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鳳の羽を纏う龍

即位を控えて

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「兄に会って来た。」
そうジンシが言ったのは帝の喪が開けた後の事だ。
このところやっと包帯を外せる日が出てきた。
不信の者の排除が終わったのだ。
ようやく心を削る日々が終わりを迎えようとしている。

「どうでしたか?」
「穏やかでおられた…気がする。」

ソニア様の願いがわかった今、フェイが落ち着いているというのは何よりの朗報だと思う。

「兄に誓いを立てた。リュウジュの為に生きると約束をした。それからいつか鳴く日が来ることも伝えた。」
「そうですか。それは良かったです。」

「…笛を置いて来てしまった。」
感傷的なのはこのせいかもしれない。
「ハンジュ様の?」
「ああ。何もかも奪う代わりに、何かをと考えて。」

そう言えば、ハンジュ様の笛の話は数少ない2人共から聞いた事のひとつだ。

「寄越せと言われて断った。」とジンシはがいい、
「くれると言われたのに叶わなかった。」とフェイ殿下は言っていた。

後はシオン。シオンは既に山荘にいる。

「…それで良かったのですか?」
「ああ、思いが伝わればそれで良い。」

…ほんとうに欲がない人だこと。

この人に「欲」を持たせようと躍起になった事を思い出した。

「では、新しい物を拵えましょうか。」
「ああ、そうだな。」

「身体はどうだ?障りはないか?」
お腹に手を当てて尋ねられる。

「まだ少し気分の悪い日もありますけど、随分と調子は戻りましたね。」
「明日の即位式には出られそうか?」

「ええ、その事なんですけど。」

思い切ってソニア様に任されてみてはどうか?と聞いた。

「…なぜ?」
「その方が良いと思ったからです。」
「不信の者の排除は終わった。」
「ええ、城の中は、ですわよね。」

明日の即位式は城を民にも解放する。
「民は遠目にしか兄を見てはいない、そんな兄を覚えているものだろうか。」
「覚えていますよ、きっと。」

姿や形ではない、醸し出す雰囲気を民は覚えている。

皇子だったフェイが民の前に顔を晒した事は数少ない。
皇太子の即位、ソニア様との結婚の儀、大きいのはその2回だ。

「ソニア様がいる事で、雰囲気を大きく壊さないのではないでしょうか。」

「リーエンがいい。リーエンじゃなきゃ嫌だ。」
「ジャンとしてなら出ますよ。」
「…ジャンか。」
「ええ。」

幸いまだお腹はさほど大きくはない。
少し大きめの男服を着て袈裟を掛けたらいけるだろう。

「ソニア様の覚悟、見せていただきましょう。」

皇后として新帝の横に立って下さるならば、それに越した事はない。
その方が自然だ。

「嘘は少ない方が良いのです。」
「リーエンがジャンとなるのも嘘だろう?」
「あっ、そう言われるとそうですねえ。」

そう言って笑い合った。
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