上 下
51 / 79

けもの道

しおりを挟む
みんなと喋りながら川沿いの道を歩いて行く。
小さな川の両脇には遊歩道があり、細いけもの道に曲がれば住宅街を抜けて大きな公園の裏に出られる、ナビには載らない道。

「トモちゃん仕事忙しいって聞いたよ。」
「えっ?誰から?」
「お母さん、美容院に来てた。」

けもの道に入るとみんなの声が自然に小声に変わる。
一度あまりに騒ぎすぎて、「煩い!!」と怒鳴られたら事があるからだ。
怒鳴ったおじさんが住んでいた家の前を通り抜ける時は揃って皆が無言になって、通り過ぎると誰彼なく笑い出した。

「あの時さぁー、」
俊明が思い出話をしはじめる。
「そうそう、拓郎がさぁー、」
「えっ?俺が何?」

自分の名前に反応して拓郎が振り向いた。

「ほら、あの時拓郎がさぁ、いきなり歌い始めて。」
あの時拓郎が歌を歌った、そして今いる場所。それだけで拓郎は苦い顔をする。

「あの時は優希が悪い。」
「ちょっと、私のせいにしないでよ!!」
「いーや、優希のせい。」

あの時、拓郎は力むと音痴になるという話をしていた。高校の合唱コンクールの話題から派生した、音痴か音痴じゃないか論争は拓郎が歌ってみせる!と言い、おじさんに怒鳴られて終わった。

昔の話をまるで昨日のことのように話し、笑う。
合唱コンクールの後おいちゃんの店に行って、それまであまりのデカ盛りさに躊躇してなかなか注文が出来ないでいたかき揚げ丼を初めて食べた。

「あー、そういえばさ。」
春においちゃんの店に行ってかき揚げ丼を食べた話をした。
「あー、おいちゃん、懐かしい。」
「俺、時々行くよ。営業周りの時。」

みんながおいちゃんの店の話題で盛り上げる。

「…誰と?」
いつの間にか隣にいた拓郎に尋ねられた。
「あっ、えーと。」
「野上?」
うん、と答えた。

「野上、あんな店付き合ってくれるの?」
「あー、っていうか。野上さんが連れて行ってくれた。
野上さんは明稜だったんだって。」
「…明瞭?」

2学年離れているから直接対戦した事は無いはずだ。3年生引退前に試合に出れていたのは私達の学年では健太だけ。それも代打と代走ばかり。

「覚えてる?」
「…知らない。っていうか、健太から野上の話聞いた事なかった。」
「そう。でも、私も知らなかったな。」

なんで私達は野上さんの話をしてるんだろう…。
ふとそう思うと言葉に詰まる。

しばらく拓郎も無言だった。空を見上げてため息を吐いて、私を見た。
拓郎のこんなため息は珍しいから、一瞬私の体が強張った。

「…どこで食べる?蕎麦。」
「いつもの…じゃないの?」
「並ぶし、年明け蕎麦になるかも。」

話題が変わった事で少しだけホッとしちゃった。ゆっくり強張りが解けていくのがわかる。

拓郎と野上さんの事は話したくない。
きっと拓郎もだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

かわいいあの子はウオノエ系

おきた
恋愛
奪うことは与えることだと言った人がいた。 与えることは奪うことだとも。 魚野依未(うおのえみ)は、七年の時を経て植物状態から目を覚ます。そして物語は、恋人である舟橋雪緒(ふなはしゆきお)との高校時代を追憶する。

婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~

扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。 公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。 はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。 しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。 拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。 ▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

処理中です...