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やり直しの誕生日

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「今度早く上がれる日ある?」
そう野上さんに聞かれて、直近の予定を頭に浮かべた。

えっと…。
バイトがないのは明後日。午前で撮影を終えたら予定はない。
「明々後日の予定は?バイト?」
「はい、3時から…ラストまで。」

じゃあ、撮影の後から空けといて、と言われてわかりましたと答えた。

その日、撮影を終えて撮影所を出たときにスマホが鳴った。
「終わったらここに来て。」
添えられた地図によると最寄りの駅前のデパートだった。
そこの地下の駐車場に車を入れて待ってるとの事。

どこかでご飯でも食べるのだとそう思っていた。
野上さんの車は一番端に停められていて、周りに止まっている車は殆どなかった。

「お待たせしました。」
助手席の扉を開けて中に乗り込む。

「なんですかその格好。」
マスクをしてサングラスを掛けて黒い帽子を被って…。
あまりの雰囲気のあやしさにクスクス笑いが込み上げる。

「身バレしたくないんじゃないの?」
「…そうですけど。」
だからって…怪しすぎる、下手したら不審者だ。

「じゃあ、これだけ。」
掛けていたサングラスを外して私に手渡す。
「ユキ、付けてなよ。」

なんか有名人になった気分。あっ、野上さんは有名人か。
盗撮されかねないシチュエーションなのは確かだし、私は黙ってサングラスを付ける。
ふふふ、なんだか私まで芸能人になったみたいだ。

車が発車して駐車場を出るまでは少し俯いて…。
そうして繁華街を抜けた時、2人でなんだかおかしくなって笑い合った。

しばらくして車は首都高速に乗った。
「…どこ行くんですか?」
「遠く。」
遠く…って。

「誕生日のお祝いしようかと。」

えっ!?

てっきり何か適当なそれらしい物を買って渡されて終わるんだと思ってた。

「行きたい所あるんだ、付き合ってよ。」
「…はい。」

乗り掛かった舟ならぬ車。今更イヤなんていえない。
狡いなぁと思いつつ、野上さんの苦肉の策なのかもとも思う。
もし、事前に打診されていたらきっと断っていた…から。

「ねえ、ユキ。」
「なんですか?」
「そんなに俺との事がみんなに知られるのは嫌か?」
「そりゃ…まあ。」

「野上さんが困ると思う。」
と言うのは簡単な事だけど、それを野上さんに突きつけるのは…迷う。
野上さんは望んで…今の有名人な野上さんになった…訳ではない。
野球を突き詰めて極めた挙句の結果論で。
ただ、きっと野上さんのことを疑似恋愛的に見ている女性ファンはたくさんいるだろう。

そういった女性たちにとって、野上さんが現実に付き合っている人がいることを知るのは不本意だろう…と思う。

「ユキの仕事の事やユキのファンの為、じゃないんだよね?」
「ええ、それは気にはしてはないです。」

そう答えると、野上さんはじゃあなんの問題もないんだね、と言う。

「俺も私生活で誰と付き合っているか隠すつもりはないよ。」

うん、そうなんだろうと思う。でも野上さんはそれで良いのかもしれないけれど…。
「ファンが…。」
「ユキが思うプロスポーツ選手の彼女ってどんなの?」
「どんなのって聞かれても…。」

野上さんはそれから身近なスポーツ選手の例を挙げ始める。
女子アナ、アイドルや女優、プロになる前から付き合っていた一般人…。仲間からの紹介。

「もちろん街で知り合った…いわゆるナンパで知り合った人も、ファンだという子と遊んでいるヤツも。
みんなそれぞれだよ。
だから俺も気にしないで好きにやろうと思ってる。
たまたまユキだった、それだけだよ。」

そうだけど…。でも…違う。






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