55 / 87
鳳の羽を纏う龍
籠る
しおりを挟む
今一度、奥の宮に戻ったリーエンは、ただただ部屋に篭っていた。
セイは山荘に行ったっきりだ。
山荘には今はホンとなって生きるかどうかを問われているフェイがいる。
目覚めた時にいた女官はシーレンという、ジンシが幼い頃に身の回りの世話をしていた子守だったご婦人だという。
ずっと龍の宮で女官長をしていたが、先の朱病騒動で一旦閑職に追いやられていた。
ハンジュ様がお亡くなりになってから、ジンシをずっと母のように見守っていらした方。
ジンシが信頼を置いている人をそのまま私に預けてくれた、それだけでも嬉しかった。
しかし、それはそれ、これはこれだ。
不安で押しつぶされそうだ。
「琴でもお弾きになりますか?」
「珍しいお菓子が手に入りました。」
甲斐甲斐しく世話をしてくれるが、その全てに首を横に振った。
次々に知らされる訃報にリーエンの気はどんどんと滅入るばかり。
帝がご崩御となり、たくさんの臣下や兵が後追いをした…事になっている。
正真正銘、正殿の火災で死んだ者も含めると、とてつもない数になる。
その数が増える度にリーエンは唇を噛んだ。
事がハッキリするまで奥の宮の者達は下働きさえも宮に留まるように言われている。
どこに誰がいて、誰がいないのかをしらみつぶしに調べるためだ。
まだ、行方がわからない者も幾人もいる。
騒動に紛れて出奔してしまった人もいる。
その中でリーエンが知る人は3人。
奥宮太夫、その娘側女のスーチー様、そして国師フキ。
帝の葬儀を行われねばならないのに、祭司となる国師が行方知れずなのである。
「フキ様まで…。」
フキ様は「郭公は見る価値がない。」
と言い切ったという。
この先フェイとなるジンシもまた見る価値が無いと言われてしまったら…?
姿がない事が良いのか悪いのか、それすらもわからなくなる。
そして同時に今、ジンシは他の奥の宮を回っている。
ソニア様とチェン様…。
蔑ろにされていたとはいえ、まがいなりにもフェイの近くにおられた方々である。
もし暴露されてしまえば…。
ジンシはもう誰にも死は与えない、と約束してくれてはいる。
しかしそれも悪戯にフェイの本性を騒ぎ立てなければの話。
鳳の宮にいたフェイの近習や小姓はフーシンが、それこそ踏み絵を踏ませるように寄り分けている。
納得して出来ないものはさらに寄り分けられる。
郷に帰されるものは、口を噤む者だ。
口外してしまいそうな人はそのまま据え置かれる。
二度と帝に侍る事はない。
…飼い殺しだ。
どうか…どうかわかって欲しい。
皆を謀るつもりは微塵もない事を、ただ平和なリュウジュであるための、苦肉の策である事を、わかって欲しい。
夜になり、フェイ様の寝室に向かう。
厳重に閉じられた窓や戸。
幾重にも帷の掛けられた寝台で、フェイ様は座って待っていた。
「お待たせしてしまいました、申し訳ないありません。」
「…いや、構わない。」
こちらを見て、手を広げられる。
スポッとその腕の中に座り込んだ。
変わらない人の温もりにホッとしてしまう…。
「…辛い。」
ポロッとこぼした愚痴…。
…だろうと思う。
漏れ聞くだけの私でさえ、辛いのだから。
「何かございました?」
「ソニア様はここに残る、と。」
「…そうですか。」
「フェイと約束を交わしていたそうだ。後3年半ここで暮らす。そうすれば国の者達も諦めるだろうから、子ができない女として、どこぞに放免してくれと。」
フェイ様はアナン様の宮にいた者の子は抱けない、と言った。
血の繋がりを懸念されたのだろう。
兄妹かもしれない…そう考えただけで抱けないのだ。
ただソニア様だけは外国から嫁がれた方だったからそれに当てはまらない。
もしかしたら…ソニア様は別だったかもしれないと淡く思っていたけれど、やはりそうではなかった。
「ソニア様を独りであの宮で過ごさせる事になる。子が出来ない女となれば、誰かに下賜してやる事も出来ない。」
3年半だけじゃない。
この先皇妃として、孤独な生涯になる。
「私が参りますよ。女同士分かり合えることもあるかと思いますから。」
「…すまない。」
「謝らないで。」
私達は共にそのまま罪を背負う、その覚悟はある。
「ありがとう、の方が嬉しいわ。」
ニッコリと笑ってみせた。
「それにね、私だってお友達欲しいもの。」
…これは正直な気持ち。
私だってこの宮で暮らしていかなくてはならないのだ。
セイは山荘に行ったっきりだ。
山荘には今はホンとなって生きるかどうかを問われているフェイがいる。
目覚めた時にいた女官はシーレンという、ジンシが幼い頃に身の回りの世話をしていた子守だったご婦人だという。
ずっと龍の宮で女官長をしていたが、先の朱病騒動で一旦閑職に追いやられていた。
ハンジュ様がお亡くなりになってから、ジンシをずっと母のように見守っていらした方。
ジンシが信頼を置いている人をそのまま私に預けてくれた、それだけでも嬉しかった。
しかし、それはそれ、これはこれだ。
不安で押しつぶされそうだ。
「琴でもお弾きになりますか?」
「珍しいお菓子が手に入りました。」
甲斐甲斐しく世話をしてくれるが、その全てに首を横に振った。
次々に知らされる訃報にリーエンの気はどんどんと滅入るばかり。
帝がご崩御となり、たくさんの臣下や兵が後追いをした…事になっている。
正真正銘、正殿の火災で死んだ者も含めると、とてつもない数になる。
その数が増える度にリーエンは唇を噛んだ。
事がハッキリするまで奥の宮の者達は下働きさえも宮に留まるように言われている。
どこに誰がいて、誰がいないのかをしらみつぶしに調べるためだ。
まだ、行方がわからない者も幾人もいる。
騒動に紛れて出奔してしまった人もいる。
その中でリーエンが知る人は3人。
奥宮太夫、その娘側女のスーチー様、そして国師フキ。
帝の葬儀を行われねばならないのに、祭司となる国師が行方知れずなのである。
「フキ様まで…。」
フキ様は「郭公は見る価値がない。」
と言い切ったという。
この先フェイとなるジンシもまた見る価値が無いと言われてしまったら…?
姿がない事が良いのか悪いのか、それすらもわからなくなる。
そして同時に今、ジンシは他の奥の宮を回っている。
ソニア様とチェン様…。
蔑ろにされていたとはいえ、まがいなりにもフェイの近くにおられた方々である。
もし暴露されてしまえば…。
ジンシはもう誰にも死は与えない、と約束してくれてはいる。
しかしそれも悪戯にフェイの本性を騒ぎ立てなければの話。
鳳の宮にいたフェイの近習や小姓はフーシンが、それこそ踏み絵を踏ませるように寄り分けている。
納得して出来ないものはさらに寄り分けられる。
郷に帰されるものは、口を噤む者だ。
口外してしまいそうな人はそのまま据え置かれる。
二度と帝に侍る事はない。
…飼い殺しだ。
どうか…どうかわかって欲しい。
皆を謀るつもりは微塵もない事を、ただ平和なリュウジュであるための、苦肉の策である事を、わかって欲しい。
夜になり、フェイ様の寝室に向かう。
厳重に閉じられた窓や戸。
幾重にも帷の掛けられた寝台で、フェイ様は座って待っていた。
「お待たせしてしまいました、申し訳ないありません。」
「…いや、構わない。」
こちらを見て、手を広げられる。
スポッとその腕の中に座り込んだ。
変わらない人の温もりにホッとしてしまう…。
「…辛い。」
ポロッとこぼした愚痴…。
…だろうと思う。
漏れ聞くだけの私でさえ、辛いのだから。
「何かございました?」
「ソニア様はここに残る、と。」
「…そうですか。」
「フェイと約束を交わしていたそうだ。後3年半ここで暮らす。そうすれば国の者達も諦めるだろうから、子ができない女として、どこぞに放免してくれと。」
フェイ様はアナン様の宮にいた者の子は抱けない、と言った。
血の繋がりを懸念されたのだろう。
兄妹かもしれない…そう考えただけで抱けないのだ。
ただソニア様だけは外国から嫁がれた方だったからそれに当てはまらない。
もしかしたら…ソニア様は別だったかもしれないと淡く思っていたけれど、やはりそうではなかった。
「ソニア様を独りであの宮で過ごさせる事になる。子が出来ない女となれば、誰かに下賜してやる事も出来ない。」
3年半だけじゃない。
この先皇妃として、孤独な生涯になる。
「私が参りますよ。女同士分かり合えることもあるかと思いますから。」
「…すまない。」
「謝らないで。」
私達は共にそのまま罪を背負う、その覚悟はある。
「ありがとう、の方が嬉しいわ。」
ニッコリと笑ってみせた。
「それにね、私だってお友達欲しいもの。」
…これは正直な気持ち。
私だってこの宮で暮らしていかなくてはならないのだ。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。
たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。
わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。
ううん、もう見るのも嫌だった。
結婚して1年を過ぎた。
政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。
なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。
見ようとしない。
わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。
義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。
わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。
そして彼は側室を迎えた。
拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。
ただそれがオリエに伝わることは……
とても設定はゆるいお話です。
短編から長編へ変更しました。
すみません
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」
結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は……
短いお話です。
新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。
4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』
貴方様の後悔など知りません。探さないで下さいませ。
ましろ
恋愛
「致しかねます」
「な!?」
「何故強姦魔の被害者探しを?見つけて如何なさるのです」
「勿論謝罪を!」
「それは貴方様の自己満足に過ぎませんよ」
今まで順風満帆だった侯爵令息オーガストはある罪を犯した。
ある令嬢に恋をし、失恋した翌朝。目覚めるとあからさまな事後の後。あれは夢ではなかったのか?
白い体、胸元のホクロ。暗めな髪色。『違います、お許し下さい』涙ながらに抵抗する声。覚えているのはそれだけ。だが……血痕あり。
私は誰を抱いたのだ?
泥酔して罪を犯した男と、それに巻き込まれる人々と、その恋の行方。
★以前、無理矢理ネタを考えた時の別案。
幸せな始まりでは無いので苦手な方はそっ閉じでお願いします。
いつでもご都合主義。ゆるふわ設定です。箸休め程度にお楽しみ頂けると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる