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来ちゃダメな人
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日本シリーズ第二戦、8回の表。両チームが0スコアのままだった。
「うー、あっ、くそっ!」
「よし!」
店の壁に備え付けられた薄型テレビを見ながら、健太はため息をつき、慎介は拳を振り下ろした。
「上手いな、やっぱり。」
決め球のシンカーにタイミングが合わず、キャッチャーフライに終わった選手が悔しそうにベンチへ向かって歩いていく。
どうしてもバッターに肩入れしてしまうという健太に対し、なんとなくバッテリーの肩入れをしてしまう慎介。
2人が推す球団は今季の日本シリーズには出ていない。
「…ホント野球バカばっかり。」
悪態を吐きながら、厨房に入り込む。後回しにしていた食器を今のうちに洗わないと。
「うん?なんで言った?」
片耳だけイヤホンを差してラジオで実況を聞いている芳ニイが、注文と間違えて聞き返してくるし。
ありがたいことに座席は満席。そしてきっと野球の試合が終わるまでは動かないだろう。
粗方空腹を満たしたお客様ばかり、あとはひたすら飲み物の追加だけ…という状況になった頃。
「…ただいま。」
という声と共に入ってきたのは拓郎だった。
「あぁん?お前何しに来た。」
と芳ニイが睨みつけ、
「拓郎、大丈夫なの?」
と私が聞く。
「何って、手伝いくらいはするよ、少しくらいなら。」
有名なスポーツブランドのジャージを上下で着込んだ拓郎は間違いなく仕事帰り。
「邪魔だよ。」
「大丈夫だよ。」
慣れた手つきで適当にその場にあったエプロンを掛け、厨房に入り込んだ拓郎は私が泡をつけた食器を無言で濯ぎ始める。
(…大丈夫?)
私は視線だけで芳ニイに合図を送った、芳ニイは肩をすくめて、
「さあ?」
と言うだけ。
黙って芳ニイは冷蔵庫を開けて、材料を揃え始める。
「飯、まだだろ?拓、焼きそばでいいか?」
「…うん。」
「優希も?」
「…私は…要らない。」
手際よく肉を炒めながら芳ニイは、
「ちゃんと食え。」
という。
「…じゃあ焼き鳥の椎茸。塩もなにもなし。」
「モモな。」
「…野菜」
「モモも、な。」
黙っていると、芳ニイは勝手に仕込んであった焼き鳥の串を焼き始める。
ネギ、椎茸、アスパラ、と鶏肉。
ネギは本当はネギマ用の、アスパラはアスパラベーコン用の、芳ニイは私のために取り分けてくれていたらしい。
無理して体型を維持してる私を気遣っているのは十分に伝わる。
だってモモと言いながら、どうみても脂は取ってあるんだから。
相変わらず、芳ニイも私を甘やかす。
「拓郎、健太と慎介来てる。」
「うん、後で。」
手際よく洗い物をしている拓郎はこっちを見ずに答えている。
(…通常運転…かな?)
その時、お店の電話が鳴った。
「出るよ。」
とカウンターから離れてレジ横の固定電話の受話器を取り上げた。
「お電話ありがとうございます、居酒屋きしの…」
「拓郎くんいますか?」
電話の声を聞いた瞬間身体が固まった。鳥肌が立ち、目の前が真っ暗になる。
「岸野拓郎くん、いますよね?」
恵美さんだ!そうわかった瞬間、私の世界から音が消えた。
テレビから流れる野球の応援も、お店のお客さんが紡ぎ出すざわめきも、何にも聞こえなくなった。
もちろん電話の向こうの主の声も。
不意に持っていた受話器をそっと取り上げられた。
芳ニイだった。
私の世界に音が戻り始める。
「もしもし、すみません、営業時間中なんで。はいはい、わかってます。掛け直させます。営業妨害ですよ、コッチには掛けてこないでくれ、何度も言ってますよね。」
芳ニイはそのままガチャリと受話器を置いた。
「ユウ、もう帰っていいよ。後はひとりでも大丈夫だから。」
「…大丈夫。」
「…そう?じゃあ、慎介のところにビール持ってて。奢りだって。」
「うん。」
「焼き鳥焼けたら持ってくから、そのまま少し座ってろ。」
「…うん、ごめん。」
ビール持ってけって言われたのに、私は手ぶらで慎介達の座るテーブルに座る。
すかさず芳ニイがビールジョッキを両手に持ってやってきた。
「慎介、健太、悪いけど少し頼むな。」
「…はい。まさか?」
「ああ、まさか。今、裏にいる。確認の電話も掛けてきやがった。」
芳ニイがそういうと、健太と慎介の顔が怒りで少し歪み、直ぐに元の表情に戻った。
「優希、座りな。」
「うん。」
健太が椅子を引いてくれて、芳ニイがそっと座らせてくれた。
「気にするな、優希のせいじゃない。だろ?」
「…うん。」
「少し飲むか?」
「…要らない。」
「あのピッチャー凄いよ。」
「うん。」
「大丈夫だって。だから拓郎来たんだろうし。」
「うん。」
慎介が何かを話しかけてくれてるのを生返事で返して、健太がスマホを取り出したのをボーッと眺めていた。
「うー、あっ、くそっ!」
「よし!」
店の壁に備え付けられた薄型テレビを見ながら、健太はため息をつき、慎介は拳を振り下ろした。
「上手いな、やっぱり。」
決め球のシンカーにタイミングが合わず、キャッチャーフライに終わった選手が悔しそうにベンチへ向かって歩いていく。
どうしてもバッターに肩入れしてしまうという健太に対し、なんとなくバッテリーの肩入れをしてしまう慎介。
2人が推す球団は今季の日本シリーズには出ていない。
「…ホント野球バカばっかり。」
悪態を吐きながら、厨房に入り込む。後回しにしていた食器を今のうちに洗わないと。
「うん?なんで言った?」
片耳だけイヤホンを差してラジオで実況を聞いている芳ニイが、注文と間違えて聞き返してくるし。
ありがたいことに座席は満席。そしてきっと野球の試合が終わるまでは動かないだろう。
粗方空腹を満たしたお客様ばかり、あとはひたすら飲み物の追加だけ…という状況になった頃。
「…ただいま。」
という声と共に入ってきたのは拓郎だった。
「あぁん?お前何しに来た。」
と芳ニイが睨みつけ、
「拓郎、大丈夫なの?」
と私が聞く。
「何って、手伝いくらいはするよ、少しくらいなら。」
有名なスポーツブランドのジャージを上下で着込んだ拓郎は間違いなく仕事帰り。
「邪魔だよ。」
「大丈夫だよ。」
慣れた手つきで適当にその場にあったエプロンを掛け、厨房に入り込んだ拓郎は私が泡をつけた食器を無言で濯ぎ始める。
(…大丈夫?)
私は視線だけで芳ニイに合図を送った、芳ニイは肩をすくめて、
「さあ?」
と言うだけ。
黙って芳ニイは冷蔵庫を開けて、材料を揃え始める。
「飯、まだだろ?拓、焼きそばでいいか?」
「…うん。」
「優希も?」
「…私は…要らない。」
手際よく肉を炒めながら芳ニイは、
「ちゃんと食え。」
という。
「…じゃあ焼き鳥の椎茸。塩もなにもなし。」
「モモな。」
「…野菜」
「モモも、な。」
黙っていると、芳ニイは勝手に仕込んであった焼き鳥の串を焼き始める。
ネギ、椎茸、アスパラ、と鶏肉。
ネギは本当はネギマ用の、アスパラはアスパラベーコン用の、芳ニイは私のために取り分けてくれていたらしい。
無理して体型を維持してる私を気遣っているのは十分に伝わる。
だってモモと言いながら、どうみても脂は取ってあるんだから。
相変わらず、芳ニイも私を甘やかす。
「拓郎、健太と慎介来てる。」
「うん、後で。」
手際よく洗い物をしている拓郎はこっちを見ずに答えている。
(…通常運転…かな?)
その時、お店の電話が鳴った。
「出るよ。」
とカウンターから離れてレジ横の固定電話の受話器を取り上げた。
「お電話ありがとうございます、居酒屋きしの…」
「拓郎くんいますか?」
電話の声を聞いた瞬間身体が固まった。鳥肌が立ち、目の前が真っ暗になる。
「岸野拓郎くん、いますよね?」
恵美さんだ!そうわかった瞬間、私の世界から音が消えた。
テレビから流れる野球の応援も、お店のお客さんが紡ぎ出すざわめきも、何にも聞こえなくなった。
もちろん電話の向こうの主の声も。
不意に持っていた受話器をそっと取り上げられた。
芳ニイだった。
私の世界に音が戻り始める。
「もしもし、すみません、営業時間中なんで。はいはい、わかってます。掛け直させます。営業妨害ですよ、コッチには掛けてこないでくれ、何度も言ってますよね。」
芳ニイはそのままガチャリと受話器を置いた。
「ユウ、もう帰っていいよ。後はひとりでも大丈夫だから。」
「…大丈夫。」
「…そう?じゃあ、慎介のところにビール持ってて。奢りだって。」
「うん。」
「焼き鳥焼けたら持ってくから、そのまま少し座ってろ。」
「…うん、ごめん。」
ビール持ってけって言われたのに、私は手ぶらで慎介達の座るテーブルに座る。
すかさず芳ニイがビールジョッキを両手に持ってやってきた。
「慎介、健太、悪いけど少し頼むな。」
「…はい。まさか?」
「ああ、まさか。今、裏にいる。確認の電話も掛けてきやがった。」
芳ニイがそういうと、健太と慎介の顔が怒りで少し歪み、直ぐに元の表情に戻った。
「優希、座りな。」
「うん。」
健太が椅子を引いてくれて、芳ニイがそっと座らせてくれた。
「気にするな、優希のせいじゃない。だろ?」
「…うん。」
「少し飲むか?」
「…要らない。」
「あのピッチャー凄いよ。」
「うん。」
「大丈夫だって。だから拓郎来たんだろうし。」
「うん。」
慎介が何かを話しかけてくれてるのを生返事で返して、健太がスマホを取り出したのをボーッと眺めていた。
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