97 / 242
皇子くんの一番
迎え
しおりを挟む
電車を降りてからもダッシュをして、ハアハアと息を切らしながら、学童の門をくぐり抜けた。
部屋の灯りは既に落ちていて、玄関の扉の横のガラス板の向こう側だけがほんのりと明るい。
「…す、すみません。遅くなりました…。」
肩で息をしながら玄関扉を開ける。
上り口にランドセルを背負ったまま座っている壮がいる。隣には指導員の泉さんが寄り添ってくれていた。
壮はやっぱり想像した通り、俯いて膝をしっかりと抱え込んでいる。
「ごめん、遅くなった。」
頭をポンポンっと軽く叩く。
「ごめんね、コウくん、何回も電話はしてみたんだけどお母さんと連絡取れなくて。」
「…父は?」
「…お父さんはお母さんが行くはずだから、と。」
「…そうですか。いつもすみませんご迷惑かけました。」
良いの、いつもこれくらいまではいるからぁ、と泉さんは言ってくれるけれど、多分このまま鍵を閉めて帰るのだろう、しっかり帰り支度を終えたから、部屋の電気を消してここにいる。
「帰ろう、壮。」
声を掛けると、壮は黙ってゆっくりと立ち上がる。そのまま俺の腰にしっかりとしがみついた。
「壮くん、気をつけてね。さよーならっ。」
懐かしい学童独特のアクセントをつけて泉さんはさよならの挨拶をする。
「…さよーならっ。」
聞こえるか聞こえないか小さな声で壮が答える。
「お世話になりました。」
なんでもないことのように壮が思ってくれたらいい、無理して出来るだけの明るい声を出して、玄関を出る。
やっぱり泉さんも一緒に外へ出て、そのまま鍵を掛ける。
「コウくん学校どう?」
「まあ、普通に。」
「ははっ、普通って何が普通?相変わらずクールだなぁ、コウくんは。」
「…別にクールじゃないですよ。」
これから駅へと向かう泉さんと歩きながら世間話をしていく。
俺も小学生の6年間、この学童に通っていたから、泉さんとの付き合いは長い。
面倒見の良い泉さんは気難しい壮が懐いている唯一の指導員、だからかこうやって迎えが遅れた時にいつも壮の側にいてくれる。
壮は俺の鞄を握ったまま一言も喋らない。
元々あんまり喋らない子だから、普通と言えば普通なんだけれど。
(…最近多いもんな。)
今月になってから既に3回、こうやって壮の迎えについて俺に問い合わせが来ていた。
本当は18歳未満への引き渡しはしないルールなので、母、父、よく迎えにくる和津さん、の次、最後の最後に俺への連絡が来る。
今日だって本当ならルール違反なのに、こうやって引き渡してくれている。
壮は敏感にその事を察している。
もしかしたら指導員同士の会話の中で、何か聞いてしまっているのかもしれない。
「また葛西さんお迎え来てないんだけど…。」程度の会話でも壮はきっと傷付いている。
泉さんと別れてから、壮が手を絡めてきた。
兄と手を繋ぐのは壮には恥ずかしいようで、泉さんの前では絶対にしない。
だけどこうやって2人になると必ず手を繋いでくる。
「なあ、なんか喰って帰ろうか?それとも買って帰るか?」
気分を変えてやろうと思って、聞いてみた。
「…唐揚げ。」
ポツリ壮が選んだのは、最近お気に入りの唐揚げ専門店のモノ。
少し遠回りになるけれど、まっいいか。
「よし、買って帰るか。」
うん!と頷いて顔を上げた壮はやっと少し笑顔を見せてくれた。
部屋の灯りは既に落ちていて、玄関の扉の横のガラス板の向こう側だけがほんのりと明るい。
「…す、すみません。遅くなりました…。」
肩で息をしながら玄関扉を開ける。
上り口にランドセルを背負ったまま座っている壮がいる。隣には指導員の泉さんが寄り添ってくれていた。
壮はやっぱり想像した通り、俯いて膝をしっかりと抱え込んでいる。
「ごめん、遅くなった。」
頭をポンポンっと軽く叩く。
「ごめんね、コウくん、何回も電話はしてみたんだけどお母さんと連絡取れなくて。」
「…父は?」
「…お父さんはお母さんが行くはずだから、と。」
「…そうですか。いつもすみませんご迷惑かけました。」
良いの、いつもこれくらいまではいるからぁ、と泉さんは言ってくれるけれど、多分このまま鍵を閉めて帰るのだろう、しっかり帰り支度を終えたから、部屋の電気を消してここにいる。
「帰ろう、壮。」
声を掛けると、壮は黙ってゆっくりと立ち上がる。そのまま俺の腰にしっかりとしがみついた。
「壮くん、気をつけてね。さよーならっ。」
懐かしい学童独特のアクセントをつけて泉さんはさよならの挨拶をする。
「…さよーならっ。」
聞こえるか聞こえないか小さな声で壮が答える。
「お世話になりました。」
なんでもないことのように壮が思ってくれたらいい、無理して出来るだけの明るい声を出して、玄関を出る。
やっぱり泉さんも一緒に外へ出て、そのまま鍵を掛ける。
「コウくん学校どう?」
「まあ、普通に。」
「ははっ、普通って何が普通?相変わらずクールだなぁ、コウくんは。」
「…別にクールじゃないですよ。」
これから駅へと向かう泉さんと歩きながら世間話をしていく。
俺も小学生の6年間、この学童に通っていたから、泉さんとの付き合いは長い。
面倒見の良い泉さんは気難しい壮が懐いている唯一の指導員、だからかこうやって迎えが遅れた時にいつも壮の側にいてくれる。
壮は俺の鞄を握ったまま一言も喋らない。
元々あんまり喋らない子だから、普通と言えば普通なんだけれど。
(…最近多いもんな。)
今月になってから既に3回、こうやって壮の迎えについて俺に問い合わせが来ていた。
本当は18歳未満への引き渡しはしないルールなので、母、父、よく迎えにくる和津さん、の次、最後の最後に俺への連絡が来る。
今日だって本当ならルール違反なのに、こうやって引き渡してくれている。
壮は敏感にその事を察している。
もしかしたら指導員同士の会話の中で、何か聞いてしまっているのかもしれない。
「また葛西さんお迎え来てないんだけど…。」程度の会話でも壮はきっと傷付いている。
泉さんと別れてから、壮が手を絡めてきた。
兄と手を繋ぐのは壮には恥ずかしいようで、泉さんの前では絶対にしない。
だけどこうやって2人になると必ず手を繋いでくる。
「なあ、なんか喰って帰ろうか?それとも買って帰るか?」
気分を変えてやろうと思って、聞いてみた。
「…唐揚げ。」
ポツリ壮が選んだのは、最近お気に入りの唐揚げ専門店のモノ。
少し遠回りになるけれど、まっいいか。
「よし、買って帰るか。」
うん!と頷いて顔を上げた壮はやっと少し笑顔を見せてくれた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
井戸端会議所
ほたる
青春
アパートの一階で、隣同士に住んでいる仁志と仁美。二人はアパートの専用庭に出て、柵越しに座り、ただ何の変哲もない会話をするだけという、「井戸端会議」と呼称する交流を、幼い頃からずっと続けていた。幼馴染で親密な関係を築いていくうちに、仁志は段々と仁美を意識するようになる。そんな関係性が続く中、ある日の夜。いつも通りに井戸端会議をしていると、仁美が仁志に対して、こう言ったのだった。
「ねぇ、今から外に出れる?」
W-score
フロイライン
恋愛
男に負けじと人生を仕事に捧げてきた山本 香菜子は、ゆとり世代の代表格のような新入社員である新開 優斗とペアを組まされる。
優斗のあまりのだらしなさと考えの甘さに、閉口する香菜子だったが…
女神と共に、相談を!
沢谷 暖日
青春
九月の初め頃。
私──古賀伊奈は、所属している部活動である『相談部』を廃部にすると担任から言い渡された。
部員は私一人、恋愛事の相談ばっかりをする部活、だからだそうだ。
まぁ。四月頃からそのことについて結構、担任とかから触れられていて(ry
重い足取りで部室へ向かうと、部室の前に人影を見つけた私は、その正体に驚愕する。
そこにいたのは、学校中で女神と謳われている少女──天崎心音だった。
『相談部』に何の用かと思えば、彼女は恋愛相談をしに来ていたのだった。
部活の危機と聞いた彼女は、相談部に入部してくれて、様々な恋愛についてのお悩み相談を共にしていくこととなる──
怪談あつめ ― 怪奇譚 四十四物語 ―
ろうでい
ホラー
怖い話ってね、沢山あつめると、怖いことが起きるんだって。
それも、ただの怖い話じゃない。
アナタの近く、アナタの身の回り、そして……アナタ自身に起きたこと。
そういう怖い話を、四十四あつめると……とても怖いことが、起きるんだって。
……そう。アナタは、それを望んでいるのね。
それならば、たくさんあつめてみて。
四十四の怪談。
それをあつめた時、きっとアナタの望みは、叶うから。
金色の庭を越えて。
碧野葉菜
青春
大物政治家の娘、才色兼備な岸本あゆら。その輝かしい青春時代は、有名外科医の息子、帝清志郎のショッキングな場面に遭遇したことで砕け散る。
人生の岐路に立たされたあゆらに味方をしたのは、極道の息子、野間口志鬼だった。
親友の無念を晴らすため捜査に乗り出す二人だが、清志郎の背景には恐るべき闇の壁があった——。
軽薄そうに見え一途で逞しい志鬼と、気が強いが品性溢れる優しいあゆら。二人は身分の差を越え強く惹かれ合うが…
親が与える子への影響、思春期の歪み。
汚れた大人に挑む、少年少女の青春サスペンスラブストーリー。
フツリアイな相合傘
月ヶ瀬 杏
青春
幼少期の雨の日のトラウマから、雨が苦手な和紗。 雨の日はなるべく人を避けて早く家に帰りたいのに、あるできごとをキッカケに同じクラスの佐尾が関わってくるようになった。 佐尾が声をかけてくるのは、決まって雨の日の放課後。 初めはそんな佐尾のことが苦手だったけれど……
傷者部
ジャンマル
青春
高校二年生に上がった隈潟照史(くまがた あきと)は中学の時の幼なじみとのいざこざを未だに後悔として抱えていた。その時の後悔からあまり人と関わらなくなった照史だったが、二年に進学して最初の出席の時、三年生の緒方由紀(おがた ゆき)に傷者部という部活に入ることとなるーー
後悔を抱えた少年少女が一歩だけ未来にあゆみ出すための物語。
【6/5完結】バンドマンと学園クイーンはいつまでもジレジレしてないでさっさとくっつけばいいと思うよ
星加のん
青春
モブキャラ気取ってるくせにバンドをやってる時は輝いてる楠木君。そんな彼と仲良くなりたいと何かと絡んでくる学園一の美少女羽深さんは、知れば知るほど残念感が漂う女の子。楠木君は羽深さんのことが大好きなのにそこはプロのDT力のなせるワザ。二人の仲をそうそう簡単には進展させてくれません。チョロいくせに卑屈で自信のないプロのDT楠木君と、スクールカーストのトップに君臨するクイーンなのにどこか残念感漂う羽深さん。そんな二人のじれったい恋路を描く青春ラブコメ、ここに爆誕!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる