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天女
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…熱い。
あまりの熱さに耐えきれず、薄らと目を開けた。
白いモヤの中で、身体中を押さえつけられている。抵抗しようとも力は全く入らない。
「…あ…っ…。」
口の中はカラカラに乾ききって、妙な酸っぱさがこびりついていた。
「…み…ずぅ…。」
自分のものとは思えない掠れた声。
どこか意識の遠くで、死を感じた。
唇に何か添えられ、そこから水が流れむ。上手く受け止められずに咳き込む。
丁寧に拭われる。
…よせ、触るな!と言いたいが、言葉が出せない。
しばらくすると今度は唇に真綿が乗せられる。
しっとりと湿った真綿から雫が垂れ、口の中に広がる。
だ、ダメだ…。
幼い頃から得体の知れない物を口にする事を固く禁じられて…。
誰に?
何故?
…わからない。
頭が割れるほど痛い。
口に広がる甘美な味には逆らえなかった。
貪るように真綿に吸い付く。
どこか遠くで自身を浅ましいと嘲笑う自分の姿を思い描く。
それでも真綿が唇から離される時には、
「あっ…。」
と離れ難さを伴う声が漏れ出た。
しばらく繰り返されるうちに喉の渇きが癒やされていく。
身体に当てられた何かが熱さを和らげていく。
そしてまたうつらうつらと闇に落ちるのだ。
幾度かそれを繰り返しているうちに、思考と視界が少しましになってきた。
薄らと見える、我に真綿を含ませているのは長い黒髪の美しい天女。
…ああ死んだのか。
ならばもう怖いものはないか。
あるがまま、されるがまま、ただそこに在れば良いのだ。
楽になれる…。
もう己を縛りつけるものは何もないのだ。
天女に見守られながら、心地よい揺れの中でまた仮初の眠りに落ちるだけだ。
「生きて…。」
天女にそう言われた気がした。
「リーエン様、少しお休みになられてはどうですか?」
「…ありがとう、セイ。でももう少しだけ。」
「リーエン様がお倒れになられては困りますから。」
「…大丈夫よ。」
今日で熱が出で3日経つ。
思ったよりも回復が遅いので幾度もカイに詰め寄った。
「こんなものじゃないでしょうか?」
「大丈夫と言ったはずです!」
とカイはあっさりしたものだ。
「それよりリーエン様、ディバル様はジャンに看させよ、と言ってましたよね?」
「だって…。」
今のリーエンは衣服こそ男物だが、長い黒髪は下ろしたままだ。
「洗い髪をしたの、乾くまでは結いたくないもの。」
「乾くまでの時間くらいはお休み下さい。」
とカイは呆れた。
「リーエン様、あまりのめり込みすぎない方が宜しいですよ。情が移ると後々厄介になります。」
「情…って。」
まるで拾ってきた犬のようなカイの言い分に腹が立つ。
「皇子のお迎えはおそらく来ません。この先どうなるか…。ディバル様の事ですから、無下にはなさらない。手元に留め置かれる可能性もあります。
…関わってはいけないお人だったんじゃ無いんですか?」
「…そうだけど。」
「セイに任せて、少し離れた方が宜しいかと思いますよ。」
「そうですよ、少しおやすみにならないと。」
「そうだけど…。」
「…やっぱりもうしばらく側にいるわ。もうそろそろ目覚めるかもしれないし。」
リーエンは寝台で横たわったままの男を見つめながら、離れがたいこの感情はなんなんだろう、と考えていた。
不思議な人…。
戦場で暮らしていたリーエンには死の瀬戸際にいる人を見たこともある。
大抵の場合、痛さや熱で呻いている人は、それでも懸命に生きようと足掻いている。
この人はどこか違う。
足掻いていない、だけど諦めたのとは少し違う気もする。
あるがまま全てを受け入れようとしている。
死ねと言われたら死にそうな、そんな危うさをリーエンは感じ取っていた。
意識が浮上したのを確認して、すかさず水分を取らせる。
うまく吸えないのか、咽せてしまう。
すかさず真綿に砂糖水を染み込ませてくちびるに当てた。
時間は掛かるが、確実な方法だ。
…死ねと言われたら死んでしまいそうなのなら、
「生きて…。」
と告げてみた。
「死なないで、生きて。」
ここで死なれたら困るんだから。
あまりの熱さに耐えきれず、薄らと目を開けた。
白いモヤの中で、身体中を押さえつけられている。抵抗しようとも力は全く入らない。
「…あ…っ…。」
口の中はカラカラに乾ききって、妙な酸っぱさがこびりついていた。
「…み…ずぅ…。」
自分のものとは思えない掠れた声。
どこか意識の遠くで、死を感じた。
唇に何か添えられ、そこから水が流れむ。上手く受け止められずに咳き込む。
丁寧に拭われる。
…よせ、触るな!と言いたいが、言葉が出せない。
しばらくすると今度は唇に真綿が乗せられる。
しっとりと湿った真綿から雫が垂れ、口の中に広がる。
だ、ダメだ…。
幼い頃から得体の知れない物を口にする事を固く禁じられて…。
誰に?
何故?
…わからない。
頭が割れるほど痛い。
口に広がる甘美な味には逆らえなかった。
貪るように真綿に吸い付く。
どこか遠くで自身を浅ましいと嘲笑う自分の姿を思い描く。
それでも真綿が唇から離される時には、
「あっ…。」
と離れ難さを伴う声が漏れ出た。
しばらく繰り返されるうちに喉の渇きが癒やされていく。
身体に当てられた何かが熱さを和らげていく。
そしてまたうつらうつらと闇に落ちるのだ。
幾度かそれを繰り返しているうちに、思考と視界が少しましになってきた。
薄らと見える、我に真綿を含ませているのは長い黒髪の美しい天女。
…ああ死んだのか。
ならばもう怖いものはないか。
あるがまま、されるがまま、ただそこに在れば良いのだ。
楽になれる…。
もう己を縛りつけるものは何もないのだ。
天女に見守られながら、心地よい揺れの中でまた仮初の眠りに落ちるだけだ。
「生きて…。」
天女にそう言われた気がした。
「リーエン様、少しお休みになられてはどうですか?」
「…ありがとう、セイ。でももう少しだけ。」
「リーエン様がお倒れになられては困りますから。」
「…大丈夫よ。」
今日で熱が出で3日経つ。
思ったよりも回復が遅いので幾度もカイに詰め寄った。
「こんなものじゃないでしょうか?」
「大丈夫と言ったはずです!」
とカイはあっさりしたものだ。
「それよりリーエン様、ディバル様はジャンに看させよ、と言ってましたよね?」
「だって…。」
今のリーエンは衣服こそ男物だが、長い黒髪は下ろしたままだ。
「洗い髪をしたの、乾くまでは結いたくないもの。」
「乾くまでの時間くらいはお休み下さい。」
とカイは呆れた。
「リーエン様、あまりのめり込みすぎない方が宜しいですよ。情が移ると後々厄介になります。」
「情…って。」
まるで拾ってきた犬のようなカイの言い分に腹が立つ。
「皇子のお迎えはおそらく来ません。この先どうなるか…。ディバル様の事ですから、無下にはなさらない。手元に留め置かれる可能性もあります。
…関わってはいけないお人だったんじゃ無いんですか?」
「…そうだけど。」
「セイに任せて、少し離れた方が宜しいかと思いますよ。」
「そうですよ、少しおやすみにならないと。」
「そうだけど…。」
「…やっぱりもうしばらく側にいるわ。もうそろそろ目覚めるかもしれないし。」
リーエンは寝台で横たわったままの男を見つめながら、離れがたいこの感情はなんなんだろう、と考えていた。
不思議な人…。
戦場で暮らしていたリーエンには死の瀬戸際にいる人を見たこともある。
大抵の場合、痛さや熱で呻いている人は、それでも懸命に生きようと足掻いている。
この人はどこか違う。
足掻いていない、だけど諦めたのとは少し違う気もする。
あるがまま全てを受け入れようとしている。
死ねと言われたら死にそうな、そんな危うさをリーエンは感じ取っていた。
意識が浮上したのを確認して、すかさず水分を取らせる。
うまく吸えないのか、咽せてしまう。
すかさず真綿に砂糖水を染み込ませてくちびるに当てた。
時間は掛かるが、確実な方法だ。
…死ねと言われたら死んでしまいそうなのなら、
「生きて…。」
と告げてみた。
「死なないで、生きて。」
ここで死なれたら困るんだから。
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