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ニアミス

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「お疲れ様でした。」
売り上げ金を届けに来て、今日はもう帰りなという店長の言葉に素直には頷けなかった。
引き上げた備品を降ろし終わると、免許がない私に変わって三井くんが借りていた車を支社に戻さなきゃならなくて。
なんとなく私だけ帰るのは忍びない気がしたから。

疲れてるのにありがとう、気をつけてね。と、三井くんを見送って、残った食材やカップなどの備品を倉庫や厨房に戻していく。

それでも30分もしないうちに、「本当帰りな、業務命令ね。」と店長に押し出されて店を出ることになってしまった。

時刻は16時を過ぎた頃、野上さんはきっとまだ試合中。このままマンションに行くか…少しだけ実家に寄るか…。きしのは夜営業に向けての仕込みの真っ最中だし…。野上さんがマンションに着くのは夜。
ふと家に帰って野上さんの試合を見たくなった。
9回だけでも野上さんの打席が見れなくても。

まだどこかザワザワしてる目抜き通りを避けて細道を使って家へと向かう。
道を曲がって、家が面している道へ出て…。足が止まった。

すぐそこに見えるのは家、その手前にきしのの提灯。
そしてその前に俯き地面を見ている恵美さんとそれを背中を丸めて覗き込む拓郎とが向かい合って立っていた。

なんで!?
今日は来ないって約束したって…。
守るわけないか、あの恵美さんが。
そうだ、守るわけない。
来ちゃった…。

クルリと回れ右をして元来た道を戻る。
そのまま駅に向かって改札に駆け込んだ。

…このまま行こう。それが良い、そうするしかない。恵美さんを刺激する事は出来ない。

ホームで電車を待っていると、私のスマホが鳴り出した。

…きしのだ。

「もしもし。」
ーまだ仕事?
「…ううん、終わった。」
ーあのさ、
「行けない。」

ー優希?
「行かなきゃ。野上さんのところに…ごめん。」

ごめん、こんなの聞きたくないよね。でも…拓郎にその先を言わせたくない。
恵美さん来てるって。打ち上げきちゃダメだって。
拓郎が電話をしてきた理由を拓郎の口から聞きたくないから。

しばらく拓郎は何も言わなかった。
ーそう。
「うん、ごめん…。」

その時、無性に苦しくなった。心がトゲトゲしてるのがわかった。
止めなきゃいけないのに、こんな事を拓郎に行っても仕方ないの、わかってるのに…。

「そのまま泊まるんだ。ごめん、電車来ちゃった、もう乗るから切るね。」

本当はまだ電車は来てない。
だけどこのままズルズルと喋り続けていたらもっともっと余計な事を喋っちゃう。
本当に、ごめん…。
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