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全ての道のりは無駄にならない
しおりを挟む「私、岡崎さんとは、もう約束しません」
「ナニ、突然……なんで?」
逢魔が時、日暮れに染まるお庭と池の水音は大変風情がある。のんびり座って眺めていたところ、突然人の膝を陣取ってゴロゴロしていた岡崎さんは、それまで怠惰に眺めていたグラビア雑誌を下ろし、まんまるな赤い目で私を見上げた。雑誌を飾る、大きいお胸様を際どい水着でカバーしたお姉さん方なら、胸が邪魔して顔が見えないとか、そんなこともあるのだろうか。あいにくと私には立派な双谷は無く、心配無用だった。丁度だっちゅーのポーズをした、私と同い年位のアイドルのページで、私とアイドルを交互に確認(主に胸部)する岡崎さんは可哀想なものを見る目だ。大変失礼だ。デリカシーのデの字も無い。
「あでっ」
「セクハラで訴えますよ」
「いだだだだ。いや、俺、最近はちっぱいの魅力にも気付き始めたから。枯れた土地を、俺の手で耕し開拓する楽しみとやりがいってのもあるよな~って……あああいだだだだ千切れるゥ! 耳千切れる!」
「もう、ほんと、貴方ってひとは、ほんと」
わざとらしいぴえん顔で、しおしおとすすり泣く真似をして「お前様……もっと……優しくしておくれやす」なんて、どこぞのいたいけな乙女の意味深な台詞を投げられたところで、この人の見目は立派なガタイをした立派な大人の男性だ。いい年をした成人男性にやられると、ちょっとアレだ。
「はいはい。どうせ幼児体型ですから。どうぞ、ナイスバディな女の子達の赤裸々な姿を引き続きお楽しみください」
「なに? 嫉妬? ヤキモチ? 餅焼いた?」
「あっ、私、この女の子好きだな~。八重歯が可愛い。こっちの女性のちょっと薄暗い妖艶さもたまらんですね」
「何で吟味し始めちゃった?」
「あっ、このひと壇●さんに似てる。きれ~」
「志紀さん、聞いてる? 大好きな岡崎さん見えてる?」
「岡崎さんはズバリ、大胆なポージング取るひと好きでしょ。イ●リン・●ブ・ジョ●トイさんとか好きでしょ」
「偉大なM字開脚の開拓者だろ。Mの向こうにある神秘に踏み込みたい男の欲を熟知されたお方だろ。好きどころじゃねぇわ。もはや偉人だわ」
「真剣な顔かっこいいのに、言ってることがアレで物凄く残念」
「エッ」
「照れない照れない。都合の良いところだけリスニング能力上げない」
「……で、えらい方向に脱線したけど何? 約束しねーって」
「なんか、思い知っちゃって」
「……」
「約束って、一見綺麗だけど、相手のことを縛りつけてしまうこともあるんだなって」
一瞬から一生。形は様々で。死しても尚、永劫に続いていくこともある。
証として、祖父の教えは、今も私の中に強く刻まれ続けている。生き方を定めるその約定は一種の縛りにも思えるが、私にとっては心地が良いもので、人生の指針となっている。そうありたいと私も願うことの出来るものだし、祖父はきっと、私が小さい頃から持っていた、心の奥底に隠れた願望を汲み取って、それをわかりやすいように、言葉という形にしてくれた。
けれど、私が太刀川さんと交わしたものはどうだろうか。果たして、今の彼の為になっているかと聞かれれば、一概にイエスとは言えないし、どちらかというとノー寄りだ。
幼い私が、何の気兼ねなく、例えば同い年の友達と「ずっと一緒ね。ずっと仲良しでいようね」と拙く言い交わすのとほぼ同じ意識でかけた言葉は、太刀川さんには約束を通り越して、強力な呪いとして彼を束縛した。呪詛にも似た約定が、今まで太刀川さんを生かしてくれていたといえば聞こえは良いかもしれない。だけど、祖父が私に標をくれたように、上手くは働いていない。太刀川さんが生来持つ歪さを、顕著に、より強く浮かび上がらせてしまった。
私の膝から起き上がり、横に座り直した岡崎さんは、ポイっと後ろに雑誌を放り投げ、拗ねた面立ちで庭の景色を睨み付けている。目の前の景色に集中してます感を出しつつ、赤い目がちらちらと此方を覗き見ているのに気付いて、思わず笑ってしまった。膨れっ面になった右頬をつついてみると、よりそれは膨れ上がった。
「俺だって……」
「はい」
「些細な口約束だろうけどさ、結構してきたけど、お前と」
「……」
「全部、ナシにすんの。初期化すんの。冒険の書は消えちゃったの」
「残念ですけど」
「酷い女だね。そういやお前、結構口ばっかなとこあるもんな。無責任だわ」
「私、念書も書いてないし、捺印もしてませんから」
「変なとこで極道の女み出すのやめてくんない。違うんだよ。いいんだよ、お前はそういうの身に付けなくて」
「似合わないですか?」
「ぜんっっぜん。ちゃちなお遊戯か、ままごとにしか見えないね。なに? 学級会かなにか?」
「私はそんな大役任されませんよ。万年裏方でしたから」
そよそよと切ったばかりの髪を風が揺らす。岡崎さんが大きな溜め息をついて、後ろに両手をつき、だらしなく片足を立てて座り直した。顔は俯いていて、眼差しはどんよりと暗い。完全に落ち込んでいる。以前の私を彷彿とさせた。
「太刀川のだけは、守るつもりでいんの」
「さぁ、どうかな」
「ハッキリ言えよ。曖昧にすんなや。やっぱり俺より太刀川がいいんですー。一万年と二千年前から愛しちゃってるんですーって、正直に」
「そうだって言ったら?」
「え」
「ん?」
「え、あ」
「どうしましょうか」
「……っべ……べ、っつに」
「気にしないですか?」
「う……」
「あれれ、いつものお喋りで意地悪な岡崎さんはお留守ですか?」
「い、いや、え……うううう、ウソ……ですよね? か、からかってるだけだよな? 売り言葉に買い文句ってやつだろ、な?」
「本当はわかってるくせに」
「うぐっ、で、ど、ドドドドドウナンデスカ実際!」
自分から言い始めたことだというのに、だらだらと雨降りにでも見舞われたのかという位尋常じゃない汗を全身に垂れ流す岡崎さんに、変な笑いが溢れる。
みの●んたばりに時間たっぷりに答えを焦らす私に、岡崎さんは兎を思い出させる赤い瞳を徐々にうるうるとさせていく。少し可愛そうになってきた。脱水症状になる前に答えを告げてあげると、岡崎さんはわかりやすく脱力し、両手で顔を覆って溜めていた息を何度も何度も大きく吐き出した。
「し、しぬ。しぬかとおもった。もうむり……もうひとりの俺が目覚めて暴れ回るところだった……空気うまい」
「ずっと息止めてたんですか!?」
「いつファイルアンサーされるか気が気じゃなかったんだよ! あれ結構怖いんだからな! やられる方の緊張感半端ねぇんだからな! たまったもんじゃねぇわ!」
「お、大袈裟だなぁ」
「おまっ、俺が今どんだけ、マジで監禁ルートなメリーバッドエンドも一瞬頭に浮かんじゃったんだぞ、マジで!」
「なっ、何回も何回も、いつもそうやって試す様なことばっかり言うから。私だって傷つくんですよ。反撃したくもなります」
「……」
「そんなに信用されてないのかなぁって……」
「こればっかりは無理もなくね?」
「うぐ。で、でも、岡崎さんはもっと自分に自信持っていいと思います」
「天秤で軽い方になったことねぇ奴に言われてもな」
「うぐぅ」
反論の余地も無い。やっぱり口でこのひとに勝てる気がしない。岡崎さんは不貞腐れた表情で口を尖らせ、やがて沈んだ顔に逆戻りした。岡崎さんに犬の耳が生えていたら、へにょりとへたれていそうだ。
「俺、ちゃんと守るつもりでいるし、破るつもりじゃねぇんだけど」
「だからですよ」
「あ?」
「岡崎さんって意外に律儀だから」
「意外にってなんだコラ」
「どんなに小さいことでも、何とか叶えようとしてくれるでしょ。実際ひとつひとつ叶えてくれた。プールで泳ぎを教えてくれる件だったり、一緒に燈籠流したり」
「だったら」
「でも、私は帰るから」
「……」
「岡崎さんの心残りにも、荷物にもなりたくない。負担をかけたくない。ただでさえ貴方は、これからも重いものを背負ってかなきゃいけないのに」
「……お前みたいな弱々しいの一人増えたところで変わんねぇよ」
「そうかも。でも、私が駄目なんです。許せない。岡崎さんには、なるべく、出来るだけ、すくすくのびのび、これからを生きて欲しいんですよ。たくさん食べて、たくさん寝て、たくさん遊んで、今より大きく、格好良く育ってほしい」
「母ちゃんじゃん。もう成人しきってんだけど。これ以上成長するって、もうボディービルダー目指すしかないんだけど。てか、成人男性に言う台詞じゃないよね。ヘタしたら駄目男製造する奴の台詞だぞ、ソレ」
だめんず一級建築士ですから、と冗談を言ってみせると、岡崎さんが苦笑した。
兼ねてから変わらない、私の願い。その気持ちだけは一途だと胸を張って言える。健やかに、幸せに生きてほしい。けれど、それは赦されない。この男性も報いを受けなければならない。苦しくなったときは、少しでも私が請け負ってあげるといったソレを、結局、私は岡崎さんひとりに背負わせなければならなかった。
「あとは、今まで誰かを傷つけたり、殺めてしまったこと、たくさんあるでしょ。その分、それ以上に、これから一生を掛けて、助けを求めてる人に手を差し伸べて、助けてあげてほしい」
受け持ちのクラスの生徒達の進路相談を受ける先生って、本当にすごいと思う。ひとつひとつ掛ける言葉に慎重になる。
まるで受験生の様な顔で、今後の進むべき道がわからないと言っていた岡崎さんの顔が、きょとんとしたものに変化する。好き勝手やってきたとはいえ、それらは限られた範囲内だった。ここからここは駄目だというレールが、岡崎さんには確かに存在した。他人から拘束され続けてきた人生だからこそ、突然に放り投げ出されたときに、どうしたらよいのか途方にくれているのだ。
私はこのひとに、彼と同じ悲しい末路を、二の舞を踏ませたくない。
「なに? 俺に英雄にでもなれって? ヘラクレス的な? ゼロがヒーローにってやつ?」
「少なくとも、私は最初、岡崎さんにはそういう印象持ってましたよ。段々崩れていきましたけど」
「めっちゃはっきり言うじゃん。ズケズケじゃん。お前も中々辛辣になったね」
「無理もなくないですか? あれだけ自分はそんなんじゃない~! って、言葉でも態度でも白状しといて」
「うぐ」
「……冗談。私、まだ岡崎さんのこと、そういう目で見てるんです。岡崎さんが、上手に振る舞ってるだけなんだって知っても尚」
惹かれずにはいられない。どんか苦境でも、いつだって手を差し伸べて、前を向けと促してくれたんだから。仮初めであろうが、岡崎さんに救われた私こそが、その実績なのだ。
「なんて、あくまでそういう選択肢もあるってことですから。強制はしてないんです。それに、かなりしんどいと思いますよ。一番痛感してらっしゃるだろうから、あんまり言わないけど。だからこそ、意味があるんですけどね」
「……」
「でも、岡崎さんのことだから。今はどうしようどうしようって悩んでても、別のやり方があるって革命的な発想するかもしれないし。まぁ、頭の片隅にでも入れといてくれたらなって」
「……それぐらいならいいケド。俺には向いてねーだろうし。つか、お前の理想とは真逆の極道の世界に身ィ落とした男には、そもそも難易度高すぎね? 弱者から搾取してなんぼの生業なんですけど。ひとの涙をふりかけに飯食ってんですけど?」
「またそんな意地の悪いこと言って。ディベートは得意じゃないんですよ。あ、そうだ。その口八丁を活かして弁護士とかどうです? 慎ちゃんも極道弁護士になりましたよ」
「いや、しんちゃん誰。どちら様。くれよんの方? あのケツ丸出しのがきんちょ、その筋に行っちゃったの」
「うーん、このジェネレーションギャップ。というか、知らないんですね、ご●せん。かなり視聴率の高いドラマだったし、岡崎さんだったら知ってると思ったけどなぁ」
「志紀サンの年代、どんだけ昔だと思ってんの。そこまで遡って網羅出来る程、俺、暇じゃないから。極●とミナミの●王シリーズでお腹いっぱいなんだよね」
「いや、そっちの方が古いんですけど」
駄目だ、岡崎さんと話していると、のらりくらりとペースを乗っ取られてしまう。話が脱線しまくりだ。しかし、これが心地良い。口下手な私から、面白いぐらいにするすると話題を引き出してくれる。岡崎さんが色んなひとに好かれる所以がわかる。
だからこそ、このひとにしか出来ないことがある。私には追い付けなかった。でも、岡崎さんなら。あのひとと同じ立場に、同じ目線に並んで立つことの出来る、岡崎さんなら。
まだ、どこへ進むべきなのか定まっていないというなら。ずっとじゃなくていい。岡崎さんが歩みたいと思う道が見つかる、そのときまでで構わない。
「あの……」
「んー?」
「その」
「なに、どしたの。あ、何か食いたいもんでもあんの。千と●尋の親父さんが食ってた謎のデロブニ?」
「誰が豚ですか」
「最近、腰回りの肉付き良くなったよね。余裕もって摘まめるようになったよね。いい脂乗り始めたよね」
「やめてくださいやめてください。知らない。聞こえない。私は何も聞こえない」
「俺はそんぐらいが好きだけど。抱き心地いいし」
「そ、そういう恥ずかしいこと、さらっと言わない」
「気になってるってんなら、岡崎ブートキャンプ開催してやろうか。体力もつくし、健康的な肉体改造出来るぞ」
「えぇ……岡崎さんみたいに、ムキムキの筋肉マンになったりしない?」
「なんねーよ。ならせねーよ」
「じゃあ、お願いしようかなぁ。というか、筋トレたまにしかしてないのに、よくその体型保ててますよね。あ、取り敢えず、夕ご飯は千と●尋のお父さんが食べてた謎のデロブニにしましょう。レシピ教えて下さい」
「食欲に妥協しない姿勢、流石すぎるだろ。……で? 飯の話じゃなかったら、何言おうしてたの」
「ううん。いいんです。何にもありません」
「んだよ。途中で切るなって。気になるだろ」
「岡崎さんと話してたら、何言おうとしてたか忘れちゃった」
「本当ウソつくの下手だよな。今更遠慮もクソもねぇだろ」
「やだ、ほんとですってば。ほらほら、夕飯何するか決まったし、今日は早めに準備始めちゃいましょ。お腹すいてきちゃった」
先に立ち上がった私の背中を、岡崎さんの赤い目が刺す。あとで吐かせてやろうとか考えてるんだろうな。何とかはぐらかす方法はないものかと、冷蔵庫から野菜を取り出しながら思考する。
きっと言葉にすれば、岡崎さんは私の言ったことを叶えようと尽力してくれる。顔をしかめる内容であれど、理由をちゃんと話せば、彼は頷いてくれる。けれど、それでは意味がない。今までの様に、形振り構わず身を粉にして、何がなんでもを貫いてほしい訳じゃない。ふとしたときに、少し気に掛けてほしい。ただそれだけ。でも、そうもいかないだろうから。
それを一度口にすれば、私がもう岡崎さんとはしないと断言した約束と、同じ効力を持ってしまう。それは駄目だ、そうわかっていたから、私はこのとき、きちんと蓋をした。した筈、だったのに。
あの日と同じ色をした夕焼け空から、雨粒が降り注ぐ。幅ある渡月橋は雨に濡れて光り、下では僅かに増水した川が徐々に流れを早めていた。
ぽたぽたと橋に落ちる水滴の音に交じって、刀がぶつかり合う音が響く。手負いの獣同士が互いに唸りと咆哮を上げ、得物を振るい、種の存続を争っている。
岡崎さんも太刀川さんも、一進一退、まさに互角の闘争に思える。けれど、違った。
右目を喪った岡崎さんの死角を利用して立ち回る太刀川さんは、右腕の喪失をものともせず、片腕があれば十分と、その剣戟は素早く的確で、岡崎さんの体に確実に刃を入れていく。斬り落とされるまでに至らないのは、刀傷を受ける度に屈することなく、太刀川さんの動きを流して致命傷を避ける岡崎さんの抵抗が、功を為してのことだろう。次々と刻まれる外傷が凄まじい中、それを冷静に為すのは至難の業に違いない。常人では不可能だ。けれども、いつだって岡崎さんの身体能力は予想の斜め上を行く。普段ならば。
岡崎さんの動きが鈍い。僅かの差で有ろうとも、確かに、太刀川さんが岡崎さんを圧していた。
視界が半分開けていないからか、それとはまた別に、苦々しい、いや、憂虞と表現した方がきっと正しい。何かに迷いあぐね、ひとつひとつの打掛に、いつもなら圧倒的と言える豪腕が今一つ伴っていない。素人目でも、そう映るだから、恐らく間違いはない。
対しての太刀川さんは真逆だ。躊躇も容赦も無い、俊足の一閃を切り出していく。本気で、岡崎さんを殺すつもりで。
瞳孔の完全に開いた、澄み切った青い目に加え、その顏に面の様に張り付いた背筋が凍る深い笑みは、狂気染みている。
岡崎さんの首を狙って、右側から放たれた一太刀を、間一髪で岡崎さんが右腕を差し込み、自身の肉で防ぐ。食い込む刃が生身を斬る痛みに顔を歪ませながらも、その状態を保ち、瞬時に左手に持ち替えていた刀で間合いに入った太刀川さんを貫こうとしたが、何故か岡崎さんは太刀川さんの横腹に刃を通す寸出で、更に逆手に持ち替え、左腕が無い為に、がら空きとなった太刀川さんの腹部を柄の部分で強打しようとする。しかし、それを太刀川さんが想定していない訳もない。
命取りの行動だった。太刀川さんは、岡崎さんの腕を斬りつけたままの得物から躊躇なくパッと手を離し、残る片腕で、岡崎さんが差し向けていた刀の柄を受けとる形で掴んだ。
そこからは剣舞の様で。身体を一回転させ、その反動を借りて岡崎さんの刀を持ち主の手から抜き去り、流れるように岡崎さんの刀を使って、その腹部に一文字の傷を与えさせた。
ブシャッと岡崎さんの腹部から血飛沫がそれは派手に上がった。血が太刀川さんの顔と身体を更に赤く濡らす。ヘッドの壊れたシャワーを浴びているみたいに。故に、赤色の中で妖しく光る蒼眼は、より存在感が増して、強烈な光を放つ。
思わず漏れ出そうになった悲鳴を何とか両手で抑え込むも、目の奥から溢れる熱いものは堪え切れなかった。
ごぼりと、血を吐いた岡崎さんは腹部を押さえた。溢れそうになる内蔵を抑える為だ。腰を折る岡崎さんに、振り下ろされようとしている一刃。口を挟まずにはいられなかった。
「やめ、やめて! 太刀川さん!!」
悲鳴混じりの、かすかすの声は、この小雨にすら掻き消されそうだった。事実、太刀川さんの耳には届かず、彼は歯を見せる程笑みを深め、獲物を狩り取るその一瞬を心待ちにしていた。
しかし、首を杯に、血の美酒を飲むことはまだ叶わなかった。
咆哮を上げた狼が、自身の腕に食い込んでいた蒼の刀を手に取る。肉を切らせて骨を断つ。腕の傷口が深くなることも致し方なし。頭部に迫っていた一刀を、太刀川さんの得物で以て、己の凶器を受け止める。右腕にビキビキと筋を浮き上がらせて、太刀川さんが上から更に圧をかけるが、岡崎さんも力勝負では負けない。
埒が明かないと判断した太刀川さんが、先に身を退き、少し距離を取って、構えの姿勢を崩すことなく、腹部を手で抑えながら体勢を立て直す岡崎さんを瞬きもせず見つめている。その様、さながら、狩人の如く。
ゼエゼエと荒い呼吸を繰り返し、岡崎さんは美しい蒼で彩られた刀身を橋に突き刺すことで、下半身に力を入れて立ち、太刀川さんを睨み付ける。血をだらだらと溢しながら、そのまま前へと片足を踏み込もうとすると、岡崎さんの身体がガクンとバランスを崩し、膝をついた。
「岡崎さんッ!」
黙って見ていられない。
いてもたってもいられず、岡崎さんに駆け寄り、しゃがみこんで、その背中に手を添えて支える。岡崎さんはギリ、と歯を食い縛り、かなりの脂汗を浮かべた顔を歪めている。は、と短い息を吐き捨て、太刀川さんの刀の柄を強く握り、このひともまた、己の首を獲らんとする人間を赤い瞳で睨み上げた。
「痛ェだろ」
こちらの様子を見ていた太刀川さんが、クツクツと声を漏らして笑う。人を嘲る嫌な笑い方だった。
「瀧島とやり合ったらしいが」
「……」
「その様子だと、ちゃんと盛られたらしいな」
「ぐ、ぅ」
「遅効性の毒でなァ。徐々に効果が現れてくる」
「岡崎さん。大丈夫、岡崎さん、ねぇ」
私の呼びかけに答える余裕も無くなっている岡崎さんの顔は、ビッショリと汗で濡れている。いつも健康的な色を浮かべる顔色はサッと血の気が引き、大きな手は微かに痙攣している。ボタボタと岡崎さんの身体から流れ続ける血の量に背筋が凍る。
しかし、驚愕し、不思議そうに、信じられないものを見る目で自身の身体を見下ろしているのは、当の本人だ。全身の痛みに襲われながら揺れる赤い目で、刀傷を負った掌を見つめたあと、その手で首の右横を抑えた。
岡崎さんが覆った手に触れ、少しだけ避けさせる。驚く程あっさりと外れた。目を凝らすと、隠していた部分に、判子注射程の大きさよ円形が赤く滲んでいた。赤みの残る皮膚にはポツポツと小さな針の痕が残っている。その間にも、岡崎さんの息はどんどん忙しなくなり、震えは痙攣となり、痛覚も増しているのか、犬歯を唇に食い込ませている。薄皮が破れ、血が滲んだ。
「その感覚にゃ、覚えがある筈だ。比べもんにはならねぇだろうが」
「かっ、は」
「くく、岡崎。土師の野郎を覚えてるか。オメェの身体を、隅々まで徹底的に調べ上げた変態だ。アレがおっ死んだ後、改良に改良を重ねてやった。もっとも、その役を担ったのは俺じゃあねェが」
「は、はっ」
「なァ、誰だと思う。当ててみろよ」
岡崎さんは答えない。答えられない。それどころじゃなかった。初めての感覚に戸惑い、驚き、どう受け止めて良いのかわからず、対処にあぐねている。
膝をついたまま傷口を抑え、返事をしない岡崎さんを咎めることなく、太刀川さんは喉奥で低く嗤いながら、アッサリとその名を口にした。
「浩然の置き土産だ」
『やられっ放しは好かん』
無くなった片足を、悲嘆することも、挫けることもなく、引き摺りながら前を向いて、歩いていく背中。幾度倒されようとも、己こそは上に立つべき人間であると、負けん気と意地の塊。死して尚も、虎視眈々と、その座を狙い続けている。
「相当の恨み辛みがあったらしい。いやに躍起になってなァ」
「岡崎さん、落ち着いて呼吸して。大丈夫、大丈夫ですから」
「オメェを完璧に片付けるにゃ骨が折れることは、嫌になる位に知ってる。一番に邪魔になるのは、化け物染みた身体能力でも、よく回る口でもねぇ」
その自己修復能力だ、と太刀川さんが断言する。
「致命傷を負わせても瞬く間に傷口は塞がり、短時間で血肉が再形成される。一度受けた痛みは、その瞬間のみの一過性。痛みも最小限に抑えられ、延々と引き摺ることは無い。だからこそ、無尽蔵に動き続けることが出来る」
「岡崎さん」
手傷を負った犬の様に、赤い目をギラつかせ、喉奥で低く唸り続けて、太刀川さんを憎々しげに睨み上げている。ボタボタと流血が酷くなる。血が足りず、目も眩んできたのか、目を細めている。
今や身体を支える私に応える余裕も無くなって、ただ口をハクハクと開閉させ、荒い呼吸を繰り返すのみだ。
「それで正解だ」
クククと何とも愉しげに、太刀川さんが嗤う。
「普通の人間なら、麻酔がかかったみてぇに呂律も回らねぇよ」
なぁ岡崎ィ、と間延びした呼び方は厭らしく、嘲り、そして挑発的だ。
「一時的とはいえ、最期にヒトにしてやったんだ。どんな気分だ。教えてくれや」
据わった青の目が、虫けらを見る様な目で岡崎さんを見下げた。
「それだけじゃ、ねぇよ」
辛うじて聞き取ることの出来る、掠れた声だった。それでも、なんとか発声を成した岡崎さんに、太刀川さんが関心とも呆れとも取れる一笑を漏らした。
虫の息と言って過言ではない状態の岡崎さんが、太刀川さんの刀を地面に突き刺し、杖代わりにして、ぐぐぐと重い身体を起こし上げる。岡崎さんから流れる夥しい鮮血が、橋を真っ赤に染めていく。
「感謝してほしいのは、こっちの方だ。人間様の為に、化け物がハンデつけてやったんだから。これでやっと、サシってもんだろ」
ふらつきながらも、二本の足を地につけた岡崎さんの服を握り、引き留めてしまう。岡崎さんは此方を一瞥することもなく、太刀川さんを見つめたままだ。
「岡崎さ……」
「後ろに居ろ」
「で、でも」
「居ろ」
「……」
「いいな」
「……はい」
手出しも口出しも無用。これ以上は余計で、寧ろ邪魔になると言外に言われた。
私の出る幕は、もう無い。大きめに三歩、後ろに下がる。
岡崎さんはわかっていたのだ。私の言葉は、もう太刀川さんには届かない。あの男と渡り合えるのは、自分だけなんだって。
ここからは、岡崎さんと太刀川さんの二人だけの不可侵領域だ。私は、そこに踏み入ることを許されない。
橋板を二本の足でしっかりと踏む岡崎さんに、太刀川さんが朱柄の刀を構える。
傷だらけに赤く染まった大きな背中が、一気に駆け出す。対する太刀川さんも、開ききった瞳孔に、歪んだ笑みを浮かべて、岡崎さんに斬りかかった。
太刀川さんの言っていた毒が、動く程、より酷く身体に回るのだろう。普段の岡崎さんを知っていれば、その動きはかなり鈍く感じられる。それでも、持ち前の身体能力の高さを総動員させて、間一髪のところで避けている。しかし無傷には済まず、太刀川さんが刀を振るう度に、岡崎さんの肉に刃が通り、時に暴力で痛め付けられてしまう。
一刃を免れたところを狙い、横面を勢いよく蹴られた岡崎さんが、口から血を吐き出す。よろめいたところを、すかさず太刀川さんが首を獲ろうとするが、岡崎さんはその一太刀を自身が持つ蒼刃で防いだ。
互いに拮抗し、刀同士の押し合い、そして睨み合いが始まる。限界まで鍛えられた得物達はカタカタと震え、音を鳴らし合っている。それは、本来己を振るうべき主人を、己が、ましてや他人の手に渡った状態で斬ってなるものかと、抵抗している様にも聞こえた。
「ひとつ聞く。なんでさっき、逆手に持ち替えた」
「アァ?」
「あのとき、確実に俺の腹を斬れた筈だ」
「お前にゃ言いたくないね」
「……」
「こちとら、ものっそい思い知らされてんだよ。お前は言ってもわかんねぇ利かん坊だろ。だから、物理で分からせるしかねぇ。PTA上等だよ」
どうせ理解しねぇよ、と岡崎さんが腹の底から声を出して、その勢いで太刀川さんを押し返そうとするが、太刀川さんは厭な含み笑いを深めるだけでビクともしない。しかし、岡崎さんの力に対抗する為に全身に気を張っているので、太刀川さんもまた、身体中の傷口から血を流している。刺青の龍が、血を纏い、激昂した。
「そんなナマクラで、俺を取れると思うな」
押し合いに岡崎さんが負けた。いや、違う。あれは、岡崎さんから掛けられていた力を流したのか。速すぎてよくわからない。
太刀川さんが刀の向きをずらしたことで、するりと刀同士が滑り交差する。岡崎さんの右目の死角に身体を潜り込ませた太刀川さんが、岡崎さんの首に刃を振るった。
首を獲られる。
確かに、刃は岡崎さんの首を掠めた。けれど、岡崎さんが身体を後ろに大きく反らして後転したこと、そして何よりも、白鷹組が岡崎さんに施した、あの首輪が、太刀川さんの刃から岡崎さんの一命を守ったのだった。
岡崎さんが、橋に溜まった水の上を飛沫をあげて滑りながら、いったん後退し、我武者羅に太刀川さんへ向かっていく。面白そうに待ち受けていた太刀川さんだが、すぐに無表情に逆戻る。
彼の目の前に、投げて寄越されたのは、太刀川さん自身の蒼刀だ。目前に迫ってきた刃先を瞬時に横に交わすも、太刀川さんが避けた右側に、岡崎さんが先回る。太刀川さんが咄嗟に右腕で対処しようとしたが、その身体に刻みついた瞬発力故に、彼は自身に右腕がついていないことを失念していた。
岡崎さんの拳が太刀川さんの頬を殴打した。かなり重い一発が、太刀川さんの上体を崩し、後退させる。しかし、そのよろめきすらを利用した太刀川さんが、倒れると見せかけて岡崎さんに足掛けをし、逆に転ばせた。体勢を立て直そうとした岡崎さんの髪を鷲掴み、勢いを入れた膝が、まるでサッカーボールを蹴り上げる様に、岡崎さんの頭蓋を打った。鈍く重い音は、こちらの頭まで痛みが伝染る。声にならない悲鳴と共に、無意識に自身の頭部に手を当てていた。
脳震盪を起こしている岡崎さんがよろめいた隙に、鹿部さんが打ち直した刀が、岡崎さんの左の肩口にめりこんだ。まるで、そこが、本来収まるべき台座であると言わんばかりに。
痛々しく、苦しそうな岡崎さんのくぐもった声が雨に伝って聞こえてくる。当然だ。なんせ、身体から刀が生えている様にも見えるのだから。
後ろにカランと落ちていた、本来の自身の刀を手に取り、太刀川さんがゆらりと腰を上げ、踞る岡崎さんに迫る。
けれど、今度は岡崎さんの方が一歩早かった。
鞘から刀を抜くのと何ら変わらない動作で、岡崎さんは自身の身体から躊躇なく、しかし、より深く抉られる激痛に咆哮をあげながら、刀を抜いた。そして、それは迫り寄っていた太刀川さんの横腹を、今度は確実に、完全に貫通した。
唇を噛んでジッと耐えていたのに、悲鳴が漏れ出る。
その光景は異様だった。衣類を介さず、生身のまま腹部を貫かれているというのに、太刀川さんは痛みを感じていないのか、寧ろ妖しげに、狂気的な笑みを深めるのみだ。
岡崎さんも動揺したのか、脳天目掛けて繰り出された一刀から逃れる為、太刀川さんに刺した刀を抜き去り、後ろに下がる。
傷の酷さ故に、くぐもった声を上げて蹲る岡崎さんとは対照的に、身体に穴が開いても、自分が居る場所に赤い水溜まりを作りながら、その場に立ち続ける太刀川さんの不気味さといったら、言葉に出来ない。
今やもう、岡崎さんと太刀川さんの立場が逆転していた。岡崎さんを化け物と罵っていた太刀川さんの方が、もう、余程。
「やっぱ、お前すげーわ」
いやマジで、と苦笑いで、息絶え絶えに岡崎さんが太刀川さんを見上げる。
口に溜まった血を無作法に吐き捨て、鼻血を雑に拭ったのは、岡崎さんではなく、太刀川さんだった。らしくもない仕草に、呆気に取られる。
「ぶっちゃけ、全然勝てる気がしねぇもん、色々と。志紀のことに関しちゃ、特に。一生敵う気がしねぇよ」
刀を杖代わりに、岡崎さんが煩わしく重そうに身を起こす。
「太刀川」
「……」
「悔しいけどさ、お前はすげェよ。そのぶっ飛びの潔さは、正直羨ましくなる」
「何が言いたい」
「ものの見事に、志紀しか眼中にねぇ。何でもかんでも、テメェと同じもんを志紀にも背負わせようとする。俺、無理なんだわ、それ。ぜってー出来ない」
「ぽっと出のテメェと一緒にすんじゃねぇ」
「わーってるよ。所詮俺は横入りだよ。当て馬ポジだよ。正規ルートにゃ敵いっこねーんだ」
「……」
「俺と違って、俺には届かねぇとこで、太刀川尊嶺って野郎は、あの女の……志紀の中に完全に棲みついてやがる。根深すぎて、塗り替えることも、追い付くことも出来やしねぇ」
「……」
「形振り構ってられるかって感じなんだろ。欲しいものの為なら、スーパーの餓鬼みてぇに駄々捏ねるもんな。一度手ェ出したら、ろくなことにならねぇって、十分知ってんだろうによぉ。それも承知の上で、客に掴ませるヤク、自分でやって感覚全部殺すわで、やるからにはとことんって、極端すぎるだろ」
「よく喋りやがる。もう身体が順応し始めたのか。化け物め」
「リミッター無ぇのかよ。死にてェのかよ、マジで。あ、違うか」
その心積もりはしてんだもんな、とっくに。そう、岡崎さんが呟くと、太刀川さんは視線を外し、岡崎さんから離れた少し後ろに立ち竦む私を、視界に入れた。
縮み混む心臓が逸り始める。深海の青に吸い込まれそうになる。引きずり込まれてしまう。
しかし、満身創痍の背中がゆらゆらと私の前に移動し、太刀川さんからの視線を遮った。
「だがな、道連れなんかにゃさせねぇよ」
「退け」
「やだね」
「退け」
「だから、言ったろ。俺はお前と違う。志紀を、そんなデロデロの泥沼に沈ませやしねぇよ。あいつ、泳ぎクソ下手なんだから」
「退け」
「聞いたぜ。お前の運命とやらは志紀なんだろ? 意外にロマンチストじゃねぇか」
「……」
「ただ、俺はな、運命だのなんだの、そういう曖昧なもんは信じてねぇんだ。そんなもんに頼るなんざ、ロクなことになりゃしねぇよ。出来レース……予定調和って感じも気に食わねぇ。どこの生まれともわからねぇ、偶然出会った男と女が、徐々に好い仲になってく方が、よっぽど浪漫あるわ」
だから、と岡崎さんは続けた。
「悪ィけど、お前の運命とやらは、俺が滅茶苦茶にしてやるからな」
雨が降る。しとしとと黄昏の空が涙を流す。私も泣いてるのかもしれない。けれど、頬に伝う涙も、この空が落とす滴が誤魔化してくれた。
ずっとずっと、永遠にも続くと思われた死闘の末。身が擦りきれようが、肉から骨が突き出ようが、限界を越えて、お構い無しに互いを殺しあった狼と獣が、橋の上に死んだように俯せに打ち倒れている。
先に微かな身動きを見せたのは太刀川さんの方で、咳き込みながら、なんとか四つん這いになって、転がっていた刀を、指を動かして手繰り寄せた。ふらふらと覚束ない生身の身体に刻まれた刺青の識別も、火傷と、多数につけられた刀傷で難しくなっていた。
「しき」
「……」
「しき」
何度も何度も私の名前を小さく呼び、まだ届く距離には居ないのに手を伸ばし、何度も空を掴みむ。頭から流れる血が目に入って、よく見えないのだろう。何度も瞬きをして、目を細めていた。折れた足を引きずって、息を荒くし、よたよたと橋を渡ってくる。こんな小娘に縋り付く疲弊した姿は、可哀想で痛ましくて、憐れとしか言えなくて。
目をすぐ下に向けると、岡崎さんが倒れたまま動かない。彼を中心に広がり続ける血は、真っ赤で、今も尚、その身体から垂れ流している。
「は……っあ、ぅ」
両手で顔を覆う。必死に抑えていたものが爆発した。どうやって泣けばいいのか、その方法すらもあやふやになって、妙な嗚咽になる。ぐちゃぐちゃになった顔を隠す手は、尋常じゃなく震えている。
膝から崩れ落ちた足は使い物にならない。ぺたんと地に根付いてしまった。
血を払う音が聞こえて、緩慢に手を下ろす。べちゃりと汚い分泌液がたくさんついていたけれど、すぐに雨が洗い流した。
顔を上げると、残った一本腕で掴んだ刀を、太刀川さんが私に向けていた。太刀川さんの少し後ろには、彼が越えてきた岡崎さんが横たわって、無惨に雨に打たれている。暖かい水が、私の目から新たに零れ落ちる。
「しき」
フラフラとあちこち歩き回る小さい私を呼び寄せたときの声色で、私の名前を口にするのに、同じなのに、何も変わっていないのに。
上体を前屈みにして、目を閉じて俯く。はたからみれば、男に降伏した女が、首を差し出している様に見えるのだろう。さしずめ、供物として捧げられる生け贄だ。
神様が居るのなら、彼か彼女か、私に判断を下したのだろう。太刀川さんが良しとするやり方で、この男性に命を捧ぐことこそが、これまでの私の行いに対する贖いなのだと。これが、運命の結果だった。
「諦めんなっつったろが」
いつまでたっても降り下ろされない刃と、その声に、ハッと顔を上げる。私を何度も包み、安心させてきた匂いが、すぐ目の前にある。
私に向けられていた刀を、その手で直に鷲掴んでいる。あと一息というところで邪魔が入り、忌々しいと、顔を怒りで歪ませる太刀川さんの顔を、岡崎さんが殴り飛ばした。
再び、私から強制的に距離を離された太刀川さんは、上体を起こし、立ち上がろうとするが、咳き込みが酷くなる。やがて、咳嗽と共に、血を吐き始めた。その様子は床に伏せ、苦しみにもがく患者と変わらない。
ずしゃりと崩れ落ちたのは岡崎さんも同じだ。整わない呼吸を落ち着かせる為に、大きく息を吸って、身体を揺らしている。様子を窺いながら、ほんの少し小さくなったその背中に手を当てる。私を庇う為に傷を負った掌を、そっと握る。
「お、岡崎さ、おかざ、わ、私、てっきり、もう」
「志紀」
「はい、はい。なんですか」
「あのとき言おうとしてたこと、教えてくんない」
「え……」
「やっぱ、気になって。ずーっとモヤってんだよ。魚の小骨が喉に引っ掛かってる感じ」
ぎゅう、と繋いだ手に力が込められる。じわりと、私の手が岡崎さんの血で滑る。ぬちゃりと混ざりあう血の音が厭に響く。
「だめ……」
「いいだろ? な」
「だめ」
「俺とお前の仲だろ」
「だめです」
「なんで」
いつの間にか絡み合う様にして繋ぎ直されていた手は、強固に結ばれていて、私が見つめていた筈なのに、いつの間にか、岡崎さんの方が私の顔を間近で覗き込んでいた。息がかかる位、近く。
「志紀。俺さ」
「……」
「今度こそ、ちゃんとした意味で、ヒーローになりたい」
「……?」
「誰かのじゃない。俺と出逢ったお前が憧れたヒーローの俺とやらに、今度は、誤魔化しも偽物も無しで、俺がちゃんとなりてぇの」
「……」
「メッチャ、こっ恥ずかしいこと言ってる自覚はある」
「そんなことない。はずかしくなんかない」
「そう?」
「でも、やっぱりだめ」
「なんでだよ。ケチケチすんなよ」
「もう岡崎さんは、岡崎さんだけは、私に縛られないでほしいから」
「……」
「居なくなろうとしてる人間に、自分の人生掛けちゃだめです」
「ぐだぐだうじうじ、難しいこと、ちっせぇ脳味噌で考えやがって。何も変わってねぇな、メンヘラ娘」
「な」
「人が必死の思いで決めた進路に、イチャモン付けてんじゃねーよ」
「進、路」
「どうせ、俺が太刀川と同じ轍を踏むことになるかもしんないから~、とか考えてるんだろが。い、いやまぁ、ちょいちょいフラグは立ってたから、不安になるのはわかるけどね。結構綱渡りなとこあったけどね」
「……意外と、まだ余裕だったりしますか。岡崎さん」
「馬鹿言え。初めての感覚に全身痛いわ。大声出してわめき散らかしたいわ。涙ちょちょ切れそうになるの、ヤセ我慢してるわ」
「……」
「俺のクソデカ感情も舐めんなよ。俺は刺青野郎みてぇに、惚れた女、進んで泣かせる小学生男児な真似はしねぇ」
だから、と岡崎さんは私に、提示しろと促す。本当はあのとき、私が何を言おうとしていたのか気づいている癖に、私の口から言わせようとする。
やっぱり、このひと、意地悪なんだよ。いじめっこ気質あるよ。ひどい、ひどい。私、絶対に言うまいと思っていたのに。やめてと言っても、知ったことか、と簡単に蓋を開けてしまう。
未だそれを口にすることに抵抗を試み、震える唇に指が添えられる。ほんのりと血の味がした。
首を振り、ぼろぼろと涙を流す私の額に、岡崎さんが、自分のおでこをこつんと合わせる。額を優しく擦り合わせながら、志紀、と優しすぎる声で促される。壊れ物に触るみたいに、慎重な手付きで頬に添えてくるその手は暖かい。
「わかった」
やっとの思いで口にした私の言葉を、このひとはアッサリ、一言で享受してしまった。スーパーで牛乳と卵を買ってきて、わかった、の軽い内容じゃないのに、全く同じトーンで岡崎さんは受け入れてしまう。
「わかったから」
泣くな、と涙を拭われる。一度吐き出してしまうと駄目だった。とんでもないものを、私は結局、このひとに背負わせてしまうことになった。ブサイクな泣き顔だと揶揄されようが構わない。むしろ罵ってくれ。身勝手な女だと罵倒してくれ。
「お前が大事にしたいと思ってるモンごと、俺が守ってやる」
「あ、うぁ、っう」
「それが男の甲斐性ってもんだろ」
「ごめん、なさ、ごめんなさい。ごめんなさいおかざきさ、っひ、ごめんなさ」
「謝んな。いいから」
「うぇえん」
「泣き方変わんないね、お前。汚な。女捨てすぎ」
「く、ぅ、っひっく」
「調子狂う。笑え」
「っ」
「笑え。俺も頑張るから」
両頬を、些か暖かいを通り過ぎた熱い手に包まれ、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を上げさせられる。びょーんと左右共に引っ張り、頬肉の感触を楽しむ岡崎さんの手の血に頬が染まり、真っ赤になっちまった、と岡崎さんは困った顔をして笑った。
ぐ、と下唇を噛む。耐えて耐えて、踏ん張って、息を止めて、震える口角を上げた。ぎゅっと瞳を閉じて、零れそうになる涙を引っ込ませようとしたが、難しい。
こんな下手くそな笑顔があるか、と鼻をきゅっと摘ままれる。けれど、岡崎さんがいつも通り、緩く笑って見せるから、どんなに下手と言われようが、このひとが望んだものを返すしかない。岡崎さんは、ぽんぽんと私の頭を撫でくれた。
お腹の傷を抑えて、ふらふらと覚束ない足取りで、安定せずに倒れそうになりながらも、やっとのことで立ち上がった岡崎さんが、咳き込み踞っている太刀川さんの前に立ちはだかる。身を起こすのだけでもいっぱいいっぱいなのに、この道は通さないと、刀を真っ直ぐ横に翳すことで示していた。何度倒されても、歯を食い縛って立ち上がり続けてきたその背中は、とてつもなく頼もしくて。
「志紀」
「ズビ、はぃ」
「俺はここまでだ」
「……」
「行け」
「おかざきさん」
「何が聞こえてこようが、途中で振り向くなよ。その瞬間、俺はお前を此所に留まらせるからな。こちとら、必死で抑えつけてんだ」
常に誰かを、私を、守り続けてきた男性。それは、このひとが過去に犯してきたことに対する贖罪故の行動なのかと、時折思うことがあった。けれど、今は、この瞬間だけは違う。まごうとなき、岡崎さん自身の意思だった。
その背中に手を伸ばし、後ろから抱き締める。ビクリと震えた大きな身体は、見た目に反して、小動物みたいな反応だ。
「岡崎さん」
「……」
「忘れてくれていいんです」
この人にしか聞こえない声量で、小さく呟く。背中に張りついた私の発言に、岡崎さんが息を止めたのがわかった。
山に咲いた桜が雨に打たれて、花弁がいくつか、橋まで風に吹かれて飛んできた。ひらひらと回転しながら落ちていく薄桃の花は、雨滴に光る渡月橋を淡く彩る。
「もしも、かけがえの無い、一生を捧げたいって思うひとが出来たら、大事にしてくださいね」
「……」
「そのときは、私のことは忘れて」
「忘れねぇよ」
岡崎さんの胴に回した手が、きつく握られる。離さないと言わんばかりに。痛い程に。
「お前が忘れても、俺はぜってェ忘れてやらねぇ」
後ろに居る私を見下した岡崎さんの横顔は、悪戯っ子で、自信に満ちた余裕ある笑みを見せた。
心臓が跳ねた。完全に、撃ち抜かれたのだと思う。
「岡崎さん」
「……」
「だいすきです」
ずっと言おうと思ってた「さよなら」だけは、どうしても声に出せなかった。
ぽかんとした間抜けな顔のまま、それを口にして、ぽろ、とまた新しい水滴を一筋流した私に、岡崎さんは口角を上げるだけだ。
繋いだ手が、名残惜しそうに離れる。それが最後だった。
この世に生きるものを全て殺し尽くさんと、憎しみと怒りに溢れた表情で立ち上がった太刀川さんの姿が、じりじりと近づいてくる。
刀を盾に、太刀川さんに対峙した岡崎さんが強く声を張り上げる。
「行け! 志紀!!」
「岡崎ィッ!!!」
岡崎さんが、獣染みた雄叫びをあげながら、真っ向から一直線に、太刀川さんに向かっていく。太刀川さんも、怒気の含まれた咆哮と共に目を血走らせて、刀をぶつからせた。どちらかの得物が折れてしまうのではないのかという鈍い音がした。
拮抗する力に、至近距離で向かい合う両者。太刀川さんは、もう冷静を喪い、型もへったくれもない、遮二無二に殴る蹴るなどして、岡崎さんをどうにか押し退けようとする。明らかな動揺が見てとれる。手のつけられない野獣に成り果てていた。しかし、それを押さえ付けようとする岡崎さんは、駄々を捏ねて暴れまわる子供を諌めるそれに似ていた。
形振り構わず、何としてでも岡崎さんを斬り捨てようとする太刀川さんだが、岡崎さんは太刀川さんの手首を捕まえて、刀の切っ先を自らの腹にズブズブと埋め込ませた。柄の辺りまで貫通させた刀は簡単には抜けない。岡崎さんが太刀川さんの手首ごと掴んで、固定させているからだ。捨て身とも言える。己を鞘にすることで、太刀川さんの動きを封じたのだ。
これに顔色を更に変えたのは、太刀川さんだった。岡崎さんはこれ以上、太刀川さんを傷付けようとすることもなければ、ただ足止めの手を全身全霊で徹底してくる。つまり、今の岡崎さんに一切の迷いがない。付け入る隙が完全に無くなった。
戸惑いの青に染まった太刀川さんの目が、私を捉える。ゆっくりと後退る私に、太刀川さんの表情が焦りに変わる。いつだって飄々とした太刀川さんが、今まで見たことのない感情を剥き出しにしていた。
「まて、しき」
「っ」
「志紀、行くな」
また一本足を下げると、今度は怒号が飛ぶ。びくりと反射的に足が止まる。けれど、けれど。開きかけた口をぐっと閉ざす。噛みすぎた唇が切れて、血の味が広がった。
「志紀!!!」
岡崎さんの赤いコートが翻る。背を向けた途端、行くな。こっちに来い。巫山戯るな。殺す。殺してやる。お前は俺と逝くんだ。俺を置いていくなと、後ろから留まることのない呪詛が振り掛かる。
時に、太刀川さんが、私に使ったことのない、そもそも太刀川さん自身もそう使うことのない、言葉にするのも憚れる品性の無い蔑称すらも飛んできた。
外聞もプライドも、何もかも全てをかなぐり捨て、私を自分の元に留まらせようと必死になっている。地獄に垂れる蜘蛛の糸を掴みとらんと、必死に。
ドクドクと破裂しそうになる心臓音が、私に後ろを見ろと急かす。ゴキュリと飲み込んだ生唾。足が、引き返そうと小さく動くその寸前だ。
「振り向くんじゃねェ!!」
その声が私の意思を留めた。
「走れ!! 何度転けても、足が引き千切れそうになっても! 這いずってでも走り続けろ!!」
暗澹とした空気を切り裂くのは、血反吐が出そうになるほど大きな声。しっかりしろ、と冷水をかけられた気分だ。
「志紀!!!」
私の名前を呼ぶその声が発破となり、私の背中を押した。
橋の上を走る。上手く力が入らず、ガクンと折れてしまう足を奮い立たせて。背後から聞こえてくる叫び声も、呼び声も、全部全部聞こえないふりをした。雨のお陰で川の流れが早くなり、水音が激しくなっていたのも助けになった。
雨で滑りが良くなった渡月橋は、私の足を浚い、平伏せさせる。それでも、足を前に進めなければならない。手摺にしがみつき、腰を上げて、土塊でシラユキさんの着物が泥々になっても、今は、ただ前へ。ただ真っ直ぐ、橋の向こうで待っている場所を目指して。
不思議だと思う。えらい形相で、不安定なフォームで走り抜ける女など、怪しい以外の何者でないし、敵方の組の人間と疑われても仕方ないのに。誰も彼も、私に声を掛けることはしなかった。通り過ぎるすぐそこでは、明らかに抗争の真っ只中だというのに、彼等は私の存在に気付いていない様だった。
人生でこんなに走るのは、これで最後だろうな。だって、もう足の痛みも通り越して、感覚がない。赤い靴を履いた少女が躍り狂うのと同じで、別の生き物みたいに足が勝手に動いている。走ったりは控えて、とお医者様に言われていた。無理をしたら、もう歩けなくなるかもしれない。そうまで通告されていた。けれど、構わない。今走らないで、いつ走るの。
あの賢い子犬の導きはない。ひとりで進まねばならない。
けれど、嵐山の坂道はそう簡単に私を通してはくれない。またツルリ、と雨に濡れた道の上に足をとられて、盛大に転倒する。
「いた……」
グスグスと鼻を啜り、泣きべそを誤魔化す。その際に霞めた匂いに顔を上げる。
「……帽子屋?」
瑞々しい薔薇の香り。彼が好んでよく付けていた香水の匂いだ。キョロキョロと見渡すも、争いに身を興じる人ばかりしか見えない。
その拍子に、炎が上がるそれに気付いてしまった。知らない方が、まだ思い出のなかの幸せは死なずにいたかもしれない。
もう少し登ったところの、オルゴール館があるだろう場所。その一帯が赤い炎に包まれて燃え盛っていた。まさに火の海。
そこら中で、交戦による小火は多いけれど、あそこまで酷くはない。事実、火が燃え移る早さが尋常でなく、逃げろと下ってくる人達が多い。
太刀川さんが密かにひとり、守り続けてきた思い出の場所も失せてしまう未来だった。なんと残酷なことか。やるなら徹底的にやれ、ということなのだろうか。
私という存在が居た痕跡を、太刀川さんに残すなと、天が告げている様だった。言葉に出来ない思いに胸が渦巻き、呆然と立ち尽くす私を、再び薔薇の香りが包む。
「うん。うん、行くから。ちゃんと」
何を見ても、何があっても、他でもない私の為に、これだけは貫くから。
袖部分で勝手に溢れ出た涙を拭い、バシンと両頬を叩く。大きく息を吸って吐いてを繰り返して、気持ちを落ち着かせる。その間もボロボロと涙は流れてくるけれど、これは雨だと気付かないことにした。
着いた。着いてしまった。
「(何も変わってない)」
焼け落とされ、朽ちた寺模様も、腐り落ちた天龍寺の看板も。枯れた木々も。うすら寒い風に運ばれる消し炭と埃っぽさも。静けさも、寂しさも。すぐ左手にあるお庭の玄関口も、その向こうも、荒れ果てたまま。
門の前には、死体がたくさん転がっていた。散り散りになった部位がたくさん。未だに血を流し続けているものから、既に白骨したものもあって、年期は様々だ。異臭が漂っていた。
「ジャック、いるの?」
まだついて回っている。どこからか漂ってくるんじゃない。私の傍にあるから、常に芳醇な薔薇の香りがする。鼻をつんざく異臭のなかにも、ジャックの存在感はハッキリとして、お陰で、吐き気の誘発を防いでくれている。
「ジャック?」
天龍寺のチケット売り場になっていた入り口を覗きこむ。誰も居ない。勿論返事もなかった。
恐る恐る中へと足を踏み入れた瞬間だ。境界の様に、今まで聞こえていた外の喧騒と匂いがフッと途切れた。叫び声も、発砲音、爆発音も、死臭も、何もかも全てが消え失せた。聞こえてくるのは、庭にある池の頼りないせせらぎと、山の木々の囁き、桜咲く木々の間から聞こえてくる鳥の声。
同時にガクンと身体が崩れ落ちる。負傷していたとしても、嘘みたいに動いていた体は、事切れた様に、重力に逆らえず床にひれ伏した。散々無理をして走り回ったツケが、突然にやってきたという感じだ。ゼェゼェと、まるで長時間マラソンをした後みたいに呼吸が整わない。
天龍寺の中に一歩踏み入れただけ。それだけだ。それだけで、突然に身体が本来の心身の疲労を訴える。
先程まで私を包んでいた薔薇の芳香も失せたことに気付く。帽子屋が居なくなって、遂にひとりになってしまった感覚に陥る。似ている。館の友人達、そして、先生とお姉ちゃんが消えてしまったときと。
ぐ、と踞ったまま拳を握る。何が起こっているのかわからない。ジャックまで、まさか消えてしまったのだろうか。でも、彼は先生達とは違うと、自分で言っていた。
「(駄目だ)」
今は自分のことに集中しなきゃ。全てが無に帰してしまってはいけない。それだけは絶対に。
不安で押し潰されそうになって、動けなくなる。大丈夫、ジャックはきっと大丈夫。きっと、いつもみたいに忙しくしてる。だから、ちょっと様子を見に来て、あとは私1人で何とかなるって考えたから、彼の言うお仕事に戻っただけ。
「大丈夫、だいじょうぶ、きっと」
そう自分に言い聞かせないと、喪うことへの恐怖で立ち上がれなくなる。もう一度顔が見たいなんて言わない。もう、二度と会えなくても構わないから。無事に生きていてくれたら、もう、それで。
足に多大な負荷をかけたせいで、ガクガク痙攣している。もう使い物にならない。なんとか履き物は脱ぎ捨て、腕の力だけで身体を引きずり、かつて私がこの時代にやってきたときに佇んでいた、大方丈の縁側を目指す。
傷みに傷んだ床を、匍匐前進で何とか進みきる。時折、板のトゲが刺さって皮膚を痛め付けた。重い身体を起こし、ボロボロの畳の上に座り込む。
二十四畳三間の続き部屋。広い縁側から眺める曹源池庭園。枯山水。枯れた池に雨が降り注ぎ、水が貯まって水面が揺れている。桜咲く山の前、静けさの中に佇む回遊式庭園。朽ちてはいるけれど、以前訪れたときよりも緑は戻り、元来の美しさが戻りつつあった。山に沈み行く夕陽は、天龍寺を陰らせていく。
「は、はは……」
紅葉美しい季節、この場所で私から取り交わした約束を反古にした。見捨ててしまった。一番大事にしたいと、のたまったくせに。
ほろ、と頬を涙が静かに伝う。留まることなく、静かに。
日が沈み、夕闇が近付く。蝋ひとつ灯らない天龍寺がどっと暗くなる。遂に完全な夜に包まれた。自分の姿も見えなくなる程の暗闇に、私の姿も溶けていく。
凄まじい眠気に襲われ、一瞬で落ちてしまいそうになる。身体に力も入らなくなって、眠るまいと目の開閉を繰り返して耐えるが、その努力も叶わず、瞼が落ちる。ガクンと傾いた身体は、糸が切れた人形の様に、腐り傷んだ畳の上に叩き付けられる。結構すごい音がした気がするけれど、痛みは感じなかった。
横になった状態で、目の前の景色を眺める。夜目に慣れたお陰で、うっすらとだが、庭園の輪郭は把握した。
暫くぼんやりと見つめて、頭がふわふわになり、ごくごく自然に、とろんと視界が真っ暗になった。
ワンと私の近くで、穏やかに鳴く犬の声が聞こえた。
ペチペチと頬を叩かれながら、聞こえてきた訛り言葉。お香と、そして雨に濡れる木の匂い。湿気。
「……い、おい! あんた、いけるか。話せる?」
「ひどい血塗れや。救急車呼んで。あと警察も。はよ!」
ピクピクと震える瞼をこじ開ける。ぼやける視界に何度か瞬きをしても、まだはっきりとしない。
「あ、あぁ。良かった…。目ぇ覚ました! 覚ました!」
「大丈夫、聞こえる? 自分が誰かわかる?」
ぐにゃぐにゃの輪郭がやがてはっきりとした線を描いていく。警備服を着た壮年のおじさんと、作務衣を着た、頭の丸い御住職様だった。
は、は、と小さい呼吸を繰り返し、軽く頷いてみせる。お二人は安堵した顔で、私に起き上がることが出来るか尋ね、私の背中に手を添えて支えた。お手伝いさんと思われる妙齢の女性が、バタバタと廊下を駆けてきた。
「警察と救急車に電話しました。すぐ向かうとのことで」
「ありがとう。お嬢さんも、今意識が戻ったみたいでな」
「しかし、ひでぇ。こんな血泥まみれでアンタ。怪我は? 痛いとこは?」
パチパチと瞬きを繰り返して、辺りをゆっくりと見渡す。
立派な木造建築は、きちんと整備・手入れされ、火事の痕は勿論、酷い劣化は見られない。御住職様と同じ、落ち着きあるお香の匂いが辺りに漂っている。
少し奥の方を見れば、ズタズタに切り裂かれ、もはや見る影も無かった筈の雲龍図が健在で、己を見つめるもの全てを、その鋭い眼差しで睨み付けていた。
庭に顔を向ける。遠くでゴロゴロと真っ暗な空が唸り、やがて、その怒りを地に落とした。轟音が鳴り響く。しとしとと降っていた雨が、途端にバケツをひっくり返した様な豪雨になる。
バシャバシャと水を打つ音は御池からで、波紋の広がる水面には、辛うじて錦鯉が泳いでいるのが見えた。石畳も、間違っても踏み荒らすことはなかれと、きちんと整えられている。
風向きは此方らしく、私達が座り込む縁側にまで雨が入り込んでくる。大きく吹いた風が冷たい雨粒を運び、私を嗜める様に、容赦なく濡らした。
庭園の背景にある満開の桜に覆われた山は、風に吹かれ、身体を揺らしていた。
見覚えのありすぎる、ありし日の天龍寺の姿が此処にあった。
「あ、アンタ、ちょっと」
警備員さんの、大丈夫? の問い掛けに返事は出来なかった。
身を切り裂く金切り声に近しい叫び声を張り上げて、上体を倒し、畳の上に踞り、唐突に泣き叫び始めた不審な娘に、皆が戸惑っていた。わぁわぁと外聞も気にせず、血塗れの姿で、子供みたいに泣き叫ぶ姿に、何かしらの想像をしたのだろう。真っ先に私に近寄ったのは、先ほどの女性のお手伝いさんだ。私を慰める為に「大丈夫、大丈夫よ。もう怖くないからね。もうすぐ、警察も来るからね」と静かに囁き、背中を擦り続けた。パトカーのサイレンの音が聞こえてきても、ずっと。
「本当に遠阪志紀さん……で間違いないね?」
救急車の中で応急処置を受けながら、お巡りさんの質問にコクンと頷く。
「ははあ、こりゃ驚いた」
お巡りさんの隣に居た男性が、顎を撫でながら目を丸くし、戸惑いがちに感想を述べた。お巡りさんと違い、私服を着たこの男性。何となく、ベテランさんだと思った。少し神経質そうな壮年の男性は嗄れた声で「あぁ、失敬」と遅れて見せてもらった警察手帳には、仏頂面の写真と共に『警部 瀧島光秀』と記されていた。
ちょんちょんと、頬に貼られたガーゼに触れてみる。救急隊員の方が掛けてくれた毛布を手繰り寄せた。ちら、と救急車の中から外の様子を伺うと、慌ただしく天龍寺内を警察や関係者が駆け回っていた。現場検証が始まるのだそうだ。
「歴史に名を残す、世紀の大事件だもんで。神隠しから唯一帰ってきた人間とあっちゃ、そりゃあ」
「……」
「少しでも話せそう? 何処で何してたのかとか、誰と一緒に居たのか、そこんとこ聞かせてもらえると有難いんだけども」
頷き、声を出そうとするが、上手く発声出来ない。おかしいな。さっきは、あれだけ叫べたのに。
やりとりを見守っていた救急隊員の方が私の代わりに「おそらく、ショック状態なんです。無理をさせないで」と刑事さんを嗜めた。戸惑う私に、刑事さんは「じゃあ、いいよ」と手を振る。
「そのナリだし、大変な目に合ったってのは良くわかりますから。今は重要参考人が見つかったってだけで、万々歳でね」
「……」
「あぁ、私ね、この関連の事件を担当してまして。とりあえず救急車で病院行って、ちゃんと診てもらって、暫くは休んで。保護者の方にも連絡は入れたし。遠坂さん、関東の生まれですよね。とりあえず、誰かしらが京都まですぐ来てくれるってんで、一緒に病院向かってもらって。詳しい話は、後日、こちらから伺いますから」
救急者の扉が開かれる。酷い雨景色を背景に覗きこんできたのは、もうひとりの救急隊員の方で、困った表情をしていた。
「刑事さん、外、何とかしてくれませんか。マスコミが大勢押し掛けてきとって、これじゃあ車出せんで」
「あ? もう? まぁ、こんだけ大掛かりなことしてりゃあ嗅ぎ付けるか」
「誘導の方、お願いしますよ。野次馬まで出てきよってからに」
「はいはい。すぐ連携取らせます。それじゃあ遠坂さん、後日病院に改めて伺いますので」
頭をかきながら、救急隊員のふたりとお巡りさんを連れ立って、一緒に出て行ってしまった。ひとり車に残され、若干乾いた前髪から未だ垂れ落ちる滴を見つめた。
毛布を肩に掛けたまま救急車のドアを開く。ザーザーと地面を打つ雨は、まだその勢いを衰えさせない。再び雨に濡れることも厭わず、車から降りて、少しだけ歩いて池に近付く。パトカーや救急車の赤色回転灯が、水面に反射して光っている。庭全体がライトアップされたみたいだ。
顔を上げると、冷たい雨が私の頬を濡らす。ほぼ、シャワーを浴びたのと同じ状態になった。
辺りの喧騒が気にならない。雨雲の中でも見え隠れする朧月夜の下、雨風で吹き荒れる山桜をただ眺めていた。
すると突然、私の上だけ雨が落ちてこなくなった。代わりに聞こえてくるのは、頭上でパタパタと雨粒が弾かれる音。
「おかえり」
隣からの声に顔を横に動かす。見上げると、男の人が黒い傘を私に翳して立っていた。寝癖のついた髪は真っ白で、少しばかり伸びた後ろ毛は雑に一つに纏めていた。顔の下半分はマスクに覆われている。日本人とは思えない赤い瞳が私の様子を伺っていた。
いつまでたっても返事をせず、視線を返すだけの私の反応を気にすることなく、男性は先程の私と同じように山の桜を見上げ、もごもごとマスクを動かし、喋りだした。
「お父さんから連絡貰ってね。俺のこと覚えてる? 速水っていうんだけど。君のお祖父さんの教え子で、一回だけ会ったことあって。……まぁ、ちっちゃかったからな。忘れてても無理ないか」
「……」
「たまたま京都に出張で俺がこっちに居たから、頼られて。もうこんな夜中だし、お父さんも、すぐには関西まで飛んではこれないだろうから。まぁでも良かったよ。見つかって」
頑張ったな、と濡れた頭をぐしゃぐしゃに撫でられる。男性は、持ってきていたリュックから小瓶を取り出した。瓶の中にはオレンジ色の丸い飴玉が入っている。瓶からひとつ飴を取り出し、私を迎えにきたという男性が、何も言わず、さりげなく私に差し出した。
中々飴を取らない私に、男性がひとつ包装を解き、私の口元にオレンジ色の玉をくっつけた。
「はい、お口あーん」
マスクの下では口を開いてるのかな、なんて考えていると、反射的にうっすらと開けた口に遠慮なく放り込まれる柑橘の味。じわりと広がるその味はどこか懐かしい。
初めてじゃない。この、ポツリポツリと大事にしていたものが落っこちていく感覚を、私は一度経験している。
「今は、何も考えずに休むんだよ」
曇っていく思考。舌が飴玉を転がすその度に、ゆっくりと何かが抜け落ちていく。優しく、そして丁寧に。
男性は傘を差し出てくるが、私は呆然としたまま、いつまでも受け取ることが出来なかった。マスクのせいで表情が読み取りづらい人物ではあるが、その目が三日月になって笑っているのだとわかる。
「人払いに少しかかりそうだな。俺は救急車の中で待ってるよ。お父さんにも連絡して、早く安心させてあげないと」
「……」
「落ち着いて、気が済んだら、車戻ってこい。いつまでも突っ立ってちゃ、風邪引くからな」
それだけを言い残して、ハヤミと名乗った男性は、黒い傘を持って背を向けて歩いていく。びちゃびちゃと彼が歩く度に音がするのが気になって振り返る。こんな雨の中なのに、裸足にビーチサンダルだった。泥が跳ねまくって、ズボンの裾を汚している。そんなことは気にしないタイプなのだろう。べちゃべちゃ鳴らしながら救急車の扉を開け、軽くサンダルの泥を落としてから、ハヤミさんは中に入り込んでいった。
後ろ姿を見送って、池を眺めながら飴を舐め終わると、コツリと、毛布の下に羽織った蘇芳色のコートのポケットに、何か入っていることに気付く。まさぐると、固いものが当たった。
ゆっくりと取り出してみると、精巧な造りの宝石箱が現れた。色とりどりの石が埋め込まれた綺麗な箱。どうして、いつの間に、と物凄く驚いた。
少し振ってみると、カランと中で転がる音がする。中に何か入っている。
勝手に動く手は、カチリカチリと迷いなく仕掛けを解いていく。まるで、最初からこの箱の開け方を知っていた様に。
中で錠が外れる音がした。ドクドクと逸り始めた心臓は緊張からくるものだ。
蓋を開けようとする手が震えるのは、濡れ鼠になった身体が寒さを訴えているのか、それとも、ほんの少しの恐怖か、信じられないという気持ちと期待からか。
怖々と蓋を開ける。琴線に触れる音楽が流れ始めた。そういえば、これはオルゴールだったなと思い出した。
宝石箱に秘匿されていたものが暴かれる。小さなものがひとつ。雨滴に濡れてしまったそれを手に取る。
輪にうっすらと文字が刻まれた、黄金の指輪だった。
それを目にした瞬間、どうしようもない切なさとやるせなさに胸が締め付けられ、勝手に零れ落ちる涙が、洗礼の雨によって溶けていく。
ぎゅう、と大切に手のなかに閉じ込めた指輪は、あまりにも重い。
この宝石箱を開けられるのは、ひとり。いや、もうひとり居た……筈。私が度々、この宝石箱の仕掛けを解くところを見ていただろうひと。器量の良い彼なら、ひとつひとつの手順を覚えることなど、きっと造作もなかった。
一層強い風が吹いて、視界に臼桃色の花弁がいくつか落ちてくる。庭と山をもう一度見上げると、唸るような一風が桜の木々を揺らし、そして散らした。
その散り様の儚さと美しさといったら。雨に混じる濡れた桜の花弁は、桜吹雪の様に、天龍寺と、その庭へ、艶やかに降り注ぐ。その桜の散り際は、いつか見た日の風景によく似ていた。大きな桜の木の下で縛られ、うずくまる男の人が頭に過る。
雪のように頭上に舞い落ちる夜桜の花弁を見て、傘があればいいのに、と思った。黒でも白でもない、青い傘が。そしたら、彼に差してあげられるのに。
山の向こうで日の出が上がる。朝焼けが、空を紅黄色に染め始める。長い長い夜が明けようとしていた。
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