上 下
67 / 87
郭公の暮らし

管理人1

しおりを挟む
白い霧が黒い闇に変わって、目覚めた時に見えたのは、懐かしいあの山荘の天井だった。

死なせては貰えなかったか…。

掛けられていた薄い貝巻きを剥がす。
簡素な、小姓達でさえも使わないような布団に寝かされていた事に気付くと、今の己の立場が透けて見える。

枕元には木綿の服が一式、きちんと畳まれて置かれていた。
同じく木綿の寝着を脱いで、畳まれていた服に着替える。

…誰も来ないか。

静まり返った屋敷に人の気配はない。
それでも何か事情を知る者がいないかと、人の気配を探した。

無人の屋敷にひとり。
フェイの困惑はどんどんと膨らんでいった。

外に出る通じる扉や窓は僅かしか開かない。
風を通す事はできるが、出入りは出来ない。
「…レイ!」
自身に張り付いていた影を呼んでみたが返事はない。

この状況で察する。
身分剥奪の上、幽閉された。
ここは牢だ。

台所へ行くと水瓶には綺麗な水が溜まっている。沢の水を引いてきたのだろう。チョロチョロと水が流れ込み、溢れてどこぞへと流れていく。
フェイは手近に杓と椀を見つけると、それで水を掬い、口付けた。



何をして良いのか、何をしてはダメなのかわからないので、大人しくしている事にした。
座敷に戻ると座して瞑想に耽った。

刃物を探したけれど、見つける事は出来なかった。
台所に包丁の一本も薪割りの鉈のひとつも、なかった。
首を吊るか…?
滝壺に頭を突っ込めば?

死ぬ為にはどうすれば良いのか。


ふと人の気配がして、戸が開かれた。
見やるとそこにいたのは小さな幼な子、見たことがある。

リーエンに仕えていた童だ。

「すみません、お目覚めでしたか。お一人にしてしまい申し訳ございません。」
童は丁寧に頭を下げた。

「しばらくお側におります、セイと申します。ホン殿にここでの暮らし方を指南させていただく事になっております。」

「ホン…とは?ここでの暮らし…?指南と。」
「はい。」

突拍子もない話の展開に一瞬思考が迷走した。

しかし直ぐに思い至る。

ホンとなり、ここで生きよ。
そういう事だ。

リーエンの童が付くという事は、少なくてもリーエンの采配、もしかしたらジンシの…。

セイは敷きっぱなしの布団を見て眉を顰める。
「ホン殿、布団は使わぬ時は畳んで仕舞わなくてはなりません。」

既に指南は始まったらしい。

「…畳んだ事なぞない。」
「ではお教えいたします。」

セイは丁寧に布団の畳み方を教えてくれる。

「こことこことを合わせて…。はいそうです。そうしたら手に持っている角を…。あっ、離してはダメです。持ったままで。」

今まで黙っていても小姓や下女がしていた事をひとつひとつやらされる。
セイは口は出すが、手は出さないらしい。
苦労しつつなんとか布団を畳み、仕舞い込んだ。
脱ぎっぱなしの寝着も畳んだ。

「夕餉を作りましょう。さあ行きますよ。」
台所へ連れて行かれ、火を起こすように言われる。

「やったことがない。」
「ではお教えいたします。」

薪と小枝藁の積み方、火打ち石の使い方を習う。
「ではやってみてください。」
と言い残し、セイは野菜の下拵えを始めた。

先ほど見つけられなかった包丁は錠付きの棚に収められていた。

つい刃物を見る目が鋭くなる。
…これがあれば…死ねるか?

こんな童を抑え込んで刃物を奪うのは簡単だ。

「余所見しませんよ!早く火を付けてください!」
鋭く叱咤されて、慌てて火打ち石を叩き始めた。

それから米とぎ、汁作り。

夕餉らしきものが出来上がったのは、すっかり夜もふけた頃だった。

「今夜はもう遅いので、湯浴みは諦めます。この様子ではいつに入れるかわかりません。明日はもう少しキビキビと働いて貰わなければ!明日は日の出とともに起きて頂きます。
今夜は早くお休み下さいませ。」

夕餉を食べながらセイの小言は止まらなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」 結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は…… 短いお話です。 新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。 4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』

砕けた愛は、戻らない。

豆狸
恋愛
「殿下からお前に伝言がある。もう殿下のことを見るな、とのことだ」 なろう様でも公開中です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

比べないでください

わらびもち
恋愛
「ビクトリアはこうだった」 「ビクトリアならそんなことは言わない」  前の婚約者、ビクトリア様と比べて私のことを否定する王太子殿下。  もう、うんざりです。  そんなにビクトリア様がいいなら私と婚約解消なさってください――――……  

処理中です...