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郭公の暮らし
管理人1
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白い霧が黒い闇に変わって、目覚めた時に見えたのは、懐かしいあの山荘の天井だった。
死なせては貰えなかったか…。
掛けられていた薄い貝巻きを剥がす。
簡素な、小姓達でさえも使わないような布団に寝かされていた事に気付くと、今の己の立場が透けて見える。
枕元には木綿の服が一式、きちんと畳まれて置かれていた。
同じく木綿の寝着を脱いで、畳まれていた服に着替える。
…誰も来ないか。
静まり返った屋敷に人の気配はない。
それでも何か事情を知る者がいないかと、人の気配を探した。
無人の屋敷にひとり。
フェイの困惑はどんどんと膨らんでいった。
外に出る通じる扉や窓は僅かしか開かない。
風を通す事はできるが、出入りは出来ない。
「…レイ!」
自身に張り付いていた影を呼んでみたが返事はない。
この状況で察する。
身分剥奪の上、幽閉された。
ここは牢だ。
台所へ行くと水瓶には綺麗な水が溜まっている。沢の水を引いてきたのだろう。チョロチョロと水が流れ込み、溢れてどこぞへと流れていく。
フェイは手近に杓と椀を見つけると、それで水を掬い、口付けた。
何をして良いのか、何をしてはダメなのかわからないので、大人しくしている事にした。
座敷に戻ると座して瞑想に耽った。
刃物を探したけれど、見つける事は出来なかった。
台所に包丁の一本も薪割りの鉈のひとつも、なかった。
首を吊るか…?
滝壺に頭を突っ込めば?
死ぬ為にはどうすれば良いのか。
ふと人の気配がして、戸が開かれた。
見やるとそこにいたのは小さな幼な子、見たことがある。
リーエンに仕えていた童だ。
「すみません、お目覚めでしたか。お一人にしてしまい申し訳ございません。」
童は丁寧に頭を下げた。
「しばらくお側におります、セイと申します。ホン殿にここでの暮らし方を指南させていただく事になっております。」
「ホン…とは?ここでの暮らし…?指南と。」
「はい。」
突拍子もない話の展開に一瞬思考が迷走した。
しかし直ぐに思い至る。
ホンとなり、ここで生きよ。
そういう事だ。
リーエンの童が付くという事は、少なくてもリーエンの采配、もしかしたらジンシの…。
セイは敷きっぱなしの布団を見て眉を顰める。
「ホン殿、布団は使わぬ時は畳んで仕舞わなくてはなりません。」
既に指南は始まったらしい。
「…畳んだ事なぞない。」
「ではお教えいたします。」
セイは丁寧に布団の畳み方を教えてくれる。
「こことこことを合わせて…。はいそうです。そうしたら手に持っている角を…。あっ、離してはダメです。持ったままで。」
今まで黙っていても小姓や下女がしていた事をひとつひとつやらされる。
セイは口は出すが、手は出さないらしい。
苦労しつつなんとか布団を畳み、仕舞い込んだ。
脱ぎっぱなしの寝着も畳んだ。
「夕餉を作りましょう。さあ行きますよ。」
台所へ連れて行かれ、火を起こすように言われる。
「やったことがない。」
「ではお教えいたします。」
薪と小枝藁の積み方、火打ち石の使い方を習う。
「ではやってみてください。」
と言い残し、セイは野菜の下拵えを始めた。
先ほど見つけられなかった包丁は錠付きの棚に収められていた。
つい刃物を見る目が鋭くなる。
…これがあれば…死ねるか?
こんな童を抑え込んで刃物を奪うのは簡単だ。
「余所見しませんよ!早く火を付けてください!」
鋭く叱咤されて、慌てて火打ち石を叩き始めた。
それから米とぎ、汁作り。
夕餉らしきものが出来上がったのは、すっかり夜もふけた頃だった。
「今夜はもう遅いので、湯浴みは諦めます。この様子ではいつに入れるかわかりません。明日はもう少しキビキビと働いて貰わなければ!明日は日の出とともに起きて頂きます。
今夜は早くお休み下さいませ。」
夕餉を食べながらセイの小言は止まらなかった。
死なせては貰えなかったか…。
掛けられていた薄い貝巻きを剥がす。
簡素な、小姓達でさえも使わないような布団に寝かされていた事に気付くと、今の己の立場が透けて見える。
枕元には木綿の服が一式、きちんと畳まれて置かれていた。
同じく木綿の寝着を脱いで、畳まれていた服に着替える。
…誰も来ないか。
静まり返った屋敷に人の気配はない。
それでも何か事情を知る者がいないかと、人の気配を探した。
無人の屋敷にひとり。
フェイの困惑はどんどんと膨らんでいった。
外に出る通じる扉や窓は僅かしか開かない。
風を通す事はできるが、出入りは出来ない。
「…レイ!」
自身に張り付いていた影を呼んでみたが返事はない。
この状況で察する。
身分剥奪の上、幽閉された。
ここは牢だ。
台所へ行くと水瓶には綺麗な水が溜まっている。沢の水を引いてきたのだろう。チョロチョロと水が流れ込み、溢れてどこぞへと流れていく。
フェイは手近に杓と椀を見つけると、それで水を掬い、口付けた。
何をして良いのか、何をしてはダメなのかわからないので、大人しくしている事にした。
座敷に戻ると座して瞑想に耽った。
刃物を探したけれど、見つける事は出来なかった。
台所に包丁の一本も薪割りの鉈のひとつも、なかった。
首を吊るか…?
滝壺に頭を突っ込めば?
死ぬ為にはどうすれば良いのか。
ふと人の気配がして、戸が開かれた。
見やるとそこにいたのは小さな幼な子、見たことがある。
リーエンに仕えていた童だ。
「すみません、お目覚めでしたか。お一人にしてしまい申し訳ございません。」
童は丁寧に頭を下げた。
「しばらくお側におります、セイと申します。ホン殿にここでの暮らし方を指南させていただく事になっております。」
「ホン…とは?ここでの暮らし…?指南と。」
「はい。」
突拍子もない話の展開に一瞬思考が迷走した。
しかし直ぐに思い至る。
ホンとなり、ここで生きよ。
そういう事だ。
リーエンの童が付くという事は、少なくてもリーエンの采配、もしかしたらジンシの…。
セイは敷きっぱなしの布団を見て眉を顰める。
「ホン殿、布団は使わぬ時は畳んで仕舞わなくてはなりません。」
既に指南は始まったらしい。
「…畳んだ事なぞない。」
「ではお教えいたします。」
セイは丁寧に布団の畳み方を教えてくれる。
「こことこことを合わせて…。はいそうです。そうしたら手に持っている角を…。あっ、離してはダメです。持ったままで。」
今まで黙っていても小姓や下女がしていた事をひとつひとつやらされる。
セイは口は出すが、手は出さないらしい。
苦労しつつなんとか布団を畳み、仕舞い込んだ。
脱ぎっぱなしの寝着も畳んだ。
「夕餉を作りましょう。さあ行きますよ。」
台所へ連れて行かれ、火を起こすように言われる。
「やったことがない。」
「ではお教えいたします。」
薪と小枝藁の積み方、火打ち石の使い方を習う。
「ではやってみてください。」
と言い残し、セイは野菜の下拵えを始めた。
先ほど見つけられなかった包丁は錠付きの棚に収められていた。
つい刃物を見る目が鋭くなる。
…これがあれば…死ねるか?
こんな童を抑え込んで刃物を奪うのは簡単だ。
「余所見しませんよ!早く火を付けてください!」
鋭く叱咤されて、慌てて火打ち石を叩き始めた。
それから米とぎ、汁作り。
夕餉らしきものが出来上がったのは、すっかり夜もふけた頃だった。
「今夜はもう遅いので、湯浴みは諦めます。この様子ではいつに入れるかわかりません。明日はもう少しキビキビと働いて貰わなければ!明日は日の出とともに起きて頂きます。
今夜は早くお休み下さいませ。」
夕餉を食べながらセイの小言は止まらなかった。
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