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鳳の羽を纏う龍

わからない

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帰家の儀式を済ませて、いったん宮に戻った。
この後関係者を労う直会の宴があるが、着替えと休憩を兼ねたのである。

「わからない。ソニア様の意図がわからない。」
ジンシはブツブツと呟いている。

確かに…。
ソニア様はフェイがソニア様を妃として扱わない事を受け入れた筈だ。
先に呼ばれた茶会で私にも同様の事を話している。

「来る必要も無い、と伝えたのに…。」
フーシンを通して、参列不要と伝え、了承されたと聞いていたのに、と。

「…ですが…。助けられたのではないでしょうか?」
思ったまま口に出した。

ソニア様の振る舞いで、フェイを怪しむ者も、リーエンを疎ましく思う者もその口を閉じる。

「少なくても私は、正妃を差し置いて図々しく振る舞う出しゃばりの誹りは免れました。」
と笑ってみせた。

とりあえず帝の死を隠しているというひとつの隠し事は消えた。

「これで良かったと思いましょう。」
「…そうだな。」
フッとジンシの口元から笑みが溢れた。

「しかし…。この包帯はなんとかならないものか…。暑苦しくて敵わない。」

本来なら着替えも休憩もしない。
それでも一旦宮に寄ったのはこの包帯を外したかったから、と聞いてつい笑ってしまった。

ジンシがジンシの顔に戻れるのはこの宮のこの部屋だけだ。
窓は閉じられ、幾重にも帷が張られたここだけ。

「今暫くの辛抱ですよ。」
従わない者を排除するまで、喪が明けて即位してしまえば、この顔をとやかく言われる事も無くなる。

フェイではない!と思った者がいても、周りが「フェイだ!」と言い切る作戦である。
そんな無茶な事が通るとは思えなかったが、今のところはなんとかなっている。

少なくてもソニア様は沈黙してくれるのだろう。
それは幸いな事だ。

「しかし…なぜだ?それがわからない。」

またジンシの不安は振り出しに戻った。
堂々巡りだ。

「今はわからないでもよろしいのでは?」
そのうちきっとわかる日が来る。

それよりもリーエンは先程から気になる事がある。
「…灯りの油は変えました?」
小姓のひとりに尋ねた。
「いいえ、変えてはおりませんが?いかがされました?」
「臭いがキツくて…。」

昼間なのに締め切った部屋にいるため、灯台が付けられている。
油の燃える匂いがいつもにも増して不快で、吐き気までしてくる。

「少し風に当たるといい。包帯を巻き直したら直ぐに行くから。」
とジンシに勧められて、申し訳なく思ったけれど、耐えきれずに部屋を出る事にした。
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