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第一話 この世の垢落とし

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 どのくらい時間が経っただろう。カエルや虫が真夜中の大合唱に向けてのリハーサルを始めた。
小夜さんは、その声を聞きながら、一旦口をつぐんでいたけど、また話し始めた。
「そうして十五年経ってしまったよ。私も、もうすっかりお婆さんになってしまったね。こんなに背中も曲がってしまったし、松次郎さん、私のこと小夜だってわからないかもしれないね」
小夜さんはそう言いながら、そっと涙を拭った。『幽霊も涙を流すんだな』って思って見ていたら、
「私は幽霊になって間もないからねぇ。まだ人間っぽいところが残っているんじゃないかねぇ」
って、笑いながら答えてくれたので、僕は慌てて違う方向を向いた。
「思ったことがわかっちゃうなんて、そんなのズルいや」
と言うと、
「ごめんなさいね。わざとじゃないんだよ。幽霊になるって便利なところもあるけど、わかりすぎるっていうのも不便だわねぇ」
と笑った。
 そして、お婆さんは空を見上げて
「星がきれいだねぇ。月夜もきれいだけれど、新月の夜も素敵な趣があるねぇ」
と言った。
「とっても空がきれいに晴れているから、小夜さんもきっと天国に行けますね」
と、僕が言うと、
「だったら良いけどねぇ」
小夜さんは夜空を見上げたまま微笑んでいた。
 本当に静かな夜だった。小夜さんが来てから、通りに車が一台も走って来ていないことに僕は気付いた。それに、会った時よりも小夜さんの身体が透き通っているように見える。
 本当に不思議な夜だ。僕も夜空を見上げた。
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