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鳳の羽を纏う龍
ソニア様との日々
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一時取りやめていたソニア様とのお茶会は、私の悪阻が落ち着き始めた頃から再開された。
気を張らなければならないソニア様との交流は私の体調には重すぎたからだった。
その日、私達は大きな過ちを犯した事を初めて知った。
「ユエ様とお別れするのは寂しいです。」
そう言い放ったのは、お郷へ戻られるチェン様だった。
「…ユエ様?」
聞き慣れない呼び名だ。
「ええ、ユエ様です。フェイ様がそうお呼びする様に、と。」
何を言っているのかわからない、とでも言いたげなチェン様の戸惑った様子を見て身体が冷えていくのを感じる。
「異国人だと蔑まれている中で、せめて名前だけでもリュウジュの民のようにしてあげると。本当にお優しい方です。」
とソニア様は微笑まれた。
「しかし、よほど帝の死や火傷が御心を蝕まれてしまったのでしょうね。
まるでお人が変わってしまったかのようです。あれ以来、ユエ、と呼んでくださらなくなりました。」
ざあっと肝が冷え、汗がブワッと吹き出した。
「そうなのですか?私はフェイ様からそのようなお話は聞いていなくて…。」
苦しい言い訳に聞こえただろうか。
お人が変わったかのよう…。変わったとは言わないところにも肝が冷える。
知っているのか?バレているのか?
それでも口を噤んでいるのか?
…気付いていないのか?
いやそんな事はないだろう。
「リーエン様、お気になさらないで。リーエン様達はユエとは呼ばないで下さいませ。この名前はフェイ様から頂いた大切なもの、限られた人だけの秘密の名前なのですから。フェイ様が教えなかったという事は、リーエン様の御心を乱したくはないからだと思いますよ。リーエン様とフェイ様が出会う前の事、ユエという名前はお忘れ下さい。帝にもそうお伝え下さいませ。
チェンがいなくなれば、ユエと呼ぶ者もいなくなります。ユエは消えるのです。
今はお腹の赤子のために余計な気遣いは無用なのですから。」
どうしよう…。どうしよう…。
焦りが顔に出てはいやしないだろうか…。
「お気にならさないで、と申しましたよ。
チェンももうお忘れなさい。」
ソニア様はキッパリとそう言い切る。
「それよりもリーエン様、スーチーが戻ったと聞きましたよ。
もう病は良くはなったのですか?」
話題が逸れた事にホッとして、縋り付いた。
「ええ、よほど母上の死がお堪えになられたのでしょうけれど、ようやく喪があけて少し心持ちが良くなられたとお聞きしております。
新しくできた慰霊の宮で、祈りを捧げるお覚悟のご様子です。」
「そう…。それはそれでお辛いかもしれませんね。」
スーチー様は帰る場所がないとのことだった。
父親はスーチー様を引き取る気はないようで、母親の生家は取り潰された。
一時的に、母に引き摺られたとはいっても、城から出奔したスーチー様を父達は許す事は出来なかったようだ。
棟に残る選択肢を父達はスーチー様には与えなかった。
落髪し、慰霊の宮の祭祀となる事を突きつけられたスーチー様はそれを黙って受け入れたそうだ。
「太夫と組んでフェイ様やソニア様へして来た仕打ちを思えば、温情があると言えますよ。」
とチェン様は仰った。
この辺りは私が窺い知る事の出来ない、奥の宮に入る前の話だ。
…可哀想だと思う私をジンシは大義の前に必要な小悪と言い含めた。
…平穏なリュウジュという大義の為に…。
「リーエン様、リーエン様がお気にやむ事では無いのですよ。お腹の赤子の為にも思い悩むのはおよしなさい。」
とソニア様はただ私を慰めて下さる。
…色々と心が痛い。
気を張らなければならないソニア様との交流は私の体調には重すぎたからだった。
その日、私達は大きな過ちを犯した事を初めて知った。
「ユエ様とお別れするのは寂しいです。」
そう言い放ったのは、お郷へ戻られるチェン様だった。
「…ユエ様?」
聞き慣れない呼び名だ。
「ええ、ユエ様です。フェイ様がそうお呼びする様に、と。」
何を言っているのかわからない、とでも言いたげなチェン様の戸惑った様子を見て身体が冷えていくのを感じる。
「異国人だと蔑まれている中で、せめて名前だけでもリュウジュの民のようにしてあげると。本当にお優しい方です。」
とソニア様は微笑まれた。
「しかし、よほど帝の死や火傷が御心を蝕まれてしまったのでしょうね。
まるでお人が変わってしまったかのようです。あれ以来、ユエ、と呼んでくださらなくなりました。」
ざあっと肝が冷え、汗がブワッと吹き出した。
「そうなのですか?私はフェイ様からそのようなお話は聞いていなくて…。」
苦しい言い訳に聞こえただろうか。
お人が変わったかのよう…。変わったとは言わないところにも肝が冷える。
知っているのか?バレているのか?
それでも口を噤んでいるのか?
…気付いていないのか?
いやそんな事はないだろう。
「リーエン様、お気になさらないで。リーエン様達はユエとは呼ばないで下さいませ。この名前はフェイ様から頂いた大切なもの、限られた人だけの秘密の名前なのですから。フェイ様が教えなかったという事は、リーエン様の御心を乱したくはないからだと思いますよ。リーエン様とフェイ様が出会う前の事、ユエという名前はお忘れ下さい。帝にもそうお伝え下さいませ。
チェンがいなくなれば、ユエと呼ぶ者もいなくなります。ユエは消えるのです。
今はお腹の赤子のために余計な気遣いは無用なのですから。」
どうしよう…。どうしよう…。
焦りが顔に出てはいやしないだろうか…。
「お気にならさないで、と申しましたよ。
チェンももうお忘れなさい。」
ソニア様はキッパリとそう言い切る。
「それよりもリーエン様、スーチーが戻ったと聞きましたよ。
もう病は良くはなったのですか?」
話題が逸れた事にホッとして、縋り付いた。
「ええ、よほど母上の死がお堪えになられたのでしょうけれど、ようやく喪があけて少し心持ちが良くなられたとお聞きしております。
新しくできた慰霊の宮で、祈りを捧げるお覚悟のご様子です。」
「そう…。それはそれでお辛いかもしれませんね。」
スーチー様は帰る場所がないとのことだった。
父親はスーチー様を引き取る気はないようで、母親の生家は取り潰された。
一時的に、母に引き摺られたとはいっても、城から出奔したスーチー様を父達は許す事は出来なかったようだ。
棟に残る選択肢を父達はスーチー様には与えなかった。
落髪し、慰霊の宮の祭祀となる事を突きつけられたスーチー様はそれを黙って受け入れたそうだ。
「太夫と組んでフェイ様やソニア様へして来た仕打ちを思えば、温情があると言えますよ。」
とチェン様は仰った。
この辺りは私が窺い知る事の出来ない、奥の宮に入る前の話だ。
…可哀想だと思う私をジンシは大義の前に必要な小悪と言い含めた。
…平穏なリュウジュという大義の為に…。
「リーエン様、リーエン様がお気にやむ事では無いのですよ。お腹の赤子の為にも思い悩むのはおよしなさい。」
とソニア様はただ私を慰めて下さる。
…色々と心が痛い。
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