上 下
74 / 87
郭公の暮らし

夫婦のかたち

しおりを挟む
フェイとリーエンは燃えるような猛暑の昼下がり、汗をかきながら昼寝をする2人の幼な子に扇で風を送ってやっていた。

「これで良かったのでしょうか。」
リーエンの不安はフェイの不安でもある。

きっとそのままでは皇太子フェイには様々な罪が課されていた。
出自を偽ったのは先帝とアナン様だが、フェイになすりつける事も十分に出来た。

そのまま死罪に。
おそらく兄が望んでいたのはこの道だった。

しかしそれでは国が割れる。
民を騙した皇族を民は赦してはくれないだろう。

あの日、目覚めた時、ディバルとフーシンに説き伏せられた。
「一番守りたいものはなんですか?」と問われて迷う事なく「リーエン」と答えたら、「やっぱり」と笑われた。

「リーエンを国割る不吉な姫に貶めますか?」
と問われると、否とはいえなかった。

「ならば皇太子フェイとなり生きて、生き抜きなさい。」
と諭された。
死んだジンシには戻れぬ。どこから現れたホンでは国は治めてはいけない。

皇太子フェイ」として生きる事を決めた時、「フェイ」をどうするかで意見は分かれた。

「手折ってしまっては後戻りが出来ません。」
「ジンシの命までは取らなかったお人です。」
「死を願う者に死を与えるのは褒美を授けるのと同じ事です。」

結局通ったのはリーエンの言葉だった。


今朝方、ソニア様はひっそりと宮を出られた。
明日から「皇后ソニア様」は病に臥せられる。

皇后としてソニア様は「皇太子フェイ」によく仕えてくれた。
その姿が、ほかの臣下たちを黙らせた。
こんな茶番がまかり通ったのは、紛れもなくソニア様の姿があったからだった。
それは「新帝フェイ」となっても変わらなかった。

ソニア様には感謝しないとならない。
そのソニア様のたったひとつの願いがフェイだった。

3年半という時の長さも絶妙だ。
3年もあれば基礎固めが出来る。
不信の者を排除するのには充分だった。

「ユエ、と呼んでいたと言われた時は肝が冷えました。」
「ああ、そんな事もあったな。」

とっくにバレていた。騙し通せるとは思ってはいなかったが、それでも口を黙んでひたすら尽くしてくれた。

だからこその、今日のお滑りだ。

初めソニアが持ち出そうとしたものは長持ひとつだった。中は「フェイ」から贈られた物ばかり。
それではあんまりだと、いくつか見繕って山荘へと送ったのはリーエンだ。

その話を聞いて、それならばと男物を見繕って送ったのは「フェイ」だった。
しかしフェイ所縁の品は入れられない。
それはティバルとフーシンに止められた。

何かひとつくらい…。
その気持ちを汲んでくれたのもリーエンだった。
「琴はどうでしょう?」

…そうだな。
母の琴と笛は同じところにあるのもまた良いのかもしれない。

「これで良かったのだろうか?」
つい溢れてしまった言葉をリーエンが拾い上げた。

「政治的な事はわかりませんが、私は今幸せですよ。」

愛する人がそばにいて、可愛い子供たちがいる。

…ただ。

「フフフ、取られてしまいましたね。あの穏やかだった山荘での暮らし。」

「ホン」として共に剣を交えて、馬を駆け回らせ、2人で音を奏でていたあの日々。
多分一番幸せだったあの暮らし。

「ああ、取られてしまったな。」

結局兄は何もかも俺から奪うのだな。
新たな名前さえも取られてしまった。

それでも俺は大嘘つきの帝となり、嘘で固められたこの国を守る道を選んだ。

だけれど、本当に守りたい物はこの掌にある。愛する者、良き盟友、平穏な国、次代への希望…。
贅沢は言えない。

今度は奪った物を大切にして欲しいと願っている。




しおりを挟む

処理中です...