16 / 79
雨のお迎え
しおりを挟む
閉店まであと5分という時に、男の人が自動ドアをくぐり抜けて入ってきた。
「いらっしゃいませ。テイクアウトになりますけれど…って、あっ!野上さん!」
「よっ!試合無くなったから迎えにきた。」
「ありがとうございます。」
野上さんはキョロキョロと周りを見渡して
「今、ひとり?」
と尋ねられる。
「違います。裏で店長が掃除してます。」
コーヒーで良いですか?と尋ねて、カップをセットした。
「いくら?」
「要りませんよ、サービスします。」
「それ、困るから。いくら?」
「280円です。」
それくらい甘えてくれても良いのに、とブーっと頬を膨らませて社員価格の値段を告げてレジを操作する。
「どこで誰が見てるかわからない。ただで何かをしてもらったりは出来ないんだ。気持ちだけ、ありがとう。」
あ、そうか。気遣えなかったのは私のほうだった。
「こちらこそすみません。そこのテーブルに座って待ってて貰えますか?」
と一番手前にあるテーブルを指差すと、野上さんはそっと椅子に腰掛けた。
手早くコーヒーを淹れて持っていく。
今ならしばらく話していられる。もう店内の掃除も終わってて、店内のBGMが閉店案内に変わったら、レジを精算して店を閉められる。
もちろん誰も駆け込んで来なければ、だけど。
「もう少し待ってて下さいね。」
カチっと小さな音がして、店のBGMが退店を促すアナウンスに変わる。
あと1分で閉店だ。
私はブラインドを閉めに窓辺に行った。
大きなガラス窓から、道路の向こう側に立って、じっとコッチを見ている拓郎が見えた。
昼間と同じジャージ姿でビニール傘を差して。
昼間はスッと逸らされた視線が、今はじっとコッチを、私を見つめている。
私はしっかりと拓郎を見つめて、小さく頷いてからブラインドの紐を引っ張った。
シャッーっと冷たい音を立てて落としたブラインドが私の視線から拓郎を隠してしまう。
やっぱり何かあったんだろう…か。
昼間来たことも合わせるとそうなのかも…。
どこかうわの空で残りのブラインドも閉めて回っていく。
「野村さんお疲れ様。」
「あっ、はい!お疲れ様です。」
裏から出てきた店長の声に弾かれて、現実に戻される。
店長は野上さんを見つけて不審がった。退店を促すかどうか迷っている感じがした。
ああ、説明しないと。
「店長、大丈夫です、知り合いです。迎えに来てくれたんです。」
野球を見ない店長には野上さんの職業はバレてはなさそうで、ああ、そういうこと…と店長は苦笑いだ。
「コラっ!友達じゃないじゃん!!」
「あっ、安野さんにはコレで。」
人差し指を立てて口に当てた。
後はやっておくから、もう上がりなと店長はニヤニヤしながら言ってくれた。
いつもなら遠慮してそんなことはしないけれど、野上さんを待たせる事も、拓郎の事も気になって、すみませんとお礼を言いながら、手早くエプロンを外した。
「野村さん、忘れないでよ!アレ!」
と店長に指摘されて、サンドイッチの包みを持って店を出た。
「あれ?傘は?」
野上さんはコーヒーのカップしか持ってない。
「車、すぐソコに停めた。」
「もしかして路駐!?」
「そう、だから急がないと!」
振り返っちゃダメなのは分かっていたけれど、振り返る。
そこにはもう誰の姿も無かった。
…拓郎。
「野上さん、傘入って下さいね。」
私は何かを振り切るように、笑顔を貼り付けて野上さんに傘を差し出した。
「いらっしゃいませ。テイクアウトになりますけれど…って、あっ!野上さん!」
「よっ!試合無くなったから迎えにきた。」
「ありがとうございます。」
野上さんはキョロキョロと周りを見渡して
「今、ひとり?」
と尋ねられる。
「違います。裏で店長が掃除してます。」
コーヒーで良いですか?と尋ねて、カップをセットした。
「いくら?」
「要りませんよ、サービスします。」
「それ、困るから。いくら?」
「280円です。」
それくらい甘えてくれても良いのに、とブーっと頬を膨らませて社員価格の値段を告げてレジを操作する。
「どこで誰が見てるかわからない。ただで何かをしてもらったりは出来ないんだ。気持ちだけ、ありがとう。」
あ、そうか。気遣えなかったのは私のほうだった。
「こちらこそすみません。そこのテーブルに座って待ってて貰えますか?」
と一番手前にあるテーブルを指差すと、野上さんはそっと椅子に腰掛けた。
手早くコーヒーを淹れて持っていく。
今ならしばらく話していられる。もう店内の掃除も終わってて、店内のBGMが閉店案内に変わったら、レジを精算して店を閉められる。
もちろん誰も駆け込んで来なければ、だけど。
「もう少し待ってて下さいね。」
カチっと小さな音がして、店のBGMが退店を促すアナウンスに変わる。
あと1分で閉店だ。
私はブラインドを閉めに窓辺に行った。
大きなガラス窓から、道路の向こう側に立って、じっとコッチを見ている拓郎が見えた。
昼間と同じジャージ姿でビニール傘を差して。
昼間はスッと逸らされた視線が、今はじっとコッチを、私を見つめている。
私はしっかりと拓郎を見つめて、小さく頷いてからブラインドの紐を引っ張った。
シャッーっと冷たい音を立てて落としたブラインドが私の視線から拓郎を隠してしまう。
やっぱり何かあったんだろう…か。
昼間来たことも合わせるとそうなのかも…。
どこかうわの空で残りのブラインドも閉めて回っていく。
「野村さんお疲れ様。」
「あっ、はい!お疲れ様です。」
裏から出てきた店長の声に弾かれて、現実に戻される。
店長は野上さんを見つけて不審がった。退店を促すかどうか迷っている感じがした。
ああ、説明しないと。
「店長、大丈夫です、知り合いです。迎えに来てくれたんです。」
野球を見ない店長には野上さんの職業はバレてはなさそうで、ああ、そういうこと…と店長は苦笑いだ。
「コラっ!友達じゃないじゃん!!」
「あっ、安野さんにはコレで。」
人差し指を立てて口に当てた。
後はやっておくから、もう上がりなと店長はニヤニヤしながら言ってくれた。
いつもなら遠慮してそんなことはしないけれど、野上さんを待たせる事も、拓郎の事も気になって、すみませんとお礼を言いながら、手早くエプロンを外した。
「野村さん、忘れないでよ!アレ!」
と店長に指摘されて、サンドイッチの包みを持って店を出た。
「あれ?傘は?」
野上さんはコーヒーのカップしか持ってない。
「車、すぐソコに停めた。」
「もしかして路駐!?」
「そう、だから急がないと!」
振り返っちゃダメなのは分かっていたけれど、振り返る。
そこにはもう誰の姿も無かった。
…拓郎。
「野上さん、傘入って下さいね。」
私は何かを振り切るように、笑顔を貼り付けて野上さんに傘を差し出した。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。
木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。
そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。
ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。
そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。
こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
かりそめの侯爵夫妻の恋愛事情
きのと
恋愛
自分を捨て、兄の妻になった元婚約者のミーシャを今もなお愛し続けているカルヴィンに舞い込んだ縁談。見合い相手のエリーゼは、既婚者の肩書さえあれば夫の愛など要らないという。
利害が一致した、かりそめの夫婦の結婚生活が始まった。世間体を繕うためだけの婚姻だったはずが、「新妻」との暮らしはことのほか快適で、エリーゼとの生活に居心地の良さを感じるようになっていく。
元婚約者=義姉への思慕を募らせて苦しむカルヴィンに、エリーゼは「私をお義姉様だと思って抱いてください」とミーシャの代わりになると申し出る。何度も肌を合わせるうちに、報われないミーシャへの恋から解放されていった。エリーゼへの愛情を感じ始めたカルヴィン。
しかし、過去の恋を忘れられないのはエリーゼも同じで……?
2024/09/08 一部加筆修正しました
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
【完結】ええと?あなたはどなたでしたか?
ここ
恋愛
アリサの婚約者ミゲルは、婚約のときから、平凡なアリサが気に入らなかった。
アリサはそれに気づいていたが、政略結婚に逆らえない。
15歳と16歳になった2人。ミゲルには恋人ができていた。マーシャという綺麗な令嬢だ。邪魔なアリサにこわい思いをさせて、婚約解消をねらうが、事態は思わぬ方向に。
大好きだったあなたはもう、嫌悪と恐怖の対象でしかありません。
ふまさ
恋愛
「──お前のこと、本当はずっと嫌いだったよ」
「……ジャスパー?」
「いっつもいっつも。金魚の糞みたいにおれの後をついてきてさ。鬱陶しいったらなかった。お前が公爵令嬢じゃなかったら、おれが嫡男だったら、絶対に相手になんかしなかった」
マリーの目が絶望に見開かれる。ジャスパーとは小さな頃からの付き合いだったが、いつだってジャスパーは優しかった。なのに。
「楽な暮らしができるから、仕方なく優しくしてやってただけなのに。余計なことしやがって。おれの不貞行為をお前が親に言い付けでもしたら、どうなるか。ったく」
続けて吐かれた科白に、マリーは愕然とした。
「こうなった以上、殺すしかないじゃないか。面倒かけさせやがって」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる