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第一章「異世界の機士」

1.1.2 出会い

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「これで抵抗はできないだろう、大人しく投降しろ!」

 瞬く間に敵から戦闘能力を奪った御堂は、再び外部音声で呼びかける。右腕と武器を失った黒鎧は後ずさり、逃走の意を示そうとした。

(逃げる? 追撃して、ここで仕留めるか――)

 この不明瞭な状況下で、敵らしき相手を生かして帰せるか、まだ若く、経験の浅い御堂は迷った。その間に、鎧二体は敗走しようと背を向けている。

 敵が逃げる。反射的にその背中を追いかけようとした。その前に、御堂は信じられないものを見た。

 先ほどの少女が戻ってきていたのである。何を考えている。御堂はそう思わずにはいられなかった。御堂が気付けて、黒鎧が気付かない訳がない。黒い巨体を見上げる少女に、鎧の一つ目が向いた。

『イセカー家の娘、手に入らぬならいっそここで!』

『覚悟!』

 黒鎧が、素手の左腕を振り上げて駆け出そうとする。生身の貧弱な少女を、その巨躯でひねり潰して殺害しようと言うのだ。
 御堂の頭に、一瞬で血が上る。もう迷うことはなかった。眼前の正体不明機は、明確に敵として認識された。

(民間人に手を出すなど!)

 搭乗者の激昂をフィードバックした機体が、背中の翼を稼働させる。二つある砲門を再度、黒鎧二体に向けた。憤りの中でも、御堂の脳内では冷静に計算が成される。

(周囲に人がいる可能性? 地面に着弾させなければ良い。流れ弾? 一撃で直撃させれば、考慮する必要は無い。撃てる!)

 その計算の結果、御堂はトリガーを即座に引いた。轟音。
 翼の先端から放たれた薄緑色に輝く弾丸――フォトン・バレットが、音速を超えるかという速度で飛ぶ。そして秒もかからず、二体の黒鎧の胴体に大穴が開いた。

 そこが搭乗席ならば即死のはずだ。黒鎧の乗り手は、自身が死んだことに気付けなかっただろう。

 黒い鎧は、拳を上に上げた姿勢で木々をへし折りながら、うつ伏せに倒れた。敵対勢力の鎮圧完了。いつの間にか止めていた呼吸を再開して、御堂は呟いた。

「無駄死にを……」

 何者かは知らないが、随分と馬鹿なテロリストだと思った。再三の警告を無視して、挙げ句には少女一人を殺そうとして死んだ。互いの戦力差もわからないとは、軍人である御堂からすれば、失笑に値する。

(それほどまでに、あの少女のことが重要だったのか?)

 ひとまず、件の少女の安否確認をする必要がある。御堂は一応の用心のつもりで、センサーで周辺に危険がないことを確認させる。危険物、残敵がないことを確認すると、機体を跪かせ、降車姿勢にした。コクピットハッチを開き、機体から降りる。

 そのとき、鼻に入った匂いが、なんとも独特なものに感じられた。御堂は根っからの都会っ子である。その彼がこれまで嗅いだことのない、まるで田舎の山奥に来たかのような澄んだ空気だった。

「さっきまでとは違う場所なのか……?」

 夢を見ている間に、自身に何が起きた。いつ移動した。あの敵はいったい何だ。いくつものことを考えながらも、木の裏から自分と乗機を見ていた少女の方に駆け寄る。

「自分は陸上自衛隊の機士です。お怪我はありませんか?」

 名乗り、少女の全身を下から上まで観察して、様態を探ろうとする。

「……きし?」

 そう小さく呟いた少女の様相は所々に土が着いた、白い西洋風の服だ。どこのブランド品かわからない素朴なデザイン。中世ヨーロッパ貴族のコスプレだと言われれば、すんなり納得がいく、そんな服だった。ついでに見えた身体つきは、端的に表現するなら、スタイル抜群であった。

 次に顔色を見る。西洋の白人系女性。目鼻がくっきりとした、利発そうな、まだ幼さが残る顔立ちをしている。丸い瞳は琥珀色。端的に言えば、かなりの美少女だ。その顔立ちと、染めているのとは違う、美しい瑠璃色の青い髪が、彼女が日本人ではないことを証明している。

(青い地毛なんて、初めてみたな)

 生物学に詳しくない御堂でも、それは不思議に思った。思わず、少女をまじまじと見つめていると、少女は熱にほだされたような表情をした。
 彼女は、自分を救った男がかなりの美男で、お伽話に出てくる騎士様のようだったことに、衝撃を受けているのだ。
 だが、そんな彼女の心情など知らない御堂は、自分の言葉が通じていないのではないかと思っていた。

「困ったな……日常会話の英語は苦手なんだ。ええっと――」

「……凛々しい方、貴方は、授け人なのですか?」

 どうにかして、苦手な英会話を口にしようとしたとき、まだ熱のある表情の彼女は、確かな日本語でそう言った。
 単語の意味はともかく、言葉は通じるようで、御堂は少し安心する。母国語でのコミュニケーションが取れるだけでも、かなり有り難い。続いて、少女の正体を聞くことにした。

「授け人、というのはわかりませんが、自分は自衛隊の機士です。貴方のお名前は?」

「ジエイタイ……?」

 彼女は、それを生まれて初めて聞いた言葉のように、眉を曲げて疑問符を作った。御堂は、彼女が見るからに外国人であるので、知らないのも訳ないと思い、説明する。

「端的に言えばこの国の軍人です」

「この国の?」

「はい、日本国の軍隊に所属する者です」

 そう簡単に説明したが、彼女は更に疑問を顔に浮かべ、さらに言えば、怪訝そうとも取れる表情になった。だが、すぐに澄まし顔になる。考えて、何かしら納得する答えを得た。そんな様子だった。

「私はイセカー家が長女、ラジュリィ・ケントシィ・イセカー。危ないところを助けていただき、ありがとうございます。授け人」

 そう名乗って、彼女、ラジュリィは頭を下げて礼をした。その仕草が、どこか浮世離れしているように思える。御堂は思わず、この少女は、童話か何かから出てきたお姫様ではないかとすら感じた。
 名乗り方のせいもあった。まるで、英国辺りの貴族がそうするような話し方だ。彼女は、そっち系の外国人なのかもしれない。そう判断した。

「イセカーさんですね。どこからここへ入ったかはわかりませんが、ここは一般人立入禁止地域です。ご案内しますので、外へ――」

「貴方は何を言っているのですか? ここは我が父、ムカラド・ケントシィ・イセカーが納める領地の森ですよ。授け人」

「……色々とお聞きしたいことはありますが、先ほどから言う、その授け人というのは、自分のことでしょうか?」

 話を遮られて告げられた、この少女の話す内容は良くわからなかった。だが、それを問い質すよりも先に、妙に引っ掛かるその単語について御堂は訪ねる。すると、ラジュリィは、はっとした様子で、口元に手をやった。自身の不明を察した様子だ。

「これは失礼しました。授け人は、ご自身の立場をご理解されていないのですね? では、この場所についても、何も知らないと?」

「……ここが自分の知る場所でないとするならば、いったいどこだと言うのです?」

 訝しげな御堂の問いに、ラジュリィはスカートの裾を摘まんで、再び頭を下げた。それはまるで、招待された客人へ挨拶するような仕草で、様になっていた。その小さい口から、衝撃の事実が飛び出す。

「ようこそ、授け人。この世界は“ミルクス・ボルムウ”。貴方は、異世界より呼ばれた“授け人”なのです。この世界の民を代表して、貴方を歓迎し、伝説と相見えた幸運を、神に感謝します」

「……なに?」

 御堂には、その言っている意味が良く理解できなかった。異世界、授け人、伝説。どの単語も、自分の知る現実とは噛み合わない。

「……待ってください。仰る意味がよく……」

「何も知らない授け人、貴方のお名前を教えてくださいませんか?」

 理解しようと御堂が額に手をやって呻く間にも、ラジュリィはどんどん話を進めようとしてくる。少し考えてから、御堂は一旦、この冗談のような状況に乗ることにした。今いる場所が、自分の知る場所ではないことだけは、確かなのだ。

「……御堂 るい三等陸尉、日本の“機士”です」

「みどぅ、るぅい?」

 外国人には難しい発音なのか、少しずれていた。御堂は溜め息を吐いて、こういう相手でも発音がしやすい、自身のあだ名を名乗ることにした。

「ミドール。仲間や友人からは、そう呼ばれています。発音しにくければ、そちらで呼んでください」

 ラジュリィはその名前を何度も、噛みしめるように小さく呟くと、満面の笑みを浮かべた。

「“騎士”のミドール! 良い名です!」
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