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野上と健太
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ユキを送り出して、しばらくの間ボーゼンとしていた。
覚悟はしていたつもりなのに。
もうダメかも。そう思うと身体に力が入らない。
今のうちに少しでも睡眠を取ろうと、シートを倒して寝転んだ。
寝なきゃなのに、頭はギンギンに冴えてきて、なのに身体は妙に気怠かった。
コンコンとウィンドウを叩く音がして、見上げると小梨が立って、窓から覗き込んでいる。
ロックを外すと、小梨は助手席に乗り込んで、水のペットボトルを渡してくれた。
「だから言ったじゃないですか、辛い恋になりますよ、って。」
「ああ、覚悟してしたつもりだったけど、けっこう堪えるな、これは。」
だけど、忘れられなかったんだから仕方ないじゃないか。
あの夏の日。
泣きながらスコアを描き続けた優希に俺は話し掛けた。
「どうしてコッチにひとりでいたの?」
チームのみんなは一塁側、俺たちが座っているのは三塁側。
高校野球の予選だから厳密にそうだという訳じゃないけれど、野球に詳しい人なら気にする。
敵チーム側のスタンドにひとりで座っていた制服のスカートに西上のユニホーム姿のユキはかなり目立っていた。
「拓郎、左投げだからここからじゃないと球種が見れなくて。
それにいつもここに座ってるから、ここにいないと拓郎が不安になるんです。」
孤独にマウンドに立つ西上のピッチャーは、見上げるといつも決まった場所にマネージャーがいる。
それこそ一挙一足、僅かな球の握りまでも見逃さないとするマネージャーが。
周りの視線も気にしないで、自分のためだけに、そこに居続けてくれる。
「そうか、お疲れさん。」
と声を掛けて、俺は喜びに湧く後輩のところに向かった。
…いいな、あんなマネ。
それで終われば良かったのに。
新学期になった時、新入部員の中に小梨がいた。
「西上のマネってソコまでしてくれんだな。俺少し感動しちゃったよ。」
「しませんよ、普通は。拓郎と優希だからですよ。」
って小梨に笑われた。
ふーん、特別なんだ。
でも大学でもプロになっても、俺にソコまでしてくれる人は現れなかった。
セボンの企画を聞いた時、モデルの指定が出来るか聞いた。
「良いですよ、メインは野上さんなんで、添え物程度の扱いですけど。」
じゃあ、ユキって子でお願いって言ったら、ユキ?って怪訝な顔をされたけれど。
久しぶりに小梨に連絡を取って、ユキのことを尋ねた。
拓郎とはどうなんだ、って。
2人が付き合う事は絶対にない、小梨はそう言い切った。
「付き合うのは簡単すよ、告るだけなんで。」
「そんなに軽いの?」
驚いて聞き返した、あの日のマネージャーと現在の彼女が結びつかなかった。
「いや、超重いっす。アイツ、拓郎のために他の奴と付き合うんで。」
優希は拓郎以外、本気で好きになったヤツはいない。
ただ拓郎は狂ったメンヘラ女に捕まって束縛されて、別れられないでいる。
「優希が他の男と付き合ってる間は拓郎は少しだけメンヘラ女の監視が弛んで自由になれるんです。だから優希は男を切らさないように、誰とでも付き合うんですよ。
アイツ達ぶっ壊れてますって。」
普段は会わない。連絡も取らない。拓郎は実家にも帰らない。実家住みの優希と会うかもしれないと拓郎の恋人は不安に怯えるから。
ただ、優希が我慢できなくなるくらい落ち込んだ時にだけ、優希は拓郎に連絡をする。
その時、拓郎は優希に会いに行く。
その時だけは恋人も仕事も何もかも放り出して、優希の元に駆け付ける。
その時だけは拓郎の恋人は目を瞑る。ソコを見てしまうと、拓郎は本気で自分から離れてしまうからだ。
だから優希は際限なく男と付き合い、フラれ続けることを望み続ける。
「会った時フリーだったら、付き合えます。だけど長くは持たないです。絶対拓郎には負けます。電話一本掛かってきたら何をしてても優希は拓郎のところへ行っちゃいます。
辛い恋になりますから、おススメはしません。」
小梨はそう言って、やめておけと言った。
それでも俺はあの日ユキに声を掛けた。半ば脅すように誘い出して、お試しでいいから付き合おうと言った。
なるべく軽く、まるでナンパのように。
真面目に告白したら、真面目にフラれるような気がした。その方が夏のあの子に似合うような気がした。変わっていなければ…だけれども。
助手席のシートを倒して2人でシートに寝そべった。小梨とはいえ、今の自分の姿を直接見られなくて助かったとさえ思ってしまう。
「過去に4回、ああこれで5回目か。拓郎から優希に連絡をして優希が駆け付ける時があります。」
「恋人が死にかけた時、だな。」
「ええ。そうです。拓郎が別れ話を切り出した後ですね。今回はそうならないように、拓郎が早まった事をしないようにと記事が出た時から拓郎の側にはいたんすけど、ムダになりましたね。」
「どうせ狂言だろ?そんなに繰り返すんじゃ。」
「ええ、みんなそう思ってますよ。多分拓郎も。
でも万が一を考えると、振り切れないんっすよ、あの2人は。」
だから曖昧なまま、幼馴染のまま。
心は誰よりも繋がっているのに2人は諦めた。
諦められっこ無いのに諦めたフリをし続けている。
「先輩のことを考えるなら、別れた方がいいっす。しばらく優希は拓郎の側にいなきゃと思うだろうし、優希の方から別れるっていうかもしれないです。
でも、きっと先輩と別れても優希は同じ事を繰り返すでしょうね。
もう、辛すぎて見てらんない…んす。」
拓郎くんはまた彼女に縛り付けられた。だからユキもまた好きでもない男と付き合う。
大好きな男に僅かな自由を与えてあげる為に…。
そして、きっとまたフラれる。
覚悟はしていたつもりなのに。
もうダメかも。そう思うと身体に力が入らない。
今のうちに少しでも睡眠を取ろうと、シートを倒して寝転んだ。
寝なきゃなのに、頭はギンギンに冴えてきて、なのに身体は妙に気怠かった。
コンコンとウィンドウを叩く音がして、見上げると小梨が立って、窓から覗き込んでいる。
ロックを外すと、小梨は助手席に乗り込んで、水のペットボトルを渡してくれた。
「だから言ったじゃないですか、辛い恋になりますよ、って。」
「ああ、覚悟してしたつもりだったけど、けっこう堪えるな、これは。」
だけど、忘れられなかったんだから仕方ないじゃないか。
あの夏の日。
泣きながらスコアを描き続けた優希に俺は話し掛けた。
「どうしてコッチにひとりでいたの?」
チームのみんなは一塁側、俺たちが座っているのは三塁側。
高校野球の予選だから厳密にそうだという訳じゃないけれど、野球に詳しい人なら気にする。
敵チーム側のスタンドにひとりで座っていた制服のスカートに西上のユニホーム姿のユキはかなり目立っていた。
「拓郎、左投げだからここからじゃないと球種が見れなくて。
それにいつもここに座ってるから、ここにいないと拓郎が不安になるんです。」
孤独にマウンドに立つ西上のピッチャーは、見上げるといつも決まった場所にマネージャーがいる。
それこそ一挙一足、僅かな球の握りまでも見逃さないとするマネージャーが。
周りの視線も気にしないで、自分のためだけに、そこに居続けてくれる。
「そうか、お疲れさん。」
と声を掛けて、俺は喜びに湧く後輩のところに向かった。
…いいな、あんなマネ。
それで終われば良かったのに。
新学期になった時、新入部員の中に小梨がいた。
「西上のマネってソコまでしてくれんだな。俺少し感動しちゃったよ。」
「しませんよ、普通は。拓郎と優希だからですよ。」
って小梨に笑われた。
ふーん、特別なんだ。
でも大学でもプロになっても、俺にソコまでしてくれる人は現れなかった。
セボンの企画を聞いた時、モデルの指定が出来るか聞いた。
「良いですよ、メインは野上さんなんで、添え物程度の扱いですけど。」
じゃあ、ユキって子でお願いって言ったら、ユキ?って怪訝な顔をされたけれど。
久しぶりに小梨に連絡を取って、ユキのことを尋ねた。
拓郎とはどうなんだ、って。
2人が付き合う事は絶対にない、小梨はそう言い切った。
「付き合うのは簡単すよ、告るだけなんで。」
「そんなに軽いの?」
驚いて聞き返した、あの日のマネージャーと現在の彼女が結びつかなかった。
「いや、超重いっす。アイツ、拓郎のために他の奴と付き合うんで。」
優希は拓郎以外、本気で好きになったヤツはいない。
ただ拓郎は狂ったメンヘラ女に捕まって束縛されて、別れられないでいる。
「優希が他の男と付き合ってる間は拓郎は少しだけメンヘラ女の監視が弛んで自由になれるんです。だから優希は男を切らさないように、誰とでも付き合うんですよ。
アイツ達ぶっ壊れてますって。」
普段は会わない。連絡も取らない。拓郎は実家にも帰らない。実家住みの優希と会うかもしれないと拓郎の恋人は不安に怯えるから。
ただ、優希が我慢できなくなるくらい落ち込んだ時にだけ、優希は拓郎に連絡をする。
その時、拓郎は優希に会いに行く。
その時だけは恋人も仕事も何もかも放り出して、優希の元に駆け付ける。
その時だけは拓郎の恋人は目を瞑る。ソコを見てしまうと、拓郎は本気で自分から離れてしまうからだ。
だから優希は際限なく男と付き合い、フラれ続けることを望み続ける。
「会った時フリーだったら、付き合えます。だけど長くは持たないです。絶対拓郎には負けます。電話一本掛かってきたら何をしてても優希は拓郎のところへ行っちゃいます。
辛い恋になりますから、おススメはしません。」
小梨はそう言って、やめておけと言った。
それでも俺はあの日ユキに声を掛けた。半ば脅すように誘い出して、お試しでいいから付き合おうと言った。
なるべく軽く、まるでナンパのように。
真面目に告白したら、真面目にフラれるような気がした。その方が夏のあの子に似合うような気がした。変わっていなければ…だけれども。
助手席のシートを倒して2人でシートに寝そべった。小梨とはいえ、今の自分の姿を直接見られなくて助かったとさえ思ってしまう。
「過去に4回、ああこれで5回目か。拓郎から優希に連絡をして優希が駆け付ける時があります。」
「恋人が死にかけた時、だな。」
「ええ。そうです。拓郎が別れ話を切り出した後ですね。今回はそうならないように、拓郎が早まった事をしないようにと記事が出た時から拓郎の側にはいたんすけど、ムダになりましたね。」
「どうせ狂言だろ?そんなに繰り返すんじゃ。」
「ええ、みんなそう思ってますよ。多分拓郎も。
でも万が一を考えると、振り切れないんっすよ、あの2人は。」
だから曖昧なまま、幼馴染のまま。
心は誰よりも繋がっているのに2人は諦めた。
諦められっこ無いのに諦めたフリをし続けている。
「先輩のことを考えるなら、別れた方がいいっす。しばらく優希は拓郎の側にいなきゃと思うだろうし、優希の方から別れるっていうかもしれないです。
でも、きっと先輩と別れても優希は同じ事を繰り返すでしょうね。
もう、辛すぎて見てらんない…んす。」
拓郎くんはまた彼女に縛り付けられた。だからユキもまた好きでもない男と付き合う。
大好きな男に僅かな自由を与えてあげる為に…。
そして、きっとまたフラれる。
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