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ハマの儀式
レオボルト・ブランディールって誰
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レオボルト・ブランディール
その名前を呼ばれた時にはピンと来なかった。
レオ・ブラン
それが俺の名前だとずっと思っていたから。
18歳の6月、夏至まであとわずかという日、イェオリ国に住む18歳の新成人、およそ100人が教会に「ハマの託宣の儀式」の為に集められていた。
それぞれが名前を書いた紙を手に持って列に並んでいる。
名前を書いた紙は銀杯になみなみと注がれたハマーン湖由来の聖水に浸されていく。
不思議なもので、同じ紙と同じインクを使うのに、あるものは紙が溶けて無くなり、あるものは文字が滲んでしまい、名前が読めなくなる。
名前が読めなかったらそこで儀式は終わり。
お疲れ様でした、と家に帰れる。
神官から名を読み上げられた者はそのまま教会からヨーシャー国にある総本山ハマーン神殿へと向かい、ハマの託宣の儀式に参加する事になる。
ハマの儀式に参加できる選ばれし者になれるのは高貴な家の生まれであることが多く、今年は王子殿下、公爵や宰相のご子息あたりじゃないかと言われていた。
だからまあ、男爵子息の俺には縁はない。
だから、気楽に臨んで、サクッと帰ってくるつもりだった。
「レオ・ブラン」と自分で名を書いた紙片を渡された神官はなんの気負いも感慨もなさそうに流れ作業のひとつとして紙を聖杯に浸した。
俺の名前を書いた紙は聖杯に浸した途端に、黒いインクがモヤモヤと滲み出た。
ほお、インクが溶ける方か。
しばらく眺めていると、溶け出たはずのインクはスルスルと紙片に吸収され始める。
薄らと黒く濁った水はまた元のような透明に戻る。
…へえ。
マジマジと一連の踊るようなインクの動きを見つめていた俺は、初めて不思議な神秘的な神の力を感じていた。
神官が紙片を水から取り上げる。
「…レオボルト・ブランディール」
一瞬の沈黙の後、震える声で宣言されたのは、俺の名前のようでいて、俺の名前ではなかった。
「…誰ですか?それ。」
つい聞いてしまったのはご愛嬌だと思ってくれ。
「…其方の名前だろう。」
何言ってるんだ?と言いたげな神官の言葉。
「…いや、俺じゃないです。」
「ふざけるな、神託は絶対だ。」
イヤイヤ。ふざけてなんかないですって。
「名を呼ばれた者はこちらへ。」
別の神官が俺の腕をグイッと掴んで、俺を奥の部屋へと引っ張り込む。
え?という戸惑いを察したのか、その神官は神官らしからぬ雑な言葉で、
「お前は残る事になったんだ。」
と告げた。
見上げたその神官には見覚えがある、デュアル・ブラン神官。俺の従兄弟?叔父?みたいな人。
「お前、自分の名前も知らないのか?」
と揶揄うように呆れるように俺を見下ろすブラン神官に
「いえ、知ってますけど。」
と普通に答えてしまうくらいに、俺は何も知らなかったんだ。
「俺の名前、デュアルは知ってますよね?」
「ああ、知っていたさ、レオ。
しかしたった今お前の名前はハマ神により書き換えられた。
レオボルト・ブランディール、それが新しい名前だ。
ハマ神から与えられた名前だ、心して受け止めろ。
レオボルト・ブランディールは興国の祖、ハマの使徒の名前だ。今は亡きブランディール国の初代王の名前。」
ブラン神官が教えてくれる。
えっ?
なんだそれ。
「どういう事?」
俺の名前が興国の祖の名前に書き換えられたのはなんでなんだ?
「…俺にわかるわけないだろ。」
ですよねー。
「まあ、儀式でなんかわかるだろ。ただ受け入れてあるがまま臨めばいい。
ハマの儀式は無欲無心が肝要だから。」
…。いや、それもう無理だろ、と心の中で突っ込んだ。
だったら何も知らないうちに儀式に臨んでしまった方が良かった。
「おい、そんな顔するな。なるようになるさ。別にどうって事じゃない。」
「兎にも角にも、お前はレオボルト・ブランディールとして儀式に望む。それだけは忘れるな。」
デュアルさんは俺の肩をポンっと叩いて、「ほら、いくぞ。名を呼ばれた者はこちらだ。」
と俺を歩かせた。
その名前を呼ばれた時にはピンと来なかった。
レオ・ブラン
それが俺の名前だとずっと思っていたから。
18歳の6月、夏至まであとわずかという日、イェオリ国に住む18歳の新成人、およそ100人が教会に「ハマの託宣の儀式」の為に集められていた。
それぞれが名前を書いた紙を手に持って列に並んでいる。
名前を書いた紙は銀杯になみなみと注がれたハマーン湖由来の聖水に浸されていく。
不思議なもので、同じ紙と同じインクを使うのに、あるものは紙が溶けて無くなり、あるものは文字が滲んでしまい、名前が読めなくなる。
名前が読めなかったらそこで儀式は終わり。
お疲れ様でした、と家に帰れる。
神官から名を読み上げられた者はそのまま教会からヨーシャー国にある総本山ハマーン神殿へと向かい、ハマの託宣の儀式に参加する事になる。
ハマの儀式に参加できる選ばれし者になれるのは高貴な家の生まれであることが多く、今年は王子殿下、公爵や宰相のご子息あたりじゃないかと言われていた。
だからまあ、男爵子息の俺には縁はない。
だから、気楽に臨んで、サクッと帰ってくるつもりだった。
「レオ・ブラン」と自分で名を書いた紙片を渡された神官はなんの気負いも感慨もなさそうに流れ作業のひとつとして紙を聖杯に浸した。
俺の名前を書いた紙は聖杯に浸した途端に、黒いインクがモヤモヤと滲み出た。
ほお、インクが溶ける方か。
しばらく眺めていると、溶け出たはずのインクはスルスルと紙片に吸収され始める。
薄らと黒く濁った水はまた元のような透明に戻る。
…へえ。
マジマジと一連の踊るようなインクの動きを見つめていた俺は、初めて不思議な神秘的な神の力を感じていた。
神官が紙片を水から取り上げる。
「…レオボルト・ブランディール」
一瞬の沈黙の後、震える声で宣言されたのは、俺の名前のようでいて、俺の名前ではなかった。
「…誰ですか?それ。」
つい聞いてしまったのはご愛嬌だと思ってくれ。
「…其方の名前だろう。」
何言ってるんだ?と言いたげな神官の言葉。
「…いや、俺じゃないです。」
「ふざけるな、神託は絶対だ。」
イヤイヤ。ふざけてなんかないですって。
「名を呼ばれた者はこちらへ。」
別の神官が俺の腕をグイッと掴んで、俺を奥の部屋へと引っ張り込む。
え?という戸惑いを察したのか、その神官は神官らしからぬ雑な言葉で、
「お前は残る事になったんだ。」
と告げた。
見上げたその神官には見覚えがある、デュアル・ブラン神官。俺の従兄弟?叔父?みたいな人。
「お前、自分の名前も知らないのか?」
と揶揄うように呆れるように俺を見下ろすブラン神官に
「いえ、知ってますけど。」
と普通に答えてしまうくらいに、俺は何も知らなかったんだ。
「俺の名前、デュアルは知ってますよね?」
「ああ、知っていたさ、レオ。
しかしたった今お前の名前はハマ神により書き換えられた。
レオボルト・ブランディール、それが新しい名前だ。
ハマ神から与えられた名前だ、心して受け止めろ。
レオボルト・ブランディールは興国の祖、ハマの使徒の名前だ。今は亡きブランディール国の初代王の名前。」
ブラン神官が教えてくれる。
えっ?
なんだそれ。
「どういう事?」
俺の名前が興国の祖の名前に書き換えられたのはなんでなんだ?
「…俺にわかるわけないだろ。」
ですよねー。
「まあ、儀式でなんかわかるだろ。ただ受け入れてあるがまま臨めばいい。
ハマの儀式は無欲無心が肝要だから。」
…。いや、それもう無理だろ、と心の中で突っ込んだ。
だったら何も知らないうちに儀式に臨んでしまった方が良かった。
「おい、そんな顔するな。なるようになるさ。別にどうって事じゃない。」
「兎にも角にも、お前はレオボルト・ブランディールとして儀式に望む。それだけは忘れるな。」
デュアルさんは俺の肩をポンっと叩いて、「ほら、いくぞ。名を呼ばれた者はこちらだ。」
と俺を歩かせた。
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