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雨のお迎え

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閉店まであと5分という時に、男の人が自動ドアをくぐり抜けて入ってきた。
「いらっしゃいませ。テイクアウトになりますけれど…って、あっ!野上さん!」

「よっ!試合無くなったから迎えにきた。」
「ありがとうございます。」

野上さんはキョロキョロと周りを見渡して
「今、ひとり?」
と尋ねられる。
「違います。裏で店長が掃除してます。」

コーヒーで良いですか?と尋ねて、カップをセットした。

「いくら?」
「要りませんよ、サービスします。」
「それ、困るから。いくら?」
「280円です。」
それくらい甘えてくれても良いのに、とブーっと頬を膨らませて社員価格の値段を告げてレジを操作する。

「どこで誰が見てるかわからない。ただで何かをしてもらったりは出来ないんだ。気持ちだけ、ありがとう。」
あ、そうか。気遣えなかったのは私のほうだった。
「こちらこそすみません。そこのテーブルに座って待ってて貰えますか?」
と一番手前にあるテーブルを指差すと、野上さんはそっと椅子に腰掛けた。

手早くコーヒーを淹れて持っていく。
今ならしばらく話していられる。もう店内の掃除も終わってて、店内のBGMが閉店案内に変わったら、レジを精算して店を閉められる。
もちろん誰も駆け込んで来なければ、だけど。

「もう少し待ってて下さいね。」
カチっと小さな音がして、店のBGMが退店を促すアナウンスに変わる。
あと1分で閉店だ。
私はブラインドを閉めに窓辺に行った。

大きなガラス窓から、道路の向こう側に立って、じっとコッチを見ている拓郎が見えた。
昼間と同じジャージ姿でビニール傘を差して。
昼間はスッと逸らされた視線が、今はじっとコッチを、私を見つめている。
私はしっかりと拓郎を見つめて、小さく頷いてからブラインドの紐を引っ張った。
シャッーっと冷たい音を立てて落としたブラインドが私の視線から拓郎を隠してしまう。

やっぱり何かあったんだろう…か。
昼間来たことも合わせるとそうなのかも…。
どこかうわの空で残りのブラインドも閉めて回っていく。

「野村さんお疲れ様。」
「あっ、はい!お疲れ様です。」
裏から出てきた店長の声に弾かれて、現実に戻される。
店長は野上さんを見つけて不審がった。退店を促すかどうか迷っている感じがした。
ああ、説明しないと。
「店長、大丈夫です、知り合いです。迎えに来てくれたんです。」

野球を見ない店長には野上さんの職業はバレてはなさそうで、ああ、そういうこと…と店長は苦笑いだ。
「コラっ!友達じゃないじゃん!!」
「あっ、安野さんにはコレで。」
人差し指を立てて口に当てた。

後はやっておくから、もう上がりなと店長はニヤニヤしながら言ってくれた。

いつもなら遠慮してそんなことはしないけれど、野上さんを待たせる事も、拓郎の事も気になって、すみませんとお礼を言いながら、手早くエプロンを外した。

「野村さん、忘れないでよ!アレ!」
と店長に指摘されて、サンドイッチの包みを持って店を出た。

「あれ?傘は?」
野上さんはコーヒーのカップしか持ってない。
「車、すぐソコに停めた。」
「もしかして路駐!?」
「そう、だから急がないと!」

振り返っちゃダメなのは分かっていたけれど、振り返る。
そこにはもう誰の姿も無かった。

…拓郎。

「野上さん、傘入って下さいね。」
私は何かを振り切るように、笑顔を貼り付けて野上さんに傘を差し出した。
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