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鳳の羽を纏う龍
望むもの
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ソニア様とのお茶会を終えて、直ぐにジンシがいる帝の宮に使いを出して会いたいと伝えた。
やってきたジンシに、
「ソニア様のことをフェイ殿下はユエと呼んでいらしたそうです。」
と伝えた。
ジンシはしばらく無言でいて、
「そうか…。では最初からバレていたという事だな。」
とゆっくりとため息をついた。
フェイとなってから、ジンシとソニア様が会話をしたのはただ一度きりだ。
あの時「ソニア」と呼んだはずだ。
2人の間の空気が重い。
ソニア様の振る舞い次第では、この隠し事はすぐにでも天下に晒されるに違いない。
「異国人だと蔑まれていらしたそうです、せめて名前だけでもリュウジュの民のようにしてあげると。本当にお優しい方です、とも。
それから…まるでお人が変わってしまったかのようだ、と。」
「…知らなかっただけで、兄なりに交流を持ち大切にしていたという事なんだろう。」
「ええ、そのようですね。」
隠し続けてもらう為に、せめて消息だけでも知らせた方が良いのかもしれない。
そう言うと、それは出来ない、と言い切られた。
「兄が生かされている事は誰人にも伝える事は出来ない。ソニア様の後ろにはソニア様の生まれ国が付いている。
ソニア様が兄を慕うのならば余計にだ。
…消息を伝えるならば、死んだと伝える他は無くなる。
それに…兄の望みと合致するのかもわからない。」
…悲しい。引き裂かれる悲しみはいつだって…。
憂いたのをジンシには気付かれたようだ。
「…大丈夫か?」
「…大丈夫です。」
そう言うしか出来ない。
始めた嘘は最後まで貫き通さなくてはならない、と決めたじゃないか。
心が悲鳴をあげそうな時、ジンシが優しく寄り添ってくれる。
そしてジンシの心が砕けそうな時は、私が支えなければならない。
「…ユエと呼ぶのは今更か…。」
「ええ、ソニア様は帝にも忘れろ、と。」
「…帝、か。」
薄々気付いているのではなく、確信を持ってフェイと帝を使い分けているようにしか見えない。
「たが、晒すならばもっと前にも出来たはずだ。」
「そうですよね、今更…。それがソニア様のお覚悟ということなのでしょうか。」
聞きながら、そうあって欲しいと願う。
そう思うしか出来なかった。
以来、なるべく避けたかったソニア様だったが、こちらの気などお構いなしに幾度となく呼び出される。
琴を教えて欲しい。
今帝が関心を持っているものは何か…。
もう要らないと言われてはいるけれど、万が一心が変わる日が来るならば、それに備えたい、と健気な様子さえ見せる。
…断れなかった。遠ざけられなかった。
宮にいて寂しいのはよくわかる。
そしてまたリーエンも同じだ。
2人でお茶を飲み、たわいのない話をする。
琴を弾いて、また話す。
いつしか私達は友になった気さえする。
決して明かせない胸の内、つい曝け出したくなる時も度々あった。
そんなとき、ソニア様は知ってか知らずにか、リーエンの痩せた心を解してくれる存在にもなった。
元より戦地で暮らし、山荘へと移ったリーエンには「伴」はいても、「友」は少ない。
ましてやここは帝の奥の宮だ。
心を割って話せる「友」はいないというのに。
ソニア様の宮の庭には見事な梅林がある。
ある日そこで鶯が鳴いた。
「鶯ですね。」
「ええ、優雅な事です。」
その時初め見た鳳の宮の一室に描かれた天井画を思い出して、その話をソニア様にした。
「フェイ様は夜は来てはくれませんでしたが、昼はよく来てくれていたんですよ。」
と懐かしげに、寂しそうに話すソニア様から目が離せなかった。
「天井の絵の話をされて、ここに梅を植えてくださったのはフェイ様なんです。
同じ物を見ていると思えば心が少しは晴れるのではないか、と。
でも今は鳳の宮は無人ですわね。
それだけでお心が離れた事を感じます。
時々こうやって鳥を呼んでみたくなります。」
そういいながら、ソニア様は手にしていた菓子を砕いて庭へとばら撒いた。
「私が鶯なら、どこでも好きなところに飛んでいけるのに。
それかこの菓子を食べに来てはくれないものかしらね。
願うならもう一度、あの優しい鳥を愛でたいものですわ。」
ああ、わかった。
ソニア様が頑なにここに残った意味がわかった。
ソニア様は鳳の皇子フェイを心から慕っておられた。
そしてきっとまだ諦めてはいないに違いない。
「ソニア様の心を捉えて離さない、優しい鳥とはどんな鳥なのでしょうね。」
わたしが掛けた言葉に驚いて私を見直したソニア様は、
「もう幻かもしれません。」
と嘯いた。
やってきたジンシに、
「ソニア様のことをフェイ殿下はユエと呼んでいらしたそうです。」
と伝えた。
ジンシはしばらく無言でいて、
「そうか…。では最初からバレていたという事だな。」
とゆっくりとため息をついた。
フェイとなってから、ジンシとソニア様が会話をしたのはただ一度きりだ。
あの時「ソニア」と呼んだはずだ。
2人の間の空気が重い。
ソニア様の振る舞い次第では、この隠し事はすぐにでも天下に晒されるに違いない。
「異国人だと蔑まれていらしたそうです、せめて名前だけでもリュウジュの民のようにしてあげると。本当にお優しい方です、とも。
それから…まるでお人が変わってしまったかのようだ、と。」
「…知らなかっただけで、兄なりに交流を持ち大切にしていたという事なんだろう。」
「ええ、そのようですね。」
隠し続けてもらう為に、せめて消息だけでも知らせた方が良いのかもしれない。
そう言うと、それは出来ない、と言い切られた。
「兄が生かされている事は誰人にも伝える事は出来ない。ソニア様の後ろにはソニア様の生まれ国が付いている。
ソニア様が兄を慕うのならば余計にだ。
…消息を伝えるならば、死んだと伝える他は無くなる。
それに…兄の望みと合致するのかもわからない。」
…悲しい。引き裂かれる悲しみはいつだって…。
憂いたのをジンシには気付かれたようだ。
「…大丈夫か?」
「…大丈夫です。」
そう言うしか出来ない。
始めた嘘は最後まで貫き通さなくてはならない、と決めたじゃないか。
心が悲鳴をあげそうな時、ジンシが優しく寄り添ってくれる。
そしてジンシの心が砕けそうな時は、私が支えなければならない。
「…ユエと呼ぶのは今更か…。」
「ええ、ソニア様は帝にも忘れろ、と。」
「…帝、か。」
薄々気付いているのではなく、確信を持ってフェイと帝を使い分けているようにしか見えない。
「たが、晒すならばもっと前にも出来たはずだ。」
「そうですよね、今更…。それがソニア様のお覚悟ということなのでしょうか。」
聞きながら、そうあって欲しいと願う。
そう思うしか出来なかった。
以来、なるべく避けたかったソニア様だったが、こちらの気などお構いなしに幾度となく呼び出される。
琴を教えて欲しい。
今帝が関心を持っているものは何か…。
もう要らないと言われてはいるけれど、万が一心が変わる日が来るならば、それに備えたい、と健気な様子さえ見せる。
…断れなかった。遠ざけられなかった。
宮にいて寂しいのはよくわかる。
そしてまたリーエンも同じだ。
2人でお茶を飲み、たわいのない話をする。
琴を弾いて、また話す。
いつしか私達は友になった気さえする。
決して明かせない胸の内、つい曝け出したくなる時も度々あった。
そんなとき、ソニア様は知ってか知らずにか、リーエンの痩せた心を解してくれる存在にもなった。
元より戦地で暮らし、山荘へと移ったリーエンには「伴」はいても、「友」は少ない。
ましてやここは帝の奥の宮だ。
心を割って話せる「友」はいないというのに。
ソニア様の宮の庭には見事な梅林がある。
ある日そこで鶯が鳴いた。
「鶯ですね。」
「ええ、優雅な事です。」
その時初め見た鳳の宮の一室に描かれた天井画を思い出して、その話をソニア様にした。
「フェイ様は夜は来てはくれませんでしたが、昼はよく来てくれていたんですよ。」
と懐かしげに、寂しそうに話すソニア様から目が離せなかった。
「天井の絵の話をされて、ここに梅を植えてくださったのはフェイ様なんです。
同じ物を見ていると思えば心が少しは晴れるのではないか、と。
でも今は鳳の宮は無人ですわね。
それだけでお心が離れた事を感じます。
時々こうやって鳥を呼んでみたくなります。」
そういいながら、ソニア様は手にしていた菓子を砕いて庭へとばら撒いた。
「私が鶯なら、どこでも好きなところに飛んでいけるのに。
それかこの菓子を食べに来てはくれないものかしらね。
願うならもう一度、あの優しい鳥を愛でたいものですわ。」
ああ、わかった。
ソニア様が頑なにここに残った意味がわかった。
ソニア様は鳳の皇子フェイを心から慕っておられた。
そしてきっとまだ諦めてはいないに違いない。
「ソニア様の心を捉えて離さない、優しい鳥とはどんな鳥なのでしょうね。」
わたしが掛けた言葉に驚いて私を見直したソニア様は、
「もう幻かもしれません。」
と嘯いた。
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