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覚醒

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目が覚めたとき、そこは明るく眩い光に包まれていた。

どこか懐かしい、しかし初めの場所のように思えた。

身体をゆっくりと起こす。
思ったほどの力が出ない事に戸惑った。

大きく放たれた障子戸と縁側、向こうには良く手入れされた庭が見える。
薄紅色の花を咲かせた木が目に映った。

この庭には見覚えがある。バイセンシャンの山荘だ。

どうやら怪我をして中に運ばれたらしい。
単衣の寝着は自分のものではない。
足は動くが、右手は動かない。重く訛りのように感じる。

傷は…頭と右腕か?
ただ思考は鈍い。
ぐわんぐわんと頭の中で大きな音がするようだ。

どうやら死に損なったらしい事を悟った。
あれはお迎えの天女では無かったらしい…な。


「お目覚めですか?」
縁側の端から人がやって来る。
細い面立ちの、男物の着物を着た、華奢な人だった。
無造作に黒髪を後ろでひとつに括っている。

「…申し訳ない、どうやら手間をお掛けしたらしい。」
「いえ、大したことはしておりません。お気になさらずに。」
見た目に反して甲高い声で答えながら、水を湛えた器をそっと差し出してくれる。
その指先は細く繊細な、優雅な手付き。
きちんとした教養を身につけた、女子のそれだ。

「失礼だが…女子か?」
「さあ、どうでしょう?」
イタズラに微笑んだその者は、
「ジャン」と男名前を名乗った。

「…ジャン…様?…殿?」
「ただのジャン、と。」

なぜ性別を隠そうとするのか?
彼の人は間違いなく女子だ。しかし男物の服を着て、化粧すらしていない。それでも隠しきれてはいない。
おそらくはあの天女の正体…だと思う。
しかしそんな事は今は瑣末な事で…。

「…何があったのでしょう?」
自分が覚えているのはいきなり黒装束の男に囲まれて、毒のついた苦無を打ち込まれた事、逃げようと馬を駆ったところで、逃げきれなかった、そこまでだ。

「無人を装い追い返すような真似をしてしまい申し訳なかった。この山荘は客人を受け付けてはいなかったもので。

突然、爆音がしたために家の者が駆けつけました。そこに黒装束の男達と倒れていた貴方を見つけたので、一太刀交えた後、倒れたあなたをここに連れ帰りました。」

「…なるほど。ではあの黒装束の者達を襲わせたのは…。」
「知りません。こちらの手の者ではありません。」

ひとりを切り捨て、ひとりを捕らえたところで、残りには逃げられた。
捕らえた男は毒を煽って自害してしまった。
…ジャンはそう告げた。

「ここはバイセンシャンの山荘、で間違いはないか?」
「ええ、間違いありません。ディバル将軍の別邸です。」

ディバル将軍の別邸という言い方に引っ掛かった。
「娘御の屋敷と伺っておるが…。」
「いえ、それは違います。ここにはお住まいではありません。」
「…其方は?ジャンと申したか?」
「はい、この別邸の管理をしております。」

…馬鹿馬鹿しい。
そんなウソを並べ立てられて信じると思うのだろうか。

ディバルの娘は囲いの中に暮らしている、事実上の「軟禁」の意味を込めてフェイ殿下は仰った。
軟禁であるが故に、難儀な思いをしていないか、と気に掛けたというのに。

「貴方様は死地の境におりました。倒れられてから今日で5日目となります。」
「結構長かったようだな。」
「左様ですね。」
「…ご迷惑をかけた。皇太子殿下の使いでこちらに寄っただけなのだが。
すぐに迎えを呼んで立つ…。」
「お迎えは参りません。」

申し訳なさそうにジャンは告げる。
ジンシは一瞬意味を理解し損ねた。

はっ?来ないとは?

ジャンが続ける。
「…第二皇子殿下が御崩御されまして4日ほど経ちました。」
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