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第二話 命の代償

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 モヤモヤした感じで塾に通っていたある日、いつものように僕は最終に乗っていた。一両編成の電車にはいつも僕を含めて数人しか乗っていない。その日は僕の他に二十四~五歳ぐらいの女の人が一人乗っているだけだった。
 女の人は結構な量のお酒を飲んでいたんだと思う。顔色は普通だったけどアルコールの匂いが向かい側の座席にいる僕のところまでしていたからね。女の人は座席の端っこに座りながら、両足を前に投げ出して眠っていた。
 僕はいつものように駅に着くまで参考書を読んでいた。僕の降りる駅まで後三分ぐらいになった時、電車がガクンと大きく揺れた。その時、女の人はもたれていた身体が反対に揺られて、座席の上に横になるような姿勢になった。その拍子に前に投げ出されていた足が大きく開いた。女の人は短めのスカートを穿いていたから、僕のところからはスカートの中が丸見えになってしまった。それでも女の人は眠り続けている。女の人は肌と同じ色のストッキングを穿いていたけれど、そこから白いパンツが透けてしまっていて、僕の座っているところからでもはっきりと見える。
 僕は見ないように頑張ったけど、どうしても目がそこにいってしまう。心臓の鼓動が速くなり、ドキドキと大きな音を立てている。僕はその音が女の人に聞こえてしまわないかとヒヤヒヤしながら向かいの座席に座っていた。今までスカートの中なんて想像もしたことがなかったし、見たいなんて考えたこともなかったから、どうして良いのかわからないまま僕はその場所に座り続けていた。参考書を見ようとするけれど、頭と目はスカートの中を意識してしまい、全然文字が読めない。僕は駅に着くまで理性と戦い続けなければならなかった。三分間がこれほど長いと感じたことは今までなかったな。
 駅に着いてからも女の人は相変わらず眠ったままだ。僕は電車の出口に向かう途中で女の人のスカートが見えない方向から肩を揺らして女の人に声をかけた。
「もしもし、駅に着きましたけど、ココで降りる方ではないですか?」
二~三度揺らして女の人は頭を上げて、周りを見回した。
「ン~、ココじゃないわ。でも、起こしてくれてありがとう」
女の人は僕がスカートの中から目が離せないでいたことなんて全然気付いていないようで、髪の毛をかき上げて僕の方を見て笑った。その時、アルコールの匂いに混じってほのかに香水の香りが漂ってきた。普段はその香りに包まれて生活しているんだろう。どんな会社に勤めていて、どんな家に住んでいるんだろう、彼氏とかいるのかな、ひょっとして結婚してるかなと、確かめてみたいことが頭の中でグルグル回っている。僕は結局何にも聞くことができずに電車を降りた。でも、その後も駅を出てからの帰り道や、家に着いてからも頭の中では女の人のことを無意識に考えていた。
 仲の良い友だちにも女子はいるけれど、それまで女の人のことを、そんな風に意識したことなんてなかった。でも、それからは授業中でも女子が気になって気になって仕方がなかった。『スカートの中は、あの女の人と同じなんだろうか』とか『胸は本当に柔らかいんだろうか』という妄想が心の中でどんどんと膨らんできて、女性の身体に触れたり匂いを嗅いでみたりして確かめたいという欲求が日に日に強くなっていった。
 帰りの電車を待つ間も、ホームにあの時の女の人がいないかとついつい探してしまう。でも、あれ以来あの女の人を見かけることはなかった。たまたま会社か何かの飲み会で遅くなっただけだったんだろうね。そう思うと、ホッとする反面、ストーカーにもなりきれない情けなさが心の中で葛藤していた。図書館や本屋さんで女性の裸の写真が載っている本や美術雑誌をドキドキしながら見ていたけど、誰にどこで見られるかわからなかったからエロ本と呼ばれる雑誌には決して手を出せなかった。
 その頃の僕は、勉強に対する失望感と女性の身体に対する関心の強さで、正直、進路どころではなかった。そんな状態だったから、学年でトップだった成績が、三学期には三十番台まで落ちてしまっていた。
 先生たちも心配して両親を学校に呼び出して、家で何かあったのかと聞くことになった。両親も先生たちも頭を抱えていた。でも、誰もわかるはずがない。誰にも言っていないし、こんなこと言える訳がない。思春期だからって、『誰もが通る道』だからで済まされることかもしれないけど、だからといって先生や両親に話したところで元の状態に戻れる訳じゃないし。っていうか、話したらもっとややこしくさせちゃうんじゃないかって思ったからね。
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