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大晦日
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大晦日はのんびりと過ごすのが毎年の恒例だ。
今年はどうなるかと思ったけれど、やっぱりのんびり過ごせる。
野上さんは大学の時の仲間と旅行に行った。
旅行というよりは合宿に近いかもしれない。
大学が提携している合宿所に仲間達と篭り、シーズンに備えるためのトレーニングをするんだって。
そして年が明けたら今度はチームの先輩達と自主トレを開始する。
野球選手としての活動が始まるのだ。
「1日くらい観にくるか?」
と誘われたけれど、丁寧にお断りした。
年末は実家が忙しいから、と言い訳をした。
実家の台所では一足早く店を閉めた母と岸野のおばさんが仲良く紅白を見ながらおせちを作っている。
隣には広い厨房があるのに、おせちは毎年こっちで作る。
なんで?隣は岸野のおじさんや芳ニイが常連さんや友人と飲んでいるからだ。
おせちをつまみにされたら堪らない。
「ユウちゃん、味見して。」
おばさんがスッと差し出した菜箸にはツヤツヤの黒豆が一粒。
それを受け取ってパクリと口に入れた。
「あつっ!」
噛んだ途端にジワリと染み出した熱くて甘い煮汁が口の中に広がる。
「美味し。おばさんの黒豆大好き。」
「そう、良かった。少し冷まそうね。」
とおばさんはお鍋をテーブルの上に置いた。
既にたくさんのお節料理が出来て並んでいる。
まだほのかに温かいお煮しめに手を伸ばそうとしてペチッと叩かれた。
アコ姉とマコ姉は2人仲良く近くのお寺に除夜の鐘を突きに出掛けた。
「ユウも行く?」
「行かない。」
「そう、じゃあ行ってくるね。」
2人が私を置いて出掛けて行くのはここ数年の慣例になっている。
勝手口を開けて人が入ってくる。
「優希、行くぞ。」
「あ、はーい。」
こたつから抜け出して、ダウンコートを羽織る。
「もう少し温かい格好したら?」
と母が声を掛けるけれど、これで充分だと思う。
靴を履いて店を通り抜け、勝手口から外に出た。ヒヤリと冷たい冬の夜の空気に晒される。
私を迎えに来たのは拓郎。狭い隙間を歩いて表通りに出ると、慎介と俊明とトモちゃんと…。
「お待たせ。」
「よし、行こうか。」
西上高校の野球部の仲間達と少し離れたお寺に足を運び、門前そばを食べるのが私達の大晦日の過ごし方だ。
「ねえ、なんで健太いないの?」
首を傾げるトモちゃんに慎介が、
「あー、大学の先輩達と出掛けるって。」
と答えてくれた。
毎年私達と過ごしていた健太は今年は野上さんの合宿に磯田くんと初参加している。
プロ志向の磯田くんのことを野上さんは気にかけているらしい。
そこに健太が入る理由は…あるのかないのかよくわからない。
駅まで歩いて、電車に乗る。
かなり遅い時間帯なのに電車は混んでいた。
「さくら駅からどうする?タクシー?バス?」
「タクシー捕まるかなぁ。歩くか?」
「結構あるぞ。」
「喋ってたら余裕じゃない?」
…年越しそばじゃなくて、年明けそばになるかも。
3キロくらいか。喋りながらのんびりと30分少しくらい?
きっとバスもタクシーも長蛇の列。この辺りの人が初詣に選ぶのは桜廣寺かお不動さんか八幡神社か。お姉達はお不動さん。
大晦日の寺社に向かっているのだから、混雑は覚悟はしてるけど。
この面子なら歩く。
トモちゃんも慣れたもの、しっかりとスニーカーだ、もちろん私も。
拓郎が恵美さんと付き合うようになっても、大晦日から元旦に掛けてのこの行事だけは拓郎は毎年参加している。
恵美さんは年末年始はお祖母さんのいる長野に帰省するからだ。
拓郎はシフト制の仕事だから全部が休みじゃないけれども、大晦日は店は早仕舞いで、元旦は休日。
最初は私と拓郎の恒例行事にいつの間にか慎介や健太達が参加するようになった。
「今日は電話掛かってこないね。」
隣で歩くトモちゃんが耳打ちしてくる。
「向こうもそれどころじゃないって。」
反対側を歩く俊明が答えてる。
前を慎介と歩く拓郎は楽しそうだ。
拓郎はこうやって同級生と過ごせる日はそんなに多くない。
今日だけはきっと私達はあの頃に戻れる。
今年はどうなるかと思ったけれど、やっぱりのんびり過ごせる。
野上さんは大学の時の仲間と旅行に行った。
旅行というよりは合宿に近いかもしれない。
大学が提携している合宿所に仲間達と篭り、シーズンに備えるためのトレーニングをするんだって。
そして年が明けたら今度はチームの先輩達と自主トレを開始する。
野球選手としての活動が始まるのだ。
「1日くらい観にくるか?」
と誘われたけれど、丁寧にお断りした。
年末は実家が忙しいから、と言い訳をした。
実家の台所では一足早く店を閉めた母と岸野のおばさんが仲良く紅白を見ながらおせちを作っている。
隣には広い厨房があるのに、おせちは毎年こっちで作る。
なんで?隣は岸野のおじさんや芳ニイが常連さんや友人と飲んでいるからだ。
おせちをつまみにされたら堪らない。
「ユウちゃん、味見して。」
おばさんがスッと差し出した菜箸にはツヤツヤの黒豆が一粒。
それを受け取ってパクリと口に入れた。
「あつっ!」
噛んだ途端にジワリと染み出した熱くて甘い煮汁が口の中に広がる。
「美味し。おばさんの黒豆大好き。」
「そう、良かった。少し冷まそうね。」
とおばさんはお鍋をテーブルの上に置いた。
既にたくさんのお節料理が出来て並んでいる。
まだほのかに温かいお煮しめに手を伸ばそうとしてペチッと叩かれた。
アコ姉とマコ姉は2人仲良く近くのお寺に除夜の鐘を突きに出掛けた。
「ユウも行く?」
「行かない。」
「そう、じゃあ行ってくるね。」
2人が私を置いて出掛けて行くのはここ数年の慣例になっている。
勝手口を開けて人が入ってくる。
「優希、行くぞ。」
「あ、はーい。」
こたつから抜け出して、ダウンコートを羽織る。
「もう少し温かい格好したら?」
と母が声を掛けるけれど、これで充分だと思う。
靴を履いて店を通り抜け、勝手口から外に出た。ヒヤリと冷たい冬の夜の空気に晒される。
私を迎えに来たのは拓郎。狭い隙間を歩いて表通りに出ると、慎介と俊明とトモちゃんと…。
「お待たせ。」
「よし、行こうか。」
西上高校の野球部の仲間達と少し離れたお寺に足を運び、門前そばを食べるのが私達の大晦日の過ごし方だ。
「ねえ、なんで健太いないの?」
首を傾げるトモちゃんに慎介が、
「あー、大学の先輩達と出掛けるって。」
と答えてくれた。
毎年私達と過ごしていた健太は今年は野上さんの合宿に磯田くんと初参加している。
プロ志向の磯田くんのことを野上さんは気にかけているらしい。
そこに健太が入る理由は…あるのかないのかよくわからない。
駅まで歩いて、電車に乗る。
かなり遅い時間帯なのに電車は混んでいた。
「さくら駅からどうする?タクシー?バス?」
「タクシー捕まるかなぁ。歩くか?」
「結構あるぞ。」
「喋ってたら余裕じゃない?」
…年越しそばじゃなくて、年明けそばになるかも。
3キロくらいか。喋りながらのんびりと30分少しくらい?
きっとバスもタクシーも長蛇の列。この辺りの人が初詣に選ぶのは桜廣寺かお不動さんか八幡神社か。お姉達はお不動さん。
大晦日の寺社に向かっているのだから、混雑は覚悟はしてるけど。
この面子なら歩く。
トモちゃんも慣れたもの、しっかりとスニーカーだ、もちろん私も。
拓郎が恵美さんと付き合うようになっても、大晦日から元旦に掛けてのこの行事だけは拓郎は毎年参加している。
恵美さんは年末年始はお祖母さんのいる長野に帰省するからだ。
拓郎はシフト制の仕事だから全部が休みじゃないけれども、大晦日は店は早仕舞いで、元旦は休日。
最初は私と拓郎の恒例行事にいつの間にか慎介や健太達が参加するようになった。
「今日は電話掛かってこないね。」
隣で歩くトモちゃんが耳打ちしてくる。
「向こうもそれどころじゃないって。」
反対側を歩く俊明が答えてる。
前を慎介と歩く拓郎は楽しそうだ。
拓郎はこうやって同級生と過ごせる日はそんなに多くない。
今日だけはきっと私達はあの頃に戻れる。
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