修道院に行きたいんです

枝豆

文字の大きさ
上 下
59 / 100

火祭りもどき

しおりを挟む
ライナス領で散々遊び倒した俺には領地経営の仕事が山積みになっているのと、未だにブリトーニャが公務を担えないのと。
今休みが必要なのはステファンなのと。
休みがなかなか取れない。
一方でなかなか仕事が回ってこないレイチェルは城で放っておかれがちな日々が続く。

その事を申し訳なく思い、そう伝えると、
「…では、ひとつだけワガママをさせていただいても良いですか?」
と上目遣いでおねだりされた。

珍しい…。
レイチェルが俺にお願い事をしてくるなんて。
「なんだ?」
「ゼットンを貸して下さい。あと少しお金を好きに使っても?」
ゼットンを?
「何を考えてる?」
「えーっと、それは後でのお楽しみという事です。」

なんかよくわからないけれど、レイチェルが楽しそうだから。
レイチェルが暴走しないかは心配だけど、ゼットンなら加減はわかるだろう。
「好きにするといい。」
レイチェルが笑っている、それだけで俺を嬉しい気分へと誘う、それもまた幸せなんだから。

レイチェルは技師たちを使ってあの池の中に筏を組んで、そこに天幕を張った。
釣りでもするのかと思ったら、ゼットンがテーブルを運び入れ、椅子を運び入れ、松明に蝋燭、ランプ…と細々と運ばせて。

「ヒュッテの火祭りでもやるのかい?」
「えへへ、よくわかりましたね。」
「もう秋だけど。」
「いいじゃないですか、そんなことは。」
完璧な拵えを見て嬉しそうに笑うレイチェルのために小舟を池に浮かべてやった。
そして全てが出来上がった日、俺とレイチェルは日没を待って舟で筏へと渡った。

あの東屋に付けられた舟に乗り込むとき、レイチェルの表情に影は落ちやしないか?と様子を伺うけれど、レイチェルは和かな笑みのまま、俺に手を取られて軽やかに舟へと乗り込む。

(…乗り越えたんだな。)
些細な事かもしれないけれど、死のうとまでした場所でもあったのに。
レイチェルが笑っている、それがなんとも嬉しい。

天幕の中にはテーブルと2脚の椅子。
どうやらサラが助言したらしい、たくさんの酒や料理が既に並べられていた。
拵えられた松明に灯りを灯していくと、無機質な王宮庭園の中の池が雅な雰囲気へと一変していく。
うん、悪くはない。

「じゃあ始めよう。」
「まだですよ。」

…どういう事だ?

「ヒュッテの火祭りは舟で行き来して社交を楽しむんですよね?」
「…そうだけど。」
椅子は2脚しか用意されていない。
「だから、詰めれば座れますよ、きっと。」
そういってレイチェルは微笑んだ。

そうか、そういうことか。
俺たちを乗せた舟は黙って東屋へと戻ってしまう。
きっと誰かを連れてまたここへやってくるのだろう。
予想通りならば…。

しばらくしてステファンがブリトーニャを伴ってやってきた。
俺たちの姿を見て、表情を曇らせたブリトーニャだったけれど、振り向いても既に舟はいない。

…ゼットンの奴、やりやがったな。レイチェルと共謀して、ブリトーニャの退路を断つつもりのようだ。
こうなってはもうレイチェルの思いのままだろう。もしかしたらステファンも噛んでいるのかもしれない。

さあさあ、と言いたげにレーチェが俺の袖口を引っ張る。

「来てくれてありがとう。諦めてもてなされてくれ。椅子も足りないけれど、それもまた許してくれ。
今夜はヒュッテ式でやらせて頂くよ。
酒だけは十分にあるようだ。飲んで舟を待つのも悪くはない。」

そうするしかないんだから。まあ仕方がないよな。

俺の膝の上にレイチェルが座り、ステファンの膝の上にブリトーニャが怖々と座る。
どこかぎこちない雰囲気で始まった「火祭り」の夜。

レイチェルが望むまま俺はレイチェルのグラスに酒を注ぎ続け、ブリトーニャの遠慮をものともせずステファンはブリトーニャのグラスに酒を注ぎ続けた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

婚約破棄後の神詣 

tartan321
恋愛
神様に救いを求めます。

何故婚約解消してくれないのか分かりません

yumemidori
恋愛
結婚まで後2年。 なんとかサーシャを手に入れようとあれこれ使って仕掛けていくが全然振り向いてくれない日々、ある1人の人物の登場で歯車が回り出す、、、

私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。

火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。 王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。 そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。 エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。 それがこの国の終わりの始まりだった。

【完結】美しい人。

❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」 「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」 「ねえ、返事は。」 「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」 彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。

初恋の還る路

みん
恋愛
女神によって異世界から2人の男女が召喚された。それによって、魔導師ミューの置き忘れた時間が動き出した。 初めて投稿します。メンタルが木綿豆腐以下なので、暖かい気持ちで読んでもらえるとうれしいです。 毎日更新できるように頑張ります。

平凡な女には数奇とか無縁なんです。

谷内 朋
恋愛
 この物語の主人公である五条夏絵は来年で三十路を迎える一般職OLで、見た目も脳みそも何もかもが平凡な女である。そんな彼女がどんな恋愛活劇を繰り広げてくれるのか……?とハードルを上げていますが大した事無いかもだしあるかもだし? ってどっちやねん!?  『小説家になろう』で先行連載しています。  こちらでは一部修正してから更新します。 Copyright(C)2019-谷内朋

【完結】ありのままのわたしを愛して

彩華(あやはな)
恋愛
私、ノエルは左目に傷があった。 そのため学園では悪意に晒されている。婚約者であるマルス様は庇ってくれないので、図書館に逃げていた。そんな時、外交官である兄が国外視察から帰ってきたことで、王立大図書館に行けることに。そこで、一人の青年に会うー。  私は好きなことをしてはいけないの?傷があってはいけないの?  自分が自分らしくあるために私は動き出すー。ありのままでいいよね?

公爵子息に気に入られて貴族令嬢になったけど姑の嫌がらせで婚約破棄されました。傷心の私を癒してくれるのは幼馴染だけです

エルトリア
恋愛
「アルフレッド・リヒテンブルグと、リーリエ・バンクシーとの婚約は、只今をもって破棄致します」 塗装看板屋バンクシー・ペイントサービスを営むリーリエは、人命救助をきっかけに出会った公爵子息アルフレッドから求婚される。 平民と貴族という身分差に戸惑いながらも、アルフレッドに惹かれていくリーリエ。 だが、それを快く思わない公爵夫人は、リーリエに対して冷酷な態度を取る。さらには、許嫁を名乗る娘が現れて――。 お披露目を兼ねた舞踏会で、婚約破棄を言い渡されたリーリエが、失意から再び立ち上がる物語。 著者:藤本透 原案:エルトリア

処理中です...