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欲しかったモノ

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「それからスコアも。」
「スコア?あれは私の趣味で…。」

ううん、違う。
野上さんはそう言いながら首を振り続けてた。

「ずっとなんで試合に来てくれないんだろって思ってた。どうしてひとりで見るのイヤだなんてウソつくんだよって。」
「ウソじゃなくて、ひとりで見るのはイヤですよぉ?」
「ウソ。だってあの時はひとりだった。」
「あの時…?」
「夏の予選、西上対明稜の…。」

ああ、あのとき。
いつも試合は定位置で見てた。でないとマウンドにいる拓郎が不安になるから。
練習試合の時は誰か居てくれるけど、公式戦だったから、仲間はみんなベンチ、1、2年生は西上側の応援団に。
私だけが明稜側に座っていた。
そうしたかったわけじゃない、そうなっちゃっただけ。そうするしかなかっただけ。

「たまたまですよ。公式戦だからそうなっただけ。
それに考えてみてくださいよ。
プロ野球の試合で、球場のあのノリに乗らないでひたすらスコアを付け続けてるのってただの変な奴じゃないですか。
試合に行かなかったのは、私のワガママで、」

いいんだ、それはワガママじゃない、って野上さんは言う。
そうは言ってくれたのは、野上さんなりの理由があった。

「…俺、あのピッチャーが羨ましかった…んだ。夏の炎天下にひとりで自分だけを見ててくれる人がいる…あの選手が。
あんな子が俺の側でずっと俺だけを見ててくれたら…って。」

それを聞いた瞬間、身体が震えた。
野上さんがどっちを見てるかわかっちゃった。
「ちゃんと見ててくれた。ユキは俺を見ててくれてた。」

…違う。
見てなかったのは私の方だ。

「…ごめんなさい。」
「なんで?どうしてユキが謝るの?謝らなきゃいけないのは俺の方で…。」
「違う、違うんです。」

その先は言わせては貰えなかった。
野上さんはたまたまユキと仕事をして、私はただお手軽テイクアウトされたと思っていた。
そして私はそれにただ乗りして…。
違った…の?

問いたださなきゃいけないのに、野上さんは私を抱き寄せて、キスをして、その先の言葉を言わせてはくれない。

「待って。」
「ヤダ。今、ユキが欲しい。」
「まって…。私…、」

「待てない。俺は今、物凄く嬉しい。ユキが俺を見ててくれてた…。」

違う、見てなかった。
野上さんがユキと優希どちらを見てるかをちゃんと見てなかった。
野上さんは…優希を好き?

イヤイヤ、まさかまさか。
だって、たった1試合の間、それも5年も前。
高3の最後の夏の公式戦。負けたのは私達西上高、あの日を最後に、マネージャー野村優希は姿を消した。

待って!待って!!
考えが追いつかない、気持ちの整理がつかない。
野上さんを押し返さなきゃいけないのに、野上さんは嬉しそうに私を抱きしめている。

待って!
そうしなきゃいけないのに、聞きたい事はたくさんあるのに。
身体がゆっくりとソファーに押し倒されて、野上さんの身体が覆い被さってくる。

「俺、ユキが好き。」
「野上さん!」
「…今、ユキが欲しい。」

ああ、どうしよう…。
正解がわからない…。















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