだ? 」
「…何言っているの? …父親みたいなこと言って…」
「あ? そうか? ごめん、ごめん」
頭で考えるより、感覚で話してくる北斗に、トワはなんとなく素直で可愛い感じを受けていた。
そのまま北斗とトワはタクシー乗り場へ歩いて行った。
仕方なくトワは家まで送ってもらう事になった。
トワの家は港から車で15分の所に建っている海が見える広い家。
門構えもしっかりしていて、二階建ての大きな家で、庭も広い。
港からタクシーで北斗が送ってくれて、一緒に降りた。
北斗はトワの家を見て、すごい家だと驚いていた。
トワがチャイムを鳴らすと中からビシッとした黒服の男性が出てきた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
お嬢様?
北斗は驚いてきょんとなった。
「もうここでいいですから、帰りは…送ります…」
黒服の男性は一礼して、車を取りに行った。
「すごいね。君はお嬢様だったんだ」
「それほどでもありません…。祖父が代議士で、父はただの鉄道員です。母もただの研究家なので」
話していると黒い大きめの高級車が来た。
「乗って下さい、運転手が送りますから」
「すげぇ…。ねぇ、携帯番号を教えて」
トワは戸惑ったが、携帯電話を取り出した。
2人は番号を交換した。
「じゃあ、また連絡するから。お休み」
満面の笑みで車に乗り込んで、北斗は送ってもらい家に戻って行った。
「トワ、お帰り」
中から男性が一人出てきた。
スラッとしていて、キリッとしたイケメンの男性。
ラフなティーシャツにジーンズ姿を見ていると、とても若々しい。
この男性は早杉 瑠貴亜(はやすぎ るきあ)。
トワにとっては伯父になる人で、うわさの鉄道委員で新幹線の運転手。
現在48歳のちょっと個性的な瑠貴亜。
「遅くなりました、伯父様」
「トワ、いつになったら私の事をお父さんと呼んでくれるんだ? 」
トワは視線を落としたまま家の中に入って行った。
「やれやれ…まだショックから立ち直れないみたいだね」
トワの家の中は豪華で、玄関を入ると、らせん階段のような階段がある。
トワは階段を登って自分の部屋に行った。
2階にあるトワの部屋は広くて、寝室は奥に別室である。
机に荷物を置いて、トワは椅子に座った。
机の上にはあのファイルにあった愛の写真が捨身縦写真たてにある。
「ごめんね、姉さんの名前勝手に名乗って」
断れなかったトワは、姉の愛の名前を名乗った。
もう会わない方が良い。
トワはそう思っていた。
ため息をついて、トワはジャケットを脱いでハンガーにかけてクローゼットに閉まった。
ブラウスを脱いで、ラフなティーシャツを着てゆったりした部屋着のズボンに変えると、そのまま1階にあるバスルームへ向かった。
一日が終わりホッとできる入浴タイム。
湯船につかると、トワは天井を見上げた。
「…なんで私に近づいてくるの? …忘れてくれてたらいいのに…。あんな酷い事、主出さないでよ…」
深くため息をつくトワ。
しばらくしてトワがお風呂から出てくると。
「トワちゃんお帰り」
弾むような声でやって来たのは、ふんわりした雰囲気の髪の長い女性。
この女性は早杉すみれ、美容開発研究家で化粧品や美容機器を開発しているちょっと変わった人である。
トワよりちょっと小柄で、とても若く見える。
部屋着でフリルの付いたワンピースを着ていると、まるで女子高生のようであるが既に40代後半になる年である。
「どうしたの? トワちゃん。何だか浮かない顔しているわね」
「いいえ、そんな事ありません」
「夕飯は? 」
「あ、外で食べました」
「え? じゃあデザート食べましょう。ねっ」
トワの返事を聞かず、すみれは手を引いてリビングへ連れて行った。
食卓には美味しそうなフルーツが並んでいる。
「さっ、座って」
トワを椅子に座らせると、美味しそうな果物を切って出してくれるすみれ。
美味しそうなメロンをトワは食べ始めた。
すみれもトワの向かい側で食べ始めた。
「甘くておいしいわね」
トワはこくりと頷いた。
「お? メロンか? 美味しそうだな」
瑠貴亜がやって来た。
「あら、貴方も食べる? 」
「おお」
すみれは瑠貴亜の分も用意した。
瑠貴亜はトワの隣に座った。
「トワ、今度の休みはいつだ? 」
「来週の水曜日です」
「その日は、何か予定はあるか? 」
「特にありませんが」
「じゃあ、久しぶりに一緒に出掛けないか? 」
「あ…いえ…私はいいです」
「なんで? たまには息抜きしなくちゃ、あっと言う間に歳だけとっちゃうよ」
「…別に…出かけようとは、思いませんから…」
「そうやって、いつまでも引きこもっていると。辛いだけだよ」
メロンを食べ終わり、トワは一息ついた。
「ごちそうさまでした」
トワは席を立って、そのまま自分の部屋へ行ってしまった。
「トワちゃん、まだ立ち直れないままなのね」
「仕方ない。実の母親と姉を、同時に亡くしているんだ。しかも、お姉さんはトワに間違えられて殺されているからね。自分を責めてしまうのは、仕方がないのだろうな」
「私達は、力になれないのかな? 」
「見守るしかできないな。でも、なんだか明るき兆しが見えて来たよ」
「え? 」
「今日、トワを送ってきてくれた男の子がいたんだ」
「本当? どんな人なの? 」
「とても良い人だよ。わざわざタクシーで送ってきてくれて、帰りに運転手に遅らせたよ」
「へえー。トワちゃん、もう一度恋する気になったのかしら? 」
「まだ判らんが。なんだか、彼ならトワを引っ張って行ってくれる気がするんだ」
「そうね。傷ついた心には、愛の力が一番だもの」
部屋に戻ったトワはベッドに寝転んで天井を見ていた。
すると携帯が鳴った。
ショートメールが届いたようだ。
(今日は出会えて嬉しいよ。有難う送ってもらって助かったよ。北斗)
北斗からのメールだった。
もう一度ケータイが鳴りまたショートメールが来た。
(今度お休みは何時? ご飯でも食べに行かない? 北斗)
さっさくデートの誘い。
トワは携帯を枕元に置いた。
「もう会わないよ。ごめんなさい…」
そう言って、トワはそのまま眠りについた。
その後も北斗からメールはマメに届いていた。
朝の挨拶や、お疲れ様やおやすみなさい等の挨拶から、他愛ない話しも取り入れて、休みは何時? お茶でもしない? などデートの誘いもあった。
直接電話がかかって来る事もあるが、トワは全て反応しないままだった。
そのうち諦めてくれる。
そう思っていたトワだが、北斗から朝のメールが来ない日は、諦めてくれたのだと思う反面、嫌われたのかな? と、なんだか心配になる気持ちもあり…寂しさも感じる事もあった。
いつの間にかトワの中で、返事をしなくても北斗からメールが来ることを楽しみにしている自分がいる事に気付いた。
でも北斗には関わってはいけない。
また…あんな酷い事が起きてはいけないから…。
そう思って、トワは自分の気持ちに蓋をしていた。
酷い事…
それは半年前の事故の事。
北斗に出会って恋をしてもいいと思いはじめ、トワは女性としての喜びを感じ始めていた。
刑事になってのは家族をずっと護ってゆこうと決めたから。
それ故にトワは恋なんてしてはいけないと思っていた。
恋愛に興味が無かったわけではないが、みないふりをしていたのだ。
事故から半年経過して。
事故の真相が明らかにあり、未希を逮捕するに至った。
そんな時に北斗に再会して、忘れていた気づかないと思っていたが何故か近づいてくる北斗にトワはどうしたらいいのか判らなくなっていた。
あのまま忘れていて、未希と結婚してしまっていたらどうなっていたか判らかない…。
記憶が戻ったと思っていたが、忘れていた記憶の中にあんな酷い真実があったとは想像もしなかった。
トワはずっと一人で背負っていて、酷い怪我をしてその後どうなったのだろうか?
病院で気づいた時、誰もトワの話をしなかった。
傍に居たのにどうしてトワの話が一切されなかったのだろうか?
そんな事を考えながら暫くの間過ごしていた北斗。
たまには気持ちをリフレッシュさせるために、仕事の帰りに港までやって来た北斗。
駅からバスに乗って20分ほどの場所にある港。
ここからフェリーが出航されたり、海外へ行く旅客船も出航されている。
すっかり日が沈み、港の灯りがとても綺麗に輝いている。
北斗はオープンカフェにやって来た。
外は夜になっても温かく泣てきた事から、外の席もオープンにされている。
北斗はお気に入りの珈琲を注文して、外の席で一人ゆっくりと飲んでいた。
ここから見える夜景はとても綺麗で。
北斗はいつかトワと一緒に来たいと思っていた。
今は一人で珈琲を飲んでいるが、隣にトワがいてくれたらどんなにいいだろう…。
そんな事を考えていると。
ふと、港に目をやるとポツンと一人女性が立っているのが見えた。
かっちりとした黒系のスーツにショートヘヤー。
その姿を見ると、北斗は胸が大きく高鳴った。
その高鳴りは…トワと出会った時と同じだった。
珈琲を飲み干して、北斗は女性に歩み寄って行った。
近くに行くと、佇んでいる女性が未希を逮捕する為にやって来たあの女性経緯である事に気づいた北斗。
チラッと見えた横顔はとても悲しそうな表情に見えた。
北斗が歩み寄ってくる気配を感じ取り女性が振り向いた。
やはりあの女性刑事のトワだった。
「あ…」
北斗は胸がキュンとなった。
北斗と目と目が合うと、トワは足早に去って行った。
「待ってよ! 」
去ってゆくトワを北斗は追いかけた。
北斗が追いかけてくると、トワは走り出した。
「わぁ! 走るの? 」
走り出したトワを北斗は追いかけた。
追いかけるトワは走るのが早く、どんどん距離が話されてしまう北斗。
トワと初めて会った日。
拒否されて走り去ったトワを追いかけた北斗だったが、トワの走るスピードが速く追いつけなかった。
また同じように見失うなんて…。
「そんなのは嫌だ! 」
そう叫んだ北斗は全力で走った!
トワに追いついた北斗は、ギュッとトワの右手を掴んだ。
右手を掴まれ、トワはハッとなり立ち止まった。
「捕まえた! 」
と、北斗は掴んでいるトワの右手に違和感を感じた。
「ちょっと、なんなんですか? 急に」
呼吸を整えながらトワが言った。
「あ、ごめん。だって、君が逃げるから追いかけてしまったんだ」
「逃げてなんかいません。何か御用ですか? 」
「あ、あの…」
怪訝そうに見てくるとトワに、北斗はニコっと笑いかけた。
「ねぇ、俺の事好きだよね? 」
「はぁ? なんなんですか? 突然」
「好きだろう? 俺の事」
「なに言っているんですか? 会ったばかりの人に! 」
驚いて動揺しているトワに、北斗はニコっとまた笑いかけた。
「判るよ俺には。だって、俺も君の事が好きだもん」
何言っているの? 勝手に話を進めて…
呆れたような目で見ているトワに、北斗はちょっと真剣な目を向けた。
「ねぇ。俺と、付き合って下さい」
「はぁ? 」
「だから、俺と付き合ってって。交際申し込みしているんだよ」
「なんなんですか? 突然現れて、会ったばかりなのに」
「いいじゃん、突然だって偶然だってなんだって」
そう言いながら、北斗はトワの左手をギュッと握って引き寄せた。
間近で見つめられ、眼鏡の奥でトワの瞳が揺れていた。
揺れているトワの瞳を見ると、北斗の胸がキュンと鳴った。
やっぱり可愛いなぁ…
あの写真よりずっと綺麗になっている…。
見つめていると愛しさが込みあがり、北斗はトワをギュッと抱きしめた。
「ちょ、ちょっとやめて下さい! 」
「離さないよ、絶対に」
「困ります、会ったばかりの人に! 」
「俺が悪い人に見えるのか? 」
「え? 」
「困るって言うのは、俺が悪い奴に見えるからか? 」
「そ、そんな事は言ってないけど」
「じゃあいいじゃん、付き合ってみても」
トワは観念したかのように視線を落とした。
「そんなこと言う? 会ったばかりの人に」
「普通はしないかもな。でも俺、普通じゃないし。事故で頭怪我してから、深く考えられなくなっている。全く考えないわけじゃないけど、決めるのはそう。ハートで決めている。君の後ろ姿を見た瞬間から、俺のハートが喜んでいるからさっ」
「ハート…」
トワは自分のハートに聞いてみた。
だが何子答えが返ってこなかった。
「俺は宗田北斗。君の名前は? 」
「・・・早杉・・・愛です・・・」
トワは咄嗟に姉の名前を名乗った。
「愛? 本当に? 」
「ほ、本当です! なんで疑うの? 」
「うーん。だって、なんか君に似合わない名前だから」
「どうゆう事? 」
「そうだなぁ…君にはなんだか、愛より…永遠(えいえん)て感じがするもん」
意味が解らない顔をして、トワは俯いた。
「それにさぁ。会ったばかりって言うけど、前に会っているだろう? 」
「はぁ? 」
「え? もう忘れちゃっているのか? 俺、園田未希の一応だが結婚相手だったんだぜ」
「あ…その事…」
なんとなく申し訳なさそうに、目を伏せたトワを見て、北斗はポンと頭の上に手を置いた。
「有難うな、止めてくれて」
「い、いえ…そんなつもりでは…」
「感謝しているよ。正直、俺は彼女と結婚なんかしたくなかった。あの時は、思い出せていなかったことに気づいていなくて、感情までどっかに置いて来ていたから。愛してもいない人と、あのまま結婚していたら。きっと俺は、死んでいたと思う」
黙ったまま俯いて、トワは何も答えないままだった。
「まっ、いいや。どちらにしても、俺は助かったんだし。それに、名前なんてどうでもいいや。ねぇ、もう帰るの? 」
「はい帰ります」
「じゃあ、送っていくよ。家どこ? 」
「そんな…教えませんよ…」
「え? そんなこと言わないでよ。別に家を知ったからって、必要以上に行ったりしないからさっ」
トワは呆れたような表情を浮かべた。
「ねっ、こんな暗いのに女の子一人で帰せないじゃん」
「女の子って…私だって、大人だから…」
「だから、大人だって女の人だよ。それに、引き止めたの俺じゃん」
「そうだけど…」
北斗はトワの左手を取った。
「さっ、行こう。タクシー拾うから、家教えてね」
すっかり北斗のペースで動かされてしまったトワ。
そのまま2人でタクシー乗り場まで歩いて行った。
北斗はさりげなく、トワを内側に並ばせて自分は道路側を歩いてくれる。
「こうして歩いていれば、安全なんだよ」
「え? 」
歩きながら、北斗はそっとトワを引き寄せた。
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道路側を歩いてくれているのはその為なんだ。
トワの胸がキュンと鳴った…。
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お嬢様?
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「もうここでいいですから、帰りは…送ります…」
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現在48歳のちょっと個性的な瑠貴亜。
「遅くなりました、伯父様」
「トワ、いつになったら私の事をお父さんと呼んでくれるんだ? 」
トワは視線を落としたまま家の中に入って行った。
「やれやれ…まだショックから立ち直れないみたいだね」
トワの家の中は豪華で、玄関を入ると、らせん階段のような階段がある。
トワは階段を登って自分の部屋に行った。
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机に荷物を置いて、トワは椅子に座った。
机の上にはあのファイルにあった愛の写真が捨身縦写真たてにある。
「ごめんね、姉さんの名前勝手に名乗って」
断れなかったトワは、姉の愛の名前を名乗った。
もう会わない方が良い。
トワはそう思っていた。
ため息をついて、トワはジャケットを脱いでハンガーにかけてクローゼットに閉まった。
ブラウスを脱いで、ラフなティーシャツを着てゆったりした部屋着のズボンに変えると、そのまま1階にあるバスルームへ向かった。
一日が終わりホッとできる入浴タイム。
湯船につかると、トワは天井を見上げた。
「…なんで私に近づいてくるの? …忘れてくれてたらいいのに…。あんな酷い事、主出さないでよ…」
深くため息をつくトワ。
しばらくしてトワがお風呂から出てくると。
「トワちゃんお帰り」
弾むような声でやって来たのは、ふんわりした雰囲気の髪の長い女性。
この女性は早杉すみれ、美容開発研究家で化粧品や美容機器を開発しているちょっと変わった人である。
トワよりちょっと小柄で、とても若く見える。
部屋着でフリルの付いたワンピースを着ていると、まるで女子高生のようであるが既に40代後半になる年である。
「どうしたの? トワちゃん。何だか浮かない顔しているわね」
「いいえ、そんな事ありません」
「夕飯は? 」
「あ、外で食べました」
「え? じゃあデザート食べましょう。ねっ」
トワの返事を聞かず、すみれは手を引いてリビングへ連れて行った。
食卓には美味しそうなフルーツが並んでいる。
「さっ、座って」
トワを椅子に座らせると、美味しそうな果物を切って出してくれるすみれ。
美味しそうなメロンをトワは食べ始めた。
すみれもトワの向かい側で食べ始めた。
「甘くておいしいわね」
トワはこくりと頷いた。
「お? メロンか? 美味しそうだな」
瑠貴亜がやって来た。
「あら、貴方も食べる? 」
「おお」
すみれは瑠貴亜の分も用意した。
瑠貴亜はトワの隣に座った。
「トワ、今度の休みはいつだ? 」
「来週の水曜日です」
「その日は、何か予定はあるか? 」
「特にありませんが」
「じゃあ、久しぶりに一緒に出掛けないか? 」
「あ…いえ…私はいいです」
「なんで? たまには息抜きしなくちゃ、あっと言う間に歳だけとっちゃうよ」
「…別に…出かけようとは、思いませんから…」
「そうやって、いつまでも引きこもっていると。辛いだけだよ」
メロンを食べ終わり、トワは一息ついた。
「ごちそうさまでした」
トワは席を立って、そのまま自分の部屋へ行ってしまった。
「トワちゃん、まだ立ち直れないままなのね」
「仕方ない。実の母親と姉を、同時に亡くしているんだ。しかも、お姉さんはトワに間違えられて殺されているからね。自分を責めてしまうのは、仕方がないのだろうな」
「私達は、力になれないのかな? 」
「見守るしかできないな。でも、なんだか明るき兆しが見えて来たよ」
「え? 」
「今日、トワを送ってきてくれた男の子がいたんだ」
「本当? どんな人なの? 」
「とても良い人だよ。わざわざタクシーで送ってきてくれて、帰りに運転手に遅らせたよ」
「へえー。トワちゃん、もう一度恋する気になったのかしら? 」
「まだ判らんが。なんだか、彼ならトワを引っ張って行ってくれる気がするんだ」
「そうね。傷ついた心には、愛の力が一番だもの」
部屋に戻ったトワはベッドに寝転んで天井を見ていた。
すると携帯が鳴った。
ショートメールが届いたようだ。
(今日は出会えて嬉しいよ。有難う送ってもらって助かったよ。北斗)
北斗からのメールだった。
もう一度ケータイが鳴りまたショートメールが来た。
(今度お休みは何時? ご飯でも食べに行かない? 北斗)
さっさくデートの誘い。
トワは携帯を枕元に置いた。
「もう会わないよ。ごめんなさい…」
そう言って、トワはそのまま眠りについた。
その後も北斗からメールはマメに届いていた。
朝の挨拶や、お疲れ様やおやすみなさい等の挨拶から、他愛ない話しも取り入れて、休みは何時? お茶でもしない? などデートの誘いもあった。
直接電話がかかって来る事もあるが、トワは全て反応しないままだった。
そのうち諦めてくれる。
そう思っていたトワだが、北斗から朝のメールが来ない日は、諦めてくれたのだと思う反面、嫌われたのかな? と、なんだか心配になる気持ちもあり…寂しさも感じる事もあった。
いつの間にかトワの中で、返事をしなくても北斗からメールが来ることを楽しみにしている自分がいる事に気付いた。
でも北斗には関わってはいけない。
また…あんな酷い事が起きてはいけないから…。
そう思って、トワは自分の気持ちに蓋をしていた。
酷い事…
それは半年前の事故の事。
北斗に出会って恋をしてもいいと思いはじめ、トワは女性としての喜びを感じ始めていた。
刑事になってのは家族をずっと護ってゆこうと決めたから。
それ故にトワは恋なんてしてはいけないと思っていた。
恋愛に興味が無かったわけではないが、みないふりをしていたのだ。
事故から半年経過して。
事故の真相が明らかにあり、未希を逮捕するに至った。
そんな時に北斗に再会して、忘れていた気づかないと思っていたが何故か近づいてくる北斗にトワはどうしたらいいのか判らなくなっていた。
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異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点)
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