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開幕戦(終)

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「悪いね、わざわざ来てもらっちゃって。」
ペアーズ開幕戦、三塁側外野の最前列に私は健太と並んで座っていた。

「仕方ないじゃん、先輩に頼まれたら断れない。
んで、今は?うまく行ってるの?」
「この間1回別れた。」
「はぁ?開幕前の野球選手と別れるバカがどこにいる。」
「うーん、ここにいる。仕方なかったんだよ、恵美さん退院したし、またしばらく会えなくなるから。」
「まあ、想像つくけど。で、今は?」
「一緒に暮らしてるよ。」
「だから、先輩ゴキケンなんだな。モデルは辞めるの?」
「うん、辞めようと思う。ちゃんと就職する。」

もう拓郎にサインは送らないから、モデルでいる必要はなくなった。
野上陵の彼女は売れないモデルから、一般人のAさんに変わった。

そっか、と健太は嬉しそうだ。

「なんで健太が喜ぶの?」
「そりゃ、ずっと見てきたからな。」

まあ否定は出来ない。健太がいたから私は野上さんとまだ付き合えているらしいから。
拓郎が実家に戻れるようにするために実家を出なきゃならなくなった私は野上さんに同棲して欲しいとお願いした。
それを認める条件として野上さんのちゃんとした彼女になることを求められた。
契約期間は野上さんが三冠王を取れるまで。
「俺に疲れたらいつでも別れるし。でも次の日には帰ってきて。」
という付帯条件も付いている。

ずいぶんと都合の良すぎる付帯条件に、ああ私甘やかされているなぁと思う。

今まであえてしてこなかったデートや外食や…野上さんの知り合いとの付き合いも、もう拒まないと決めた。

「今年三冠王取ったらどうするの?」
っていう健太。
その健太と同じ事を私は野上さんに尋ねていた。
野上さんは今季打点王で、ホームラン王まではあと2本。打率だってトップ5には入っている。おそらくは時間の問題。
その答えは、
「特別ボーナス出してあげる。」
だった。

「プロポーズだな。」
って健太は言うけど、それは甘え過ぎだと思うし、結婚したら拓郎に会いに行けなくなる。
まさか離婚して会いに行くなんて事は出来ないし。

そう伝えると、健太はあっさりと、
「来れば良いじゃん、野球。」
と言った。

…野球?
首を傾げる私に健太が教えてくれた。

「あれ?聞いてない?野上さん明稜のOBに声掛けてくれて草野球チーム作ったの。んで、慎介が西上のOBに声掛けてチーム作ってさ。
定期的に交流戦やるんだ、あの市民球場で。」
「あの?7回コールド負けした…あの?」
「おいっ!それ言うなって!俺たちの雪辱を晴らす交流戦!!
…これならきっと拓郎も来れる。ピッチャーいないと始まんないしな。
優希は野上さんの彼女だから、明稜の応援する?」
「聞いてない!それにズルい!なんで私が明瞭の応援しなきゃならないの!!あり得ないんだけど!!」

「なっ?先輩の心の広さ、すげーよ。感謝しろ。」
「うん。」
「いっぱい甘えとけ。」
「うん。」

そっか。手始めに拓郎は「野球」を取り戻せるのか。
違う、「仲間」もだ。
そっかぁ。なんかお礼しないとな。
あっ、そうだ。終わった後、おいちゃんのところでみんなでご飯でも食べよう。

きっとみんな、野上さんも明稜のみんなも喜んでくれると思う。

しんみりしてる私を他所に、健太は持ち前のマイペースさで、
「ところでさ、なんでアウェイ側コッチ?」
と聞いてくる。
「さあ?野上さんがくれた指定席ここだった。」
ベアーズファンは当然ホームの一塁側に座っている。
私もよくわからない。

球場に出場選手のアナウンスが流れた。
「1番、セカンド水戸…2番…3番…」

「4番だよね、きっと。」
「うん、多分。開幕線だし。」

「4番、レフト野上、背番号7」
アナウンスの声に耳を疑った。
「レフト?DHじゃないの?」
「…聞いてない。」

野上ー!
野上さーん!
球場の大歓声を受けながら、ユニホーム姿の野上さんがこっちに向かって走ってくる。

「なんだ、やっぱり意識してんじゃん。ここが指定席になるんだな、きっと。」
と健太は笑う。
野上さんは照れ臭そうにチラリと私を見て、左手を挙げると、グローブに軽く口付ける。

「あ、あのグローブ。キャッチボール用だと思ってた。」
「優希、あのグローブになんかしたの?」
「な、なんで!」
「耳、真っ赤。」

「…あのね、お願いがあるって言うから。」
「言うからぁ?」
「メッセージを書いたの。」
「ふーん、なんて?」
「い、言えないよ。」

頑張れって書いて、って言われたから。
それじゃ、感謝しても足りないから。
見てるね、と書いた。

「2人の秘密にするから!と約束したから、言わないよ。」

「ふーん。まっ、いっか。
先輩もなんだか嬉しそうだし。」

セレモニーの始球式が始まった。

「そういえばスコアはどうすんの?」
「…録画。」

うわ、まじ?という健太に、
「野上さんは打席の記録だけでいい、って。」
と伝えた。

…でも続けると決めたのは、結局好きなんだと思うから。
野球もスコアをつけることも、野上さんの事も。
野上さんが守備に付くなら尚更やめられない。
見てるって約束だから。
見ていたいって心から思うから。

日記みたいに少しずつ積み重ねて、いつか…拓郎よりも長い月日を積み重ねて…そんなに掛からないかもしれない。
ようやく私は恋をし始めているんだと、そう思えるようになったから。


(終)
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