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リーエンの災難
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「エン、今日はたくさん歩きましょ。」
リーエンは馬屋から愛馬のエンを連れ出した。
「うん、天気も良いし、楽しみね。」
始めは軽く、次第に速足へ。
この辺りの山はかつて皇族の狩場だった事もあり、土地はなだらかに作り直されている。
育ったサルザックの峠に比べたら馬でも歩きやすい。
ずっと屋敷の中に篭っていると何がなくても気が滅入る気がする。
多少の不便さは覚悟していた中、少なくても馬を駆け回らせる事が出来るほどの敷地を拝領出来た事は救いだった。
日差しは柔らかくて気持ちがいい。
仄かに香ってくるのはなんの香りだろう。
爽やかな気持ちになってくる。
「リーエン様!」
馬で追いかけてきたのは警備頭のリュウだった。
何かあったのか、少し慌てているようだ。
「門扉の前に誰か来たようです。」
「無視よ。」
悩む必要なんてない、私が誰にも会わないで済むためにこの山荘が用意されたのだ。
何もすることなんてない。
「…しかし…沢伝いの細道を知っておりました。」
とリュウが付け足す。
この山荘はかつては皇族の為に作られているので、外部からの分かり易い道は、参道だけだが、入り口は一見すると道には見えないが、少し中に入ればそこは歩きやすく整えられた道になっているところが幾つかある。
沢伝いの道はそのひとつだった。しかし参道に近い場所であったため、柵で塞いだのだ。
暗にかつてこの狩場を使用した事がある、やんごとなき身分かその側近では…?とリュウは匂わせた。
「ますます無視よ!お父様に迷惑は掛けられない!」
リュウには来訪者が柵を越える事がなければ、と条件を付けて放置し、監視だけするように言付けた。
越えるようなことになれば…。
充分不審者で侵入者だ。その時は捕らえるしか無いが、出来る限りトラブルは避けたい。
「わかりました。」
とリュウは駆けていく。
「…戻りましょう。」
万が一侵入者と出くわすという事があってはならない。
ここに私がいる事を知られてはならない。
それより何より、楽しもうと思っていた心が沈んでしまっている。
…悔しいが、それがこの山荘を貰い受ける条件、娘を離したがらない父を帝都で活躍できる場に送り出す為の条件なのだから…。
「ツイてなかったわ。」
山荘へと引き返しながら、また明日乗れるかしら…と考える。
その時
ドォーーーン!!
と山を揺るがすような爆音がした。
「何事!?」
音のした方を見下ろすと黒い煙が立ち上っているのが目に入った。
リーエンの頭に真っ先に思い浮かんだのは、警備の手の者と来訪者との交戦だった。
柵を乗り越えたのかもしれない。
たかが侵入者と侮ったのが間違いだった!
リュウ達は火薬の類いの武器は持っていない。
と、なると、まさか!
「リュウ!シーフォン!」
後先考えずにリーエンはエンを嗾しかけて音のした方向へ駆け出していた。
ぐるりと柵で囲ってしまったため、そこへ行ける道はひとつしかない。リーエンはまずは沢へと降り、沢の中をエンに乗ったまま下っていく。
ふと火薬の匂いが鼻をついた。どうやらこの辺りらしい。
駆けていた馬を一旦止める。
「エン、行ける?」
と馬の様子を気にかけた。
エンが火薬の匂いに怖気付くかと思ったけれど、エンは気にしないようで、ゆっくりとではあるが歩に出した。
「賢いわね。」
リーエンは愛馬を褒める。この馬は山荘の厩に残されていた馬だ。少し癖はあるが、慣れればそれすらも愛しい。
勢いのまま突き進むのでもなく、しかし怖気つく事なく、油断なく、なんとも頼もしい限りである。
突如リーエンの前に1人の男の子が現れた。
歳の頃は10歳ほどか、まだ子供だ。
…この子が侵入者なのかしら?
その子供はリーエンの姿を見て、水に濡れるのも構わずに膝をついた。
「誰だ!」
「…名乗れぬ無礼をお許し下さい。ティバル将軍の娘御とお見受け致します。…どうか我が主君をお頼み申す。」
まだ小さな子供にしか見えないのに、堂々としかし丁寧に膝を折る様子がなんともちぐはぐだ。
リーエンはこの子供が自分の正体を知っている事に驚いて、続けて「主君」と言われた事への反応に一瞬遅れた。
「…えっ?主?」
チラリと子供の背後に視線を移すと、リュウとシーフォンの2人が、黒装束の男達数人と剣を交えて戦いながら、沢へと降りてきたのが見える。
その足元には倒れた1人の男と、馬。
馬は懸命に立ち上がろうとしているが、周りの水は赤い。
「倒れているのが、其方の主君か?」
声を掛けてその子のいた場所に視線を戻したが、その子の姿はもうなかった。
どこに…?消えた…?
迷っている暇はもう無かった。
戦さ場では一瞬の迷いが生命を分ける。
リーエンは脇差を抜いて、交戦している場に、エンごと突っ込んで行った。
リーエンは馬屋から愛馬のエンを連れ出した。
「うん、天気も良いし、楽しみね。」
始めは軽く、次第に速足へ。
この辺りの山はかつて皇族の狩場だった事もあり、土地はなだらかに作り直されている。
育ったサルザックの峠に比べたら馬でも歩きやすい。
ずっと屋敷の中に篭っていると何がなくても気が滅入る気がする。
多少の不便さは覚悟していた中、少なくても馬を駆け回らせる事が出来るほどの敷地を拝領出来た事は救いだった。
日差しは柔らかくて気持ちがいい。
仄かに香ってくるのはなんの香りだろう。
爽やかな気持ちになってくる。
「リーエン様!」
馬で追いかけてきたのは警備頭のリュウだった。
何かあったのか、少し慌てているようだ。
「門扉の前に誰か来たようです。」
「無視よ。」
悩む必要なんてない、私が誰にも会わないで済むためにこの山荘が用意されたのだ。
何もすることなんてない。
「…しかし…沢伝いの細道を知っておりました。」
とリュウが付け足す。
この山荘はかつては皇族の為に作られているので、外部からの分かり易い道は、参道だけだが、入り口は一見すると道には見えないが、少し中に入ればそこは歩きやすく整えられた道になっているところが幾つかある。
沢伝いの道はそのひとつだった。しかし参道に近い場所であったため、柵で塞いだのだ。
暗にかつてこの狩場を使用した事がある、やんごとなき身分かその側近では…?とリュウは匂わせた。
「ますます無視よ!お父様に迷惑は掛けられない!」
リュウには来訪者が柵を越える事がなければ、と条件を付けて放置し、監視だけするように言付けた。
越えるようなことになれば…。
充分不審者で侵入者だ。その時は捕らえるしか無いが、出来る限りトラブルは避けたい。
「わかりました。」
とリュウは駆けていく。
「…戻りましょう。」
万が一侵入者と出くわすという事があってはならない。
ここに私がいる事を知られてはならない。
それより何より、楽しもうと思っていた心が沈んでしまっている。
…悔しいが、それがこの山荘を貰い受ける条件、娘を離したがらない父を帝都で活躍できる場に送り出す為の条件なのだから…。
「ツイてなかったわ。」
山荘へと引き返しながら、また明日乗れるかしら…と考える。
その時
ドォーーーン!!
と山を揺るがすような爆音がした。
「何事!?」
音のした方を見下ろすと黒い煙が立ち上っているのが目に入った。
リーエンの頭に真っ先に思い浮かんだのは、警備の手の者と来訪者との交戦だった。
柵を乗り越えたのかもしれない。
たかが侵入者と侮ったのが間違いだった!
リュウ達は火薬の類いの武器は持っていない。
と、なると、まさか!
「リュウ!シーフォン!」
後先考えずにリーエンはエンを嗾しかけて音のした方向へ駆け出していた。
ぐるりと柵で囲ってしまったため、そこへ行ける道はひとつしかない。リーエンはまずは沢へと降り、沢の中をエンに乗ったまま下っていく。
ふと火薬の匂いが鼻をついた。どうやらこの辺りらしい。
駆けていた馬を一旦止める。
「エン、行ける?」
と馬の様子を気にかけた。
エンが火薬の匂いに怖気付くかと思ったけれど、エンは気にしないようで、ゆっくりとではあるが歩に出した。
「賢いわね。」
リーエンは愛馬を褒める。この馬は山荘の厩に残されていた馬だ。少し癖はあるが、慣れればそれすらも愛しい。
勢いのまま突き進むのでもなく、しかし怖気つく事なく、油断なく、なんとも頼もしい限りである。
突如リーエンの前に1人の男の子が現れた。
歳の頃は10歳ほどか、まだ子供だ。
…この子が侵入者なのかしら?
その子供はリーエンの姿を見て、水に濡れるのも構わずに膝をついた。
「誰だ!」
「…名乗れぬ無礼をお許し下さい。ティバル将軍の娘御とお見受け致します。…どうか我が主君をお頼み申す。」
まだ小さな子供にしか見えないのに、堂々としかし丁寧に膝を折る様子がなんともちぐはぐだ。
リーエンはこの子供が自分の正体を知っている事に驚いて、続けて「主君」と言われた事への反応に一瞬遅れた。
「…えっ?主?」
チラリと子供の背後に視線を移すと、リュウとシーフォンの2人が、黒装束の男達数人と剣を交えて戦いながら、沢へと降りてきたのが見える。
その足元には倒れた1人の男と、馬。
馬は懸命に立ち上がろうとしているが、周りの水は赤い。
「倒れているのが、其方の主君か?」
声を掛けてその子のいた場所に視線を戻したが、その子の姿はもうなかった。
どこに…?消えた…?
迷っている暇はもう無かった。
戦さ場では一瞬の迷いが生命を分ける。
リーエンは脇差を抜いて、交戦している場に、エンごと突っ込んで行った。
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