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ホンとして

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ひとりにしてもらって、ジンシは今一度我が身に起きた事をついて振り返ってみる。

おそらく兄は全てをご存知だ。
兄だけがすべてを知る得る立場にある。

俺を使いに出したのは兄。
誰にも知らせずにひとりで、というのは刺客を送り込み、俺を殺すつもりだったのか?

そうだ、兄ならば正確に予測していたに違いない。
柵があるために直ぐに山荘の中には入れない。
人目のない茂みに分け入ることも予想できた。兄だってこの山荘の事は詳しい。

そうして山荘の警備を潜る場所で、的確に俺を襲わせた。

生死を分けたのは、あの娘御、いやジャンか。
あの娘御は果敢に交戦の場へ飛び込んできたと聞いた。

おそらく兄はあの娘御があれほどまでに武芸に秀でていたとは思わなかったに違いない。
少数での戦いはひとつ駒が多いだけで、戦力分析が狂う。
娘御を守るために兵力を分けるに違いないと読んだが、守られる方ではなく、共に戦う駒だった。
兄はあの娘御を見誤った。

「…護られたのが良かったのか…。」

目覚めてから常に頭にあるのはそれだった。

兄が俺を邪魔だと思うなら、いくらでも策はあった。
それこそかつての将軍のように、どこにでも飛ばすこともできた。
今回の朱病のように、宮に押し込めることも出来た。

それでも兄は俺の「死」を望んだ。
おそらくティバルの問い合わせにより、生きている事は知っているに違いない。

兄が滅する事を望んだのは、ジンシの「命」か「存在」か?
ジンシを次帝に…という声は兄が皇太子になっても減らなかったのだから。
自分の足場固めのために邪魔だったのは、どちらなのだろう。

「死ね、と?」
今まで考えもしなかった、「死」というものが、甘く甘くジンシに纏わりつく。
「死んだら…どうなる?」
「生きたら…どうなる?」

ここは将軍の山荘だ。おそらく周りはサルザックの戦いに赴いた兵士とみていいだろう。ならば、ここにいれば兄もそうそう手を出せない。
しかし、ジンシでなければ、である。

ジンシとしてあり続ける限り、その手の者は執拗に追ってくるに違いない。
ジンシとしてここにいる訳にはいかない。
ジンシを囲っているとなれば、将軍に咎めを向ける理由ができる。

だからホンとなれ、ティバルはそう言った。
ジンシにしがみつくならば、兄と闘う覚悟が要る。

…兄とは戦えない。
そうならないために母は俺に「臣下たれ!」と言い含めたのだから。
それにひとりでは無理だ。

わからない。どうすべきか良いかわからない。

「わからないなら、わかるまでここに居たら良いのでは?」
胸に引っかかるのはジャンの言葉だった。

「死ぬのはいつでも出来る。」
裏返すとそういう事。

ホンとなり、生きる。
差し障りが出たなら、その時に…。

それが正しいのかはわからないが、今はそうするより他にはない…のかもしれない。
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