亡国の王子に下賜された神子

枝豆

文字の大きさ
上 下
1 / 152
ハマの儀式

レオボルト・ブランディールって誰

しおりを挟む
レオボルト・ブランディール

その名前を呼ばれた時にはピンと来なかった。
レオ・ブラン
それが俺の名前だとずっと思っていたから。

18歳の6月、夏至まであとわずかという日、イェオリ国に住む18歳の新成人、およそ100人が教会に「ハマの託宣の儀式」の為に集められていた。

それぞれが名前を書いた紙を手に持って列に並んでいる。
名前を書いた紙は銀杯になみなみと注がれたハマーン湖由来の聖水に浸されていく。
不思議なもので、同じ紙と同じインクを使うのに、あるものは紙が溶けて無くなり、あるものは文字が滲んでしまい、名前が読めなくなる。

名前が読めなかったらそこで儀式は終わり。
お疲れ様でした、と家に帰れる。
神官から名を読み上げられた者はそのまま教会からヨーシャー国にある総本山ハマーン神殿へと向かい、ハマの託宣の儀式に参加する事になる。

ハマの儀式に参加できる選ばれし者になれるのは高貴な家の生まれであることが多く、今年は王子殿下、公爵や宰相のご子息あたりじゃないかと言われていた。
だからまあ、男爵子息の俺には縁はない。
だから、気楽に臨んで、サクッと帰ってくるつもりだった。

「レオ・ブラン」と自分で名を書いた紙片を渡された神官はなんの気負いも感慨もなさそうに流れ作業のひとつとして紙を聖杯に浸した。

俺の名前を書いた紙は聖杯に浸した途端に、黒いインクがモヤモヤと滲み出た。

ほお、インクが溶ける方か。

しばらく眺めていると、溶け出たはずのインクはスルスルと紙片に吸収され始める。
薄らと黒く濁った水はまた元のような透明に戻る。

…へえ。
マジマジと一連の踊るようなインクの動きを見つめていた俺は、初めて不思議な神秘的な神の力を感じていた。

神官が紙片を水から取り上げる。

「…レオボルト・ブランディール」

一瞬の沈黙の後、震える声で宣言されたのは、俺の名前のようでいて、俺の名前ではなかった。

「…誰ですか?それ。」
つい聞いてしまったのはご愛嬌だと思ってくれ。
「…其方の名前だろう。」
何言ってるんだ?と言いたげな神官の言葉。
「…いや、俺じゃないです。」
「ふざけるな、神託は絶対だ。」

イヤイヤ。ふざけてなんかないですって。

「名を呼ばれた者はこちらへ。」
別の神官が俺の腕をグイッと掴んで、俺を奥の部屋へと引っ張り込む。

え?という戸惑いを察したのか、その神官は神官らしからぬ雑な言葉で、
「お前は残る事になったんだ。」
と告げた。
見上げたその神官には見覚えがある、デュアル・ブラン神官。俺の従兄弟?叔父?みたいな人。

「お前、自分の名前も知らないのか?」
と揶揄うように呆れるように俺を見下ろすブラン神官に
「いえ、知ってますけど。」
と普通に答えてしまうくらいに、俺は何も知らなかったんだ。

「俺の名前、デュアルは知ってますよね?」
「ああ、知っていたさ、レオ。
しかしたった今お前の名前はハマ神により書き換えられた。
レオボルト・ブランディール、それが新しい名前だ。
ハマ神から与えられた名前だ、心して受け止めろ。

レオボルト・ブランディールは興国の祖、ハマの使徒の名前だ。今は亡きブランディール国の初代王の名前。」
ブラン神官が教えてくれる。

えっ?
なんだそれ。
「どういう事?」 
俺の名前が興国の祖の名前に書き換えられたのはなんでなんだ?
「…俺にわかるわけないだろ。」
ですよねー。
「まあ、儀式でなんかわかるだろ。ただ受け入れてあるがまま臨めばいい。
ハマの儀式は無欲無心が肝要だから。」

…。いや、それもう無理だろ、と心の中で突っ込んだ。
だったら何も知らないうちに儀式に臨んでしまった方が良かった。

「おい、そんな顔するな。なるようになるさ。別にどうって事じゃない。」

「兎にも角にも、お前はレオボルト・ブランディールとして儀式に望む。それだけは忘れるな。」

デュアルさんは俺の肩をポンっと叩いて、「ほら、いくぞ。名を呼ばれた者はこちらだ。」
と俺を歩かせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたくし、今から義妹の婚約者を奪いにいきますの。

みこと。
恋愛
義妹レジーナの策略によって顔に大火傷を負い、王太子との婚約が成らなかったクリスティナの元に、一匹の黒ヘビが訪れる。 「オレと契約したら、アンタの姿を元に戻してやる。その代わり、アンタの魂はオレのものだ」 クリスティナはヘビの言葉に頷いた。 いま、王太子の婚約相手は義妹のレジーナ。しかしクリスティナには、どうしても王太子妃になりたい理由があった。 ヘビとの契約で肌が治ったクリスティナは、義妹の婚約相手を誘惑するため、完璧に装いを整えて夜会に乗り込む。 「わたくし、今から義妹の婚約者を奪いにいきますわ!!」 クリスティナの思惑は成功するのか。凡愚と噂の王太子は、一体誰に味方するのか。レジーナの罪は裁かれるのか。 そしてクリスティナの魂は、どうなるの? 全7話完結、ちょっぴりダークなファンタジーをお楽しみください。 ※同タイトルを他サイトにも掲載しています。

冴えない私の周りは主役級ばかり~雫の恋愛行進曲〜

B B B
恋愛
 主人公である少し馬鹿でマヌケな女子高生、宮橋 雫(みやはし しずく)の周りには才能溢れた主役級の同級生たちが存在する。  彼らはロックバンドを結成し、投稿動画を利用して中学時代には既に世界的な評価を集めいていた。  雫の幼馴染であるボーカルの月島 蓮(つきしま れん)はその中でも最たる才能の持ち主であり、物心ついた頃からの片思い相手でもあった。  個性豊かなバンドメンバーと、恋敵の幼馴染に振り回される高校生活。  スターダムを駆け上っていく彼らとの、友情と恋愛、それぞれの葛藤を描いたコミカル重視の学園ラブコメディー。    

信州観劇日記

ことい
エッセイ・ノンフィクション
長野県内の演劇やイベントの鑑賞記録です。以前より別のプラットフォームで書いていた文章をこちらに残していきます。

自由&復讐

(TAT)
ファンタジー
どんでん返し

あなたの妻はもう辞めます

hana
恋愛
感情希薄な公爵令嬢レイは、同じ公爵家であるアーサーと結婚をした。しかしアーサーは男爵令嬢ロザーナを家に連れ込み、堂々と不倫をする。

歪な現実の怖い話

長月天
ホラー
幽霊や心霊現象は一切出てきません。 三分程度で読める作品です。暇つぶしにどうぞ。 「何故ここにこんなものが置いてあるのだろう」「何故あの人はそんな言い方をしたのだろう」 始まりはそんな小さな違和感から。 その違和感を突き詰めていくと、やがて恐ろしい歪な形をした現実と結びついていくことがあります。

悪の皇帝候補に転生したぼくは、ワルワルおにいちゃまとスイーツに囲まれたい!

野良猫のらん
BL
極道の跡継ぎだった男は、金髪碧眼の第二王子リュカに転生した。御年四歳の幼児だ。幼児に転生したならばすることなんて一つしかない、それは好きなだけスイーツを食べること! しかし、転生先はスイーツのない世界だった。そこでリュカは兄のシルヴェストルやイケオジなオベロン先生、商人のカミーユやクーデレ騎士のアランをたぶらかして……もとい可愛くお願いして、あの手この手でスイーツを作ってもらうことにした! スイーツ大好きショタの甘々な総愛されライフ!

フランチェスカ王女の婿取り

わらびもち
恋愛
王女フランチェスカは近い将来、臣籍降下し女公爵となることが決まっている。 その婿として選ばれたのがヨーク公爵家子息のセレスタン。だがこの男、よりにもよってフランチェスカの侍女と不貞を働き、結婚後もその関係を続けようとする屑だった。 あることがきっかけでセレスタンの悍ましい計画を知ったフランチェスカは、不出来な婚約者と自分を裏切った侍女に鉄槌を下すべく動き出す……。

処理中です...