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けもの道
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みんなと喋りながら川沿いの道を歩いて行く。
小さな川の両脇には遊歩道があり、細いけもの道に曲がれば住宅街を抜けて大きな公園の裏に出られる、ナビには載らない道。
「トモちゃん仕事忙しいって聞いたよ。」
「えっ?誰から?」
「お母さん、美容院に来てた。」
けもの道に入るとみんなの声が自然に小声に変わる。
一度あまりに騒ぎすぎて、「煩い!!」と怒鳴られたら事があるからだ。
怒鳴ったおじさんが住んでいた家の前を通り抜ける時は揃って皆が無言になって、通り過ぎると誰彼なく笑い出した。
「あの時さぁー、」
俊明が思い出話をしはじめる。
「そうそう、拓郎がさぁー、」
「えっ?俺が何?」
自分の名前に反応して拓郎が振り向いた。
「ほら、あの時拓郎がさぁ、いきなり歌い始めて。」
あの時拓郎が歌を歌った、そして今いる場所。それだけで拓郎は苦い顔をする。
「あの時は優希が悪い。」
「ちょっと、私のせいにしないでよ!!」
「いーや、優希のせい。」
あの時、拓郎は力むと音痴になるという話をしていた。高校の合唱コンクールの話題から派生した、音痴か音痴じゃないか論争は拓郎が歌ってみせる!と言い、おじさんに怒鳴られて終わった。
昔の話をまるで昨日のことのように話し、笑う。
合唱コンクールの後おいちゃんの店に行って、それまであまりのデカ盛りさに躊躇してなかなか注文が出来ないでいたかき揚げ丼を初めて食べた。
「あー、そういえばさ。」
春においちゃんの店に行ってかき揚げ丼を食べた話をした。
「あー、おいちゃん、懐かしい。」
「俺、時々行くよ。営業周りの時。」
みんながおいちゃんの店の話題で盛り上げる。
「…誰と?」
いつの間にか隣にいた拓郎に尋ねられた。
「あっ、えーと。」
「野上?」
うん、と答えた。
「野上、あんな店付き合ってくれるの?」
「あー、っていうか。野上さんが連れて行ってくれた。
野上さんは明稜だったんだって。」
「…明瞭?」
2学年離れているから直接対戦した事は無いはずだ。3年生引退前に試合に出れていたのは私達の学年では健太だけ。それも代打と代走ばかり。
「覚えてる?」
「…知らない。っていうか、健太から野上の話聞いた事なかった。」
「そう。でも、私も知らなかったな。」
なんで私達は野上さんの話をしてるんだろう…。
ふとそう思うと言葉に詰まる。
しばらく拓郎も無言だった。空を見上げてため息を吐いて、私を見た。
拓郎のこんなため息は珍しいから、一瞬私の体が強張った。
「…どこで食べる?蕎麦。」
「いつもの…じゃないの?」
「並ぶし、年明け蕎麦になるかも。」
話題が変わった事で少しだけホッとしちゃった。ゆっくり強張りが解けていくのがわかる。
拓郎と野上さんの事は話したくない。
きっと拓郎もだ。
小さな川の両脇には遊歩道があり、細いけもの道に曲がれば住宅街を抜けて大きな公園の裏に出られる、ナビには載らない道。
「トモちゃん仕事忙しいって聞いたよ。」
「えっ?誰から?」
「お母さん、美容院に来てた。」
けもの道に入るとみんなの声が自然に小声に変わる。
一度あまりに騒ぎすぎて、「煩い!!」と怒鳴られたら事があるからだ。
怒鳴ったおじさんが住んでいた家の前を通り抜ける時は揃って皆が無言になって、通り過ぎると誰彼なく笑い出した。
「あの時さぁー、」
俊明が思い出話をしはじめる。
「そうそう、拓郎がさぁー、」
「えっ?俺が何?」
自分の名前に反応して拓郎が振り向いた。
「ほら、あの時拓郎がさぁ、いきなり歌い始めて。」
あの時拓郎が歌を歌った、そして今いる場所。それだけで拓郎は苦い顔をする。
「あの時は優希が悪い。」
「ちょっと、私のせいにしないでよ!!」
「いーや、優希のせい。」
あの時、拓郎は力むと音痴になるという話をしていた。高校の合唱コンクールの話題から派生した、音痴か音痴じゃないか論争は拓郎が歌ってみせる!と言い、おじさんに怒鳴られて終わった。
昔の話をまるで昨日のことのように話し、笑う。
合唱コンクールの後おいちゃんの店に行って、それまであまりのデカ盛りさに躊躇してなかなか注文が出来ないでいたかき揚げ丼を初めて食べた。
「あー、そういえばさ。」
春においちゃんの店に行ってかき揚げ丼を食べた話をした。
「あー、おいちゃん、懐かしい。」
「俺、時々行くよ。営業周りの時。」
みんながおいちゃんの店の話題で盛り上げる。
「…誰と?」
いつの間にか隣にいた拓郎に尋ねられた。
「あっ、えーと。」
「野上?」
うん、と答えた。
「野上、あんな店付き合ってくれるの?」
「あー、っていうか。野上さんが連れて行ってくれた。
野上さんは明稜だったんだって。」
「…明瞭?」
2学年離れているから直接対戦した事は無いはずだ。3年生引退前に試合に出れていたのは私達の学年では健太だけ。それも代打と代走ばかり。
「覚えてる?」
「…知らない。っていうか、健太から野上の話聞いた事なかった。」
「そう。でも、私も知らなかったな。」
なんで私達は野上さんの話をしてるんだろう…。
ふとそう思うと言葉に詰まる。
しばらく拓郎も無言だった。空を見上げてため息を吐いて、私を見た。
拓郎のこんなため息は珍しいから、一瞬私の体が強張った。
「…どこで食べる?蕎麦。」
「いつもの…じゃないの?」
「並ぶし、年明け蕎麦になるかも。」
話題が変わった事で少しだけホッとしちゃった。ゆっくり強張りが解けていくのがわかる。
拓郎と野上さんの事は話したくない。
きっと拓郎もだ。
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