玄関フードの『たま』

第二話 命の代償

９

　次の日の朝、同居人の男の人が新聞を見ながら女の人に声をかけた。
「なぁ、七年前にそこの中学校から飛び降りた男の子いただろ？その子、きのう植物状態から奇跡的に意識が戻ったんだってさ」
「すごいね！朝から奇跡の話で盛り上がれるって、私たちもちょっとツイてるかも」
出窓のクッションの上で聞いていた僕は、傑くんのことだと一人で納得していた。
　僕に話してくれたことがきっかけだったとしたら、傑くんの奇跡の役に立てたってことだ。早く海老蔵に知らせてあげたいけれど、こういう時に限って彼はまだ縄張りのパトロールから戻ってきていない。別に飼い猫じゃないから戻るって言うのも変だけど、何と間が悪いというか・・・、でも、彼はそういうどこか笑える猫だ。
「でも十三歳で脳死になって、二十歳で生き返るってどんなだろうね。まるで浦島太郎状態。びっくりするだろうなぁ。でも、ご両親は嬉しいだろうね」
「中二で二十歳なんて大変かもね。自殺しようとした動機とか根掘り葉掘りいろいろ聞かれるだろうしね。あの時いじめがあったんじゃないかとか、家族や教育委員会、ネットとかでもいろいろ言われていたからね。現実に耐え切れなくなって、もう一度死にたいって思わなきゃ良いけど」
そう言いながらも、二人とも嬉しそうだ。
　七年間死ねない恐怖と地上にぶつかる恐怖、身体中の痛みに耐えていた傑くんだから、乗り越えてきっと立派に立ち直って生きていけると思う。僕はそう信じている。
　ところで、生き返る前に傑くんが言ってたけど、
「また来る」
って言葉、生き返って忘れちゃってないかな。本当に来てくれたら、抱っこが大嫌いな僕だけど特別に大サービスしちゃうんだけどな。
　そう思いながら小春日和の日差しを受けて、クッションの中で僕は寝返りを打った。
　今日も良い一日になりそうだ。