亡国の王子に下賜された神子

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穢れた国

ミアの過去

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ガランとしたラグマイトの部屋に濡れたまま座り込んだミアはガタガタと震え始めた。
「…寒いですよね。すみません、我慢して下さい。」
体を拭く乾いた布もなければ、毛布のようなものもない。仕方なくベネットはミアの身体を少しでも温めてあげようと抱きしめた。

「寒いからじゃないんですけど、少しだけこうしていただけると…勇気が湧きそうです。
…ありがとうございます。

きっとベネットさんにお話ししてもお困りになるだけかとは…。
だけど…このままこの坑道の中で死ぬのもイヤなんです。
…だから。私の事を聞いていただけますか?」

何やら話しにくい事情がありそうだけれど、聞かずにはいられない。
何よりこのまま死ぬなんて穏やかでは無さすぎる。

元々が疑問を疑問のまま放りだせない性格だからこそ、学問を極めたいと研究し続けてこれた。
知りたいと言う思いはミアの迷う素振りでは覆らなかった。

「…どんな話でも聞きますよ。いや、聴かせて下さい。
私はそれを受け止められるだけの気骨は持っていると思いたいです。」
ミアが少しでも話しやすくなればとの思いを込めてミアに告げた。

ひとつ大きな呼吸をして、ミアは割り切れたのか、話し始めた。

「3年ほど前です。ゴハンの村に因子検査のための隊が来ました。
ラグーでは時折り全部の領民を対象に因子検査が行われます。
20年振りの因子検査でしたので、私は18歳の時に初めて因子検査を受けた事になります。」

「私が産まれた国では7つで受けますね。私には特別な因子はなかった。」

因子検査と言ってもわかるのは数多ある因子の中のいくつかだけ。
神子、神の息吹、治癒…。

神子の因子は神子の孫くらいの代で潰える事が多いし、神の息吹も治癒も大抵は貴族の家に現れるが、極々稀に平民にも出ないわけではない。

特別な因子が現れなければその者の子にはもう現れない、そう思われていた時代におそらく市井に神子の家系が流れたのだと思われる。

「私には神の息吹の因子が極々僅かですがあったようです。
同じような人は他にはいなくて、私だけ別室に連れて行かれました。
神の息吹の因子を持っている者は城に上がったら報奨金が出るから、このまま出立しましょう、と言われたんです。

…村での私の家はそれほど裕福ではなくて。
正直、少しでもお金が貰えるならそれは助かるし嬉しいとさえ思ってしまいました。

そして連れて行かれたのが収容所です。
器の大きさで頂ける報奨金が決まってしまうから、ここで少し鍛錬をしてからお城へ向かおう、そう言われました。」

「…なるほど。禍をやり取りして器を拡げる、そういうことか。」
「いえ、違います。」
「…違うのか?」

ミアは頷いて…少し逡巡した様子を見せて…。
そして思い切ったように話し出した。

「嘘だったんです。
収容所からお城へ向かった人はいません。
騙されたんです。

そこで私達には仕事が待っていました。
仕事といっても何をするわけでもないんです。
ただ黒砂の詰まった部屋に一日中いるだけ。
黒砂から湧き出る禍をただ身体に吸収させられるだけなんです。

半日それをして、充てがわれた相手と禍のやり取りをします。
出し入れして、大抵の場合どちらかに集まって溜まります。
そうやって禍のやり取りを続けて、限界まで器を拡げると、今度はその禍を濃くしていくことが出来るようになります。
なんて言うんでしょうか…押し固めていくように感じる人もいますし、煮詰めていくような感じと言う人もいます。私は押し固めていく感じでした。
どんどん禍が押し固められて、気付いた時は足先から石化していきました。

怖くなってやめたくなって。
何度もお金なんかもう要らない、家に帰して欲しいとお願いしました。
でもやめられないんです。

拒否すれば収容所にいる人全員から、そうですね、まるで荷を預けられるように禍を渡されてしまいますから。
薄い禍を大量に身体に入れると即死します。濃い禍をやり取りさせる事が、この計画の肝ですから。」

「…計画?」
「ええ、コールになるんです、私たち。」
「コール!?
コールって、あの…燃える石の事か!?」
「ええ、そうです。
練り上がった身体は最後は足の先から頭の天辺まで石化します。
石化した身体は…おそらく粉々に粉砕されて、売られていくんでしょう。」

信じられない。
淡々とそれを語るミアの精神状態も。

あまりに酷い、あまりに被人道的な行いに、ベネットの胸が鷲掴みされて身体から引き出されるような痛みを感じる。

「その…コールやコークスは…。」
「ええ、わかっています。おそらくセブール湖に沈んでいたコールは禍の塊だったんでしょうね。

…だから。
最初は私達は神子様の身体を浄化したくなかったんです。だって…それは死に近づく事ですから。
だから力を使わずに、出来なかったから、と誤魔化して…。

ただ…。
捕われた神父様が、神子賜りがあったから希望は捨てるなって仰っていて。
ミレペダ公爵とラウール伯爵が神子の身を狙っている。
なんとか神殿にそれを伝える術がないか、協力してくれないか?と頼まれました。」

つい最近友をコールに変えてしまったミアは新たな友が充てがわれるまで、捕われた神父を含めて牢に入れられた人に食事を運ぶ役目を与えられていた。

しかし神父にそう頼まれても、ミア達は普段は坑道から出る事が出来ない。
だからその話を聞いても何をしてあげることも出来なかった。
しかしミア達は日替わりでこの邸に訪れる事になる。

「みんなが言っていました。あの人は何故収容所に入れられないんだろう、って。
だってどう見ても同じ因子持ちでしょう?
その話を牢にいる神父様にしたら、左手が石になっているのならば、それは神子様かもしれない、って。」

神子様ならば助けてやって欲しい、きっとその人を助ける事が、私達の為になるから、って。

だから、ミアはもう一度やらせてみてほしい、と見張りの兵士に志願した。
みんな別邸には行きたがらないし、めぼしい器を持つ人は出し尽くしてしまったこともあり、再チャレンジの機会が与えられたのが今日だった。

「…今、身体は?」
「全然、どこも。」

ホラ、とミアは足先を見せてくれる。
綺麗な真っ白の美しい足先だ。

「神父様の言った通りでした。ここに来て…本当に良かった…。」

気丈に振る舞っていたミアは、ここで初めて涙を見せた。





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