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変化の兆し
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「ホン殿、今日は馬にでも乗りませんか?」
ジャンはホンを外へ出す口実として乗馬を勧めてみた。
「馬は…いい。」
ジャンの誘いは素気無く断られる。
こういう事は割とある。
あるからこそ…。
ここ数日でリーエンが学んだ事は、ここで怯んだらこの抜け殻は何もしないで日を過ごすに決まっている、と言う事だ。
初めは心配して、引く事もあったリーエンだったけれど、段々と鬱屈とした抜け殻に腹を立て始めた。
過度のご機嫌伺いをやめ、たまに強行手段に訴えるように作戦を変更していた。
「私が乗りたいのです、お付き合い下さいませ。」
と食い下がった。
「ひとりで行っても構わぬ。」
「私が構います、ティバル殿に私が怒られまする。」
「…。ならば…。」
「黙ってお付き合い下さい。」
もう返事は聞かない。さあ、行きますよ!といって引き立たせる。
そうすると諦めたように黙ってついて来てくれる。
そこまでしないと諦めない、のかもしれない。
ただ一度動き出すと、そこからは割とすんなりといく。
まずは馬を選ぶところから。
「…どの馬になさいますか?」
厩で並ぶ馬を全部見せた。
「どれでも構わない。誰も乗らない馬でいい。しかし良い馬ばかりだな。面構えがいい。」
ホンは興味無さそうに振る舞っているけれど、馬の良し悪しを簡単に見抜いた。
ここにいる馬は、エンを除けばサルザックの戦火を父達と共に戦った優秀な馬ばかりだ。
「では、これに致しましょう。」
ホンに充てがったのは癖が強い馬だったけれど、ホンは
「これまた一段と癖が強そうだ。」
と言っただけだった。
「戦場から連れて来た馬ばかりですから、大人しい馬なぞいません。私のエンが一番大人しいかもしれません。」
「…そうだったな。これで良い。」
ホンに充てたのは父がサルザックで乗っていたサンという馬だ。都で乗るには気性が荒過ぎるとここに置いて行かれた。
それでもホンは構う事なく、手際良く装具を馬に付けていく。
颯爽と馬に跨る姿は奪われ切れなかった育ちを感じさせる。
「…どちらへ。」
「この山の囲いの中ならどこへでも。まださほど詳しくありません。」
言外にあなたの方が詳しいだろう、と滲ませた。
「…では。」
しばらく思案して、ホセが希望したのは小さな滝だった。
「滝があるのですか?」
知らなかった。
さすが元の持ち主!
「では、そこへ行きましょう。」
…連れ出しているのか、連れて行って貰っているのかわからなくなって来ているが、まあこれはこれで良いことにしよう。
初めのうちこそ馬の癖に苦戦していたホンだったけれど、あっという間に馴染ませることに成功した。
「馬の扱いは上手いんですね。」
「扱うんじゃない、乗せてもらうんだ。」
とホンは謙虚さを見せるけれど、そうじゃない事はエンを手懐けるのに苦労した私には違うとわかる。
それでもどこか嬉しそうな表情は、部屋に篭っていた時のホンとは違うのだと感じた。
(やっぱりこの人は「動」の人なんだわ。)
身体を動かさせることで、何か切っ掛けになれば良い、リーエンは心からそう願っている。
…傷は癒えている。後は心持ち。
何もかも失ったと思っているこの人に、どうしたら、「生きたい」と思ってもらえるのかしら。
滝は半刻ほど、のんびりと山を登った所にあった。沢を遡った場所でもある。
気付かなかったのは整備された道がなかっただけの事だった。
小さい滝が幾重にも折り重なっている、美しい滝だった。
「…綺麗。」
思わず水に手を浸した。
「…冷たい。」
ひとりではしゃぐのをホンはただじっと見つめていることに気付いて、恥ずかしくなる。
…過去に触れてしまって良いのかとも思うけれど、何か話さないと間が持たないとも思って、会話ひとつにも悩んでしまう。
「…礼を言う。」
ポツリとホンが呟いた。
「…礼?」
「カイ殿から、ジャン殿が懸命に看病してくれていたと聞いた。」
ああ、そのことか。
「お気になさらないで下さい。人としての倣いですから。」
「人として…か。」
「ええ。」
何か変なことを言っただろうか、ホンは黙り込んでしまう。
「あの…何か変なことを言いましたか?」
「あ、いや。別にそうではない。」
…とりあえず命を助けて、それが余計なことをしたと言われるのではなくてよかった。
「この山にはまだ私の知らない場所がありそうですね。」
「ここに来てひと月ほど、だったか?」
「ええ。」
「あけびのなる場所がある。コケモモも。」
「あら、素敵ですね。」
「…餌になる。ここは狩場だったから。」
「ああ、なるほど。…今度教えて下さい。」
ホンは一瞬固まり、それでも
「季節になれば。」
と答えてくれた。
その言葉を信じるならば、死ぬ気は削がれたという事なのかもしれない。
それもいい変化だ。
「…約束ですよ。」
念押しをしておく事にした。
ジャンはホンを外へ出す口実として乗馬を勧めてみた。
「馬は…いい。」
ジャンの誘いは素気無く断られる。
こういう事は割とある。
あるからこそ…。
ここ数日でリーエンが学んだ事は、ここで怯んだらこの抜け殻は何もしないで日を過ごすに決まっている、と言う事だ。
初めは心配して、引く事もあったリーエンだったけれど、段々と鬱屈とした抜け殻に腹を立て始めた。
過度のご機嫌伺いをやめ、たまに強行手段に訴えるように作戦を変更していた。
「私が乗りたいのです、お付き合い下さいませ。」
と食い下がった。
「ひとりで行っても構わぬ。」
「私が構います、ティバル殿に私が怒られまする。」
「…。ならば…。」
「黙ってお付き合い下さい。」
もう返事は聞かない。さあ、行きますよ!といって引き立たせる。
そうすると諦めたように黙ってついて来てくれる。
そこまでしないと諦めない、のかもしれない。
ただ一度動き出すと、そこからは割とすんなりといく。
まずは馬を選ぶところから。
「…どの馬になさいますか?」
厩で並ぶ馬を全部見せた。
「どれでも構わない。誰も乗らない馬でいい。しかし良い馬ばかりだな。面構えがいい。」
ホンは興味無さそうに振る舞っているけれど、馬の良し悪しを簡単に見抜いた。
ここにいる馬は、エンを除けばサルザックの戦火を父達と共に戦った優秀な馬ばかりだ。
「では、これに致しましょう。」
ホンに充てがったのは癖が強い馬だったけれど、ホンは
「これまた一段と癖が強そうだ。」
と言っただけだった。
「戦場から連れて来た馬ばかりですから、大人しい馬なぞいません。私のエンが一番大人しいかもしれません。」
「…そうだったな。これで良い。」
ホンに充てたのは父がサルザックで乗っていたサンという馬だ。都で乗るには気性が荒過ぎるとここに置いて行かれた。
それでもホンは構う事なく、手際良く装具を馬に付けていく。
颯爽と馬に跨る姿は奪われ切れなかった育ちを感じさせる。
「…どちらへ。」
「この山の囲いの中ならどこへでも。まださほど詳しくありません。」
言外にあなたの方が詳しいだろう、と滲ませた。
「…では。」
しばらく思案して、ホセが希望したのは小さな滝だった。
「滝があるのですか?」
知らなかった。
さすが元の持ち主!
「では、そこへ行きましょう。」
…連れ出しているのか、連れて行って貰っているのかわからなくなって来ているが、まあこれはこれで良いことにしよう。
初めのうちこそ馬の癖に苦戦していたホンだったけれど、あっという間に馴染ませることに成功した。
「馬の扱いは上手いんですね。」
「扱うんじゃない、乗せてもらうんだ。」
とホンは謙虚さを見せるけれど、そうじゃない事はエンを手懐けるのに苦労した私には違うとわかる。
それでもどこか嬉しそうな表情は、部屋に篭っていた時のホンとは違うのだと感じた。
(やっぱりこの人は「動」の人なんだわ。)
身体を動かさせることで、何か切っ掛けになれば良い、リーエンは心からそう願っている。
…傷は癒えている。後は心持ち。
何もかも失ったと思っているこの人に、どうしたら、「生きたい」と思ってもらえるのかしら。
滝は半刻ほど、のんびりと山を登った所にあった。沢を遡った場所でもある。
気付かなかったのは整備された道がなかっただけの事だった。
小さい滝が幾重にも折り重なっている、美しい滝だった。
「…綺麗。」
思わず水に手を浸した。
「…冷たい。」
ひとりではしゃぐのをホンはただじっと見つめていることに気付いて、恥ずかしくなる。
…過去に触れてしまって良いのかとも思うけれど、何か話さないと間が持たないとも思って、会話ひとつにも悩んでしまう。
「…礼を言う。」
ポツリとホンが呟いた。
「…礼?」
「カイ殿から、ジャン殿が懸命に看病してくれていたと聞いた。」
ああ、そのことか。
「お気になさらないで下さい。人としての倣いですから。」
「人として…か。」
「ええ。」
何か変なことを言っただろうか、ホンは黙り込んでしまう。
「あの…何か変なことを言いましたか?」
「あ、いや。別にそうではない。」
…とりあえず命を助けて、それが余計なことをしたと言われるのではなくてよかった。
「この山にはまだ私の知らない場所がありそうですね。」
「ここに来てひと月ほど、だったか?」
「ええ。」
「あけびのなる場所がある。コケモモも。」
「あら、素敵ですね。」
「…餌になる。ここは狩場だったから。」
「ああ、なるほど。…今度教えて下さい。」
ホンは一瞬固まり、それでも
「季節になれば。」
と答えてくれた。
その言葉を信じるならば、死ぬ気は削がれたという事なのかもしれない。
それもいい変化だ。
「…約束ですよ。」
念押しをしておく事にした。
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