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神経衰弱

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浴衣姿で、セミダブルのベッドに並んで座った時には、そういう事をするんだとばっかり思っていたから、それなりの覚悟はしてたのに…。
さっき露天風呂に2人で浸かっていた時間の方が、そういう雰囲気が強かった。

目の前にはトランプ。
旅行の夜はトランプだろう?という訳がわからない野上さんの理屈で始まったのが神経衰弱だった。

ただし、おそらく本当にトランプを楽しみたかった訳じゃないことはすぐにわかった。
何故なら、同じ数字を揃えられなかったら、質問にひとつ答えなくてはならないという謎のルールが追加されたからだ。
ちなみに揃えられたら揃えた方が質問が出来る。

「俺のどこが好き?」
「…優しいところ。」

俺優しい?と聞かれて、うんと答えると、どこが?と聞かれた。

「質問2つになりますよ。」
照れ臭くてそう答えると、そっか、と笑う。

じゃあ次ね、とトランプを野上さんが引く。
わざとだろう?数は揃わない。あえて揃える気がないんだから、当たり前だ。

「えっと…。私の料理で何が好きですか?」
「蒸し鶏。」

えっ?と思う。ただ鶏の胸肉を蒸してほぐしただけのものだから。

「あんなものが?」
「…2つ目になるよ?」

揚げ足を取ったのを取り返された気がする。

「…わかりました。」
見てろ、絶対揃えてやる!
と意気込んだけれど、数は揃わなかった。

あー、と嘆く私に対してくくくッと野上さんは笑う。

「じゃあ、さっきのね。俺のどこか優しい?」
「…私に求めないから。」
そう言うと、野上さんは不思議そうな顔をした。

「…そうなんだ。」
「そうですよ?」

あんまり気持ちを言葉にしないところも、あんまりデートをしたがらないところも、あんまり恋人らしい事をしてない事も…。
怒ったり責めたりはしない。

もちろん求める事もあるけれど、嫌だと言ったらそれを押し通したりはしない。
そっかぁと言いながらも好きにさせてくれる。
前に付き合ってきた人はそれでよくケンカになった。

今日だって。人に会いたくない私を尊重して、こんな素敵な宿を探して連れて来てくれたから。

次に野上さんはカードの数字を揃えた。
「今の俺に変えて欲しいところある?」
「…ないです。」

野上さんは…今までの人と違う。
大人なのかもしれない…。一緒にいて心が穏やかでいられる。

こうやってひとつ質問して、ひとつ質問をされて、それに答えて。

少し雰囲気が違う質問をされたのは残りのカードの数があと3組程度になった時だった。

「拓郎くんと付き合わなかったのはなんで?」
「えっ!?」
さあさあ答えて、と急かされる。野上さんはジーッと私を見つめている。

本気で聞いてて、本気の答えを求めてる…気がした。

「拓郎は…ちゃんと…付き合って同棲している彼女さんがいる…から。」
「そう…。」
野上さんの顔が曇った。

「好きじゃない、そう言う対象じゃない、そうは言わないんだね。
拓郎くんが彼女と別れたら…どうする?」

手が震えた。
心臓がバクバクし始める。
答え方を間違えた事に気付かされた。

あ、あー。
息が出来ない…。
そもそもの前提がおかしいと言わなきゃならない。
別れたら…。
あの2人が別れられるとは思えない。
それで拓郎がひとりになったら、きっと私は苦しくて生きていけなくなる。
どうにもならない…したくても。

答えてあげたいのに、手が震えて喉に何かが張り付いて息が吸えない。
ドクンドクンと身体中の脈が爆発するみたいに大きくなっていく。

そんなわたしの変化を野上さんは敏感に察したのだろう。

「ごめん、質問2つになったね。さあ、俺の番。」
そう言って何事もないかのように振る舞いながら野上さんは次のカードをめくった。

はぁ、はぁ、と息が上がる。
漸く息が出来るようになった。

「さあ、ユキが質問する番だよ。」
ハートの9とダイヤのAをヒラヒラと見せてから、野上さんはそれを裏返して元に戻した。
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