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私は気付かれない

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よく知らないアーティストであったにも関わらず、私達は随分とはしゃいだ。
世界的なアーティストだけのことはある、言葉もろくに通じないというのに、私達観客を煽りに煽り、また近くにいた熱いファンの人の導きもあって、私たちはとっても楽しい時間を汗だくになって過ごせた。

「セボンという雑誌でモデルをしているユキと言います。是非私のSNSに載って貰えませんか?」
と私達にノリ方を教えてくれたファンの方に今日の記念にと写真撮影をお願いした時、
「えっ!セボンの?えっ?ユキさん?」
と驚かれた。

アコ姉やマコ姉の手を借りていない私はいつもこんな感じだ。
さっき、モザイク通りの入り口で待つと言った時に拓郎が心配したのは、「モデルのユキ」とバレたら…だ。
うん、それは要らない心配だった。
こうやって自ら名乗らなければ、わかっては貰えない。

「あっ!身バレ阻止!ですよね!」
と勝手に決めつけて勝手に納得してくれる、アーロンファンに敢えての訂正はいらなさそうだ。
「素はこんなもんなんですよ。」
っていうと結構色々な人に怒られる。
所詮、「ユキ」なんてそんなものなのに。

汗だくのまま拓郎に撮って貰った写真に
「とっても優しかった、デビット・アーロンファンのトモさん。
おかげでメッチャ盛り上がれました。
デビット・アーロン最高!!」

写真と当たり障りないコメントを確認してもらい、オッケーが出るとその場で投稿した。


「相変わらず気付かれないもんなんだなぁ。」
余韻に浸りたいので、少し歩くことにした私達。
拓郎はそう言って私を揶揄う。

「どーせ成長してませんよ。」
と不貞腐れる。
いいんだ別に。気付かれたい訳じゃないもん。

今の事務所を紹介してくれて、服もヘアメイクも2人の姉がきちんと整えてくれた。
2人がいなかったら、今きっと私はモデルなんかやれてはいない。
SNSは事務所の方針だからやっているだけ。
そうじゃなかったら、きっとこんな私生活を曝け出すような事をしはしない。
マコ姉やアコ姉がこねくり回さなかったら、私は「ユキ」にはなれない。

「いや、俺はいいと思うよ素の優希。モデルのユキの方が違和感がある。無理してんなぁって、そう思う。」

…相変わらずなのは拓郎もだ。そして無理してることまでお見通しだ。

事務所やマネージャーは「モデルとはこうあるべき」という偶像があるから、もっともっとと際限なく私へ変化を求めてくる。

拓郎はモデルのユキではなくて、ただの野村優希を見てるから。
だから私は変わりたく無いし、変われないままで生きている。
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