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目が覚めた時、私はジンシの腕の中に囲われていた。

心地よい温かさと、重たい腹の違和感。
喜びの朝だった、痛みさえも喜びだと思ったら。

「自堕落よね。」
日が高く昇ってから目覚めた私の世話をしてくれるセイにそう言うと、
「いいえ、大切なお勤めと思いますよ。」
と優しい言葉を掛けてくれる。

少しでも滋養を、とセイは沢山のご馳走を私とジンシの膳に並べ立てた。
「こんなに食べられないわ。」
「量ではありません、大切なのは質と数です!少しずつで構いません。」
セイはリーエンに甘いな、とジンシは笑って見ている。

カイの話によると、身籠れるのはひと月の間の僅か数日程なのだそうだ。
「三月もあったならば、このような無茶をお願いせずとも済んだのに、ひと月では予測が立てられません!」
と嘆いていた。
最後の月の道は?と聞かれ、覚えてないというと、それもまた呆れられたのだけれど。

早いうちに月の道が来たならばまた機会は巡ってくるらしいが、その後に来たらもう時間がないのだと教えられた。

「だから励みなされ。」
と謎の言葉を残して、カイは私の診察を終えた。

その日、部屋にいると珍しくハルが私の前に現れた。
1人の少女を連れている。ハルと同じかもう少し若いか。
「リンです。リーエン様の影となります。」
「私に影が付く?」
「はい。」

…なぜ?私は皇族ではないし、おそらく皇族にはならない。
しかし
「…帝の命令です。」
と言われる。

ようやく思い至る。

「私じゃなく、世継ぎの…ね。」
「はい、恐らく。」

まだいるかいないかさえもわからないのに…と思いながらも、逆らっても無意味だ。
少なくても私の命令ではこの少女は私から離れる事は出来ないのだから。

「…わかりました。宜しくお願いします。」
と頭を下げる。
しかし見上げた時にはもう2人の姿はなかった。

父とフーシン殿は朝一番で城に戻ったという。
フーシン殿とはあれから私は話をしていない。

ジンシは盲目的にフーシンという人を信じている。
8年…か。
まだジンシと出会って1年にも満たない私には及びも出来ない、長い時間を掛けて2人は絆を作ったに違いない。

私がセイを頼って信じているように。

でも!
あの日、瀕死で横たわっていたジンシを彼は知らない。
目覚めた時、すぐに迎えが来ると言っていたのはフーシン殿のことだったに違いない。そのジンシに私は冷たい宣告をさせられたのだ。あの落胆した顔をフーシン殿は知らない。

昨日だってそうだ。
せっかく得ていた穏やかな日々をわざわざ壊しにやって来た。

私は彼を許せないでいる。
ただそれでもジンシはまだフーシン殿を信じている。
…それがたまらなく切なかった。

こんな日が来るとは思わなかった。
運命を避けようと逃げていた私の前に突然現れた運命。

私はその運命を受け入れて、あえて「国を割る姫」になろうとしている。

「わからないものね…。」
誰に聞かせるわけでもなく、その言葉をそっと吐き出した。
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